566 「ハワイ」

「おーっ! ダイヤモンド・ヘッド!」


「お嬢、ここも夢で見た?」


「見た見た。街並みが全然違うけどね。それにしても、緑多っ! ホテル全然ない! あの山だけ同じねー!」


 ハワイに近づいたので、ホノルル港に入る途中できる限りワイキキ海岸に近づいてもらった。

 そして見たことあるもの、そうでないものを目の前にしたら、テンションも上がるってもんだ。


 私の周りは、この客船に乗ってからのデフォで、マイさんとお芳ちゃん、それに一部の側近達がいる。そして私のテンションに軽く引いていた。

 他はサラさんとエドワードは、たいていイチャイチャしているし、紅龍先生達は私達と子供達が遊ぶ以外は家族で過ごしている。

 他の大人達も、大半はのんびりとそれぞれ過ごしている。たまにセバスチャンが側にいるくらいだ。


「上機嫌ね、玲子ちゃんは」


「そりゃあハワイですから」


 そう言いつつ、持っている双眼鏡でワイキキ海岸をウォッチングする。

 事前情報によると、20世紀に入るまでは湿地で水田があったらしい。しかも、ちょっとショックな事に、ワイキキ海岸の砂浜はリゾート用に人工的に作られたもので、オワフ島の他の場所や西海岸から砂を運んだのだという。

 言われてみれば、ワイキキの砂浜は奥行きがあまり広くはなかった気がする。


 そしてそのワイキキ海岸に面したエリアだけど、アメリカがリゾートとして開発しているという割には、大きなホテルは殆どない。少なくとも、というか当たり前だろうけど、見覚えのある大きな高層ホテルは1つもなかった。

 けど、例外もある。


「あっ! あれ、見覚えある!」


「また? どれ?」


「あのピンクの建物!」


「あれは、滞在先のロイヤル・ハワイアン・ホテルね」


「おぉ、あれに泊まれるんだ。金持ちにはなってみるものねー。あ、右の方にある建物も見覚えあるわよ」


「あちらは……おそらく、モアナ・ホテル。ロイヤル・ハワイアンの隣が、ハレクラニのホテルね」


 マイさんは、ホノルルの資料を調べていたのか、スラスラと出てくる。

 けど、他にも海岸部に建物は見えるけど、大きなホテルはその3つくらい。私の知るワイキキ海岸とは、全然違っていた。

 食事はともかくショッピングを楽しむのは、なんとなく難しそうな気がする。

 もっとも、雑踏とか人の多いところに出たらダメな私なので、地に足をつけてのんびりできたらそれで満足だった。

 



「それで玲子ちゃん、ハワイ寄港と滞在の本当の目的は?」


 到着後、ピンク色のホテルにチェックインして、取り敢えず休憩となった段階でマイさんが聞いてきた。

 意外に真剣な表情だ。どうにも、私が何かすると別の意味があると考えるらしい。

 お芳ちゃんを見ると、表情からしてやる気なさげ。この辺りは、付き合いの時間の差だろう。シズも似た感じだし、リズは多分関心がないんだろう。


「ハワイのホテルに泊まりたかったからです。本当に、他意はありませんよ」


「けど、他の人達は、そうは取ってない人が多いみたいよ」


「どう考えているのか、分かります?」


 マイさんではなく、他の人、恐らくは私の結婚式に出る人達が勘ぐっているようだ。

 とはいえ、こんな辺鄙なリゾート地で何をするというのか、当の私が皆目見当もつかない。


「そうねえ、真珠湾にある軍港の偵察、リゾートホテル建設の下見、日本人移民との接触もしくは交流。大きくはこの3つくらいね。時田さんやセバスチャン、それに八神さん達の話を総合すれば、だけど」


「ハァ。せめて独身最後の旅くらい、のんびりさせて欲しいんですけどー。それじゃあ、いっその事全部しましょうか?」


「お嬢、冗談でもそんな事を言わない。みんな本気にするから」


「そうね。私も話を聞いて半信半疑になりそうだったくらいだし」


 二人に呆れられた。

 それに、少し離れた場所で荷物整理しているシズの目が、ちょっと怖い。


「はいはい。何もしません。それに、突然言い出したところで、何もできないでしょう」


 そう返すと、二人が軽く目配せする。

 代表したのはお芳ちゃんだった。


「一応説明しておくけど、一番問題ありそうな真珠湾にあるアメリカ海軍の軍港は、ちょっとした艦艇が寄港できる設備くらいしかないよ。それ以外だと、潜水艦の拠点として使えるようになっているのが、日本海軍が気にしていた事くらいかな。

 リゾートホテル建設は、誰相手にどういう商売するのかの経営戦略がないと、作って即廃業確定。アメリカの企業でも、豪華客船で客を運んだり色々してても苦戦しているホテルもあるから。

