深愛2~The Only Wish~3
桜蓮
◆美桜の悩み◆
最近、美桜の様子がおかしいような気がする。
今は12月。
12月と言えばイベントが盛り沢山な月。
ここ何年か美桜と一緒に過ごしてきて、4回目の12月。
去年までの美桜は見ているこっちが吹き出しそうになるくらいに大はしゃぎしていたのに……。
今年は様子がおかしい。
テンションが以上に低い。
それに溜息を吐く事が多くなった気がする。
多分、本人は気付いてねぇと思うんだけど……。
テレビを観ている時や俺が家で仕事をしている時、美桜は何かを思い詰めているような表情で溜息を吐いている。
……なんか、悩みでもあるのか?
あるとすればその原因は一体なんだ?
美桜のテンションが下がること……。
……。
……。
数学のテストがあるとか?
……いや、違うな。
確かに、数学が苦手な美桜はテストが近付いてくるとアタフタとはするが、最近では完全にひらきなおっててこんなにテンションが下がることはねぇし……。
他に考えられるのは……。
もしかして、体重が増えたとかか?
そう言えば、最近喰わせ過ぎてるかもしれねぇな。
……。
……でも、そんなに気にするほど体重は増えてねぇよな。
……って事は……。
……。
……。
……!?
……まさか……。
他に好きな男ができたとか!?
だから俺とどうやって別れようか悩んでるとか!?
そ……そんなはずねぇよな?
美桜に限って、そんな事……。
それに俺に何か原因あるとは思えねぇし。
……いや……ちょっと待てよ。
飯を喰わせ過ぎてるのが原因とかじゃねぇよな?
毎回、美桜が『もう、無理!!こんなに食べれない!!』って言ってんのを軽くシカトしたりしてるけど……。
それが美桜にはすっげぇストレスとかになってるとか?
……。
……。
ダメだ。
考えれば考えるほどネガティブになってしまう。
これは美桜に直接聞いてみるしかねぇな。
◆◆◆◆◆
それから数日間俺は悶々と悩む日が続いた。
何度か聞くチャンスはあった。
……あったけど、聞くのを躊躇いタイミングを逃し続けてしまっていた。
美桜の悩みは大抵の事なら受け止める自信がある。
すぐに解決出来ないとしても、その問題が解決するまで一緒に歩み続ける事は出来る。
一緒に悩み
一緒に立ち止まり
一緒に喜び
一緒に悲しみ
一緒に足を前に踏み出す。
それは決して簡単な事ではないのかもしれない。
それでも、美桜が俺の隣にいてくれるなら……。
俺はどんな時でも美桜を支えていきてぇと思う。
……ただ、1つだけ……。
俺が受け止める事が出来ないのは、美桜の“心変わり”だけ。
いつか……。
美桜は俺の傍から離れていってしまうのかもしれない。
“私はずっと蓮さんの傍にいる”
美桜が俺に言ってくれた言葉。
その言葉を完全に信じる事が出来ねぇのは俺の所為だ。
俺はガキの頃か人間の“裏側”を見てきた。
約束というものが簡単に破られてしまうのを何度も見てきた。
……だからかもしれない……。
俺が美桜の言葉を信じきる事が出来ないのは……。
◆◆◆◆◆
日曜日の朝。
美桜より先に目が覚めた俺は、美桜を起こさないように気を付けながらベッドを抜け出しリビングに向かった。
12月ともなると朝の冷え込みも厳しくなる。
暖房が効いていて、いくら部屋が暖かいと言っても、ベッドから出ると肌寒さを感じる。
テーブルの上にあるタバコの箱を手に取り、口に一本銜えて火を点けた。
それから寒がりな美桜の為に、暖房の設定温度を上げた。
美桜は極度の寒がりだったりする。
本人曰く、寒いと動きが鈍くなるらしい。
それに冬の間は眠くて仕方がないらしい。
