短編集
柴深雪
みよちゃん
勝って嬉しい花いちもんめ
負けて悔しい花いちもんめ
隣の奥さんちょっと来ておくれ
鬼がいるから行かれない
お布団被ってちょっと来ておくれ
お布団ビリビリいかれない
お釜被ってちょっと来ておくれ
お釜底抜け行かれない
あの子が欲しい あの子じゃわからん
この子が欲しい この子じゃわからん
相談しよう そうしよう
これは私が小学生の時の話です。当時小学校低学年だった私は、ドッヂボールとかが苦手で、中休みは校庭の隅で鬼ごっことか、だるまさんが転んだとかしてました。子供って不思議ですよね。誰からともなく「鬼ごっこやる人、この指とーまれ!」って言うと、その子の指折れちゃうんじゃないかってくらい人が集まるし、名前も知らない子がまじっていても、自然と打ち解けて気づいたらずっと遊んでる。人見知りの激しい子だったらまた違ったのかもしれませんが、私は全く人見知りをしない性格でしたので、知らない子がいても全然気になりませんでした。
当時、私たちの間で流行っていたのは「花いちもんめ」ってわらべ歌です。そう、勝って嬉しい花いちもんめ~ってやつ。え、普通は小学校でこの遊びはしない? そんなこと言われても、私たちの間じゃ人気だったんですよ。いつどうやって覚えたのかすら覚えていないけど、お楽しみ会とかで必ず候補にあがるほど、とにかくクラス全員が歌えるくらい私の小学校ではなじみ深い遊びだったんです。
その日も私たちは誰からともなく声をかけて、花いちもんめをやっていました。ふと、視線を感じて目をやると、木の陰にその子はいました。私たちとおそろいの制服を着た子。え? えぇ、そうなんです。私の通っていた小学校は制服があって、それこそ祖父の代から変わっていないほど。学年まではわからないけど、私たちをじーっと見て自分も混ざりたそうにしているんです。
その子は私が見ていることに気づくと、慌ててどこかに行ってしまいました。それからしばらく、その子を見かけることはありませんでした。けど数日たってまたいつもと同じように花いちもんめをしていると、その子は同じ場所にいたんです。ちょうどその時、区切りが良くて私はその子に話しかけました。一緒に遊ぶ? とかそんな風に。その子は少し驚いた顔をしていましたが、すぐに嬉しそうに私の手を取って輪に混ざりました。
しばらくみんなで楽しく遊んでいて、あることに気づいたんです。あの子は一度も選ばれていないことに。花いちもんめって気づくと、みんなから人気な子ばかり選ばれるようになっちゃうんですよね。子ども特有の無邪気なものなんですけど、私もあまりよく選ばれるタイプではありませんでしたから、選ばれないと面白くないのが分かっちゃって。だから、次はあの子がいいって皆に言いました。
「いいけど、あの子の名前知らないよ? のりちゃんの友達?」
「何言っているの。……あの子はみよちゃんじゃない。同じクラスなのに、皆忘れちゃったの?」
私はその時、皆があの子――みよちゃんを忘れていることが信じられませんでした。だってずっと一緒のクラスなのに、誰一人としてみよちゃんを覚えていないなんておかしいじゃないですか。皆はみよちゃんの名前を聞くと、そうだったあの子はみよちゃんだ。次はあの子にしようって口々に言い始めました。
次の歌の時、みよちゃんのグループはあーちゃんを指名しました。あーちゃんはクラスの人気者で、花いちもんめでは必ず取り合いになるような子でした。じゃんけんの結果、みよちゃんが負けました。みよちゃんは負けたけど選ばれたことが嬉しかったのか、少し気恥しそうに私の隣へ来ました。「隣、いい?」「いいよ」なんて言いながら。みよちゃんの手は少し冷たかったけど、私も冷え性がひどい方でしたから、彼女もそうだと思いました。
