無機物となった君と過ごす奇跡
四季ノ 東
墓石の君
俺、
「何回来ても慣れねーなぁ…。」
がさり、少し乱雑に花束を供える。風にのってユリの香りが鼻をついた。
墓石には“星見 蛍”と刻まれており、真新しく降り注ぐ穏やかな陽光を鈍く反射している。春の中頃、これまた真新しいスーツに身を包む蛍は、今日、晴れて大学一年生になった。
先客がいたのか、石は水気を帯びており、供えられた菊の花もある。線香は既にすべて燃え尽きたのか、見当たらなかった。
「…もう、春だなぁ。」
ぼんやりと、降り注ぐ桜の花びらに目を細める。供えられたユリの花束にも、数枚のっていた。
「…未だに、信じらんねぇわ。」
苦笑する俺の腕の中には、ウサギのあみぐるみが墓石を見つめているように向き合っている。同じようにぼうっと見つめて、近くもなく、遠くもないあの日を思い起こした。
「あの日─」
その日は、俺が部活を引退して約一ヶ月が過ぎた8月のある日。うだるような暑さにだらけながらも、さぁ寝ようと睡魔に身を任せようとしたその時だ。
フォン、なんとも不思議な音をスマホから発せられた。それは、メールの受信だ。明日に持ち越そうと思ったが、今確認した方がいい気がした。
眠い目を擦りながら画面を開いたその時、目に入った理解できない言葉の羅列。
──姉が、亡くなりました…。
メールの相手は、片思い相手であり可愛がっている部活の後輩である
伝えられたその一言。弟はどういうことだと問う俺のメールに返信はしなかった。
「星見が、死んだ…?」
呆然と、ついに電源が切れてしまった画面を見つめる。真っ暗な画面には、表情の抜け落ちた自分の顔が浮かび上がっていた。
俺と星見が出会ったのは、高校三年になり部活動の引退まで残り数ヵ月のとある日だ。
もともと少人数だった俺の部活は、そのとき既に三人で、俺以外の二人は幽霊部員だった。そんな部に入部を希望したのが、入学したての星見だった。
「空見
「ケイじゃなくて、ほたるだよ。」
挨拶もせずに、名前の読みを訂正しただけの無愛想な初対面だった。
「あら、すみません。改めて、空見
「うん。それで、お前は?」
「星見蛍、新入生です。私の名前、蛍と書いてケイと読むので、先輩の名前もそうだと思い込んでいました。」
作り物めいた笑顔で悪びれもせずに話す彼女は、はじめて接するタイプだった。容姿も整っており、儚く、ユリのように可憐な印象を持たせる。
「新入生、あー…星見さん」
「さん付けは結構ですよ、ほたる先輩。」
「お気遣いドーモ。んで、星見は俺に何の用なわけ?」
からかいの色を声に滲ませ、ひらがな発音で名前呼びする星見に、棒読みで用件を促す。すると、鞄から二つ折りにしていた紙を目の前に広げた。
「入部届けです。」
「そーだな。」
達筆な字を意外に思いながらも、しっかり印鑑まで押されたそれを受け取った。
「部長の俺が言うのもなんだが、部活としてはあんまオススメできねーよ?なんせ、残り二人は名前だけの幽霊部員で、実際は俺一人だからな。」
顧問に目をつけられ、無理やり入部させられた俺と違い、星見は意欲があって入部したいのかもしれない。そう思っての忠告だった。
「そんなの、部活動紹介で察しましたよ。その上での希望ですので、お気遣いなく。」
「…なんで?」
純粋に疑問だった。なんの面白味もないのは分かっていたろうに、何故この部活に入りたいのだろうか。
「特に理由なんてなかったんです。だけど、あなたを見て─」
主語のない俺の問いかけに応えた星見は、態度が一転し、只静かに、絞り出すような声だった。しかし、それ以上は何も言わず、誤魔化すように微笑んだ。
「とにかく!提出しましたのでこれからよろしくお願いしますね、ほたる先輩。」
取り繕った星見の笑顔は、完璧すぎて、それでも少しだけ歪んでいるように見えた。
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