その話を聞いた俺は冬眠するクマを連想してしまい吹き出しそうになってしまった。
確かに、美桜は冬になり気温が下がるとよく転びそうになっている。
繁華街を一緒に歩いてる時はもちろんこの部屋の中でも……。
別に段差や障害物があるわけじゃないのによく躓いてたりする。
そんな美桜を見る度に俺は苦笑しながら思う。
“ずっとこいつの傍にいてぇ”って……。
“こいつがなにかに躓いた時には俺が支えてやりてぇ”って……。
……よし……。
俺は口に銜えていたタバコを灰皿でもみ消した。
今日、聞いてみよう。
美桜の溜息の原因を……。
美桜が何かしらに悩んでることはほぼ間違いねぇ。
だったら俺がやるべき事は、その原因を推測してビクビクしてる事じゃなくて、話を聞いて解決出来るように導く事だ。
美桜が笑顔で毎日を送れるように……。
◆◆◆◆◆
それからしばらくして美桜は目覚めた。
目覚めてしばらくはシーツに包まったまま放心状態。
ようやく頭が働きだすとモゾモゾとベッドから抜け出す。
フラフラとした足取りでリビングに向かい、小さな声で呟く。
「……さむっ……」
それから、ソファの上に小さく丸まりタバコに火を点ける。
俺が美桜の身体にガウンを掛けると
「蓮さん、ありがとう」
寝起きの少し掠れた声でそう言い、ニッコリと微笑んだ。
これが美桜の寝起き。
タバコを1本吸い終わるまで、美桜はこんな感じでボンヤリとしている。
そんな美桜を眺めるのも俺の楽しみの1つだったりする。
◆◆◆◆◆
朝食を一緒に食べ、コーヒーを飲んでる時、俺は美桜にバレないように深呼吸を1つした。
それから平然さを装って口を開いた。
「……なぁ、美桜」
「なぁに?蓮さん」
「お前、最近なんか悩みとかねぇか?」
「悩み?」
「あぁ」
美桜は小さく首を傾げた後、何かを考えるような表情でジッと俺の顔を見つめた。
流れる沈黙の時。
正直、俺はすげぇ緊張していた。
この時間は心臓に悪い。
そう思った瞬間、美桜が口を開いた。
「……悩みって言うか……」
「……?」
美桜は指に挟んでいたタバコを灰皿で消すと、姿勢を正した。
……。
……なんだ?
なんで美桜はこんなに改まってんだ?
美桜のその態度に俺は胸騒ぎを感じ一気に緊張感が高まった。
「……実は……」
「……」
言い辛そうな美桜。
まっすぐに俺に視線は向けてはいるけど……。
慎重に言葉を選んでるのが分かる。
……俺の嫌な予感は的中したとか?
やっぱり聞かない方が良かったかも……。
そんなネガティブな思考が俺の脳裏に次々に浮かんでくる。
その思考を振り切るように、俺は口を開いた。
「どうした?」
俺の問い掛けに美桜は、一瞬瞳を閉じた。
そして、何かを決心したように再びその瞳を開いた。
「……実は、この前学校で……」
「……」
学校?
……ってことは、美桜の新しい男は聖鈴の生徒なのか!?
「担任の先生に言われたの」
……担任?
美桜の担任って確か30歳くらいの男だったよな?
そいつか?
そいつが美桜の新しい男なのか?
……しかも言われたって……
一体、何を言われたんだ?
やっぱりあれか?
『好きだ』とか告白系の言葉を言われたのか!?
……許せねぇ。
教師の分際で生徒に手を出しやがって……。
……ん?
ちょっと待てよ?
美桜の担任って最近、結婚したばかりじゃなかったか?
……おい、おい。
それってダメだろ?
「美桜……」
「卒業後の進路はどうするのかって……」
“美桜、そんな男は止めといた方がいい”
そう言おうとした俺の言葉を美桜が遮った。
……はっ!?
進路?
担任に言われたのは告白とかじゃなくて、卒業後の進路についてなのか!?
