トラベラーズノート~ファンタジーワークス断章~
此木晶(しょう)
英雄の園
絶え間なく闘技場を震わせるのは怒号に近い歓声。それほどまでに観客達を沸き立たせるのは先ほどから幾度も剣を交える二人の剣士達の舞い。
この街で貴族達を楽しませる為だけに剣奴達が命を懸けたのも、遠い昔のこと。今は健全な娯楽の一つとして、そして腕に覚えのある者達には己の力を示す為の場として大陸にその名を轟かせる。
無論、刃を潰した武器の使用が定められ、街の方も最大限の治療体制を整えてはいるが、武を競う以上負傷は勿論、死ぬこともあり得る。それでも舞台に上がる者が絶えないのは、彼らが皆それぞれの誇りを胸に秘めているからだ。だからこそ、観客達は熱狂を持って剣士達を迎え入れるのだろう。
歓声と、激しい剣戟の響きに背を向けると、名は伝えられずただ剣奴王と呼ばれる英雄、その写し身が迎えてくれる。
雷を纏うが如く光を放つ剣を振い、剣奴達を解放に導いたと謳われる伝説の主。その末は、酷く曖昧で後に起きた大きな戦で命を落としたとも、嵐の夜人知れず姿を消したとも伝えられる。
ただ一つ彼が確かに存在した証となるのは、柄にはめ込まれた黄金色の晶石の他に装飾らしい装飾のない一振の剣だけ。この辺りでは作り手もおらず未だ珍しい片刃の剣は、今は輝きを失い水晶匣に収められ、英雄像の足元で静かに眠る。
試合の決着を告げる大歓声が響けば、纏雷と名付けられた剣は新たな英雄の誕生を祝福するかのように光を纏う。その輝きは最早弱々しく気に留める者も多くはない。けれど、伝説は真実だったのだと何よりも雄弁に物語る。
そして、私は淡い光に見送られその場を後にするのだ。
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