363 「龍一の誕生日会」

「龍一くん、お誕生日おめでとう!」


 7月14日、鳳の本邸で龍一くんの誕生日会が催された。

 誕生日は16日だけど、幼年学校に通い寄宿舎生活の龍一くんは、日曜日の昼間しか外には出られないから、日にちの近い日曜日の開催となった。


 こうした誕生日会は、2ヶ月に1回程度毎年行なっている。けど最近は、私と違って身内だけのパーティーのまま。鳳の本邸の、一番広い広間での開催となる。

 今回の出席は、お兄様一家と鳳の子供達、それに勝次郎くん。あとは龍一くんの幼年学校で親しくしている友人が5人ほど。


 加えて今回は、ハルトさん達虎三郎の兄弟姉妹も招待されている。つまり今回の龍一くんの誕生日会も、鳳一族の姻戚関係を巡るカムフラージュ作戦の舞台の一つとなる。

 デート、逢引などしない習慣の日本だけど、逆に見せつけておけば変な気を起こす者を牽制し、諦めさせる事もできる。


 その中で、私とハルトさんが本丸。これで三菱の山崎家は、余程の決意でもない限り私には手が出せない。そして山崎家向けには、勝次郎くんと瑤子ちゃんが仲が良いのを見せる事で、現総帥の小弥太様が鳳との関係が深いという点で、三菱内、山崎家内で優位に立てる。それに、ますます私に手が出しにくくなる。


 一方では、サラさんとトリアの血族でアメリカの王様達かアメリカの上流階級に属するエドワードとの関係親密化は、鳳とアメリカ財界の関係強化を日本はともかくアメリカの上流階級に見せる事ができる。


 だから今回は、誰が何をしているのか、かなりの範囲で知らされている。

 そうした上で、身内だけの子供の誕生日会という事で、他の客は招いてもいない。そして多少でも物事を知っていれば、鳳の本邸にアポなしで突撃してくる馬鹿もいない。



 一方で、私自身の周りの人間関係について、これで良いのかもしれないと思う私と、逆に腑に落ちた感じで納得している私がいた。

 何を納得かと言えば、私とハルトさんの件がカムフラージュではなく、もう本決まりで良いんじゃないかという事についてだ。


 勿論、ゲーム主人公の姫乃ちゃんには、もしかしたら悪いのかもしれない。私自身のゲーム状況の再現を狙うという点で、間違っているのかもしれない。何しろ悪役令嬢たる私が、攻略対象達の障害物として成立しなくなってしまう。

 けれども、鳳一族にとって、鳳グループにとって、私がハルトさんを婿養子にするのは現時点では最善手の一つだ。


 唯一の問題は虎三郎家の跡取り問題だけど、マイさんの彼氏さんの安曇野涼太さんが鳳の者と結ばれる唯一の手段は、善吉お叔父さんと同じ婿養子しかない。そうしないと彼氏さんに箔がつかないから、流石に鳳一族としては認め難い。

 けどこれで、虎三郎家の跡取り問題は、最初からクリアできていた事になる。


 しかも虎三郎家にとっては、長男が本家の婿養子になるのは、鳳一族内で考えればむしろ大きなプラスだ。虎三郎とジェニファーさんはそんな事考えない人だけど、この点は間違いない。

