六 苦しみの町
はでな雉はうまく泳げず、おぼれかけながらわめきました。
「ちくしょうっ! 化け物どもめっ! おいらがあいつをっ、たおしてやるはずだったのに……! ゴボッ……!」
モモはあわてて弓を岸から伸ばしてやりました。雉はなんとかそれに羽でしがみつくと、モモに引っ張られて岸へと上がります。赤兵衛も岸に上がり、小白丸は水面の上に浮かんだまま、体をブルルッとふるわせて水気を飛ばしました。
モモは改めて息をつくと、ぐったりしている雉を見下ろして言いました。
「……ええっと……、雉さん。あなたは、妖怪なの? あなたもたおそうとしてたの? あの河童を……」
すると雉は怒り顔で言いました。
「ケッ! おいらが妖怪なもんか! かといって、あいつら雉と同じだと思われるのもまっぴらごめんだっ、ちくしょうっ!」
モモは困り、小白丸はあきれました。赤兵衛は笑って言います。
「ヒッヒッ! 嘘はついておらぬようじゃな。仲間のふつうの雉の中で一羽だけ浮いていて、自分でも自分が何者か分からぬと。だれかに似ておるな? ヒッヒ……!」
モモはそう言われると、目の前の雉に妙な親しみを感じて、静かにほほえみました。一方、雉は目を白黒させています。そんな彼を、赤兵衛はさらに見つめて言いました。
「んん? そうかそうか……! なかなかひねくれたやつじゃが、正義感だけは人一倍、いや、鳥一倍強いようじゃな! たった一羽で、あの河童に立ち向かおうとするとはのう! ヒーッヒッヒッヒッ!」
「なにをぅっ……!」
しゃべる雉は心の中を次々に見すかされて、うろたえたようです。モモはクスリと笑うと、雉の前にかがんで、こんな風に声をかけました。
「あなた、小さいのに、勇敢なんだね。わたしはおくびょうだから、尊敬するよ……」
モモは二日前の夕方のことを思い出していました。黒い鬼が目の前に現れて、身がすくんで動けなくなってしまった時。あの時たしかに、雉の鳴き声が聞こえてきました。あの雉はこの雉とは別の雉でしょうけれど、あの鳴き声がきっかけにならなかったら、彼女は立ちつくしたまま、鬼に食われていたにちがいありません。
ここでモモは目の前の雉に向かって、やさしくこう言いました。
「きっとそのうち……、あなたも自分のことが分かる時が、来ると思う。それはそれで、大変かもしれないけど……。あなたなら、きっと大丈夫だと思うよ。助けてくれて、ありがとうね」
雉は目を見開いてモモを見つめました。一方、彼女は立ち上がって小白丸たちに言います。
「えっと、それじゃあ、大変だったけど、これでこの湖も安心だね。さっき、空いてる小屋があったよね? そこに行って……」
「待ってくれっ!」
雉が、大きな声で言いました。彼は起き上がって羽の水気を切ると、モモを見つめてこう言いました。
「おいらも、いっしょに行かせてくれっ! おいらっ、あんたを気に入ったっ!」
モモと小白丸は目を白黒させ、赤兵衛はくちびるをめくり上げて笑いました。
「ヒーッヒッヒッヒッ! モモよ。おぬし、ほれられたようじゃぞ?」
「えっ……!」
「なっ……!」
「うっ……!」
モモ、小白丸、雉が声をもらしました。モモの顔は真っ赤になります。
(わたしっ……、妖怪たちに、やたらモテてないっ?)
