343 「新しい執事?」

「伯爵令嬢、お初にお目にかかります。わたくし、エドワード・ウィンザーと申します。これよりお嬢様の為、粉骨砕身尽くす所存に御座います」


 3月頭のある日、映画のスクリーンから出て来たような、少しくせ毛ながら完璧な金髪碧眼の超イケメン男子が優雅に私にお辞儀をする。ただ目元涼やかというには、ちょっとヤンチャなイメージがする。年はまだ20代前半だろうか。

 それに毎回恒例なのか、どこか嘘くさい。


「鳳玲子です。まあ、倒れない程度に頑張ってちょうだい」


「温かいお言葉、痛み入ります」


「来た途端、あなたに倒れられでもしたら、送り出してくれたトリアに合わせる顔がないものね。それで、私は何を聞けば良いの? あなたの事? トリアの事? それとも、あなたの本当のご主人様の事?」


(それにしてもヴィクトリアの次がエドワードって、分かってて付けた偽名にしても、悪趣味すぎじゃない? 下の名前が今の王朝って事も意味ありそうだしなあ)


「3つ全てについては、既に提出させて頂いた書類通りに御座います。ただ、付け加える事があるとするなら、エドワードは生来の名に御座います。この点、主に誓って偽りは御座いません」


 そう言ってまた一礼。アメリカンだけに、ややオーバーアクション気味なのは、なんだか見慣れてきた気がする。その点、トリアはリアクション少なめで、私的にはそっちの方が有り難かったのを懐かしく思い出す。


「そうなのね。じゃあエドワードと呼べば良い? それともエドとか愛称があるの?」


「叶うならエドワード、と。略さずにお呼びいただきたく」


「分かりました。それではエドワード、名前以外に言える本当の事について、いつか話してくれるの?」


「26という年齢、そしてハーバードまでの学歴については真実に御座います。また、学校などでお調べ頂ければ、提出させて頂いた書類に偽りが少ない事もご理解頂けるかと」


 今回は経歴が嘘八百じゃないらしい。鳳の情報網を評価した裏返しかもしれない。


「あっ、そう。何にせよ、きちんとお仕事してくれるなら、今の所あなたのプライベートに触れる気は無いわ。ただ、トリアとの関係だけ教えてくれる?」


「ヴィクトリアは、私の遠縁にあたります。ファミリーネームは違っておりますが、同じ大学出身という事もあり親密に交流している親族の一人です」


「フーン。じゃあ、同じ時期に在籍していたとか?」


「ハイ。彼女が4年の時、私が1年でした」


「なるほどね。それで、トリアの従兄弟で後輩のエドワードは、どの王様の連絡役なの? そのお名前通り、今の連合王国の王様とか言わないでね」


「ハハハッ、流石にそれは御座いません。ヴィクトリア自身が、幾つかのアメリカの王達の血を引く者と結ばれます。ですので、私も特定の王に仕えている訳では御座いません。むしろ、ヴィクトリアとの連絡役と思って頂ければと」


「なるほどねえ。さらにワン・クッション置いたわけだ。けど、なんで男を寄越したの? 女性の方が、私の近くに居られる時間が多くなるのに」


「その点は、ヴィクトリアの時にもお嬢様の側に常にいたわけではないので、大きな問題はないと判断されました。また、お恥ずかしい話ではあるのですが、お嬢様のお側にお仕え出来るほどの女性が、見つからなかったという事実もございます」


