590 「戦略研究所第二回報告会(5)」
盤上の戦争は続いていた。
第12周期。1944年3期。
日米の二度目の大規模な海戦が中部太平洋上で発生。
またも互いに大損害。日本側の新規戦力投入と迎撃側優位もあって、アメリカの侵攻は失敗。
以後アメリカは、日本の海上交通路破壊に力を入れる。日本側は、防御用の機雷堰というものを活用して対抗。
欧州では英米が総反抗を延期。戦略爆撃も振るわなくなる。戦線が膠着。
ドイツは余剰した陸上戦力の一部を、さらに中東に向かわせる。
第13周期。1944年4期。
太平洋では消耗戦が続く。日米互いに艦隊の再建急ぐ。
米英、再び日本海軍が一時的に大規模に動けなくなったので、インド洋の制海権奪回に動く。インド洋で激戦。
英米、インド洋東部ベンガル湾以外での制海権奪回。
欧州では空の消耗戦が続くが、戦況全体は停滞。
第14周期。1945年1期。
激戦が続いているけど、日本軍はまだまだ元気にしている。油も鉄もあるからだ。
ただし、インド洋の制海権の多くを失ったので、そこから蒋介石への援助ルートが復活した。この時点では大したことはないけど、徐々に面倒になっていく。
太平洋では、日本が守りアメリカが攻める構図が1年以上続いているけど、アメリカの息切れで大きな動きはなし。
日本の海上交通路も維持されている。英米が豪州をなぜ奪回しないのかと『軍師』に聞いてみたら、最終的には中部太平洋を抜いて台湾を落とせば、南方全てを遮断できて効率的だからとの事。
欧州は、太平洋以上に膠着状態。ドイツ軍が守りを固めすぎて、英米は攻めるに攻められず。
逆に中東での混乱が続く。
第15周期。1945年2期。
アメリカ、性懲りも無く三度中部太平洋へ進撃。とはいえ、すでに中部太平洋の東側を占領した後なので、史実の1年遅れの状態に近い。
ただし、日本の生産力も半端ない状態が続いているので、飛行場に置ききれないほどの航空機がひしめく。そこかしこの島には、駒が積み上がっている。
これに対してアメリカは、大きな平地のある島がないという地理的な問題から、攻撃圏内に有力な空軍基地を置けず。日本軍が陣取る島を奪うために艦隊を突っ込ませるしかない。
西部太平洋には、大きな飛行場が建設できる島が驚くほど少ない。
そしてアメリカらしく大軍を投入するも、三度撃退される。
ただ日本は、もはや航空機と潜水艦中心に海戦を戦うようになっていた。
大型艦の補充は難しいので、息切れし始めているらしい。
欧州は、依然として空の攻防戦が続くけど、イギリスが本格的に息切れし始める。戦争開始からもうすぐ丸6年。長らくインドも遮断されたし、経済的にはそろそろ限界だ。ドイツが限界じゃないのは、近隣諸国の富と生産力と資源を吸い上げているお陰。旧ソ連からの収奪も大きく影響。
旧ソ連地域は、戦争に加えてドイツと日本の収奪で地獄になっている事だろう。
ただし、あと1年ほどでドイツ、日本の両国共に経済自体が崩壊を始めるとのアナウンス。
日本の生産力もこれ以上伸びはなく、アメリカも無尽蔵ながら上昇カーブはほぼ横ばい。総力戦も限界に差し掛かっている。
けど、戦争終結はまだ見えず。
第16周期。1945年3期。
史実では戦争が終わる頃だけど、まだまだ宴もたけなわ。ドイツが滅びるどころか、先にソ連が滅びて表向きは元気一杯。
太平洋では船がないと攻め込めないので、アメリカはまたも足踏み。そして後ろでは、日米が戦力の再編成を急ぐ。
欧州は完全に膠着状態。米英の戦略爆撃は具体的な効果は見えないけど、逆にドイツの通商破壊戦を封殺。海岸線は全て固められたので、米英は大規模上陸作戦を行えず。
しかしドイツに息切れ。末端で制空権を徐々に失い始める。
第17周期。1945年4期。
戦争はどこを見渡しても膠着状態。普通なら、誰かが投げ出す状態。
そして日米戦が低調な理由が数字から見えてくる。
日本は私の前世の歴史の中の約二倍かそれ以上の国力に対して、アメリカは欧州とイギリス援助により多くのリソースを向けたままだからだ。
