きさらぎ駅の一番長い日 〜よく見ないで捕まえた電車がラッシュ時の通勤電車でホームが人だらけですボスケテ〜

しめさばさん

きさらぎ駅の一番長い日 〜よく見ないで捕まえた電車がラッシュ時の通勤電車でホームが人だらけですボスケテ〜

 きさらぎ駅は怪異である。

 駅の形をした怪異である彼(?)は、何年、または何ヶ月かおきに適当にその辺の電車を捕まえては、異界にある自分の中に連れてきて、駅に降り立った乗客を食ってはその腹を満たしていた。

 暑い夏のある日、数年ぶりに目が覚めたきさらぎ駅は、寝起きの半覚醒状態のまま、目に見えぬ触手めいた腕を異界の外の空間に垂らし、そこに引っかかった電車をろくに見もせずに自らの中に引き入れた。


 彼が己の迂闊さを呪ったのは、電車がホームに着き、ドアが開いた瞬間だった。


 ドアの開放とともに、一斉にホームに溢れてくる人、人、人。どかどかとホームに雪崩れ込みながら、見知らぬ駅に戸惑ったり叫んだりしている。

 その数、およそ二千人。

 いや待ってくれ。多い多い多い。

 そう、寝ぼけたきさらぎ駅は、首都圏の環状線の車輌を捕まえてしまったのだ。しかもいつも狙う終電ではなく、朝のラッシュ時間帯の満員電車。これでも昨今のテレワークの普及によって、例年よりも少ない人数なのだが、きさらぎ駅にとってはどっちでも一緒である。きさらぎ駅は過去こんなに大量の人間をホームに乗せたことはなかった。重い。


「なんだよここは⁈」

「やだ、どーなってんの?」

「どーしよう、遅刻確定じゃん」


 皆思い思いにホーム上で騒いでいる。えらいことになってしまった。きさらぎ駅は健啖家ではない。むしろ少食な方だ。いつもは終電間際の人の少ない時間の電車を捕まえて、一人か二人食べて満足していた。それが千人単位である。そんなもんを一気に腹に入れればこちらがもたない。 


「おい、駅員出てこい。説明しろ」

「どうなってんだ、こんな駅に連れてきやがって」


 朝の通勤中に大幅なロスを食らったサラリーマン達は、皆非常に気が立っている。口々に罵りながら謝罪と説明を求めて駅舎のドアを叩きはじめた。しかし、駅舎は駅っぽく見せるための擬態の一部なので、中は無人である。すみません、そこ誰もいないんですよ。きさらぎ駅はワンオペ操業である。駅舎のドアも彼の一部なので、ドカドカ叩かれると痛いのだ。


 これはたまらんと、きさらぎ駅は慌てて発車ベルを鳴らした。ごめんなさい間違えました、元の駅にお送りしますのでお帰りください。今度から獲物をよく見て捕まえるようにしますので……

 ホームでざわめいていた大量の乗客らは、ベルの音を聞いていそいそと車内に戻る。このせまい車輌によくもまあこんなに乗っていたなときさらぎ駅は感心した。大勢の乗客は、押し合いへし合いしながらもきちんと車内に収まった。すぐさまドアが閉まる。電車はファン、と一声鳴らすと、きさらぎ駅のホームから滑り出して行った。


 それでもまだ、きさらぎ駅のホーム上には数十人が残ってしまっていた。

 駅員にどうにかして文句を言いたくて駅舎の前に留まったサラリーマン、わけもわからず階段を上がって改札の方まで行ってしまい、発車に間に合わなかったOL、別に急いでないからちょっと探検してみようかなという大学生などが、まだホーム上でざわざわしていた。二桁台に人が減ったとはいえ、きさらぎ駅にとってはこれでもまだ多い。これはどこかから適当な電車を引き込んで、それに乗って帰ってもらうしかなかろう。到着する場所や時刻に若干ズレが出るが、食われるよりマシと思っていただくしかない。

 それと同時に、きさらぎ駅はせっかく残ってくれたこの人間の中から、自身の食事として一人は残すことを忘れてはいなかった。誰を残すべきか、きさらぎ駅はホームの人々の動向を注視した。ホーム上に一台だけ設置されてある自動販売機。これから飲み物を買って飲んでくれるのが一番早い。異界のものを口にしたのなら、元の世界には帰れないからだ。電車に乗って帰ろうとしても、その者だけがここに戻ってくる。そうしてからゆっくり捕まえて食えばいい。

 しかし、昨今の殺人的な暑さへの対策か、皆ペットボトルやマイ水筒を持ち歩いている。自動販売機から飲み物を買う者は誰もいなかった。熱中症対策ヨシ!である。きさらぎ駅は太陽を恨んだ。



