549 「亜欧空路の旅(4)」
マニラ到着の夜、街の中心部、スペイン時代の旧マニラ市内のすぐ外にあるマニラホテルに到着した。
水上機発着場の近くなので、正直車は必要ないくらいの場所だった。それなのに、車列を連ねての仰々しい到着で目立つ事この上ない。
その上、見せる為か見せつける為か、あえて少し遠回りしたみたいだ。
けど到着したホテルは、私の見たところ意外に普通だった。もう夜なせいかもしれないけど、鉄筋コンクリートの5階建。
玄関部分を中心にそれなりに洒落たデザインだけど、21世紀にも見かけたようなイメージを受ける。洋風の大きな温泉旅館の外観に近い気がする。
出来たばかりという事はないだろうから、改装したばかりなのであろう、建物の塗装は真新しい印象を受ける。
そしてその一見普通のホテルの玄関扉の前に、恐らく私達を招いたであろう人物が立っていた。
(あれって、マッカーサー? 記録映像とか写真で見たことあるけど、帽子もサングラスもコーンパイプもないから、全然ふつーの白人のオッさんにしか思えないなあ)
「玄関で出迎えておられるのが、マッカーサー閣下です。出迎えるのは非常に珍しい事です」
「とても光栄な事ですね」
外を見た時、一瞬だけ意外そうな表情になったアイゼンハワーの言葉に無難に返したけど、私としても意外だった。てっきり、執務室とかに案内されるものと思い込んでいた。アイゼンハワーもそうだったんだろう。
(主人が玄関で出迎えるって、最大限の持て成しじゃない。ホントにマッカーサー?)
そんなことを思っている間に車が止まり、アイゼンハワーのエスコートで車から降り、同じように降りてきたマイさんが横に並ぶのを待ってから、二人してお決まりではあるけど丁寧なお辞儀と挨拶をした。
アイゼンハワーのアドバイスで、招待されたのではなく招待を受けたという形式にしたからだ。
それを平然と受けたマッカーサーは、少なくとも表面上は上機嫌だ。
「ようこそ、鳳のご婦人方。私はダグラス・マッカーサー。どうかダグと呼んで欲しい」
「大変名誉な事です、ダグ。では私の事も、玲子とお呼び下さると嬉しく思います」
「わざわざお出迎え頂いた事と合わせ非常に厚遇を頂き、誠に感謝いたします、ダグ。私は舞とお呼び下さい」
「うん。さあ、レーコにマイ、立ち話もなんだ。長旅で疲れているだろうし、何よりお腹も空いているだろう」
笑顔でエスコートするマッカーサーに促されるまま、私とマイさんだけがホテル最上階の5階へ。セバスチャンら他の人達は、荷物を運び込んだりの作業もあるけど、基本的にはホテル内の別の部屋に。そしてレストランで食事を振舞われるとの事だった。
シズ達は少し懸念したけど、この状態で護衛を連れて行くのは失礼すぎるから、2人だけでマッカーサーに案内される。
そうして、豪華なシャンデリアが幾つも吊るされた少し派手めのホテルロビーから、エレベータを使い案内されたのはホテル5階。
ロイヤルスイートでもあるのかと思ったけど、それ以上。ホテルのスイートではなく、超豪華なペントハウスだった。
豪華で広いリビングルームとは別に、部屋が複数あるのがレイアウトから見てとれる。何より「家」である事を実感させるダイニングがある。しかもダイニングも広く、中央にある長いテーブルには10人以上が食事できるだけの椅子が並んでいる。
そして主人であるマッカーサーの上座の席の近くの両側に、もう2人分の食事の用意が整えられている。
マッカーサーと、近い距離で食事と歓談を楽しみましょうという主旨だ。主人の側の席だから、これだけでも高待遇と考えざるを得ない。
そして前世の歴史を知る私の内心としては、「尊大なマッカーサーは何処行った?」と問いたくなる状態だった。
そうしてマッカーサーの音頭取りで食前酒の乾杯をして、コース料理を堪能しつつ軽快なトークと洒落込む。
私もマイさんも豪華な空間、豪華なフルコースには慣れっこだけど、私としては必要以上に緊張せざるを得ない。
(あのマッカーサーと飯食ってるとか、斜め上過ぎでしょ。しかも上機嫌だし。まあ、マイさんが美人で社交の場では如才ないからかもしれないけど……そういえば、人種差別とかなかったっけ、マッカーサー?)
