351 「世代交代」
春恒例の鳳社長会『鳳凰会』のタバコタイムを挟んでの二次会は、少し騒めいていた。
ただ、いつもの賑やかさではない。
少し遅れて会場入りした私と晴虎(ハルト)叔父さんのカップルを見た騒めきだ。
しかも私達の後ろには、シズとリズの二人のメイドに加えて、一族としての華麗なドレスから、一転して男装じみたスーツスタイルのマイさんが続いている。ただし、私がハルトさんのエスコートなので、セバスチャンも新入りのエドワードも付かない。
そしてエスコートしているだけだけど、一見すると一族公認のカップルに見えるだろう。
何も知らない勝次郎くん、今回は顔を出さなかった龍一くんが見たら、焦るかガックリくるかもしれないと思うと、ちょっと可笑しくなる。
けれども、表向きの私の今の役目は、ハルトさんを宴会場にある壇上に連れていくエスコート役。
その壇上には、一足早く鳳ホールディングスの社長とこの鳳凰会会長の善吉大叔父さん、父親で鳳重工トップの虎三郎、鈴木のトップの金子直吉、それに鳳商事トップの時田がいる。
他にも、時田の後任となる永井幸太郎、金子さんの後任となる高畑誠一が、ハルトさん同様に紹介されるべく脇に控えている。
そして私はハルトさんをエスコートし終えると、反対側の脇へと下がる。そこには瑤子ちゃんとサラさんが控えているから、私もその隣へと位置する。
「まず最初に、今回社長職から会長職へ変わられるお二人の挨拶とさせて頂きます」
司会の紹介で、二次会のほぼ唯一イベントである人事の紹介式が行われる。と言っても、4月2日の時点で新たな人事自体は既に発表されている。
だからこれは形式に過ぎない。
時田と金子さんが会長に退き、永井幸太郎、高畑誠一が前職を引き継ぐ。ハルトさんは、鳳ホールディングスの重役に就任する。
善吉大叔父さんと虎三郎は、見届ける側だ。
そして鳳の未成年3人は、退く者、新たに就任する者に、それぞれに花束を贈呈するお役目を仰せつかっている。
もっとも、時田と金子さんは引退や退職するわけじゃないから厳密には違うけど、鳳と鈴木のそれぞれの家老と大番頭が共に第一線を退く事に意味があった。
「今まで本当にお疲れ様でした。これからは、のんびりして下さいね」
「有難うございます、玲子お嬢様」
そんな軽いやりとりをして、万雷の拍手が贈られる。
金子さんには瑤子ちゃんが花束を贈呈し、同じようなやり取りが行われる。
そして順番に、金子さん、時田の順で簡単な退任の挨拶。
時田は短く淡々としたいつもの調子だけど、金子さんの方は相変わらず熱心というか熱い。
「うちは丁稚の頃より、鈴木の家へのご奉公以外は、仕事だけで生きてきました。仕事こそが生きがいであり趣味であり、仕事の中で人生を終える事を望んでます。せやからこれからも、老人の戯言と言わず付き合ったってんか」
そう、いつもの関西弁で言葉を結んだ。
確か晩年まで鈴木の再興を果たすべく頑張った筈だけど、この世界ではもう少し穏やかにして欲しいものだ。
一方の時田には、私のひ孫を見るという口約束を果たすまで、のんびりと余生を過ごして欲しい。
「続きまして、新たな人事の紹介をさせて頂きます」
私が余韻に浸っていると、次に進んでいた。
次に紹介されるのは3人。鈴木のトップとなる高畑誠一、鳳商事の新社長の永井幸太郎、それにハルトさんだ。
私が花束を渡す相手は、この中で一番格上となる高畑さん。挨拶や社交辞令以上で個人的な面識のない人だから、「就任おめでとうございます」の型どおりの言葉だけ。ハルトさんには、妹のサラさんがウィンクと共に花束を渡した。
そして最後に、「最後に、前職から後任への引き継ぎ式を行います」の言葉で、おきまりの言葉と固い握手で締められる。
その後は例年通り、色々な人との話し合いが出来るようにという形での立食パーティーとなる。
その中を、私はお供を引き連れながら、ハルトさんはまずは特に重要な人には父親の虎三郎が紹介する形で、その後は一人で挨拶して回る。
(緊張してた割に、普通に出来てるなあ。という事は、ハルトさんの緊張は私が原因かあ)
そう思うと、一族の長子や直系の重みを感じなくもない。
そうして去年同様挨拶が終わると、私は暇になってしまう。迂闊に誰も近寄ってこないし、こっちは挨拶が終わった後でさらに誰かに絡みに行く理由がない。