 観察を続けるにつれ、きさらぎ駅はホームの人々が自分のことを前から知っているということに気がついた。「ここが"あの"きさらぎ駅か」などと言っているのが聞こえたからだ。皆スマホで駅名板やホームの上を遠慮なく撮影している。きさらぎ駅は少し恥ずかしくなった。おそらくもう彼の写真はネット上にばら撒かれていることだろう。しかし恥ずかしさに身をよじろうにも、コンクリート製のホームでは身動きすることもままならない。きさらぎ駅はじっと羞恥に耐えることにした。


 そうこうしているうちに、一人の男が線路に降りた。線路からホームを撮影している。よくみると、男が撮影に使っているのは、スマホではなくデジカメだ。しかも立派なレンズのくっついたやつ。ホームの上の人々は、男の振る舞いを眉をひそめて遠目に見ている。

 男が電車や駅の撮影に熱意を燃やす、いわゆる撮り鉄と言われる人種だというのはきさらぎ駅にもわかった。ズカズカと線路に降りるあたり、あまりマナーの良い部類とは思えない。

 男はパシャパシャと写真を撮りながら、線路の上を移動していく。そしてそのまま線路脇の木の方に歩いて行き、大きく張り出した枝を無造作に掴むとばきりと折り取り、折った枝をその辺に投げ捨てるとまた撮影を続けた。


 この瞬間、きさらぎ駅の今日のご飯が確定した。


 きさらぎ駅は駅の形をした怪異であり、駅とその周辺を構成する物は彼の一部である。もちろん線路脇の木もきさらぎ駅の一部であり、撮り鉄の男はそれをへし折ったのだ。これは明らかにきさらぎ駅に対する敵対行為。きさらぎ駅は怒りに身を震わせた。よかろう、骨も残さず食らってやる。お前の大好きな駅に食われるのだ。歓喜の涙を流しながらくたばるがいい。きさらぎ駅の怒りに、枝を折られた木が風もないのにざわざわと葉を揺らした。しかし撮り鉄の男は気にした風もなく撮影を続ける。



「危ないから線路の上を歩いてはいけないよ」


 いつの間にか、撮り鉄の男のそばに片足の老人が立っていた。一見普通の人のようだが、これもきさらぎ駅の一部である。独立して動かすことができ、普段は獲物が線路に降りないように、または逆に線路に行かせるように誘導するために使う。だから普段は同じセリフしか言わないのだが、今回はちょっと違う使い方をしよう。


「危ないから線路の上を歩いてはいけないよ」


 老人は男にもう一度話しかける。男は唾を飛ばしながら、


「うっせーよ、じじい、お前も線路に降りてんじゃねーか。つうかどけよ、撮影の邪魔だよ」


 と、老人の肩をつき飛ばす。しかし老人は、片足だというのにバランスを崩すこともなく、そこに突っ立ったまま穏やかな口調で続けた。


「駅の写真が撮りたいのかい。なら地元の人しか知らないスポットがあるよ。そっちに行ってみたらどうだね。外にいるタクシーの運転手に言えば、案内してくれる」


 我ながらうまい言い方だときさらぎ駅は心の中でほくそ笑んだ。『地元の人しか知らないスポット』この言葉に抗える人間がいるだろうか? いやいない。男は「本当だろうな」とかブツブツ呟きながら、ホームに上がるとそのまま階段を上がり駅の出口に向かって行った。

 もちろん、駅の外で待っているタクシーと運転手も、きさらぎ駅である。タクシー(普通の乗用車の時もある)に乗せた獲物は、そのままきさらぎ駅の"口"に連れてこられ、めでたくその日のご馳走となる。

 獲物が罠に嵌った悦びに、きさらぎ駅は上機嫌になった。どこからともなく、太鼓や笛の音が聞こえ始める。きさらぎ駅の歓喜の歌である。ホームにいた人々はその音を聞いてまたざわつき始めた。





 

 十分も経たぬうちに、きさらぎ駅のホームに電車が滑り込んできた。先ほど捕まえてきた回送電車である。ホームに残った人々には、これに乗って帰ってもらうことにする。回送電車ゆえ車庫に直行してしまうので職場には遅刻するだろうし、車庫の人らにも驚かれたり怒られたりするだろうが、そこは勘弁してほしい。

 撮り鉄以外のホームにいた人々を全て車内に収めると、回送電車はゆっくりと駅を出発して行った。その電車の後ろ姿を見守りながら、きさらぎ駅は一仕事終えた満足感に浸っていた。ご迷惑をおかけしました、お気をつけてお帰りください──。



