393 「追加の油田」
「今回は、どの辺りを調べますか?」
今回の為に事前に入ってもらっていた出光佐三の言葉で、打ち合わせが始まる。
この北満州油田は1933年4月から本格的な調査が始まり、同年8月25日に試掘成功。以後、主に私が示した場所を何箇所も掘っているから、以前に比べると探すべき場所は減っている。
それが記された地図を見つつ、私は指で探すべき場所を指し示す。そしてそのまま、なんとなくありそうに感じている場所の辺りをなぞるように指差していく。
「まずは、南にずっと下がりましょう。この線が本命です」
「松花河まで?」
「もしかしたら、その先にもあるかもしれません」
「100キロ以上先になりますね」
「もちろん、すでに採掘している所、試掘している所は、漏れが見つからない限りは通り過ぎます。それと時間的に余裕があれば、ここから南東方向にも行ってみたいですね」
「南東。新京の方角ですか?」
「えーっと、そうなりますね。けど、松花河より手前になると思います。ハルビンに来る手前と、ここに来る途中の汽車に乗っていて、なんとなくこっちの方向かなって場所があったので。場所は多分この辺りです」
「なるほど。以上でしょうか?」
「それと、もしかしたらですけど、この外れの場所の辺りから旧東清鉄道に平行する辺りも」
そこまで言ったら、出光さんが得心の頷き。
「確かに振動調査と地下の地層から考えたら、その線はありますね。私達も、もしかしたらと思って調べた事があります」
「どうでしたか?」
「3つほど掘ってみましたが、小さな当たりが1つあっただけでした」
「その場所は?」
「ここです」
出光さんが指差した場所に、確かに油井のマークがある。そしてその場所と、私があるかもと考えた場所を線で繋ぐと、旧東清鉄道にほぼ平行した。
だから私は、深めに頷いた。
「それじゃあ、この線も移動してみましょう。他にもあるかもしれません」
「分かりました。出発は?」
「今からかかりましょう。まずは一直線に南に進んで、突き当たりまできたら、その先にも気配があるか見てみます。東西のラインを調べるのは、その後で」
「畏まりました。では、早速向かいましょう」
出光さんの掛け声で、一斉に動き出す。
合計20台近い車両で、数十人の男達が移動の準備にかかる。
その中で私達は、私が探知装置みたいなものだから中核になるけど、基本的にはお客さんなので車で移動。前回も使った四輪駆動車を今回も使用する。勿論と言うべきか、前回もハンドルを握っていたマイさんの運転で4人で移動する。
けど、護衛を含めてトラックも多い。測量などの機材も必要だし、何より人数が多い。
「ワンさん、昨日はお酒大丈夫だった?」
「なんのあれしき。ですが、舞様には驚かされました。あの酒豪ぶりは、一族どころか部族の誰も敵わないでしょう」
「いじめないで下さい。私は飲めるだけで、飲みたいわけではないのですから」
「それはなんとも、世の中上手くいかないものですな」
「ええ、本当に。もっと別の特技が欲しかったです」
「いやいや、マイさん。高望みしすぎでしょ」
「玲子ちゃんに言われたくなーい」
思わずマジツッコミしたら、可愛く返された。それをワンさんが大笑いしている。けど、よく見ると周りには何人か足りない。
「ワンさん、息子さんは?」
「武曲(ウーチー)は先行しております」
「ここの治安、まだ良くないの?」
「そうですな、ほぼ万全と表現できます。何しろ、馬将軍直々のお触れも出ております。ですが、本日は油田区域から離れますので、以前のように万が一があってはなりませんからな」
「お世話かけます。それじゃあ、文曲(もんごく)さんも?」
「今回はここの留守番ですな。それにあ奴は馬将軍の配下ですから、半ば将軍の護衛役となります」
「あ、そうか。馬さんは、まだ寝てるんだっけ?」
「昨日は随分飲まれましたからな。あれでは、昼になっても起きるかどうか」
そう言って、軽く肩を竦める。マイさんと半ば飲み合いをしたから、確かに相当飲んではいた。けどあの人は、途中で一度吐いていたのに対して、マイさんはずっと平常運転だったから、全ての面でマイさんの圧勝だ。
まあ、女子としては、あまり誇れるものじゃないけど、仕事の邪魔になりかねない人を沈没させたのだから、今回はある意味武勲だ。
そんな風に思いつつマイさんに視線を向けていたら、別の方角からいつもの声。
「こっちの準備は済んだ。もう出られるぞ」
「だってさ、じゃあ出発しましょうか」
意外と言っては失礼だけど、仕事熱心な八神のおっちゃんが今回のお供達の準備を終えたので、いざ油田探しへの出発となった。
「東西南北どの方位にもありますね。取り敢えずは、予定通りこのまま南に進んで下さい。この先、大きいのがあります」
まずは、油田地帯沿いに1時間ほど進む。2年ほど前に一番南下した辺りも超えて、出光さん達が新たに掘り当てていた場所まで来て、私は3方向から気配を感じた。
私が場所を示さなくても、ダイナマイトで人工地震を起こして、その振動を地震計で記録、分析すれば地質を推測する事も出来るのだそうだ。
ただし正確さは十分ではないので、今回私が出張ってきたという理由もある。
そして今いる場所までは、油田を採掘する油井があるけど、その先には何もない。平原が広がるだけ。同時に、ここで油田を開発している「帝国石油」の敷地も終わる。
ここからは、多少は注意して進んだ方が良い場所だ。しかも、ここまでは油田区画だから道路が整備されていたけど、この先は東西南と全ての方向には、未舗装の道しかない。
南の方には油を運搬する為の鉄道が伸びているけど、鉄道を使う予定はない。それにこの線は、巨大な機関車が牽く100両のタンク車がゆっくりと進むだけで、連絡用とかじゃない。だからそのまま車列は進む。
そうして取り敢えずの終着点は、鉄道沿線から南南西に油田地帯の真上を進んだ先となった。
「一旦は、ここまでみたいです。けど、あっちとあっち、それにあっちにもありますね」
「距離は?」
「分かりません。遠くです。50キロくらいは見ておいて下さい」
「分かりました。50キロとなると、南と南南東は松花江を超えますね。それに東の方は、朝おっしゃっていた場所のようですね」
「多分」
「三方向からの確認が出来たのなら、場所はほぼ特定できたも同じでしょう」
「それじゃあ、どこから向かいますか?」
「そうですね。川を越えるのは、南と南南東の方が第二松花江を挟んでいるかもしれませんので、このまま車で進むと、橋のある場所までかなり迂回しないと無理です。先に東を探してみませんか?」
「分かりました」
「はい。それに東の場所からもう一度見てもらえれば、南と南南東の場所も三角測量の要領で、おおよそ分かるかもしれません」
「あ、なるほど。流石は探し慣れてらっしゃいますね」
「この探し方は、流石に慣れていませんけどね」
「アハハ。じゃあ、次に行きましょう」
ごまかし笑いして再出発。
確かに、私があっち、こっちと指示して、ここと示した場所から石油が湧いて来るわけだから、こんな事は他ではあり得ないだろう。
ただ、少し違和感を感じる探査だった。遊牧を含めて人を見かけなかったと気づいたのは、随分経ってからだった。
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ターチン油田:
作者自身が地図を片手に探し回っている状態。油田群とはよく言ったものです。
とはいえ、ただ探す回になってしまった。
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