雉はたじろぎながらも、さらにモモに言いました。
「ううっ……。そうさっ! かくしたって仕方ねえ! モモって言うんだな? おいら、あんたにほれちまったんだ! それに……」
彼は赤兵衛と小白丸を見て言いました。
「あんたたち見たとこ、あくどい妖怪を退治して回ってるって感じだろ? おいらも、いっしょに戦いてえんだ……!」
しかし、これを聞くと小白丸は険しい顔になって、雉に言いました。
「……きみ、悪いことは言わない。ひかえめに言っても、きみじゃあ力不足だ。おとなしくしている方が、きみのためだよ」
「おいら、役に立つぜっ? 空も飛べるし……」
雉はそう言いましたが、赤兵衛が鼻で笑います。
「ヒッヒッヒ……! 今度のは、嘘じゃな。雉なんてほとんど飛べぬじゃろうが。とびはねるだけに近い。ひかえずに言えば、足手まといじゃ。ヒヒッ! 走るのは得意のようじゃが、それだけではのう……」
雉はくちばしをかみしめるようにしました。やがて彼は地面を見つめて、小声でこんな風に話し始めたのです。
「……強く、なりてえんだ……。そうさ……。おいらはただの、しゃべるだけの雉さ……。周りはみんな、見てくればっかりこだわって、せまい所でなわばり争いに明け暮れてるような連中だ。『こっからこっちは、おれのシマだ!』、みてえにな。……けど、おいらは、そうはなりたくねえ……! 今、世の中はおかしくなってきてる……。邪悪なものが、そこら中に増えてきてるのが分かる。おいらはそれと、戦いてえんだ……。だから強くなりてえ……。変わりてえんだ……! なのにっ……、ちくしょうっ……! しょせんおいらは……!」
彼はなみだを流しました。他の三人は、だまって雉を見つめています。
やがて、モモはふたたび雉のそばにかがむと、彼の肩に手をそえて言いました。
「……あなたは、戦ってるよ」
雉ははっと目を開きました。モモは続けて、小白丸と赤兵衛の顔を代わる代わる見て言いました。
「ねえ、二人とも……! この子も、連れていってあげようよ。ね? 志は、わたしたちといっしょだもん」
小白丸たちはあきれたように苦笑いをしました。赤兵衛が言います。
「ヒヒッ……! わしは志などありゃあせんが……。ま、良かろう。わしがきたえりゃ、化けるかもしれん。そうでなければ、いざという時の非常食じゃな。ヒッヒッヒッ!」
小白丸は横目で赤兵衛を見て顔を引きつらせました。それから彼は小さくため息をついた後、雉とモモに向かって言いました。
「……じゃあ、いいよ。だれかを守るのが、ぼくのつとめだからな。ただし、いろいろ調子に乗らないように」
モモと雉の表情は、ぱっと明るくなりました。モモは雉に言います。
「良かったね、雉さん! わたしはモモ。あっちは犬神明神の小白丸で、こっちは狒狒の赤兵衛ね。あなたは、名前はあるの?」
すると雉は胸を張って言いました。
「へへっ。おいら、
こうして、しゃべる雉の五色彦が、モモたちの仲間に加わったのでした。
その夜、四人は空いていて比較的きれいな漁師小屋を見つけて、赤兵衛が釣った魚や、モモが新たに作ったキビ団子を食べながら、身の上話を語り合いました。やがて彼女たちは眠りに落ち、日の出とともに目を覚ますと、身じたくをして出発です。
海のある南東の方角を目指して、日中は周囲の様子に気を配りながら、また、戦いの猛特訓を積みながら、四人は進んでいきました。二日目の夕方には、モモが村を出てすぐに出くわしたような大蛇を、一度に三匹も退治しました。
夜は空き家を探したり、神社の軒下などに入りこんで休みました。そんな旅を続けて、三日目の日暮れ間近。四人はようやく、海辺の町にたどり着いたのです。
「わぁ……! 大きい町だね……! 見て! 海がすぐそこまで! これが磯の香りっていうのかあ」
モモが目をかがやかせて言いました。四人は町の北側から出ている街道の外れで、しげみの中からその町をながめています。
南北に伸びる街道に直角に交わるようにして、川が西から東に流れており、少し先で海にそそぎこんでいます。その街道と川の交差した周りにたくさんの家が建っており、大きな蔵もいくつもありました。町の向こう側に見える海は切りこんだ入り江で、東の先は果てしなく水面が広がっています。赤兵衛は言いました。
