589 「戦略研究所第二回報告会(4)」

 机上演習用の大きな空間に移動すると、既に準備万端整っていた。多くの人が、巨大な世界地図などが置かれた大きな机の周りでテキパキと動いている。

 その中の一人、プールの監視員のような場所に座っている人が、はしごの上に立ち入ってきた私達にお辞儀する。


「準備は整っております。皆様が揃い次第、始めたいと思います」


 他数名も続いたけど、七三丸メガネの『参謀長』だ。

 他にも中心メンバー達は、職員達と一緒に各所で動いている。


(再現動画とかあれば、感想戦みたいな面倒な事しないで済むのになあ。かといって、今の技術で長時間の撮影で保存するのも無駄だし、早送りもないしなあ)


 前世の知識でそんな事をちらりと思ったりするけど、今回の机上演習の再現は要所要所を静画と動画の双方で撮らせている。

 先に聞いた解説も、もっとまとめた形で収録なり記録する事になっていた。


 そうしてタバコタイムなどを終えた人達も席につき、ギャラリーが全員揃う。一番熱心に見ているのは、龍也叔父様だ。お爺様も、さっきまで熱心に見入っていた。それ以外では、私の側近の男子達が見入っていたけど、これはオモチャを前にしての興味津々ってやつだ。

 もっと簡略化し、軍事機密を取り除いたものを、国防意識の向上を目指すとかのお題目でボードゲームにしたら売れるかもしれない。


「揃われたようですので、少し早いですが始めたいと思います。なお、約5年間を春夏秋冬で分けるので、全部で20周期。1周期5分程度で駒を動かし解説を添えていきますので、諸々含めて2時間程度かかる予定をしております」


 そう言って全員を見渡し、特に異論はないと確認すると小さく頷く。


「既にご存知の方もいらっしゃるかと存じますが、改めて簡単に説明を致します。お見せするのは、特殊な想定における世界大戦。その中でも日本が関わる戦争となります。

 ですが、全てを追いかけていてはキリがありません。時間もかかります。そこで可能な限り数字や単位を簡略化しました。それが目の前の地図であり、地図の上の駒になります。

 要するに、少し複雑な将棋や囲碁をしているとお考えください。それを我々は、青軍と赤軍、日本軍と敵国の軍隊に分けています」


 そしてその言葉が終わって数秒後、「第一周期!」という『前線指揮官』の元気な声で机上演習がスタートした。




 第一周期は1941年4期。

 まずは、日本軍がイギリスに攻撃を開始する。目標は馬来(マレー)連邦。ボルネオ島の北部とマレー半島。そしてイギリスの東洋支配の牙城シンガポール。

 また南太平洋の日本側からの玄関口と言える、ビスマーク諸島にも駒を進める。

 あと、半ばついでに香港を攻略する。当然、アメリカはガン無視。アメリカ軍も、戦争準備を全くしていないのもあって動きはない。


 陸軍主力は、ソ連極東の奥地と大陸中原にいる。けれど、極東の方は険しい地形の関係で大軍を置いても仕方ないので、かなりが戻ってきている。そしてその一部が侵攻部隊の第一陣となる。

 海軍の方は、大凡の艦隊の規模で駒が表示されていたけど、1937年度計画の大型艦が既に前線に姿を見せていた。ただし全部数字のみ。

 別ウィンドウと言える黒板に、戦力の概略が別に書かれていて、オペラグラスで見ることができる。

 他もそうだけど、模型みたいなものではなく、可能な限り単純に分かりやすく駒が作られていて実に分かりやすくて良い。


 そして陸海軍共に、大陸とソ連との戦いで戦時体制に移行しているから、陸軍は大凡50個師団、陸海軍合わせた空軍の第一線部隊は約3000機存在した。動員された兵員数は、既に200万人を超えている。

