350 「新たな御曹司」
「お疲れ様でーす!」
「玲子ちゃんお疲れー!」
鳳社長会の一次会が終わってみんなが集まっているいつもの覗き部屋へ行くと、今日も瑤子ちゃんが軽いハグで私を出迎えてくれる。
何だか、定番と化しつつある気がするけど、最近は習い事とか色々な時にもくっついている事が多い。
と言うのも、瑤子ちゃんと龍一くんに双子の弟と妹が生まれてからは、両親に構ってもらえないかららしい。それならば弟と妹とのスキンシップと行きたいらしいけど、それもお嬢様だから程々にしかさせてもらえず、この数年ちょっと寂しいらしい。
私としては、理由が些細な事だから、こうしてスキンシップが増える方が嬉しい限りだ。
けど、いつまでも、背景に百合の花を咲かせてハグしているわけにもいかなかった。
「アレ? マイさん、どうしたんですか。皆さんも?」
鳳の子供達以外に、アメリカ留学中の竜(リョウ)さん以外の、虎三郎一家が揃っていた。
マイさん以外と会うのは、正月以来だ。
その中から、背の高い男性が一歩前に出る。長男の晴虎(ハルト)さんだ。
見た目は、マイさんに似たブルネットの髪、虎三郎とジェニファーさんを男性向きに掛け合わせた感じの顔立ち。さらにイケメンにすれば、マイさんが男性だった場合のイメージに近い雰囲気がある。もう10年若ければ、ゲーム上での攻略対象にもなれただろう。
けど今は、緊張で表情が少し堅い。
「あのね、緊張をほぐそうと思って、親族だけの場にお邪魔したの。ごめんね、玲子ちゃん」
「いえ、そんな。けど、大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫じゃないかな?」
マイさんが苦笑しつつ兄を横目で見るけど、その後ろでは虎三郎は肩を竦め、ジェニファーさんは右手をほおに当てて心配顔。サラさんは、両腕をつかってのダメダコリャなゼスチャー。鳳の子供達も、どうしたものかと言う顔。
どうやら、処置無しらしい。
晴虎(ハルト)さんは、1908年生まれで今年で26歳。アメリカのハーバード大学に通い、その帰国後は幹部候補生制度で一年ほど国にご奉公したあと、武者修行で鳳の外に出て2年ほど勤め、この春に鳳に再就職する。
ハーバードも飛び級で行ってしまう程の優秀さだけど、武者修行の理由が分かった気がした。
普段は気さくで大らかな人柄だけど、この姿を見ると大舞台に弱いんだろうと思える。
けれどもハルトさんの帰還は、今回の大きな人事異動の象徴だ。一族の者、鳳の本家に近い者が若くして要職に就く。それにより、グループの一族支配のタガを締める。
時田が前線から退くので、必要な措置だ。だから責任とまではいかないけど、その役目は重要だ。
玄二叔父さんや私の父の麒一がいれば、こんな必要もなかっただろう。
現状の鳳グループは、一族と一族に仕える執事や秘書上がりは、グループ内の企業数に対して数が少ない。
紅家は抱える規模も小さいので支配力は強いけど、蒼家は総帥の善吉大叔父さん、鳳重工の会長となる虎三郎くらい。他には、善吉大叔父さんの息子さんの龍吉叔父さんが、昨年鳳グループの財団の一つに入社しただけ。
龍吉叔父さんは、能力的には普通の人で当人も上昇志向はないので、グループの中心に来る事はない。
そんな状態なので、人手が足りている紅家から人を入れようかと言う話が進んでいる。
私の感覚だと、一定の財産とグループ内の要所さえ押さえておけば、一族はそんなに沢山グループ内にいなくても良いと思うけど、そう言うものでもないのだそうだ。
この辺りは鳳が華族で、鳳財閥自体が1927年までは小さな財閥でこじんまりとまとまっていた影響だ。けれども、その影響というか、半ば新たな犠牲者がハルトさんだ。
苦笑を収めたマイさんも心配顔だ。
「玲子ちゃん、何か名案ない?」
「玲子ちゃんなら踏んだ場数も違うし、虎三郎だとアドバイスになんないのよ」
「人前に出るなら、二人の方が多いのでは?」
「うん。でもさ、私らの場合、エロい目線が殆どじゃん。やっぱりアドバイスになんなくて」
アッケラカンとしたサラさんのお言葉。
私も思わず苦笑いだ。
