395 「尋問」

 何故か関東軍から不意の襲撃を受けてから約4時間後。

 帝国石油の北満州油田の拠点まで戻ってきた。既に無線で知らせてあったから、敷地内に戻った時点で出迎えもあり、域内全域で非常警戒態勢を発令。全ての警備部隊に緊急呼集がかけられ、まずは防衛体制の強化を実施。

 何もないのを確認して、偵察の手を周辺部に広げた。


 一方でハルビン、チチハルにも連絡が行われ、双方に駐留している満州政府軍部隊にも、同様の措置が取られた。けど、油田の警備隊と馬占山将軍に出来るのもここまで。

 状況が多少なりとも分かるまで、迂闊な事はしない方がいい。

 当然と言うべきか、安易に関東軍にも日本政府のどこにも何も知らせてはいない。問い合わせがあった場合は、馬賊が出たと報告が行われる事になっている。


 そうして負傷者を治療し、取り敢えず気を失っている捕虜の尋問が行われる事になった。


「私が立ち会いますので、玲子様、舞様は隣の部屋で聞いていて下さい」


 出光さんがそう言って、私達を他の者には見せないようにした。だから負傷していない兵士の尋問は、鳳石油の出光さん、帝国石油の北満州油田の現場最高責任者、それにワンさん達警備担当が行った。

 馬占山将軍と部下の揚さん達も駆けつけたけど、まずは当事者による尋問となった。


 ただし、下士官なので何も知らないだろうと言う読みもあっての人選でもあった。

 そして読み通り、下士官は襲撃した相手が帝国石油の者だと考えていなかった。少なくともそう証言した。

 もっとも、その下士官は最初は何も話さなかったが、一度外に連れて北満州油田の施設のど真ん中である事を自分の目で確認させた。そうすると激しく動揺し、すぐにペラペラと全部話した。


 彼らは、突然訪れた中央から極秘に派遣された中尉の階級章を付けた将校から命令を受け、本来は関東軍が入ってはいけない場所での任務という事もあって極秘で行動した。

 ただし彼らの中では独断ではない。命令書があり、彼らの駐屯地の隊長(関東軍の鉄道大隊所属の中隊の中隊長)も命令を了解していた。


 彼らは、ハルビン郊外に駐屯する関東軍の警備部隊の1個小隊に軽機関銃と擲弾筒の小隊の半分を引き連れ、車両に分乗して現地を目指した。

 相手は、北満州油田の極秘調査に潜入したソ連軍の密偵と、手引きをした共産党の便衣(ゲリラ)だと教えられていた。

 そして逃したら情報が持ち帰られてはいけないからと、可能なら生け捕り、無理なら全員の抹殺を命じられていた。


 もっとも、相手の数については不明な点が多く、恐らく10名程度、多くても20名程度と教えられていた。装備は小銃程度で、車両で移動しているという事も教えられていた。

 そして他の目撃者を減らすべく、前日には今日は該当区域に入ることを禁じる命令を周辺の集落や遊牧者に通達。行政など介していないから、こちらに情報が回ってくる事もなし。

 つまり襲撃した人達は、今日私達が襲撃した辺りに来ると知っていたか予測できた事になる。けど、完全には上手くは行かず、予定地域の道半ばで接近する相手を確認。

 慌てて展開を開始する中、望遠鏡で接近するのが武装集団だと確認する。服装その他は、相手が偽装しているだけと考え無視した。


 見つけたのは私達のうち、前方哨戒の為に2キロほど先行していた武曲さん達。この時点では他がいるとは考えていなかった。北満州油田の哨戒部隊なら、武曲さん達程度の集団が普通だからだ。

 そうして、不完全ながらも陣形をとろうとしていた途中で武曲さん達に気づかれ、そこからは彼らの側からのあまり調整の取れない射撃で戦闘になった。

 ただし、相手がトラック改造の実質的に軽装甲車で、しかも多くの兵が機関銃(自動小銃)を装備しているとは全くの予想外だった。

 油田の警備の内容は通知されていたけど、小銃がどんなものかまでは知らせる必要もないので、向こうも知らなかった。


 戦闘になってから、武曲さん達の側の誤認だと言う声も聞いたけど、謀略だと判断して無視。その後で反撃を受けて、機関銃、実際は自動小銃の一斉射撃で3分の1ほどを一瞬で倒された。

 けど相手が逃げたので、くだんの中尉と小隊長、それに車両で少し後ろに待機していた1個分隊が、「証拠が必要だ!」と命じて自動車とトラックで追撃を開始。「証拠」とは、生死を問わない相手側の人そのもの。

 けど、彼が知っているのはそこまでだった。逃げる途中の武曲さんに、行き掛けの駄賃とばかりに捕まえられたからだ。



「戦闘そのものは除いて、どう思う?」


 一旦聞き終えてから、別室で尋問した人達に問いかける。尋問に立ち会った出光さんも、専門家の意見を聞きたそうにしている。

 それにワンさんが答えた。


「在り来たりな答えになってしまいますが、関東軍の一部の者による謀略工作と考えるのが妥当でしょう」


「目的は?」


「北満州油田で騒乱を起こし、情勢不穏、警備不十分を理由に、自分達が油田を牛耳る口実とする、といった辺りかと」


「それなら、今じゃなくても出来るわよね。私達が来たからって可能性は?」


「不明です。ですが油田はもちろん、日本で大きな勢力を有する財閥一族の者を襲撃し、場合によっては殺害したところで、その利点が分かりかねます。何より鳳の強い怒りを買います」


「騒ぎを大きくするのが目的だったかもよ」


「……姫を襲撃する事の意味を知らないとしたら、命じた者は何も知らない愚か者でないなら、軽率にすぎるとしか言えませんな」


「まあ、重要人物が外でフラフラ外を出歩くとは、襲わせた連中も考えないかもね。けど、情報が漏れていて、重要人物を捕まえて従わせるって線は? 現に待ち伏せされていたわけでしょう」