 移民に関しては日系人が沢山いるけど、何かするにしても日本人以外を刺激しないほうが吉だね」


「事前に調べてたんだ。ご苦労様」


「ハワイはまだ可愛いもの。アメリカやヨーロッパの方が、何を仕出かすのか、予測するのと説得材料探すのが大変だった。大半は無用で済んで一安心だったけど」


「欧米で大半じゃないものってあったの? 私としては、面倒ごとは向こうからやって来た気しかしないんだけど?」


「基本そうだね。無茶振りは向こうの方が多かったかも。ロックフェラー邸の一件を隠すのは、かなり苦労した」


「そんな事ないと思うけどなあ。私個人のアンテナは低いし。それと今更だけど、私、今回はちょっとした商売の話と、ペンフレンドに会うくらいしか予定してなかったわよ。あとは、欧州世界の平和の為にナチスをさっさと潰そうぜって、冗談交じりに吹き込んだくらいでしょ。

 不測の事態ってやつからは、極力逃げるつもりだったんだけど? そんな風に思われるって、普段から突拍子もない事しているみたいじゃない」


 すぐの返事がなかった。お芳ちゃんはジト目。マイさんは苦笑い。救いを求めてシズを見ると、こっちを見てなかった。リズは問うまでも無い。

 そして一番近い人達がそう考えている以上、多少なりとも私を知っている人が何を思うかは考えるまでも無かった。


「……了解。分かりました。取り敢えず、今日は日が沈むまで動かず部屋でゴロゴロしています。それで、今夜の晩餐でハワイでは何もしないと説明する。これでオーケー?」


「そこまでしなくていいと思うけど」


「いや、しておく! このままだと、新婚旅行中ですら私は何か悪巧みしているって思われかねないじゃない!」


 お芳ちゃんが言いかけたのを止めて断言する。

 そうすると、全員が「確かに」と納得顔になった。私は泣いていいかもしれない。

 けど、すぐに現実に戻り、結婚前後に起きる可能性のある事件を思い出した。


「やっぱり前言撤回」


 「「エッ?」」。今度はハモられた。けど、内心の感情を押しのけて続ける。

 今年の七夕は、悪夢になる可能性があるからだ。


「大丈夫、ハワイでは何もしないから。新婚旅行でも何もしない。けど、新婚旅行で何もしないで済むように、入念に打ち合わせとか根回しは済ませるの」


「もう、しているでしょ」


「ええ。ご当主様や龍也様、それに貪狼様が、動かれておいでです」


「それでもよ。一番最悪のフラグの一つが、七夕からお盆あたりにかけて横たわっているのよ。手を抜けるわけないでしょ。それに今回の旅は、結婚もそうだけど、忙しくなる前にゆっくりしようっていう意図もあるのよ」


「そうでしたね。ですが、帰国されてからですね」


 お仕事モードなマイさんに、強めに頷き返す。


「海の上じゃあ、資料とか連絡方法がないからね。だから、横浜に着くまではゴロゴロする」


「オーダー承りました」


「まあ、ゴロゴロするのが一番だね」


 私の言葉に二人も笑顔で応じてくれた。

 今いるハワイ以外で太平洋上は文明から一番遠い場所なのだから、余計なことは考えないに限る。



 ただし、一つだけハワイには用事があった。

 ハーストさんが手を出し始めていた「太平洋問題調査会」という組織がホノルルを拠点にしているので、そこを訪問して寄付をすること。

 周りから見ても、ホノルル観光で出かけたついでに立ち寄ったという程度で、私は相手に対して表看板になっただけで、諸々は時田とセバスチャンがしてくれた。


 既に、ハーストさんの活躍でアカは排除されているから、念のため蒋介石など国民党の息のかかった連中を排除させるのが目的だった。

 今回のアメリカ訪問と合わせて、これで日中戦争の反日プロパガンダのフラグは、私が知っている限りは全部へし折った事になる。

 おかげで、多少は枕を高くして眠れるというものだ。

 

 

__________________


ロイヤル・ハワイアン・ホテル:

「太平洋のピンク・パレス」。1927年創業。アメリカ初のリゾートホテルとも言われる。

世界各国の元首や著名人が宿泊した。



モアナホテル:

現在のモアナ・サーフライダー・ウェスティン・リゾート&スパ。

1901年「モアナ・ホテル」として開業。

ワイキキ地域で初の大型ホテル。



ハレクラニ:

1917年創業。今は三井不動産のホテル。バブル経済の頃に日本がワイキキのホテルを買い漁ったが、その名残と言えるかもしれない。



真珠湾の軍港:

真珠湾奇襲の頃の大きな軍港になったのは1941年。それまでは小さな軍港しかなかった。



「太平洋問題調査会」:

今でいうNGOの一種。国際的な非政府組織・学術研究団体。本来は無害な組織。

ただし、中華民国とコミンテルンがスパイ、工作員を大量に送り込んで、欧米社会向けに反日プロパガンダを展開した。

日本向けの共産主義者の接触場所にもなっていた。

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