「たしか、ソネの町と呼ばれておったかの。古くから、交通や交易のかなめとして、栄えておった場所じゃ。モモよ、まちに待った、海辺のまちじゃぞ? ヒーッヒッヒッヒッ!」
彼はくちびるをめくり上げて笑いましたが、すぐに五色彦が顔をしかめて言います。
「けどよ、あんまり活気は、ないんじゃねえか?」
彼の言った通りでした。海に船は見えるものの、海岸で帆をたたんでとめてあるだけのようですし、川を行き来する舟も見えません。街道も先ほどから人通りはなく、辺りは暗くなりつつありますが、町の明かりは意外なほど少ないようでした。小白丸が言います。
「何か、問題があるんだ。どうする? 町に入るかい?」
モモはうなづいてから、少し困ったように言います。
「ここまで来れば、わたしのことを知ってる人はめったにいないと思うから、その点は大丈夫なんだけど……。えっと……、みんなは、どうするの……?」
小白丸と五色彦は固まりました。けれども赤兵衛はすぐに言います。
「ヒッヒッヒッ! この時のためにな、わしは考えて、準備しておいたぞ?」
彼は背負っていたモモのふくろを下ろすと、そこから蓑とぼろ布を取り出しました。蓑は今モモが身に着けているのとは別の物で、下半身に着ける腰蓑もあるようでした。
「ヒッヒ……! 道中、少しずつちょうだいしてきたんじゃ。この蓑を着てな、体の他の部分や口元は布でかくして、おぬしの笠をかぶれば、わしなら猟師に見える。小白丸はふくろの中にかくれ、五色彦は死んだふりをして、わしの狩ったえものの役をするのじゃ」
「「ええっ!」」
小白丸と五色彦が声を上げました。
「ふくろの中っ? そんな……!」
「死んだふりはひどいぜっ……!」
けれども赤兵衛は笑って言います。
「ヒッヒッヒッ! いやなら二人は、ここで留守番じゃ。他にいい案があれば、それでも構わんがの」
小白丸たちやモモも、しばらく頭をひねってみましたが、代わりの案は浮かびませんでした。置いてけぼりはいやな二人は、赤兵衛の案をみとめます。
そうして赤兵衛が変装を済ませ、ふだんはかがめている背筋を伸ばすと、たしかに彼は、少し毛深い人間の猟師、くらいに見えました。小白丸はしぶしぶふくろに入り、五色彦もいやいや足をなわでしばられました。モモが気の毒そうに声をかけます。
「ごめんね、二人とも……。なるべく早く町のことを調べて、自由に動けるようにするね」
赤兵衛はモモの笠を借りて目深にかぶると、意地悪く笑って言いました。
「ヒッヒ……! なるべく、な。それではみなの衆、参ろうか」
モモと赤兵衛は街道を歩いて、北側から町に入っていきました。そのころちょうど日が沈みましたが、やはり明かりの数はほとんど増えず、町の中はまるでいなかの夜のように暗くなりました。外に出ている人の数もとても少なく、みんな肩を落としてうなだれています。モモたちは事情を聞こうとしましたが、人々は話をする気力もないようでした。
仕方がないので、モモたちはひとまず今夜泊まれる所がないか探すことにしました。やがて、苦労して一軒の宿屋を見つけます。町の中には傷んでいる建物もありましたが、その宿屋は特に、ぼろぼろと言ってもいいくらいの店でした。
「ごめんくださーい……!」
宿屋の玄関で、モモが奥に向かって呼ばわりました。入り口は開いていたので、店を閉めているわけではなさそうでしたが、中に入ってもだれもいなかったのです。
「たのも~うっ!」
今度は赤兵衛がどなりました。すると、どたどたと音を立てて、奥から一人のやせたおばさんが出てきました。この宿屋のおかみでしょう。その人は暗い表情と声で言いました。
「これはこれは……。まさか、お客さんとは思わなくって……。いらっしゃい」
宿屋のおかみはそう言いながら、上目づかいでモモと赤兵衛をじろじろ見ました。モモはたじろぎながらも、彼女に言います。
「あのっ……。今夜、泊まりたいんですけど……!」
おかみは探るような目つきをやめずに言いました。
「……二名様ね。……あんたたち、猟師だよね? どこから来たんだい?」
「えっと……」
モモはとまどいました。すると、
「『雪入り山』だ。それがどうかしたのか?」
と、モモの横で、赤兵衛がふだんよりも野太い声を出して言いました。宿屋のおかみはひるみながら答えます。