 その問いには、ワンさんではなく八神のおっちゃんが答えた。出光さんもいるから、態度も口調も真面目だ。


「誘拐なら、ホテルや列車での移動中に誘拐しようとするでしょう。哨戒隊を攻撃したとはいえ、明らかに最初から野外での戦闘が目的です。もし要人が目標なら、殺害を目的としていた事になります」


「私達の行動を、どこかの誰かさんが知っていた可能性は? 満州に来てずっと覗き見されていたんでしょう。何か他に目的があるの?」


「今日、油田区域外の調査をするという情報が、漏れていた可能性は十分にあるでしょう。それに、要人の目の前で騒動を起こすのが目的だったかもしれません。肝を冷やさせ、言う事を聞かせる為に。誘拐や襲撃は、その後の鳳一族、鳳グループの反発を考えると危険過ぎます。彼らも、個人としては長生きしたい者が大半でしょう」


「うちの事を知らない人が、勝手に動いたって可能性は?」


「命令書を出して一定数の正規兵を動かすとなると、相応の地位の者が指揮していると考えて間違いありません。満州での鳳の事情を知らないとは考えられません。また、今回のお二方の旅を監視していた者達と同じだとしたら、脅すのが目的と考えるのが妥当でしょう」


「けど、まさか現場にいたとは想定していなかった、と」


「はい。北満油田は鉄道付属地はないので、軍の駐留は事実上禁止です。また、情報は可能な限り秘匿していたので、調査日時が漏洩していたとしても、要人の動向まで知る事は相当難しいでしょう」


 まだ推測段階だけど、こうして話し合うと色々と見えてきた気がする。ただ、私の化けの皮の下を知っているとすると、日本の相当中枢に位置する人間が、命令した人という事になってしまう。

 けど、その可能性は殆どない筈だ。


「一応聞くけど、普通なら出光様はともかく、私に今回の襲撃を見せても意味ないわよね」


「直接動いた者と同一かは分かりませんが、意味があると考えた者が後ろにいるのでしょう。今頃は、良い余興を見せてやったと、悦に入っているかもしれませんな」


 八神のおっちゃん、真面目が飽きてきたのか少し本性が見えつつある。思わずクスリと笑ってしまう。


「迫力満点だったのは確かね。けど、私以外にも出光様や、何より馬将軍もいらしたのに、全員に見せるつもりだったのかしら? 自分達の力とかそういうのを?」


「全体の目的は、騒動を広げて利権を得る為。そして満州で余計な事をすれば、どうなるかを見せておく為でしょうな。攻撃の際の包囲と追撃が甘いのは、偶発的な戦闘だった可能性を考慮しても、徹底的に攻撃する意図も無かったからでしょう。そう考えれば、重要人物が現場に居合わせても気にしなかったのかもしれません。文字通りの特等席で見せれば、効果も抜群でしょうからな」


 出光さんや馬占山には、脅しが通じるとは思えないという口ぶり。多分私も入っているんだろうから、こっちも皮肉げな笑みを返しておく。


「まあ、それはいいわ。ワンさん、油田内の動きがすぐに外に漏れる可能性ってある?」


「現在は厳重な出入り確認を行い、箝口令を敷きました。可能性は極めて低いかと。油田施設の特に中枢部に出入りする者は、すべて身元と持ち物を確認しております」


「取り敢えずは了解。ありがとう」


「それで、負傷者の方の尋問は、いつから行うんだ?」


 話が一通り済んだので出光さんが、次の議題へと移る。

 それには武曲さんが口を開いた。


「医者の見立てでは、弾は貫通して急所も外している。出血が酷い者もいない。正直、同じでも良かったくらいだ」


「治療は必要だろう。我が国の兵士だ」


「事情を知らずに襲って来たかもしれないが、敵は敵だ。ましてや、鳳の方々のいる場所を襲った。本来なら、その場で首を刎ねるところだ」


 襲われた当事者だからだろう、武曲さんはかなりのご立腹。それに若さもあるんだろう。首を刎ねると言うのも穏やかじゃないけど、この頃の大陸では結構普通の処罰方法だ。前世の記憶でも、写真の資料で見た事がある。

 だからその言葉に強く言う人はいない。父親のワンさんが、背中を軽くポンと叩いた程度だ。

 そしてそれでおおよその話は済んだので、負傷者の治療を待っての二度目の尋問となった。


 ただし、自決した将校が問題だった。

 その将校は、極秘任務とやらを持ち込んだ人物だったからだ。つまり、当人かその後ろで糸を引いていた人物や組織については、現時点で分からないに等しい。

 実際二度目の尋問でも、小隊を率いていた少尉の話は、最初の下士官と殆ど違いは無かった。追加情報としては、中尉はその少尉が見た事がない人物だと言う事くらい。

 そしてその少尉は、士官学校出の若い人じゃなくて兵隊からの叩き上げで、ほとんどを関東軍の警備部隊として過ごしてきた年かさのベテラン士官だった。当然、関東軍内での顔は広く、その人が見た事ないと言う事は、関東軍司令部の上層か、謀略方面の者か、もしくは日本本土からやって来た人という事になる。


 死体は確保したから持ち物を調べてはみたけど、中尉は証拠になるものを所持していなかった。これで謀略方面の人だろうと、かなり予測がついた。

 しかも、油田の警備隊、馬占山将軍とその配下も、その顔を知っている人はいなかった。


「さて、どこに怒鳴り込めばいいやら」


 尋問し終えても、「面倒な事になるだろうな」と言う感想は変わらなかった。

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