何しろドイツは、ソ連を倒してしまっている。
アメリカは軍艦を呆れるくらい作っているけど、日本側も迎撃できる程度には負けずに作っている。飛行機も似た感じ。両者陸軍は減らして、海空の戦力拡充に尽力していた。
そして太平洋の島々は、呆れるくらいの航空戦力を置ける場所はなく、しかも島と島の間が開いている事が多いので、消耗戦と言っても欧州に比べると限定的でしかない。
海上交通破壊と防衛が主軸になるけど、流石のアメリカ様も潜水艦を呆れるほど作っても乗組員はそうはいかず、しかも日本側も全力で守ってくるので犠牲が山積み。結果、一進一退が2年も続いていた。
要するにこの戦争、日本 (とドイツ)の国力が尽きるのが先か、アメリカ国民が戦争に飽きるのが先かの戦いとなっていた。
まさに総力戦だ。
第18周期。1946年1期。
アメリカ、四度目の正直。ようやく中部太平洋のマリアナ諸島の奪取に成功。しかし激しい攻防戦で、双方ボロボロ。日本海軍は、再起不可能な打撃を受ける。
日本内部に、戦争終結の機運がようやく首をもたげる。
欧州情勢は、空の戦いで英米の優勢が明らかになる。どうやら、ドイツ軍のジェット戦闘機のようなものは登場していないらしい。
第19周期。1946年2期。
アメリカによる日本本土爆撃開始。日本側の激しい抵抗と距離の問題から、効果よりもアメリカ軍の損害が上積み。
一方でアメリカは、序盤に台湾に侵攻。日本との間に大激戦となる。攻防戦はアメリカが台湾に上陸するも、この周期で決着付かず。
欧州では、この周期の終盤にフランスに上陸作戦決行。そして敢え無く失敗。たまらずギャラリーの誰かが「何故!」と問うと、大規模すぎる上陸作戦は不確定要素が大きく、判定の賽の目がドイツに味方した為。
ただこの結果、戦争の結末はほぼ見えた。
第20周期。1946年3期。
私の体の主の3周目だと、この時期の最後あたりが米軍の関東上陸。この机上演習では、台湾で激闘が続いていた。
そしてその最中、欧州での失敗を補うべく、英米が日本側に停戦を提案。油はあるけど海上交通戦を遮断された日本との間に、条件付き和平が成立。
日本の戦争は呆気なく終わった。
史実ほど本土は叩かれていないけど、散財度合いは似たようなもの。なまじ日本の国力、経済力が上がっているので、散財した金額はその分だけ大きく増えていた。
「ドイツはどうなる?」
日本とアメリカの限界までの戦争というお題なので、中途半端な結末に対してのお爺様の一言。
それに対して『軍師』が、机上の前に出てくる。相変わらず、どこか淡々としている。
「日本の経済、国力の戦争としては、これが限界です。これ以上戦うのは亡国であり、限界を超えていると判断しました。また、賽の目、神々の采配まで左右してはいけないという取り決めで行いましたので、これが結果となります。
ですが、机上演習ではない状態で、最後まで予測した結果、それに日本が戦争を続けた結果はあります。また、その結果に対する戦後予測もしました。お聞きになられますか?」
「聞かんとスッキリせん」
「教えてちょうだい。まあ、資料を見ればいいのでしょうけど」
「はい。資料は後ほどお渡しします。そして結果ですが、英米のフランス上陸が成功した場合、ドイツはロシアの奥地にまで逃げて戦争を続けます。そして2年ほどして、ロシアの奥地での泥沼のゲリラ戦になり、流石のアメリカも戦争を投げ出します」
なんともドン引きの答え。私が前世のネットの海で見たいくつかの架空戦記でも、この想定は無かったと思う。
けど、それよりも聞くべきことがある。
「日本の戦争が続いた場合は?」
「台湾が次の周期で完全に陥落。アメリカの爆撃機は、日本列島を機雷で海上封鎖。この結果、日本列島の周りの海上交通が崩壊し、大陸からの石油、鉄、何より食料が途絶します。そしてこの時点で、英米は無条件降伏を提示。23周期目で、日本は両手を上げます」
「手を上げずに、戦い続けた場合は?」