「アハハハ、いつもお世話かけます。けど私も、好奇の視線とか珍獣扱いだから、あんまり変わらないかも」
「私らと大して変わらんかぁ。だってさハルト兄。諦めよう」
くるりと横を向いたサラさんが、手でハルトさんの肩をポンと叩く。
「かぼちゃ畑、スイカ畑とでも思うしかないわね」
「俺も大勢の前は苦手だからなあ。まあ、今回は諦めて肚をくくれ」
「そうよ、目立つのは今回だけなんだから、気をしっかり持ちなさい」
虎三郎一家、相変わらず仲は良いけど、意外に塩対応だ。
(いや、鳳の子供達のところまで連れて来たんだから、薄情じゃあないか)
「私は、言葉と外面とは別に、頭の片隅で別のこと考えている事が多いですね。現実逃避かもしれませんけど」
最後の私の言葉に、晴虎さんが諦め半分な笑みを浮かべる。
「ありがとう、玲子ちゃん。それにみんなも。でもこれで、諦めがついたというか、吹っ切れた気はするよ」
そしてこれで、一件落着からは全然だけど、一通り用が済んだと思ったら、部屋の人たちを見るとそうでもないらしい。
「えーっと、まだ何か?」
聞くと、マイさんが一歩前に出る。表情は真面目というかお仕事モード。こちらも表情を改める。
「はい。ここからが本題です。ご当主様からのご伝言を預かっています、玲子様」
口調までビジネスモード。しかもお父様な祖父から。ただ私は、何も聞いてない。それでも突然話が振られる事があるから、そこは気にはならない。
ただ、さっきからだんまりモードな鳳の子供達の、少し微妙というかある種の深刻さを湛えた表情の方が気になってはいた。
「『向こう一年、鳳晴虎は鳳の長子である鳳玲子と婚姻する際に入り婿になるという噂を流す。これを踏まえて行動するように。なお、追って話はする』です」
(あぁ。これがこの雰囲気と、ハルトさんの緊張の本当の原因かぁ。飯食ってる間に何か動きがあったか、何かを掴んだんだろうなあ。それに、今頃喫煙室で噂が撒かれているのかも)
何故お父様な祖父がそうしたのかも、何となく察しがついたので、内心少しトオイメになる。心の一部は、まるで他人事だ。
だから機械的に頷く。
「言葉確かにお受けしました。それじゃあハルトさん、二次会は私が側に付いていますね」
「うん。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互い頭を下げ合うけど、どこか事務的だ。
そして頭をあげると全員の視線。私が何か知っているかって聞きたいらしい。
「……あの、確定的な事は何も知らないわよ」
「確定じゃない事は?」
そう聞くのは虎三郎。この中で一番の年長だし、一族の事だし、何より跡取り息子の事だし、と諸々が重なると心配にもなるだろう。
だから私も真剣に小さく頷いてから言葉を探す。
「三菱の山崎様の家の水面下で、鳳に対するというより多分私に対する動きがあるらしいの。それと新入り執事が、もしかしたら私を狙っているかも」
「白人の方は、個人的にか?」
「セバスチャンの読みでは王様達、もしくは王様の誰か。私のメイドだったヴィクトリア・ランカスターの嫁ぎ先か、一族関係の可能性もあり」
「エーット、じゃあ玲子ちゃんを狙って、三菱とアメリカの財閥が綱引き始めたから、ご当主様が先手を打ったって事?」
「正確には、鳳一族の財産狙いね。それと、どっちも単独で動き出しただけ。けど、何にせよお門違いだから、今回のハルトさんとの件は防衛策というよりは、説明するまでの時間稼ぎだと思う。この話は、お父様もご存知だし、貪狼とセバスチャンにはもう動いてもらってる。今の話も、その結果じゃあないかな」
サラさんの言葉に私なりの見解を添えると、部屋にいる大半の人が納得げな表情になる。
ただ私としては、面倒臭い事になったなあという感慨しかない。それに考え過ぎだろうとも思えた。
だから続けて言葉が出てしまった。
「それに、新入りのイケメンパツキンとは事務的な話以外した事ないし、山崎家の勘違いは勝次郎くんが潰す気でいるから、気にし過ぎないで良いと思うけどね」
そう結んだけど、予想外の事態に漠然とした不安を感じていた。
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