449 「決起直前」
(なんていうか、ハリウッド映画での決戦前の集合シーン、ていう所なんだろうなあ)
2月23日、2月最後の日曜日、東京市郊外の某所で鳳が集めた人達と顔を合わせていた。この場を特高あたりに踏み込まれたら、結構やばいかもしれない。
もちろん、武器とかはこの場にはないけど、大半が大陸で鳳の為に色々としている人達だ。
「八神のおっちゃん、久しぶり」
「姫もお変わりないようですな」
「ええ、お陰様で。一年ぶりくらいね。けど、私が小さな頃から、ホント見た目が変わらないわね。ちゃんと年とってる?」
「当たり前だ。だが、あれから9年近く経つのか。姫はこんなだったな」
そう言って片方の手を、子供の頃あたりの高さを示す。今の6割か7割くらいの位置だ。けど、160センチ後半になったというのに、八神のおっちゃんは私よりさらに10センチ以上背が高い。攻略対象達よりも高い。だから今でも、少し見上げる格好になる。
そしてさらに首を上に向けないといけない人が、所用を済ませて私達に近づいてくる。
「これは姫、ご無沙汰しております」
「お久しぶり、ワンさん。お変わりない? ご家族も元気?」
「お陰様を持ちまして、皆健勝に過ごしております」
「武曲さんは?」
「あやつは今、熱河の方におります」
「北満の油田じゃないのね」
「はい。あの辺りは馬将軍が担当で、姫がお越しの折だけ私どもが姫の警護にと押しかけていただけに御座いました」
「あっ、そうだったんだ。ごめんなさいね、私の我儘に付き合わせて」
「とんでもありません。姫に尽くすは我らが喜び。今回、武曲(ウーチー)も大層来たがっておりました」
「大暴れしたくて? けど、出番が回ってこない方が良いんだけどね」
「それはないだろう。日本陸軍の精鋭と戦えると聞いて、期待に胸膨らませて来たんだぞ。部下達もやる気満々だ」
そう言ってニヤリと笑い、どう猛な表情を見せる。
表情と態度から見るに、一応ジョークらしい。
「おっちゃん、相変わらずね。けど、みんなはいざという時の為に呼んだだけよ。うちも、日本本土、ましてや帝都で好き勝手は出来ないから」
「鳳ならば、多少の事は揉み消せるだろ」
「多少ならね。けど、帝都のど真ん中で、自動小銃や機関銃で相手をなぎ倒したりしないでよ。流石にシャレにならないから」
「場合によりけりだ。だが、俺たちは鳳を守る為にいる。義務と契約は果たさせてもらうぞ」
「そこはお願いします」
「我らにお任せあれ」
ワンさんはいつもの調子で胸を叩くけど、だいたいこの人達は大陸の流儀でやり過ぎるように見えて仕方ない。
しかも俺達とか言っているように、二人だけじゃない。
なにやら、熟練の傭兵とか歴戦の勇士って感じの人たちが何十人もいる。今の所、身なりはスーツだったり普通の服装だけど、当日は完全武装の姿になるのだろう。
そんな風に見ていると、八神のおっちゃんが私に目線を向けてくる。
「そういえば、25日から雪と聞いたが本当か?」
「気象予報も、その可能性が高いって言っていたでしょ」
「ああ。だが俺達は、一月ほど前からその話を聞いている。これも姫のお力ですかな?」
「力ってほどじゃないわよ。外れるかもしれないし。それに兵士は、あらゆる状況に備えるものじゃないの?」
「はぐらかすな。だが、そうなんだな。……配置から何から教えられて、俺としては今ひとつやる気が起きんぞ」
「それも変わるかもしれないわよ。言う必要もないだろうけど、くれぐれも」
「油断はしない。躊躇(ちゅうちょ)もな」
「向こうは簡単には撃たないと思うけど、武器を持った相手だものね」
「そう言う事だ。甘っちょろい要求を出さないでくれよ」
「分かってる。二番目くらいに自分達の命を大事にしてちょうだいね」
そう返すと、ニヤリと笑みが返ってきた。
「そうさせてもらおう。それでは我らが出し物、とくとご覧あれ」