 一息ついたきさらぎ駅は、撮り鉄を捕らえたタクシーの方に意識を向けた。タクシーは順調に目的地に向かって進み、その車内では撮り鉄の男がきさらぎ駅である運転手に向けて、後部座席からずっと怒鳴り続けている。


「おい、どんどん駅から離れていってんじゃねーか、どうなってんだよ、駅に戻れ、そうじゃなきゃここで俺をおろせ。なあにが地元の人しか知らないスポットだ、嘘ぶっこきやがって。帰ったらテメーの会社に全部ぶちまけてやるからな」


 残念ながら、君がはらわたをぶちまけるのが先だよ撮り鉄くん。運転手はそう思いニヤリと笑った。それが癇に障ったか、撮り鉄はさらにヒートアップしながら金切り声をあげる。


「おろせ! おろせつってんだろテメー‼︎」


 撮り鉄が運転手に掴みかかろうとした瞬間、タクシーが急ブレーキをかけた。撮り鉄の言葉に恐れをなしたのではない。進路上に人の姿が見えたからだ。グレーの作業服らしいものを着て、タクシーに背を向けて立っている。今朝の電車の乗客か? いや、撮り鉄以外の人間は先ほど全て回送電車に乗せて送り返したはず。ならこの作業服の人物は?

 作業服の背に書いてある文字『NOBODY』を見た時、きさらぎ駅は思い出した。異界に迷い込んだ人間を元の世界に引き戻しにくる存在を。きさらぎ駅はタクシー運転手の口で思わずその名を呼んでいた。


「『時空安全管理職員時空のおっさん』……!」


 それに応えるように、作業服の人物おっさんはこちらを向いた。車内にいる撮り鉄の男を指差すと、ゆっくりと言った。


「大変申し訳ないんだがね、そちらの後部座席の彼をこちらに渡してもらえないかな」


 下手に出ているように見えるが、彼の手には特殊警棒のような物が握られているのがはっきりと見える。断れば力づくといったところだろうか。しかし、きさらぎ駅も黙って獲物を差し出す気はなかった。撮り鉄には自分の体の一部である枝を折られている。撮り鉄を食うことは、きさらぎ駅にとって単なる食事以上の意味があるのだ。


「最近の管理職員さんは、怪異の中にまで来るのかい。よほど仕事がないのかな」


 おっさんの後ろに、片足の老人が現れた。駅からここまではかなりの距離があるが、老人もあくまできさらぎ駅の一部。一瞬で長距離を移動するくらいは朝飯前である。


「仕事はあるさ。たくさんね。お陰で人手が足りん。だから『時空安全管理職員われわれ』になり得る素質がある者は、何がなんでも確保しなきゃいけない。たとえ管轄外の怪異の中に飛び込んででも」


 時空安全管理職員時空のおっさんは、本来は"裏"の世界や並行宇宙に迷い込んだ人間を救助するのが仕事であって、きさらぎ駅やマヨヒガ、神隠しなどの怪異の領域は管轄外である。それなのにわざわざここまでやってくるとは、この無法な撮り鉄はそんなに素質のある人間なのだろうか?


「こいつの性格は最悪だぞ、苦労するのが目に見えている。諦めて帰れ」

「そうもいかないのさ。上からの指示でね」


 運転手がゆっくりとタクシーから降りた。老人と挟み撃つような形でおっさんと対峙する。相手は一人、こちらは老人が片足ということを計算に入れても一人と半分。数は有利だ。運転手と老人がゆっくりと距離を詰める。おっさんが特殊警棒を構えた。





 決着はいとも簡単についた。きさらぎ駅は戦闘系の怪異ではない。迷い込む乗客を食うトラップ型の怪異である。管理職員になる前は剣道をやっていたらしい時空のおっさんに勝てるはずがなかった。撮り鉄は連れて行かれた。折られた枝の復讐は果たせず終いとなった。


 きさらぎ駅はひどく疲れたまま、空腹を抱えて眠りについた。きさらぎ駅は思った。次に電車を捕まえる時には、車内の状況確認を怠らないようにしよう。そしてできれば、今日のような無法な撮り鉄を捕まえて、この鬱憤を晴らしてやろうと──







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この話は

『時空のおっさん雑談スレ』シリーズと同じ世界です。スレ形式になってないので単品でお出ししました。

よかったら雑談スレの方も覗いてみてください。

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きさらぎ駅の一番長い日 〜よく見ないで捕まえた電車がラッシュ時の通勤電車でホームが人だらけですボスケテ〜 しめさばさん @Shime_SaBa

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