私たちは下校のチャイムが鳴るまでずっと遊んでいました。チャイムが鳴って、皆で他愛ない話もしながら騒いだりもして。皆と別れて一人になった時、いつももっと皆で遊びたかったなぁと思うんです。私は自分だけ家の方向が違くて、途中の分かれ道からひとりで帰らなければいけませんでした。でも突然、どこかで聞いたことのあるような声でのりちゃんって呼ばれました。驚いて振り返るとそこにはみよちゃんがいました。
「みよちゃんお家こっちだっけ?」
「何言ってるの、いつも一緒に帰ってるじゃん」
私がそう聞くと、彼女は不思議そうにするんです。そうだっけな、とも思ったんですが、いつも一緒に帰るのに忘れるなんておかしい、大事な友達を忘れるなんてひどい奴だ! なんて自己嫌悪しました。私は慌てて「そうだったね、なんで忘れていたんだろう。ごめんね」って言い彼女の横に並びました。
その時は確かに自己嫌悪もしました。でもそれ以上にいつもの寂しい帰り道を、一緒に帰れる人が居ることの方が嬉しくて。彼女も笑って許してくれましたし、本当に私がただ忘れていただけなんだと思いました。
しばらく無言で歩いていて、そういえば私はみよちゃんのことをよく知らないような気がしてきました。このまま無言なのも気まずかったし、彼女に沢山質問をすることにしました。
「みよちゃん何組だっけ?」
「のりちゃんと同じ二組だよ」
「席は?」
「窓際の一番うしろ。みや君の隣。のりちゃん急にそんなこと聞くなんてどうしたの?」
「そうだった、そうだった。ううん、何でもないの。みよちゃんのことがもっと知りたくて」
彼女はこちらを振り返り勘ぐる目で私を見つめてきましたが、フーンと言って気を悪くするわけでもなくそれ以上は追及してきませんでした。
「好きな給食は?」
「揚げパン」
「私と一緒!」
私は思わず彼女に向き直り大きな声で応えました。彼女はそんな私の様子にびっくりしながらも、クスクスと笑いながら言うんです。
「私はのりちゃんのことなんでも知っているよ。のりちゃんのことが大好きだし、だって私達一番の親友だもん」
みよちゃんは得意げになっているようでした。そんな彼女の様子に私は少しいたずら心が働いて、私のことをどれくらい知っているのか言ってみてよって言いました。彼女は不敵に笑っていいよ、何でもお見通しなんだからねと言い、少しかしこまって咳払いしてから話し始めました。
「まず、のりちゃんは給食以外だったら、揚げパンよりもチョコパンの方が好き! でものりちゃんは、レーズンパンは嫌い。お姉ちゃんが二人いて、上のお姉ちゃんは八つ、下のお姉ちゃんとは四つ離れてる。のりちゃんはおとめ座で、好きな色はオレンジ! ……でもね、私ひとつだけ知らないことがあるの」
それまで自信満々に言っていた彼女はふと表情を暗くさせました。まるでそのことを知らないのが心底悔しそうに。
「私ね、のりちゃん自身に教えてほしいの。ねえ、のりちゃん――」
「みよちゃん見て! あの雲スイミーに似ているよ!」
私は彼女の話よりも目の前の雲が気になって、話を遮ってしまいました。自分から聞いたくせに、酷いことしちゃったな。
彼女はそれまでの物々しい雰囲気から一転し、にこりと笑みを浮かべて私の手を取りました。
「のりちゃん、少し遠回りして帰らない?」
彼女はもう少し遊んでから帰ろうというのです。当時の私は、先生や親の言うことが絶対だと思っていましたから、寄り道なんて絶対だめだと思い、断りました。しかし彼女はちょっとだけなら大丈夫、暗くなる前にはちゃんと帰るから遊ぼうよ、の一点張りでした。私も口ではいけないと言っていましたが、実はもう少し遊びたいとも思っていました。だから彼女がいいと言うならきっと大丈夫、少しくらいいいかと思って近くの公園に行きました。そこは私のお気に入りの場所で、ブランコとちょっとした遊具しかない小さな公園でした。