いつもの調子なので苦笑が出そうだけど、こう言う時は妖艶な笑みとでも言えるものを返せる年齢になったので、ポーズ付きでそうしてあげる事にした。
「ええ。特等席で観覧させて頂くわ」
なお、お兄様の情報では、2月20日に主要メンバーの一人の安藤輝三大尉が、何事もなく日本を発った。
第一師団の自動車化への改変の下準備として、満州に駐留中の既に改変された部隊の視察、並びに既に現地に運び込まれている装備の確認などを行うべく長期出張が目的だ。
そして人望の高さを買われ、君の出世の為と言われては、クソが付くほど真面目な安藤が断れる筈もなかった。
そして彼は、第一師団の参謀の一部などに同行していった。帰国予定は、3月初旬。全てが終わっている頃だ。このままいけば、向こうで野中四郎に会って、色々と葛藤する事になるのかもしれない。
そしてこの時点での決起も警戒したけど、結局動きは無かった。やっぱり決行日は、私の前世の歴史と同じになりそうだった。
一方、残りのメンバーは活発に動いていた。
そしてその動きは、政府も軍もそのかなりを掴んでいた。
記録に残るところでは、前世の記憶と多分同じなのだろう、東京憲兵隊の特高課長が、侍従武官長の本庄繁大将に頻繁に報告を上げている。けど、本庄繁大将は半ば無視と言うか、スルーしている。
けど、こいつはグレーだと私は知っていた。
青年将校のシンパか、逆に利用しようとしたのか、理由までは知らないけど、事前阻止の進言を聞かなかった。更に言えば、事件勃発直後に各所に警報も発していない筈だ。
その事はお兄様にチクってあり、お兄様達は手を打っている。もちろん、頭目である永田鉄山も委細漏らさず知っている筈だ。
そして憲兵隊からの報告は、事件直前に『事前阻止するべき』との意見と共に『今日、明日にでも事件は起こりうる』と上げられた。
(私の前世でも同じ警報が出ていたのなら、軍、特に憲兵の中に相当のシンパがいるか、利用しようとした腹黒だらけって事よね)
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「追加情報が手に入った」
遅れて部屋に入ってきた人物の第一声に、部屋にいる者の目線が集中する。ギラついた目、深刻そうな目、冷静な目、目線は色々だが、言葉を発した者はニヤリと笑みを返す。
「決起前日の夜、鳳財閥の一族が自分達のホテルで宴会をするらしい。しかもその日は屋敷に戻らず、ホテルで一泊という話だ」
「山王の鳳ホテルでか?」
「そうだ」
「鳳少佐が西田大尉を使って我々を探っているのを、逆用しているという噂があったが、話は西田大尉からか?」
「いや違う。それは流石に話が出来すぎだろう。それに鳳少佐は、間抜けじゃない。ホテル従業員の話を小耳に挟んだ兵がいたんだ。
それより、一族の宴会で大半が集まるらしい。しかも三菱総帥一家も招いているという話もある。一網打尽にできるぞ」
「おい待て!」別の誰かが鋭い声で遮る。その声は、いたって真摯(しんし)なものだ。
「大半という事は、女子供も大勢いるんだろう。何をする気だ」
「何もせん。いや、軟禁はさせてもらう。あとは鳳元少将と鳳の財閥総帥、それにいるなら三菱の総帥次第だな」
「財閥は目標から外すんじゃないのか?」
「俺たちはその予定だが、海軍の連中は勝手に襲う気だし、鳳ホテルは占拠予定の中にある。それにあのホテルは、事が長引く場合は司令部代わりに使うと決めていただろ。ついでだよ、ついで」
「鳳元少将と財閥総帥の鳳善吉、三菱財閥当主の山崎小弥太は軟禁するにしても、他は解放しろ。それが策を受け入れる条件だ」
「……真面目だな。良いだろう。女子供は解放だ」
「……なあ、例の巫女様もいるのか?」
「さあな。一族の大半が集まるというし、確か一族の長子だ。いるんじゃないのか」
「一度見た事あるが、美人だが何かこう威圧感というか存在感があったな。一緒に軟禁するのか?」
