第26話ボンボン首相と苦労人藤田官房長官

藤田官房長官は、首相執務室に入った。

岸本首相は、テレビの時代劇を、夢中になって見ていた。


その様子を見て、藤田官房長官は、眩暈がするくらいに疲れた。

「ボンボン総理、先祖代々の政治家で、何の苦労もなく先祖の派閥を相続」

「苦労して這い上がるしかなかった俺とは別の種類の人間」

「話を聞くとか、甘いことを言うけれど」

「実は、自分では何も考えていない、何も決められない、強く言われれば、はいはいと流される、そんなお坊ちゃん」

「この日本の国難とも言える状態も、他人事のように」


藤田官房長官は、ワザと大きな咳払い。

ようやく岸本首相が、時代劇から、目をそらした。

「何だ、藤田さんか、いい所なのに」

「もうすぐ印籠が出るよ、ほら」


藤田官房長官は、再び呆れながらも、首相を制した。

「まずは、テレビを切ってください」

「重大な話があります」


岸本首相は、面倒そうな顔。

「何だ、俺の決裁が必要なのか?」

「そんなに緊急?」


藤田官房長官は、首相の表情には動じない。

東亜銀行の行員襲撃事件の真相と、その後を報告。

「三田華音君が地域の杉田晴幸衆議院議員事務所の賃貸契約を解除しました、今後の選挙応援もしないと」

「確かに秘書の問題行動、地域極道が明らか、ネット動画に拡散されています」

「また、杉田議員の事務所秘書と、議員自身も華音君に無礼な対応」


岸本首相は、せせら嗤う。

「何だ、そんなことか」

「それくらいなら、藤田さん、あなたのほうで」

と、再び時代劇を見ようとする。


藤田官房長官は、テレビのリモコンを、首相の手から取り上げた。

「尚、三田グループと岩崎グループは、我が党への推薦、協力、献金を全面的に取りやめると決定したとのこと、私も両方のトップから、連絡を受けました」

「それと、柳生が、我々に牙を向きました」

「例の資金と、隠していた始末を、ものすごいスピードで調べ上げています」


ここまで話されて、岸本首相のボンボン顔に、ようやく変化が起きた。

「おい・・・藤田さん・・・マジか?」

「あの資金と、始末はヤバいぞ」

「野党も関係があるし、野党も困る」

「それを、この、選挙前に?」

「幹事長には?」


藤田官房長官は、また、落胆。

「もう、連絡しました」

「今は、各派に連絡しています、余計なことを言うなと」

「しかし、口の軽い議員はゴロゴロ、もう野党にも、マスコミにも」


岸本首相の顔が、一気に蒼くなった。

「やばいな・・・あの金も始末も」

「何とか、誤魔化せないかな」

「金融庁に、何とか理屈を考えさせろ」

「殺しと極道は、警察に念を・・・知らぬ存ぜぬで、押し通せないか?」


藤田官房長官は、首を横に振る。

「そんなことしたら、華音君が、また怒ります」

「元首相も前首相も、華音君には、本当に世話になっていますし、だから首相直属の調査官をお願いしたんです」

「だから、何かあれば、華音君を支持し、敵派閥の岸本さんの肩は持たない」

「それと、金融庁にも、柳生の者が入り込んでいる」

「警察庁にも警視庁にも、柳生はいます」

「そんな指示が総理から出たとなると、即マスコミに出すでしょう」

「国際的にも、日本という国の司法と金融、もちろん東亜銀行の信頼も失墜」

「東亜銀行本体も、危なくなります、もちろん、資金は出なくなる」

「まあ・・・今の時点で、資金も出ないでしょうが」


岸本首相は、頭を抱えた。

「我が派の危ない選挙区がいくつもあって」

「その上、三田さんと岩崎さんから、金も支援もない?」

「あの資金も出ない?」


藤田官房長官は、苦々しい思いで、岸本首相に直言。

「岸本さん、この期に及んで、自分の派の心配ですか?」

「日本が危ないんです、日本の信頼が、国内から、海外からも無くなるんです」

「その対処が必要なんです」


岸本首相は、机に頭を突っ伏し、上げられない。

「頼むよ、藤田さん、何とかして」

「あんたに任せる」


藤田官房長官は、これ以上、首相を見ていられなかった。

首相には「失礼します」とだけ、そのまま首相執務室を出た。


自分の部屋に戻りながら、華音を思った。

「華音君の考え一つか、この日本という国の明日も」

「ぶっ壊したいのか、どうしたいのか」

「いずれにせよ、一度、久我山だな」

「俺も、腹を決めないと」


藤田官房長官の顔は、厳しく、引き締まっている。


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