「いや、その……。一応ね、確認しただけさ……! 子連れだし、うたがっちゃあいないけど、今のこの町に、泊まりの客が来るなんてめったにないからね。ついつい不安に思っちまっただけさ……!」
赤兵衛はここぞとばかりに、おかみに言いました。
「それなら、もっときちんと娘に説明してやってくれ。どうして町がこうなったのかというところからな」
するとおかみは大きくため息をついてから、ゆううつそうに語り始めました。
「……もともとこの辺りは、世の中が荒んできてからというもの、盗賊や海賊がはびこってたんだけどさ……。これまでは町で独自に武士をやとったりして、なんとかしのいできてたんだ。……けど、もう一年近くになるかな。南の街道に、出るようになったのさ……。鬼が、ね」
「鬼……!」
モモは声を上げました。宿屋のおかみは引きつった笑みを浮かべて、話を続けます。
「そう、鬼さ……! 二匹の真っ赤な鬼が出て、街道を通る人をおそうのさ……。この町の物や金や人の流れは、ほとんどが南側の街道を通ってやり取りされてたんだ。海でとれた魚や塩はよそへ運べないし、よそから来てた米も油も、町には入ってこなくなった。商人たちはみんな殺されちまうんだ。武士もまるで歯が立たない。鬼どもは道をさえぎってふさぐから、『サエギリ』と『フサギ』なんて呼ばれてるけどね。実際はそんな生やさしいもんじゃないのさ……」
しばしの沈黙の後、モモが声を落として、おかみに言いました。
「……そんなにひどいことが……。でもっ……、鬼は、町をおそいには、来ないのですか……?」
「やつらは二匹だからね。ここまで攻めにきたら返りうちにされるかも、くらいの知恵はあるのさ。けど、あたしらにとっては同じこと……。今は魚を食べてりゃ生きてはいけるけど、物が入ってこないんじゃあ、そのうち壊れた家も、船も網も直せなくなる」
答えたおかみに、モモは早口でさらにたずねました。
「鬼は街道の周りに、いつもいるんですかっ……? それとも、どこかから出てくるとかっ……?」
赤兵衛と宿屋のおかみは、ここでちょっとまゆを上げました。おかみは顔をしかめつつ答えます。
「……南西の、森の中に住んでるってうわささ。もともとそこには賊のツチグモどもが住んでたけど、鬼が全部殺したって話だ。でもあんた、どうしてそんな……」
ここで赤兵衛が割って入りました。
「娘はすぐになんでも知りたがるのでな。お前、その辺にしなさい。おかみよ、部屋へ案内してくれ」
モモは直接的にたずねすぎたと気づき、おかみにおじぎをしてごまかしました。おかみはまだ少々とまどいながらも、奥に向かって声を上げます。
「あんたーっ! お客さんだよ! さっさと来て、案内して差し上げて!」
間もなく奥から、おどおどした小太りの小さな男が出てきました。その男に連れられて、赤兵衛とモモは二階にあるせまい部屋へと入ったのです。
「フウッ……! やっと出られた……!」
小白丸がふくろの中から出て言いました。続いて五色彦が、体をあちこち回しながら声を上げます。
「あんたはまだいいさ! おいらなんか、身動き一つできなかったんだぜ?」
「シーッ……! みんな、ここには猟師の親子しか泊まってないことになってるんだからね……!」
モモが声をひそめて言いました。モモたちは部屋に案内されて、例の小男が一階にもどったことをたしかめてから、小白丸たちを自由にさせたのです。
「ヒッヒッヒ……! わしも背筋を伸ばしっぱなしで疲れたわい。さて、おぬしらも聞いておったじゃろうが……。まさか、赤鬼のしわざとはのう」
赤兵衛にモモがたずねます。
「……赤鬼っていうのは……、あの、真っ黒い鬼とは、ちがうんだよね……? どうちがうの……?」
「……色がちがう。ヒヒッ! じょうだんじゃ。黒い鬼は影鬼と呼ばれておるがの、赤鬼もあやつらと同じく、人の恐れから生まれるという点では変わらぬ。じゃが、影鬼はどちらかと言えば、人のはっきりとは定まらない恐れから生まれるのに対して……、赤鬼はな、人々がだれか特定の人物を恐れた時に、その相手が、恐れをまとって、変化してなってしまうものなのじゃ。多くは盗賊や人殺し、あるいは、かくれて暮らしていた少数民族などがなる……」
モモはうろたえました。
「じゃあっ……! 赤鬼は、人なのっ?」
赤兵衛は考えながら言います。
「……いや……。鬼が賊のツチグモを殺した、と言っておったの。推測じゃが……、盗賊をしていたツチグモが、人の恐れを集めて赤鬼になったというのが、事の真相じゃあなかろうか」