……なんだ……。
良かった。
俺は、ホッと胸を撫で下ろした。
「あれ?蓮さん、今何か言おうとしなかった?」
「……いや、なんでもねぇ」
「そう?」
「あぁ」
美桜が進路で悩んでたのに、俺はそれを勘違いしてたなんて口が裂けても言えねぇだろ……。
「進路……もうそんな時期か」
「うん」
今は12月。
年が明けて3月になれば美桜は美桜は聖鈴の高等部を卒業する。
その事実に俺は時が過ぎる早さを感じた。
「先生が大学部に進学するのか、就職するのかそれとも他の道に進むのか……考えてくるようにって……」
「そうか」
「うん」
「で?」
「えっ?」
「お前はどうしたいんだ?」
「……どうしたい?」
「進学してぇのか?」
「……進学……正直言うともう勉強はしたくない」
「じゃあ、なんかやりたい事はねぇのか?」
「やりたい事?」
「あぁ」
「……」
「……」
「……」
「麗奈達はどうするんだ?」
「海斗とアユムは大学部に進学で、麗奈は専門学校に行きたいんだって」
「専門学校?なんの?」
「美容関係」
「麗奈にはピッタリだな」
「うん」
「お前は美容関係には興味ねぇのか?」
「うーん、可愛い髪型とかメイクとかに興味がないわけじゃないけど……そういうお仕事に就きたいかって言ったら……なんか違うような気がする」
「違う?」
「うん、私は自分がおしゃれをするのは楽しくて好きなんだけど……それを人の為に出来るかって言うと微妙なんだよね」
「なるほどな」
「……それに……」
「ん?」
「私は人見知りが激しいから、人と接するお仕事はちょっと……」
「そうか」
「うん」
「俺はなんでもいいと思うぞ。お前がやりたい事なら……」「やりたい事か……」
美桜は真剣な表情で宙に視線を向けた。
……どうやら、真剣に悩んでるらしい。
美桜は親父との約束をもうすぐ果たそうとしている。
施設にいた美桜の引取り人になる代わりに聖鈴の高等部を卒業する事。
それが親父が提示した条件だった。
その条件を果たせば、その先は美桜の自由だ。
だから高校卒業後は美桜が好きな事をしたらいいと俺は思っている。
「……まぁ、やりてぇ勉強や仕事がないなら専業主婦でもいいんじゃねぇか?」
「専業主婦?」
「あぁ」
「……それって……」
「俺と結婚するんだろ?」
「……うん……」
美桜は顔を真っ赤に染め俯いた。
それは美桜と俺との約束。
プロポーズって程のもんじゃないけど……。
あれは美桜がまだ中等部の3年生の時だった。
そして、もうすぐ約束の時がやってくる。
あの時は随分先のことのように感じたけど……。
あっという間の3年間だった。
「……でもね……」
美桜の声に俺は現実に引き戻された。
「ん?」
「蓮さんと結婚はしたい……でも……」
「でも?」
「その前に私は働いた方がいいんじゃないかって思うの」
「働く?やってみたい仕事でもあるのか?」
「……そんなんじゃないけど……」
「……?」
「……ほら、私ってずっと蓮さんにお世話になりっぱなしじゃない?」
「……?」
「……例えば、金銭面とか……」
「……」
「だから少しは私も働いてみようかなって……」
「それが働きたい理由なのか?」
「……うん……」
「だったら必要ない」
「えっ?」
「要は、やってみたい仕事がある訳じゃなくて、金銭面で俺に頼るのが申し訳ねぇって事だよな?」
「……うん……」
「……だったら働く必要はねぇよ」
「……でも!!」
「必要ねぇって言ってんだろ!!」
思わず出してしまったでけぇ声に美桜の身体がビクっと揺れた。
驚いた表情の美桜。
そんな美桜を見て我に返った。
……しまった……。
感情的になり過ぎた。
俺はテーブルの上にあったタバコに手を伸ばし火を点けた。
大きく煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
何度かそれを繰り返すと、次第に気持ちが落ち着いてきた。
「……デカイ声を出して悪かった……」
「……ううん……」