「妙な噂はあるが、噂を理由に女を軟禁できるか。貴様それでも日本男児か? それに確かまだ女学生だろ。俺は反対だ」
「目くじら立てるな。では除外で決定だな」
その言葉に大半の者が頷く。
するとそこに、別の一名がやや控えめに挙手する。
「あの、鳳一族は見逃さないか?」
「何故だ? 10年前ならいざ知らず、今や大財閥だ。しかも政府、有力政治家にも深く繋がっている。それが、こちらが見逃してやろうというのに、自分達から鳥かごに入ってくれるんだ。利用しない手はないだろう」
「そうなんだが……。俺の親戚、それに部下の何人かも、鳳には助けられている。あそこは他の財閥とは少し違うよ」
「その話なら、俺の部下も似たような話は何度か聞いたな。ノーベル賞の鳳博士、いや鳳凰院博士も一族の方だ。それに今の話の巫女様が、篤志家なのは有名だろ。多少頭が「こう」だとは思うがな」
そう言って、頭の上で手を動かす。それに何名かが笑みを浮かべる。言った当人は気分転換の言葉だったとしたら、多少は成功したと言えるだろう。
「取り敢えず、激しく抵抗しない限り殺害はしない。要人のみ軟禁するが、他の一族を人質にして脅したりもしない。それで良いか?」
「まあ、それなら」
一人が納得したところで、今度は小さな挙手。
「なあ、ホテルを制圧するなら、道向かいのビルも占拠しないのか?」
「外堀通りの道向こうは範囲外だ。それに安藤さんが渡満していない以上、3連隊の参加者が減るのは確実だ。兵力に余裕がないぞ」
「うん、だからこそだ。あのビル、てっぺんに無線アンテナを立てている。それに建物はやたらと頑丈そうだ。ホテルとの間に陸橋もある。いずれ包囲してくる部隊のけん制になりそうだし、いざという時に立てこもる場所にも使えないか? 深夜だから、中には警備が数名だろうし簡単に制圧できるだろ」
「……どう思う?」
しばらく全員が考えるが、一人が「賛成」と声をあげると、次々に賛成という声が起きる。そして「1個小隊なら、割いても構わないんじゃないか」「ホテル制圧の人員を使えば良いだろう」などの提案。
それで話は決まった。
「では、山王の鳳御殿は丸ごと制圧に変更。あとは、以前決めた手筈通りに。何か異論は?」
一人が小さく挙手する。
「やはり、海軍の連中の動きが気がかりだ。陸での素人に、好きにされたくはないんだが」
「仕方ないだろう。こっちは手が足りなくなった。それに、陽動や撹乱には使える」
「そうだな。ただ、主導権と手綱はこちらが握らないと、最低限の連携すら難しいぞ」
「向こうとは、適時連絡し合っているから問題ない」
「……なら良いがな」
質問者は少し不満げだったが、同志が問題ないと言っている以上、それ以上何も言えず、この日の話し合い自体もこれで事実上のお開きとなった。
しかしあと2日で決行日、歴史が大きく動くまであと少しだった。
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多少、頭が「こう」:
主人公「「こう」はないと思わない?!」
シズ「お嬢様の頭のネジが幾つか外れているという風評は、以前より耳にした事がございます」
主人公「な、なんで、教えてくれなかったの!」
シズ「雑音に過ぎません。不要と判断しました」
主人公「ざ、雑音ね。よしっ! それなら徹底的に叩き潰すわよ!」
シズ「お嬢様、私怨は宜しくないかと存じます」
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安藤輝三 (あんどう てるぞう):
二・二六事件に関与した皇道派の将校。
上官、同僚、部下から信望が厚く、彼の属していた歩兵第三連隊は、彼が動いたので多くが従ったとも言われる。
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