「その後1年は、日本列島を飢餓が襲います。ですが降伏しなかった場合、日本本土での戦闘となり、飢餓も重なって日本人の3人に1人は死ぬことになるという結果が出ました。
そして最後まで戦争を続けた場合、日本帝国自体が物心両面から崩壊します。そしてその後は、最短でも四半世紀ほどアメリカ軍の占領統治が続き、日本が再興されるにしても今とは全く違う国と民族となると予測されます。
更に言えば、勝者となるアメリカも戦争で国力を酷く消耗するので、戦後に他国を支える力はありません。世界は長い停滞の時代となるでしょう」
淡々と語られる最悪の結末に全員ドン引。
「まあ国力差を考えたら、当然の結果だな」
「ですが、こうして示されると、衝撃は小さくないですね」
お爺様に続いた龍也叔父様の重い口調が、私を除く全員の総意だった。私は、体の主から似た結末の一つとして聞いているし、もう見なくなったとはいえ悪夢で散々湘南に米軍が上陸するシーンを見てきたから、「そらそうよ」という程度にしか思わなかった。
それに私にとっては、この結果に至る様々な数字、分析結果こそが必要なものであり、机の上での日本敗北は気にする要素ではなかった。
だから『軍師』と同じように淡々と、次の結果も促すことにした。
「それで、日本がギリギリで両手を挙げたこの結果の先は?」
「20周期の時点でも経済は実質的に破綻し、まだ余力のあるアメリカの言いなりになるより他ありません。
日本はアメリカの限定的な占領統治を受け、国家体制の大きな変更を強いられます。一方で軍については、アメリカ軍主導で再編成され、翌年にはヨーロッパへと派兵されます」
「敗軍だから、危険な先鋒をやらされるわけか。まるで戦国時代だな。それで、ドイツは両手をあげないのか?」
「講和はあり得ず、降伏するにも独裁体制を何とかしないといけませんが、政権打倒の為の軍事クーデターのような突発事態は想定に含めませんでした。ですから、結末については似た感じに落ち着きます。ただし1年から2年後ろ倒しになり、アメリカもほぼ力尽きてしまいます」
「限界まで戦えばそうなるわよね。けど、それを机上演習でも目にできて、実感が持てたわ。ありがとう。無茶を言って、ご苦労おかけしました」
「とんでもありません。我々一同も、とても興味深い題材を取り扱えました。内閣調査局でも、数字面で日本がどれだけ戦えるのか調べていますが、ここまではさせてもらえないでしょうからね」
「させたとしても、極秘か部外秘でしょうね」
「そもそも、日本の負け戦を表に出せるわけないな」
「そうですね。これをどう陸軍のお歴々に伝えるのか、今から頭が痛い」
私に続いたお爺様、龍也叔父様がそれぞれのコメントをゼスチャー付きで添える。分析結果を冷静に受け入れられるのが、この人たちの凄いところだ。同じものを見た他の多くは、まだ衝撃から立ち直れていない。
他の資料に目を通すなど、平気なのはお芳ちゃんくらいだ。
そんなお芳ちゃんに満足している私に、二人が視線を向けてきた。お爺様と『軍師』だ。
そしてお爺様が先に口にする。
「それで玲子よ、こんな事をさせて何をする?」
「さらに分析して、今の日本に何が足りないのか、何が必要なのか、何をするべきか、その辺を割り出すのよ。ですから皆さん、これからも宜しくお願いしますね」
「勿論です。ですが、机上演習はこれで終了でしょうか?」
「今回の研究と分析が終われば、また違う想定でして下さい」
「……いつまででしょう?」
少し意味深な聞き方。そしてその答えは、私は最初から決めている。
「取り敢えずは、次の大きな戦争が起きるまでです。最新情報に即して、日本にとっての最良の戦争を探して下さい。よろしくお願いします」
__________________
というわけで、本編では実現しないであろう日米戦、日ソ戦をダイジェストでお送りしました。
(そもそも、この世界の第二次世界大戦には触れないと思いますが。)
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