380 「第二次ロンドン軍縮会議予備交渉(2)」

 日英間の予備交渉の次に10月24日から日米間の予備交渉が開始された。

 ある意味、日本にとっての本交渉だ。そしてそれは、アメリカにとっても同じだった。基本的にアメリカは、日本の海軍軍備を押さえつけたいだけだからだ。


 交渉において日本側は、従来の軍縮体制の維持には賛成だが、国内に反発の声が強いので一定程度の譲歩を求める。

 これに対してアメリカは、現状以上の譲歩はないと頑なだった。何しろ、日本は補助艦をほぼ制限いっぱい既に作っているのに、アメリカは勝手に自分たちが整備しなかったせいで、戦力的に不利だからだ。


 そして会議は平行線なので、米英の会議になる。

 アメリカとしては、日本を押さえつける為にイギリスとの協調が必要と考え、全体として20%の削減は引っ込め、これをイギリスの周辺状況の理解として、さらに日本に対する交渉材料にする事とする。


 そこでイギリスは、アメリカに対して『参加各国による相互不可侵条約の締結』のカードを切る。

 しかもイギリスは、日本に条約を結ばせる条件だとして提示。当然、アメリカ側からは、既に日本と話した上ではないかと問われるも、完全には提示していないと返す。そして日本は良い感触を持っており、考えている筈だと付け加えた。


 こうした状態で11月7日の、日英米各国代表集まっての3者による予備交渉が開始される。

 ここで半ば調整役のイギリスは、『現状維持』、『相互不可侵条約の締結』の基本原則を提示。これに日米も受け入れる姿勢を示した。


 その上で日本は、イギリスの巡洋艦増加に理解を示したが、アメリカは日本の総量も増えると反発。

 ただし質的制限については各国考えに開きがあり、本交渉の案件の一つとされた。



「そんなものね。それで、本交渉での問題点は質的制限?」


「左様ですな。それに、日本海軍の不満と問題が増えました」


「不満ともかくとして、問題はなに?」


「安曇野」


 貪狼司令、喋り疲れたのか、副官の涼太さんに話させる。


「はい。今年成立した軍備計画で、2隻の航空母艦を新たに建造する計画です。ですが、『赤城』『加賀』の大規模な改装を行うと、条約の定める総排水量に引っかかります」


「アレ? 『加賀』さんって、もう近代改装始めてなかった?」


「現状では問題が多すぎるという事で、既に始まっています。ですが大改装すると、随分排水量が増えるようです」


「じゃあ改装中止? それとも仕様変更?」


「軍縮条約に抵触しないようにするには、改装を不都合な部分のみに抑え、最小限にするしかありません。今後発展の見込まれる航空機に対応する近代改装は、かなり難しくなります。

 また、現状での近代改装計画は双方を満たしたものですが、総研が掴んだ情報が確かなら、排水量の点でワシントン条約違反です。改装設計をしたのが、軍拡派なのではないかという噂もあります」


「海軍はどうするの?」


「『加賀』の改装工事は続けるようです。ただし、新型空母の設計改定で2万1000トンと大型化する案ですが、こちらは棚上げ。現状の計画をすすめるかどうかで混乱しています」


 そこまで説明すると、涼太さんが一旦は資料から目を離す。私も視線を、貪狼司令へと向け直す。


「希望的観測で手前勝手な事するからでしょ。軍縮続ける気で、何でこの事態を考えてなかったの?」


「軍拡派を少しでも大人しくさせる為、風呂敷を広げていたようですな」


 ごく薄く笑いながら、私に答えを返す。相変わらず、こういう時の貪狼司令は楽しそうだ。


「話をまとめたは良いが、それを広げられなくなって困っていると。ちなみに全部広げた場合、どれくらい違反するの?」


 再び涼太さんへと向けると、幾つか準備していたうちの一つを手に取る。確かに使える人だ。


「総研の予測ですが、『赤城』『加賀』が大規模改装により、平均1万トン程度増加見込み。新型がそれぞれ、最大で2万1000トン。それに『龍驤』もあります。合わせて12万2000トン。条約から約4万トンの違反となります」


「これは、『赤城』か『加賀』のどちらかを潰すしかありませんな」


 言葉を継いだは良いけど、そのままあざけり笑いをしそうな貪狼司令。

 けど、笑い話では済まない。勇み足と列強協調が並行して進んでいたとか、全然笑えない。


(私の前世の歴史だと『蒼龍』『飛龍』はもう少し小さいにしても、そりゃあ軍縮条約から外れたくもなるか)


「条約に添いつつ海軍の望み通りにするには?」


「一から作って良いのなら、1万8000トンほどの空母を4隻作れば良いでしょう。どうせ2隻は設計変更中ですし、『赤城』『加賀』の大幅な近代改装費で建造費の何割かは出るでしょう。戦艦改装の効率の悪い設計の艦を、頑張って使い続けるより合理的と考えられます」


「それは無理でしょう。そもそも潰して新造だと条約違反でしょう」


「仮に新造するとしても、その建造費は? その計算でも1億くらい必要でしょう?」


 主に話しているのが涼太さんなので、マイさんが疑問を呈した。さっきまで資料も見ていたから、知識の吸収完了ってところだろう。

 逆にお芳ちゃんが今まで何も言わないのは、既に情報は全部仕入れている証拠だ。


「はい。海軍の方は、政府が金を出すなら、そういう案も可能だという話を出してきたところです」


 話が具体的と思っていたら、既に海軍が案を出していたのだ。軍縮に反対する連中の不満を鎮める為だろう。


「けどそれって、海軍本位過ぎない?」


 同じ事を思ったらしく、マイさんが疑問を続ける。

 ただし、答えたのは貪狼司令。微妙に空気読めてない。


「でしょうな。ですが、不満分子を抑え付けるには必要、という論法を用いるようです」


「なんだか、また陛下がお怒りになりそうな案件ね」


「はい。そこで穏健案もあり、こちらが主流です」


 思わずため息共々愚痴が出たけど、話にさらに先があった。

 だからそのまま貪狼司令を促す。


「というと?」


「『赤城』『加賀』は、条約制限内の改装という事で誤魔化す。まあ、実際改装はこれからなので、本当に条約内に押し込む事も可能でしょう」


「新型は?」


「現計画のまま建造します」


「それで通るの?」


「通りません。近代改装で増える排水量分は、条約違反になります。何せ『赤城』『加賀』は元が戦艦だ。アメリカの空母のような姿に仕立て直すと大きくなり過ぎ、誤魔化せるもんじゃない。仮に条約いっぱいだと言い張っても、1隻当たり6000トンの増加。2隻で1万2000トン分」


「それ、新型の建造を1隻に我慢してもダメじゃない」


「そこでさらに穏健な案があり、近代化改装の排水量をもう少し誤魔化す代わりに、新型を中型にして1隻だけにする」


「それで排水量的には何とかなるのね。で、もう1隻は?」


「欧州情勢待ち。なにせ本交渉は1年先。情勢変化に期待するようです」


「変化じゃなくて悪化でしょ。酷い話ね」


 どうやら次の軍縮会議も前途多難らしい。

 それが分かっただけの報告だった。

 しかもその次の日、イタリアがエチオピアと武力衝突というニュースが入って来た。国境紛争の小競り合いだけど、時代が徐々に平和から離れていくのを感じた。


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