マイさんが話している間、そんな事を思いつつ食事を機械的に口に運ぶ。
そして私も会話をするけど、史上最年少だったかで陸軍参謀総長になっただけあって地頭が違う。事前に調べたであろう鳳グループの事も、スラスラと口から出てきている。
それは私達を良く知ってますというもてなしの証ではあるけど、なんとなく目的が透けて見える気もした。
「なんでも今回は、オーストラリアと日本の友好の架け橋となった事から、ジョージ6世陛下の戴冠式に出席されるとか?」
「はい。我が鳳グループは、オーストラリアで発見した大規模な鉄鉱石鉱山の採掘権を有し、そして大量に日本に輸入しております。また2年前からは、ボーキサイトの採掘と輸入も始めました。
今まで日本がオーストラリアから輸入していたのは、限られた量の羊毛や農作物だけでしたので、格段に取引量が増えた事になります。これにより、両国の互恵関係は非常に強固となり、ひいては英連邦に属するオーストラリアだけでなく、連合王国との関係もさらに強く深くなりました。その件を評価頂いたようです」
「閉鎖貿易、ブロック経済の蔓延る世界において、貿易が自由にかつ活発に促進される事は、自由を標榜するアメリカ人として、実に喜ばしい事だと私も考える。
そして私としては、ここフィリピンと日本の貿易もより一層促進出来れば、これに勝るものはない」
「確かにおっしゃる通りです。ですが鳳は、フィリピンで産する鉄鉱石を輸入しておりません。その事をおっしゃっているのなら、非常に申し訳なく思っております」
(後は、マニラ麻くらいかな? 椰子とか輸入しても、知れてるしなあ。あっ、バナナは栽培してたかな? 台湾産以外のバナナも食べてみたいなあ)
「いや、市場原理や鳳グループのことをとやかく言う積もりは全く無かった。これは言葉が足りなかったようだね。私はね、日本にこのフィリピンへの投資を勧めたいと考えていたんだよ。
今日本は、この極東で最も活発な経済活動をしており、大きな成功を収めている。そして資本主義の原則に従い、市場の拡大を求めている筈だ。しかし今の時勢では、他国の勢力圏に安易に市場進出する事は難しい。
だが、その国に投資を行えばどうだろうか。私はそれを手助け出来るだろう。そしてこれで両者に利害関係が生まれ、日本が商品を売っても問題も小さくなる」
「それを元帥は、日本とアメリカが有する勢力圏の各所で進めてはどうかと、おっしゃられているわけですね?」
「将来的にはね。ステイツには、日本が満州に独占的に市場進出をしている事を懸念する者は少なくない。中華民国北部に対しても同様だ。
だがまずは、フィリピンだ。フィリピンなら私が橋渡しをする事ができる」
「おっしゃられる通りですね。それに閣下のお言葉、大変力強く感じております。私どもも、今回の旅の後半でアメリカに渡り、様々な方との間に話し合いを持つ予定なのです」
「そうだろうな。いや、当然の事だ。アメリカの上層でも、フェニックスの名は有名だった。アメリカ経済を再浮上させたとね」
「過分な評価です。恩を返そうとしても、我々の非力さを実感させられるばかりでした」
「私は経済には詳しくないが、勇気ある行動だと思っている。勇気付けられた者も少なくなかっただろう」
「そうであったのなら、私財を投じた甲斐もあったと思います」
(私たちというより鳳を褒めてばかりで、こっちがマッカーサーを褒めるより多いんだけど、何が目的だ? このおっさんは)
そうしてしばらく、お互いを賞賛し合う、私的には気持ち悪い会話が続いたけど、そろそろ食事も終わりに差し掛かった頃だった。
マッカーサーが食後のコーヒーを一口付けてから話しかけてきた。
「鳳グループの成功は、ミス・レーコの特殊な力によるものだと聞いている」
「元帥は、そのような噂や迷信じみた事をお信じになられるのですか?」
「私は根っからの軍人だ。唯物論者だとも自負している。だが、ここでの生活は、軍人としての全てを満たしてくれるわけではないのだよ」
「では、今宵お招きいただいたお礼に、何か座興をお見せ致しましょうか?」
「うん。そう、そうだな。私はこの先なにかを成すのだろうか?」
(要するに権力者として、占いで良い事言って欲しいってやつか? とはいえ、アイゼンハワーは日米関係が良好なままでもワンチャンあるけど、マッカーサーはなあ……)