私たちは誰もいない公園でずっと遊んでいましたが、ふと気づくと五時のチャイムが鳴っていたんです。そろそろ帰ろうと思い、彼女に声をかけようとしてあることに気づきました。
みよちゃんのお家ってどこだろう。いつも一緒に帰っているはずなのに彼女の家が全く思い出せないのです。彼女に家はどこか聞こうと彼女の方を向くと、彼女は先程と同じ表情をしていました。
「のりちゃんさっきの続き、話してもいい?」
「いいよ」
彼女の表情は少し怖かったのですが、真剣に聞いてほしい話なんだろうなと思いました。私たちはつい楽しくなって話が脱線することもよくありましたから、今度こそ真面目に聞こうと思い、了承しました。
「ねえ、私はのりちゃんの親友なのに、一つだけ知らないことがあるの」
「うん」
「私ね、のりちゃんの名前が知りたいんだ」
なんだそんなことか、肩の力が一気に抜けた気がしました。だって私のことを既にあだ名で呼んでるのに、今更名前が知りたいなんて。思わず笑っちゃいましたよ。
「みよちゃん私の名前知っているのに、なんで聞くの?」
「のりちゃんから聞きたいの。教えて?」
その時の彼女は私の手を握り、笑みを浮かべていたような気がします。冷え性の私よりも冷たい手がひどく印象的でした。
「いいよ! 私の名前は――」
「のり!」
名前を言おうとすると、公園の向こうから大きな声で呼ばれました。向こうに目を向けると、姉がいました。姉は五時の鐘が鳴っても帰らない私を心配して、探しに来てくれたそうです。
「お姉ちゃん! 今ね、みよちゃんと遊んでたの!」
姉に駆け寄り、みよちゃんを姉に教えようとすると、みよちゃんは私に言ってほしくないのか私の手を強くひきました。握られた手は氷のように冷たくて、さっきよりも一層冷たく感じました。しかし、姉は私の周りを見まわすと、呆れたように言うのです。
「あんたずっと一人だったじゃない。大声で名前を言おうとするからびっくりしちゃったわ」
「みよちゃんならここにいるじゃん! 変なこと言わないでよ。ねえ、みよちゃん。みよちゃん?」
振り返ってもそこには誰もいませんでした。その後、もう一人の姉や母に聞いても、近所の子どもに「みよ」という子はいないと言われました。翌日、学校でも皆に聞きましたが、誰も彼女を知っている人はいませんでした。昨日の花いちもんめもあーちゃんとじゃんけんをして負けたのは、私ということになっていたんです。いよいよおかしいと思って教室に駆け込んで、みや君の隣も確認しました。でもそこはずっと前から空席でした。考えると確かにそうなんです。私のクラスは奇数だったから、みや君の隣に人が居たらおかしいんです。
これで私の話は終わりです。もうずいぶん前の話だし、あまり話がまとまってなくて怖くなかったかも。所々覚えていない部分もありますからね。名前について? あ、そうそうこの話ちょっとした後日談? があるんです。
私たち、当時の友達みーんなあだ名で呼びあっているんです。今も。あの日、私たちはずっとあだ名で呼びあって花いちもんめをしていました。それで思い出したんです。神隠しとかって、その人の真名じゃないと連れていけないって話。「みよちゃん」が私の名前を聞きたがっていたのって、もしかして遊び相手として向こう側に連れていきたかったからなのかも。私、
あの子を「みよちゃん」って言ってますけど、本当はもう男の子だったのか、女の子だったのか、「みよちゃん」って名前だったのかすら覚えていないんです。でもあの子が私の妄想や夢だとも思えません。だってあの子に強く握られた手の痕がしばらく消えなかったし、手の感触と氷のような冷たさは昨日のことのように覚えているんですから。
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