 けど大陸で5万人、ソ連との戦いで40万人以上を死傷者として失っているから、250万人近くを既に動員した事になる。


 戦況自体は、日本軍の鎧袖一触。植民地警備軍に多少の増援を加えただけのイギリス軍が相手な上に、準備不足もいいところなので負ける筈がなかった。


 また、周期の終わりに他の世界情勢の情報が知らせられるけど、モスクワが陥落していた。日ソ戦争が、相当堪えていたらしい。

 そして日本が攻撃しないせいか、アメリカの参戦はない。

 どうなるんだこの世界って感じだ。



 第2周期。1942年1期。

 日本はオランダに宣戦布告。オランダ領蘭印攻略を実施。さらに、海軍の一部がインド洋に押し入る。一方で南太平洋に進んでいた方は、ニューギニア島の要所を占領。目的は考えるまでもなかった。この世界の日本も、資源が欲しくて戦争を始めたのだ。


 ただし求めるのは、大量の鉄鉱石を始めとする様々な鉱産資源で、石油ではないのが大きな違いだ。蘭印攻略の目的も、ゴムや錫の獲得が主で石油はついで程度だ。

 ソ連の戦いの方は、冬将軍の力を借りてソ連軍が反撃を実施するも、モスクワ奪回には失敗。ドイツ軍も最初の侵攻と合わせて、甚大な損害を出す。

 アメリカ、依然として日本がガン無視。けど、アメリカからの挑発が多発。日本・ドイツ共に、アメリカに強い抗議を実施。



 第3周期。1942年2期。

 日本軍がオーストラリア北西部に侵攻。続いて東部沿岸など各所に侵攻。大兵力を用いて短期間で攻略。これで鉄鉱石とボーキサイトをゲット。この世界の鳳グループは、ホッと一息付いている事だろう。すぐにも輸送船団が動き出す。

 インド洋では、日本海軍が大規模な通商破壊戦を実施。実に日本海軍らしくないけど、これは机上演習だ。ただ、合理的すぎる日本海軍が凄くらしくない。

 ヨーロッパの方は、大きな動きはなし。



 第4周期。1942年3期。

 日本軍、オーストラリアを完全占領。そのままニュージーランド、ニューカレドニア、フィジーなど南太平洋各地に駒を進める。戦力は圧倒的で、抵抗は微弱。もはや占領作業をしているだけ。

 インド洋では大規模な通商破壊戦行いつつも、次の作戦準備。

 欧州ではドイツ軍が、ソ連に対する第二次攻勢を開始。

 連携する形で、日本軍もシベリアの奥地で攻勢。長距離爆撃機で、奥地の工業都市の爆撃などもしている。

 イギリスは、日本軍迎撃で大損害を受けて青い顔。アメリカはそろそろキレそうだ。



 第5周期。1942年4期。

 アメリカがついにキレた。そしてついに、日米戦勃発。

 確か前世の歴史での欧州反撃開始がこの年の秋だけど、アメリカの戦争準備、特に海軍の準備が整ったのが大きな要因と補足説明があった。

 この時期の日本軍は、インド洋での大規模な進撃途中。セイロン島など各地の島を占領して、インド洋を封鎖。大英帝国の生命線を締め上げる。


 その隙に、アメリカ軍の大艦隊が太平洋を一気に押し渡り、日本海軍が慌てて迎撃準備をしている間に時間切れ。

 アメリカの目的は、以前からある対日戦計画に従いフィリピンへの援軍と連絡線の確保。けど、それをされたら、日本は海上交通線を遮断されて自動的にジ・エンド。その前に最初の決戦が起きる筈だ。


 欧州では、無人の北アフリカに米英軍が上陸。ていうか、ドイツ軍は北アフリカに攻め込んでいなかった。

 イタリアの動きが「常識的」な影響だ。

 一方ソ連は、なんだかもう悲惨な状態。ドイツ軍は半ばやけくそでウラル山脈を目指し、ソ連はシベリアも切り捨てた状態なので、日本軍が解放軍よろしく抵抗微弱なシベリア奥地を西に進む。