そう思いつつも、マッカーサーの意外に真剣な表情に何かを言う義務感のようなものを感じた。
「私は先を見通すなど出来ません。ですが、多少の分析ならしてきた積もりです。そしてこの先、軍事力が必要とされる時代がすぐそこまで迫っていると予測しています」
「その予測は肯定だ。そこで私にも出番があると?」
「元帥は、若くして陸軍参謀総長を務められました。またアジア情勢に非常に詳しくあられます。アジアで大きな戦争が起きれば、誰が必要とされるかは自明ではないかと」
当たり障りない事を口にしたせいか、ごく軽く「フン」と鼻で笑われてしまった。
「大きな戦争ね。日本とソ連が戦う戦争に、ステイツに出番はあるかな? それともチャイナでの大規模な内戦に、列強が直接介入する可能性は? 私の答えはノーだ。あったとしても、ステイツが騎兵隊とはならないだろう。
私に一番の出番があるとすれば、このフィリピンが侵略を受けた時だ。そして極東でそれが可能なのは、日本しかない。だが現状から考える限り、日本がフィリピンを攻撃する可能性は極めて低く、アメリカと全面的な戦争をする事態は考えられない」
なんだか、少しずつ不機嫌な雰囲気がにじみ出てきている。私が半ば言い訳に言っている程度の事は、この優秀な軍人は先刻承知なのは当然だろう。
「はい。全くおっしゃられる通りです。軍事の専門家中の専門家であられる閣下に、素人考えを申し上げ謝罪申し上げます。ですが、続きを宜しいでしょうか」
「勿論だ。私も少し言葉が過ぎた」
「ありがとうございます。鳳グループが集めた情報だと、大陸で大規模な内乱の兆候が見られます。しかも場合によっては、上海など各地の租界が攻撃を受ける可能性も否定できません。外国勢力を攻撃する事でナショナリズムを刺激し、民衆からの自分達への支持を高めるには悪くない手です」
「そこまで悪化しているのか。ここからでは、上海の情報は噂話程度しか回ってこない。上海にいる我が同胞も、我々が必要な時だけしか何も言ってこないのでね。ご助言には感謝を。日米友好の為に、今後も出来れば定期的な情報をお教え頂けると、さらに助かるのだがね」
「そうなのですね。では、情報を回させましょう。それで、アメリカ本国の方々の楽観論を吹き飛ばしてくださいまし」
「是非そうしよう」
吹き飛ばせと言う言葉が気に入ったのか、ちょっと元気になった。けど、気難しい人っぽいから、もうひと押しする事にした。
「はい、是非。それで言葉の続きですが、大きな戦争、特に世界規模の戦争が起きた場合、アメリカは大規模な動員を実行します。当然、多くの将兵が動員されますが、彼らによって編成された未曾有の大軍を指揮できる者が、一体どれだけいるでしょうか。特にアメリカ陸軍は、平時は非常に規模が限られており、戦時に際しての人材が不足するのは確実です」
「つまり私は、自らが再び戦場に向かう為に、二度目の世界大戦を願わねばならないという事か。確かに、二度目の世界大戦が勃発すれば、退役間際の私にも出番は回ってくるかもしれん。なるほど、聞いてみるものだな」
そう言ったマッカーサーの顔に、自然と思える笑みが浮かんだ。
お金に目が眩んで南国の軍事顧問でくすぶっているマッカーサーは、誰かに自分が必要とされる時が来るかもしれないと言って欲しかったのだと感じた。
そしてそれだけ、日本とアメリカが戦争する可能性が遠いと、私は実感する事ができた。
マッカーサーがそう考えているのなら、とても心強い。
同時に、マッカーサーを心強いとか思うとは、本当に思いもしなかった。
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マニラホテル:
マニラでも伝統と格式が最も高いホテル。
マッカーサーが、1936年から1941年まで最上階の超豪華なペントハウスで暮らした。
また、様々な要人、有名人も宿泊している。
お金に目が眩んで:
マッカーサーは、フィリピンのケソン政府が提示した破格の報酬に目が眩んで、フィリピンの軍事顧問に赴任している。
なお、当時のアメリカ陸軍は規模が小さく、予算も限られていたのが原因の一つ。
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