モモはさらにたずねます。
「……ツチグモって……、なんとなく聞いたことはあるけど、妖怪の一種……?」
赤兵衛は首を横にふりました。
「いや、わしらとはちがうな。ツチグモは妖怪に比べたら、人間によっぽど近い。天狗は知っておるじゃろ? あれと似たような存在じゃな。山や森の、高い所を好むのが天狗で、深くせまい所を好むのがツチグモじゃ。親切な者もいれば、賊に身を落とすやからもいる。それも人間と変わらぬ」
小白丸がつぶやくように言いました。
「……変わらないよ……。ただ人間が、恐れすぎるだけなんだ……」
五色彦が言います。
「おいらはよく知らねえけどさ、人間と変わらねえって言うなら、手加減して戦わなきゃいけねえのか? 鬼から元の姿に、もどるもんなの?」
モモもこくこくとうなづいて、赤兵衛の顔を見つめました。彼はきっぱりと言います。
「もどらぬ。一年近く前から出ると言っておった。一度鬼になった者が元の姿にもどれるのは、『
ここで部屋の中は、重い沈黙で満たされました。
やがてそんな暗い空気を打ちやぶって、最初に口を開いたのは五色彦でした。
「おいらは戦うぜっ! 町の人の物をうばったあげく、商人たちを皆殺しにするなんて、おいらは許せねえ! 鬼でも盗賊でも戦うまでだっ!」
小白丸もうなづいて言いました。
「うん……! このままじゃ、町の人たちは真綿で首をしめられるようなものだ……。鬼たちを、たおさなくちゃいけない……!」
モモは不安そうに赤兵衛の顔を見て、こうたずねました。
「……勝てると、思う……? わたしたち……。武士でも退治できないのに……」
赤兵衛は真剣な表情で答えます。
「……おぬしは強くなっておるし……、おっと、五色彦もな。今のわしら四人は、そんじょそこらの武士ら十人よりも、戦えるはずじゃ。……が、鬼は強い。しかも相手は、屈強で知られるツチグモが変化した赤鬼。おまけに二人組じゃ。恐れてはならぬが、用心するに、こしたことはないのう……」
五色彦は顔をしかめて言います。
「勝てるのかって質問に、答えてないぜ? まさか戦わねえつもり?」
すると赤兵衛は不機嫌そうに答えました。
「フンッ……! わしは未来など読めやせんっ。他方、おぬしらの心は、すでに戦うと決めておるではないか。モモもふくめて、な」
モモは困ったようにほほえんで、彼に言いました。
「……うん……。恐くないって言ったら、嘘になるよ……? けど……。町の人たちのために……、やれるだけでも、やってみようかと……。赤兵衛っ、もしいやだったら、あなたは――」
赤兵衛はモモを制して言います。
「ヒッヒ……! 見くびるでない! わしはただ、いい女に無茶をしてほしくないだけじゃ。ヒヒッ! じゃが、これも定め。この四人で、やれるだけでもやってみようではないか!」
モモたちは四人とも、静かに笑みを浮かべました。それからモモは、他の三人を見回して言いました。
「えっと……。それじゃあ、どうしようか。鬼は南西の森に住んでる、って言ってたよね? 準備ができしだい……、明日にでも、乗りこむ……?」
「おいらは今夜でもいいぜっ!」
五色彦が声を上げましたが、小白丸が静まらせました。赤兵衛は考えながら言います。
「準備には時間をかけねばならぬ。町中で動けるのは、ほとんどわしとモモだけじゃしな。戦うにしても、危なくなったらすぐに逃げる心積もりでおるのじゃ。やつらが町の中までは追ってこないことは、分かっておるのじゃか……」
と、ここで赤兵衛はぴたりと止まりました。小白丸も耳をぴんと立てます。モモと五色彦が、同じように首をかしげた時です。赤兵衛は声をひそめて早口で言いました。
「めしを持ってきたようじゃぞ……! 小白丸、五色彦、かくれるんじゃっ……!」
四人はあわててかくれたり、かくしたりしました。そして間もなく、赤兵衛の読み通りに、先ほどの男の人が、部屋に二人分のお膳を運んできました。
食事は米はわずかで、ほとんど魚だけでした。街道が使えないためでしょう。モモたちはその食事を四人で分け合って食べた後、気持ちを静めて、その日は早めに休むことにしたのでした。
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