けど今回は、誰かさんを待っている事になる。けど、マイさんとシズ、リズもいるので話し相手には困らない。そして主に、マイさんに兄のハルトさんの話を聞いて過ごした。
そうして二次会の終盤、私の今回の王子様がようやく挨拶回りを終えて、袖で退屈している私の元へと歩み寄ってくる。
「お待たせ。こうして回ってみると、鳳グループの大きさを実感するね」
「お疲れ様です、ハルト様」
「兄さんお疲れ様」
「本当、疲れたよ。二人もお疲れ様」
終盤とはいえ、終わるまで別に人が出て行くわけじゃないから、多くのギャラリー、鳳グループの社長や重鎮達が見る中で、ハルトさんとの歓談へと入る。
周囲は主に私から相応に距離を取っているし、多くの人がいる会場内で騒めきもあるから、会話をしていても殆ど聞こえる事はない。それに聞こえたとしても、親族同士だから普通の事だと思うだろう。
そして会話内容自体は何でもいい。二次会初手でエスコートをした私とハルトさんが、衆目の前で歓談している事が重要だ。
だからしばらくは、飲み物や軽食を摘みつつ見せるための雑談に興じる。
マイさんというハルトさんの妹さんがいる形になるけど、マイさんが私の秘書兼ドライバーなのは周知だし、衆目の前だと私の周りにはメイドや秘書、執事がいるのが普通だから、そこを気にする人はいないだろう。
「どうでしたか?」
「うまくやっていけそう?」
「先が思いやられそうだよ」
私とマイさんの言葉に、嘘偽りない言葉を頭をかきつつって感じで返してくる。自然体で飾らないスタイルなので、好感度は高い。しかもハーフ特有のイケメン具合だから、女子的にはかなりの破壊力がある。
「ん? どうかした、玲子ちゃん?」
「あ、いえ、ちょっと失礼な事を思ってしまって。御免なさい」
「理由もなく謝らないで。何?」
「多分だけど、兄さんが特殊な性的趣味なんじゃないかって疑っているのよ」
そう言ってマイさんが、私に軽くウィンク。口調共々ジョークだ。ハルトさんも破顔する。笑うとイケメンというより、人好きのする笑みになる。
油断すると、心臓の鼓動が早くなりそうだ。
「ああっ、僕にお付き合いしている人がいない事? あっ、気にしないで、よく聞かれるんだよ。華族で財閥で、まあ自画自賛込みでも、なかなかの二枚目。学業も勤め先も申し分なし。正直、そんな上っ面だけで評価する人にウンザリしているんだ。女子の視線も正直苦手。男同士で騒ぐ方が、気楽で良いね」
「……それで逆に?」
「そんなところ。一応周りには、敬虔なクリスチャンだから、生涯一人の女性とだけ添い遂げるって言い訳してあるけどね」
「それでも、『うちの娘はどうか』みたいな声は多いですよね。私の耳にも入ってきます」
「そんなに? でも、玲子ちゃんの方が大変でしょ」
「私の場合、付いてくるモノが多いですからね。それで、私よりそっちばかり見る人が多いのに、結婚条件については知らないって人が多いのを最近知りました」
「みたいだね。まあ、お互い頑張っていこう。正直、舞が羨ましいよ」
「じゃあ、自力で素敵な人を見つけるのね」
「この年でか? 学生時代に見つけられなかったのを、心底後悔しているよ。アメリカでは、友達とバカやったりで大学自体を楽しみすぎた」
そう言ってアメリカンな肩の竦めかたを見せる。そしてすぐに収めると、私に笑顔を向ける。
「まあ、そんな行き遅れだけど、よろしくね玲子ちゃん」
「兄さん、さっきからちゃんって呼んでるけど、ダメでしょ」
私が言葉を返す前に妹のマイさんからのご指摘。確かに、お付き合いするなら、外聞上でちゃん付けはよろしくない。
「おっと、これは失礼玲子さん」
「いえ、全然。それよりハルトさんは、今が適齢期じゃないですか」
そう、ハルトさんは、これからが結婚適齢期。そして来年になると、私も法律上結婚できるようになるのだ。
もしかしなくとも、お父様な祖父が私の外堀を埋めにかかっているのかもしれない。
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今が適齢期:
戦前の昭和だと、男性は27歳、女性は23歳が平均的な結婚年齢。
アメリカも似た感じ(1歳ほど違う程度)。
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