首を横に大きく振りながらも美桜の瞳には涙が溜まっていた。
襲ってくる大きな罪悪感と嫌悪感。
自分の感情をそのまま美桜にぶつけてしまったという事実を俺は後悔した。
別に美桜が悪い訳じゃない。
こいつが金銭面で恩を感じ、申し訳なく思ってる事は俺だって気付いていた。
『俺と出掛ける時には財布を持ってくるな』
そう言ったにも関わらず、美桜がバッグの中に札を忍ばせている事も俺は知っている。
美桜はそういう奴なんだ。
世の中には“男に金を払わせて当たり前”そう思ってる女がたくさんいるけど美桜は違う。
飯を喰ったり、欲しいモノを買う時は自分の金で……。
それが当たり前だという考えを持っている。
美桜がそう考えるのは、今まで1人で生きてきたから。
誰にも心を開く事が出来なかった美桜。
それは頼れる人間が誰もいなかったという事。
本来なら親に養って貰える歳なのに、親にそれを拒否された美桜は自分でどうにかするしかなかったんだ。
施設から毎月“小遣い”として支給される僅かな金。
美桜はそれをコツコツと貯金していた。
決して大金なんかじゃないけど、それは美桜が生きていく為には必要な金だったに違いない。
そんな美桜だから……。
金銭面で俺に頼ることを心苦しく思う事も仕方ねぇのかもしれない。
……でも……。
それが少しだけ寂しかった。
もっと頼って欲しい。
……そんな事を考えてしまう俺は美桜よりもまだ全然ガキなのかもしれない……。
俺は、恐る恐る美桜の頭に手を伸ばした。
掌に感じるのは柔らかい髪の感触と心地よい温もり。
その温もりが俺の心を穏やかにした。
……冷静に話そう。
俺は深呼吸を1つして、気分を落ち着かせてから口を開いた。
「……なぁ、美桜」
「……うん?」
「金の事は気にしなくていいんだ」
「……」
こんな事を言われても美桜はまだ納得なんてできない。
その証拠に、美桜は頷くことさえ躊躇っている。
「俺は成人してて、お前はまだ未成年なんだ」
「……」
「成人してるって事は仕事が出来るって事だ」
「……うん」
「仕事をしてるんだから、仕事をしていないお前の金の面倒をみるのは当然の事だ」
「……」
「……それに……」
「……?」
「俺はお前がいるから仕事を頑張れるんだ」
「えっ?」
俯いていた美桜が顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。
「お前が傍にいてくれるから仕事ができるんだ」
「……」
「……だからもっと頼って欲しい……」
「……蓮さん……」
ようやく美桜の表情に笑顔が戻った。
「まだ高校卒業までには時間がある。やりたい事がねぇかもう1度ねぇかゆっくり考えてみろ」
「うん」
「それで最終的に何もなければ、卒業してすぐにでも籍をいれようぜ」
「えっ!?」
「結婚したら大忙しだぞ」
「大忙し?」
「掃除に洗濯に料理。毎日だと重労働だ」
「……」
「どうした?」
「……お掃除やお洗濯は別にいいんだけど……」
「ん?」
「お料理はちょっと……」
言い辛そうにそう呟いた美桜。
「頑張ってくれ」
「……ちょっ……蓮さん!!私がお料理出来ないの知ってるでしょ!?」
「大丈夫だ」
「は?大丈夫?何が?」
「頑張れば出来るようになる」
「そ……そんな……」
焦った表情で首を左右に大きく振る美桜に俺は吹き出してしまった。
「なんなら料理教室にでも通うか?」
何気なく……冗談半分で言った言葉。
でも、美桜は
「……お料理教室か……」
真剣な表情で呟いた。
どうやら美桜は俺の冗談半分の言葉を真剣に考えてるらしい。
「ちょっと考えてみる!!」
そう言った美桜の表情は、さっきまでに比べるとスッキリとしているように見えた。
「あぁ、ゆっくり考えろ」
「うん」
もしかしたら、近い将来、美桜の手料理が喰えるかもしれねぇ。
そんな淡い期待に顔が緩みそうになってしまった。
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