 スターリンばかりか、世界中の共産主義者涙目状態。


 

 第6周期。1943年1期。

 中部太平洋上で、日米の一大艦隊決戦が発生。

 互いに大損害を受けるけど、地の利があり、より多い戦力を投入した日本海軍が勝利。深く攻め込んだアメリカ軍は、大きな損害を出して侵攻能力を失う。

 フィリピンは、干殺しにされて降伏。

 以後太平洋では、日米が向かい合う戦場がフィジーとサモアの間となる。

 一方で日本は、インド本土に攻め込む余力を無くし、インド洋の海上封鎖のみとなる。


 ソ連は冬季反抗する余力もなし。そろそろ滅亡しそう。

 イタリアも地中海で叩かれ、ドイツ軍の助太刀で一息。米英軍は、戦力不足からシチリア島には上陸できず。

 イギリスはようやく本格的に一息。


 

 第7周期。1943年2期。

 各戦線は、どこも膠着状態。消耗戦となる。

 アメリカは、イギリスのインドを助けろという極めて強い要請を受けて、地球の反対側のインドに多くの戦力を派遣。補給線の長さ、派遣できる戦力の不足などから、日本が優位に戦う。

 欧州では、英米のドイツ本土爆撃が本格化。



 第8周期。1943年3期。

 各戦線での消耗戦が続く。日本のインド洋での海上交通攻撃が、イギリスの国力をゴリゴリ削る。アメリカの湯水のような援助で、イギリスは戦っている状態。

 さらにアメリカは、遠いインド洋での消耗が続く。

 欧州では、ドイツが三度目の対ソ連攻勢を開始。ウラル山脈目指して進撃。日本軍もシベリアでお付き合い。

 一方地中海で激戦続く。英米は制空権の問題からイタリア侵攻できず。



 第9周期。1943年4期。

 各戦線での消耗戦が続く。英米がインド洋で反撃。迎撃体制を整えていた日本軍の防戦により、両軍消耗するも英米の攻勢は失敗。日本によるインド洋の封鎖が続く。

 欧州では、ソ連が事実上滅亡。日ソ戦争が原因かと思ったけど、そう言えばアメリカがソ連にあまり援助していなかった。アメリカに対する、長年の反共宣伝の影響だ。

 そしてソ連に向いていた日独の軍隊の大半が、別の方面へと向けられるようになる。

 英米、その前にシチリア島へ侵攻。

 日独、ソ連を潰したので、英米に講和を呼びかける。英米一蹴。



 第10周期。1944年1期。

 各戦線での消耗戦が続く。アメリカは戦時計画の艦隊が揃わないと洋上侵攻ができない為。

 欧州では、英米のドイツ爆撃部隊が大損害。独ソ戦終了により、欧州での制空権の様相が変化。

 制空権の変化のため、英米はイタリア本土上陸作戦延期。

 ドイツ軍は旧ソ連のコーカサス方面から、中東を狙い始める。

 日独、旧ソ連領を通じて連絡や資源の交換などが出来るようになる。特に互いが不足する資源は大きな助けとなる。ソ連の資源も利用。



 第11周期。1944年2期。

 ソ連との戦いの終了で太平洋方面、インド洋方面の日本の空軍力が大幅に増強され、米軍の航空撃滅戦は停滞。逆に押し返される。

 今までシベリアに向いていた戦力で、大陸では日本が圧倒的優位となる。機甲部隊が大陸を一気に押し進む。支援ルートが全て途絶えた蒋介石は、より内陸に後退する以外の戦略が取れず。

 大陸の地図の色が、一瞬で塗り変わっていく。


 欧州ではソ連に向いていたドイツ軍がどんどん再編成され、欧州各地に配備。英米は、安易に上陸作戦が出来なくなる。

 ドイツ、イランの一部勢力を味方に引き入れ、イラン、さらにはイラク方面に進出。

 日独とも、ソ連の資源を大量に使うようになる。


 盤上での戦いの終わりは、まだ見えてこない。

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