 また、次男の竜(リョウ)さんがアメリカの王様達の血族との関係を結ぶのなら、長男が鳳本家に入る方が都合が良い。サラさんとエドワードについても同様だ。


 そしてこの時代の日本で、しかも一定以上の階層の人たちにとって親や主家筋が決めた人と結ばれる事が多い。

 私の場合、祖父であり父である鳳伯爵家当主の麒一郎が決めた相手が、私の夫、婿養子になる。むしろそれ以上の主家筋とかが実質いないだけ、私は恵まれている方だ。


 そして私自身だけど、転生してからの恋愛観はどこかドライだった。

 さらに、可能な限りゲーム状況の再現も考えていたから、ゲーム上での姫乃ちゃんの攻略対象である鳳の男子達と結ばれる可能性はないと思っていた。


 仲良く、みんなが幸せになって欲しいとは思い続けていたし、今でも思っているけど、それなら尚更私が引っ掻き回す気にはなれなかった。

 その中では、鳳以外の子の勝次郎くんは一番意識する男子ではあった。けど、鳳一族、鳳財閥が安泰になった時点で、結ばれる可能性はゼロになったと割り切った。


 そうした状況に慣れて来たところでの、今回の状況だ。

 ゲームで言えば、別バーションが並行して起動していて、私はそっちに移ってしまったかのような状態だ。

 そしてハルトさんとのカムフラージュの関係をお父様な祖父から言われて、ようやく気付かされた。

 虎三郎家のハルトさんとリョウさんを、意図して未来の配偶者の可能性として意識しないようにしていた事に。



「晴虎さんと玲子、お似合いですね」


 今回は脇役だから、脇役らしくハルトさんと部屋の隅の方でみんなの様子を見つつ軽く駄弁っていたら、主賓の方からやって来た。

 そしてマジマジと見た上でのこの一言である。


「そうかな。ありがとう龍一くん。でも今日は、龍一くんが主役だろ。僕らに気を使わなくていいよ」


「ほんと、そう。慣れない事しないでいいわよ」


「玲子、その言い方はないだろ。それより玲子、良い表情してるな」


 そう言って両手を軽く腰に当てる。背はまた伸びているけど、仕草はまだ子供っぽい。少し長めのイガグリ頭も、まだ子供っぽさを強調する要素でしかない。なんだか、甲子園球児って感じもする。


「そう? 最近、選挙の件で頭いっぱいなんだけどなあ」


「あのなあ、そう言うのはご当主様達に任せておけ。金儲けはともかく、政治は大人がするもんだろ」


「うん。なるべくそうしてる。それと、誕生日にまで気を使わせて悪いわね」


「たまにしか会えないからな」


「確かに。けど私より、龍一くんの方が中学の時より良い顔しているわよ」


「そうか? まあ、あれだな。対等の友もできたし、学業も張り合いがあるお陰だろう」


「良いわね。そういうのは羨ましい」


「羨ましいのはこっちだよ。晴虎さんなら安心して、この変人を任せられます」


「へ、変人はないでしょ!」


「アハハ、そうなのかい? 僕は素敵な女性だと思うんだけどな」


「見てくれや上っ面に騙されちゃ駄目ですよ」


 そう言ってウィンクする。一応、ジョークって事だ。

 それにハルトさんも、爽やかな笑顔で返す。この辺りはアメリカ仕込みと言うよりも生来のものだろう。


「それじゃあ、これからはもっと深く玲子ちゃんを知って、理解出来るように努めるよ」


「そんなに構えなくても良いですよ。こいつ、適当な時はスッゲー適当でいい加減だし。だから俺達同世代より、年長の人と一緒になる方が玲子の為にも良いと思うんです。どうか宜しくお願いします」


 そう言って深々とお辞儀した。

 「親かお前は!」とツッコミ入れたくなるけど、幼い頃から龍一くんは、みんなで話す時は私に一番に切り込んできてくれる男の子だった。考えなしや条件反射なのもあるんだろうけど、やっぱり気にかけてくれていた。

 それでもこんな事されると、ツッコミも入れられない。



「なんで、龍一が頭下げているんだ?」


 私が返答に困っていると玄太郎くんが声をかけてきたけど、ほぼ全員が近寄るなり視線を向けてきている。広い部屋の隅っこでも、主賓が頭を下げていれば嫌でも目立つ。

 そしてその主賓は、みんなに向けて良い笑顔で言い切った。


「玲子を宜しくって、晴虎さんに頼んだんだよ。勝次郎も、瑤子を頼むな」


 そしてそれに「なんだ、そんな事か」的な反応をみんなが返す。勝次郎くんは少し複雑な表情を一瞬見せたけど、今回は瑤子ちゃんのお相手という事もあり、私へのいつもの俺様発言もない。


 ただ、なんだか外堀を埋められている気がする展開に思えた。

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