8・2 処罰が決まったのですが

「言い逃れできないぞ」陛下の怒りに満ちた声が部屋に響き渡る。「礼拝堂付き司教にも確認した。お前の暴力暴言を見た、 脅されて仕方なく黙っていたと証言した!」


 ガエターノ様は顔を強ばらせて、

「まさか。裏切ったのか……」と呟く。


 王妃様がやって来てわたくしを抱き締めた。

「辛い思いをさせてごめんなさい、リリアナ」

「ええ、ですが今は彼女に医師を」とマッフェオ殿下もやって来る。

「そうね」

 お父様が近づいてきて、わたくしの頭を優しく撫でる。


「ガエターノ、お前には離宮での無期限蟄居を命じる。専属の従者、護衛、誰ひとり連れて行くことは許さぬ。猛省しろ」

「父上!」ガエターノ様が叫ぶ。「そもそもはリリアナが悪いのです!」

「情けない」陛下のお顔に落胆の色が浮かぶ。「まだそのようなことを言うのか。お前のした理不尽極まる行為は、王家の品位を貶め、信頼を失墜させるものなのだぞ。自覚せよ」


 そうしてガエターノ様は衛兵に両脇を挟まれ、まるで捕らえられた不審者のような扱いで連れて行かれた。わたくしを射殺すような目でにらみつけながら。



 ◇◇



 医師の診察を受けたあと、わたくしはお父様とふたりだけで話す時間を設けてもらえた。

 今回のことにお父様は関係がなく、発端は匿名の密告だと言う。恐らくはガエターノ様の従者の中の誰かではないかとのことだけど、特定はできていないそうだ。


 ガエターノ様のわたくしへの仕打ちは王子としてあるまじき行為で、看過できるものではないという。それを踏まえて問題視されたのが、兵士たちにわたくしを送らせたこと。軍力の私的かつ不必要な使用に当たると判断されたそうだ。


 彼はその責任も取らねばならず、行方不明の兵士の家族へ保証金を支払うことになった。わたくしへの慰謝料――暴力、生け贄の強制、身勝手な婚約破棄に対するもの――もあるから、支払い総額は相当なものになるという。


 ガエターノ様が大切にしていたハンナ様も相応の処遇を受けるみたいだ。

 彼女にガエターノ様との関係を王妃様が問いかけたところ、自慢気に『恋人です』と答えたという。きっと非難されるとは思っていなかったのだろう。


 ハンナ様があのときの礼拝所にいたこと、エントランスでわたくしにひどい暴言を吐いたことを陛下たちはご存知だという。これから国王直々に彼女の父親ロマーノ男爵を呼び出し、娘の無礼で身の程をわきまえない言動について忠告するそうだ。


 男爵が通常の神経を持った貴族ならば、ハンナ様を修道院に入れるか、絶縁するかの対応をとるはず。


「いい気味、と思ってしまうわ」

「当然だ」

 となりに座ったお父様がわたくしの頭をなでる。幼児のころしかされたことがなかったのに、今日は二回目。

「リリアナは長いこと我慢をしすぎた。そう思っていいんだよ」


 陛下ご夫妻には、『ガエターノがここまで性根が腐ってしまっているとは気づかなかった』と謝罪された。

 だけど今になってみるとお父様の言ったとおり、わたくしがガエターノ様を増長させてしまったのかもしれないと思う。わたくしの愛の方向性が間違っていた。


「これはまだ内密なのだが」とお父様。「マッフェオ殿下を立太子することが決定した」

「まあ!」

 我が国は第一王子が王位を継ぐと法律で決められている。

「法律を変えるのですか」

「いや、ガエターノ殿下は疫病により死亡したことになる」

「わたくし――」

 お父様が手を出しわたくしを制する。


「リリアナの件より前から検討されていたのだ。未曾有の疫病被害が出ているのに、ガエターノ殿下は城にこもり礼拝による神頼みしかしない。そんな王なぞ、国民はほしくないだろう? ――リリアナ、彼を助けようなんて考えてくれるなよ」

「考えません」

「良かった」

「胸はつぶれそうですけど。わたくしは長いこと殿下が好きだったのですから」

「過去形であることにほっとするよ」と、微笑むお父様。

「……エドのおかげです。穏やかな暮らしのおかげで目が覚めたのですもの」

「彼には感謝しきれない」


 そう言ったお父様が、わたくしの両手を包み込むように握りしめた。


「リリアナ」

「はい」

「マッフェオ殿下は立太子されたら、リリアナに求婚するおつもりだ」

「まあ。弟として責任をお感じなのですね」

 そういえば昨日マッフェオ殿下は、『方がついたら聞いてほしいことがある』と言っていた。このことだったのかもしれない。


「違う。殿下はお前を好きなのだよ。陛下ご夫妻もご存知で、リリアナをマッフェオ殿下の妃にと望んでいる」お父様がわたくしの目を覗きこむ。「どうする? 父としては、求婚を受けてほしい。マッフェオ殿下ならば幸せにしてくれるだろう。だがリリアナの気持ちを尊重する」

「お受けできません。到底そんな気持ちにはなれませんもの」

「……そう答えると思ったよ。では求婚される前に予防線を張っておこう」

「誰とも結婚するつもりはないと、何かの折りに、さりげなく伝えます」


 エドの顔が脳裏に浮かんだ。


 結婚とかそういうのではないけれど、命が尽きるまで彼のそばにいようと考えていた。永遠を生きなければならない彼を救いたかったから。


 でも――。


 エドに会いたい。

 切に、会って話したいと思っている。

 これは『彼を救いたい』とは関係のない、わたくし自身の気持ちではないかしら?


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