20・2 呪いは解けましたが
気づくと、わたくしたちは屋敷の応接間に戻っていた。エド、クヴェレ様、テッラ様が並んでいる。
「無事で良かった!」
泣きそうな顔をしたエドがわたくしとカトラリーたち、全員まとめて抱きしめる。ぎゅうぎゅうになって苦しいやら、嬉しいやら。
「ようやった。さすが我の愛し子」てクヴェレ様。
「ああ。まさか浄化魔法を使うとはな。私は考えもつかなかった」こちらはテッラ様。「剣で刺殺していたなら、あやつの恨みは残っただろう。良い方法だった。あの術者、穏やかな表情で消えていったぞ」
「我は見られなかったのが残念よのう」
「エド。信じて任せてくれてありがとう」
「礼を言うのは、俺のほうだよ」
エドは涙ぐんでいるみたいだ。鼻声になっている。
「彼をエドの光から離すことには成功したのだけど、呪いは解けたのかしら」
「どうだろう?」
「解けておるぞ。よく見い」
クヴェレ様の声に、エドがわたくしたちを離した。
そこにいたエドは、白皙の肌に薔薇色の頬、濃い緑の瞳に癖の強い金色の髪をしていた。
「っ……!」
カトラリーたちが声にならない叫び声を上げる。
「ほら」とテッラ様がどこから取り出したのか、鏡をエドに向ける。
「戻っている!」嬉しそうな声を上げるエド。「それならもう、不死ではないんだな!」
「そう。試してはならんぞ」クヴェレ様は楽しそうだ。
「リリアナ!」エドがわたくしを見る。「一緒に年をとれる!」
「え、ええ、そうね」答える声が裏返ってしまった。
「どうした?」とエド。
少し迷い、でも正直に伝えることにした。
「……思っていた以上の美青年ぶりに、驚いているの」
「相変わらず、ズレているなあ。呪われた顔を見たときのほうが動じてなかったぞ。なあ? ――って、ナイフ、スプーン、フォーク、どうした?」
カトラリーたちは微妙に後退し、私より後ろにいる。
「魔術師様、なんだよね?」
「ちょっと、見慣れないなあ、って」
「き、気後れなんてしてませんぞ」
「え、みんなそんな反応? 参ったな」エドは困ったように眉を下げた。
◇◇
晩餐に現れたエドを見たお父様は驚愕した。その美貌と、呪いが解けたこととに。それから呪いを解いたのがわたくしと知ると、しっかとわたくしを抱きしめ
「自慢の娘だ!」
と言ってくれたのだった。
その翌日には、エドは無事に戸籍をもらうことができ、そのついでにわたくしとの婚約も発表した。お茶目なエドは仮面とフードの不審者出で立ちで王宮に行き、ここぞという場面でそれを脱ぎ捨てた。彼の美貌は、口さがない人たちを一瞬にして黙らせることに成功。
ただ代わりに、わたくしがエドと結婚するために、ガエターノ殿下を罠に嵌めたのではないか、という噂が生まれてしまった。馬鹿らしいのでほっといている。
わたくしの王妃様のお仕事の手伝いは、継続となった。一方で、呪いの研究をする必要のなくなったエドは、ただの暇な人になってしまった。だからお父様が仕事を手伝わないかと誘っている。エドの答えは保留中。
エドにとってなによりも大切なのは、ナイフ、スプーン、フォークのカトラリーたちだから。彼らから離れて働くのは嫌らしい。わたくしもそのほうがいいと思う。
谷底の屋敷にいるときのエドは八割がた、呪われていたときの姿に変身して過ごしている。カトラリーたちがなかなか本来のエドに慣れないから。わたくしはどちらのエドも大好きだから、エドの好きなようにしてねと言ってある。
――本当は呪われた姿のほうが思い出がたくさんあって好きなんだけど、それは秘密にしている。新しいエドと、もっとたくさんの思い出を作ればいいのだから。
◇◇
「邪魔をしないでくださいよ」
エドがクヴェレ様を邪険にする。今はカトラリーたちがいないから、元々の顔をしている。
「ここは我の泉だぞよ」
ふてくされるクヴェレ様。
「仕方ないでしょう。ここが俺が知る中で一番ロマンチックなんだから」
「この言い合いが、もうロマンチックではないではないか」
ギロリとクヴェレ様を睨むエド。すっかり遠慮がなくなっている。
久しぶりにクヴェレ様の泉にふたりでピクニックに来たのだけど、早々にケンカになってしまった。
「リリアナ。エドはひどいのだぞ。今日は他に行っていろ、邪魔をするなと我に言ったのだ」
「子供かよっ」エドが小声で悪態をつく。
「我とて、祝福をしたいのに」
「祝福? もう何度もそのお言葉をいただいていますよ」
「今日はゆ――」
「だぁぁぁぁぁ!」エドが奇声を上げる。「余計なことを言うな! ああ、どこか遠くに行けばよかった」
どうやらエドは、わたくしになにか特別な用があるみたい。でももうプロポーズは終わっているし。
エドがため息をつく。
「クヴェレ様に暴露される前に。リリアナ、これ」エドが差し出した手には金の指輪がのっていた。「プレゼント」
「まあ、ありがとう! 嬉しいわ!」
「我が先を越してしまったからなあ」
「黙れ、クヴェレ様」エドはそう言いながらわたくしの指にはめてくれた。綺麗なエメラルドがはまっている。
「あと、もう帰って」と冷たくクヴェレ様に言うエド。「俺、言いましたよね?」
「我の愛し子だからのう。きちんと守らなければ」
「……」
エドがわたくしの腕をつかむ。次の瞬間、わたくしは見知らぬ森の中にいた。
「ここはどこ?」
「クヴェレ様はすぐ邪魔しにくるから。かまってちゃんだよな、あいつ」
エドの頬が普段より薔薇色になっている。察するわたくし。
目をつむり、待つ。
エドの顔が近づいてくる気配が――。
《おわり》
わたくし生贄令嬢ですが、なにか? ~愛する王子に婚約破棄されたら、呪われて永遠を生きる最強魔術師に助けられました~ 新 星緒 @nbtv
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