「アメリカでも、女性の社会進出はまだまだだものね」


「左様に御座います。もし女性が宜しいのでしたら、すぐにでも代わりの者を寄越しますが、如何致しましょう」


 私の答えを予測したような言葉に、手をヒラヒラとして返す。


「あなたで良いわよ。まあ、私より年下の凄く可愛いお人形さんみたいな女の子が居るなら、今すぐにでも私のメイドに加えるけどね」


「ハハハッ、これは良い事をお聞きしました。今後の参考にさせて頂きます」


「まあ、宜しくね。それよりも、他の情報は何か知っているの? 例えば私の叔父さんの事とか」


 冗談を流して少し真面目気味に聞くと、意外に向こうも襟を正した。ちゃんとした話らしい。


「鳳 竜(リョウ)様は、マサチューセッツ工科大学にご在学中で、熱心に勉強に励んでおられます。また、多くの学友に囲まれているという話も耳に挟んでおります」


「それは何より。その中に女性のお友達も?」


「いえ、流石にご学友にはいらっしゃいません。ですが、私がアメリカを発つ前のパーティーでお会いする機会があり、その時に素敵な女性とご一緒でした」


 その話は、リョウさんから虎三郎への手紙でも伝わってきている。そしてこれで、目の前のイケメンパツキンが、リョウさんにも接触している事も教えてくれた事になる。

 分かってはいたけど、そこら中で繋がりまくりだ。それに、一連の会話で目の前のイケメンパツキンが、相当な上流階級に属するのも教えてくれた事になる。

 そこでふと疑問がよぎる。というより、トリアとの思い出で被るものがあった。


「それを聞いて安心したわ。ねえ、話は変わるけど、エドワードは配属先に希望はある? トリアはメイド扱いで始めたけど、不得意な事もあったんだけど、あなたは?」


「何でもとは言いませんが、お嬢様のお命じになる役職を務めさせて頂く所存です」


「そう言われてもね、男だから私の身の回りの世話は却下。秘書とドライバーは、マイさん一人で十分。執事も、そこのデブで足りているの」


 私の言葉にイケメンパツキンも目線を動かすと、シズとリズが深めの一礼、マイさんも軽くお辞儀、そしてセバスチャンは恭しく一礼してからドヤ顔を決める。


 そして少し置いて、私は言葉を続ける。


「エドワード、あなたの得意な事は何? 何もないなら、セバスチャンの下で鳳商事の業務をしてもらいつつ、王様達との連絡役って事になるけど、今なら最大限考慮するわよ」


 言葉を終えた時点で、イケメンパツキンが右手を軽く握り、その手をあごの下に当てる。表情は、一見真面目、いや深刻そうだ。

 そして十数秒して、少し重めに口を開く。


「私個人としては、ヴィクトリアの後任と考えておりました。ですが、予想外に広い選択肢を頂き、混乱しております。少し考えさせて頂く事は可能でしょうか?」


「構わないけど、私のもう一つの質問の答えは?」


「これは失礼を。私の得意な事でしたら、今まで行って出来ない事はありませんでした」


「それなのに、考える必要があるの?」


「これは参りました。分かりました、何なりとお申し付け下さい。必ずお役目こなしてご覧に入れましょう」


 そう言い切られけど、演技が過ぎているので軽く溜息をついて、私の意思表明としておいた。


「それじゃあ、当面はメイド業務以外のトリアがしていた事をお願いするわ。それで退屈だったら言って。他を考えるから」


「畏まりました、お嬢様」


「うん。じゃあ、セバスチャン、潰さない程度に使ってあげて」


「承りました。お嬢様」


 私の命令に、イケメンパツキンとデブが恭しくお辞儀する。そしてこうして合わせて見ると、仕草というのは収斂的になるんだと、ちょっと感心した。

 ただセバスチャンは、私の言葉にかなり嬉しそうだ。




「それで、あのイケメンパツキンは、使えるの?」


 リズに連れられ鳳の本邸の案内に行った男について、セバスチャンに問う。シズとマイさんも、興味深げにセバスチャンに視線を注ぐ。


「能力は確かです。既に調べられる限りで素性は洗っておりますが、お嬢様と鳳に害をなす存在でもありません。ただ、少し気になる事が御座います」


 そう言って目を少し細める。剣呑ってほどじゃないけど、言葉通り気になるって感じ。

 小さく頷いて続けさせる。


「相当の血統です。しかし、まだ未婚です。あの見た目ですので浮名は相当ですが、今までに決まった相手もなし」


「なに? 私の貞操を狙って、わざわざ日本まで来た暇人って事はないわよね」


 冗談半分で返したのに、愛想笑いの笑みだけ。


「エッ? 何かあるの? 変態性癖とか、同性愛者とかはやめて欲しいんだけど。もしそうなら、熨斗(のし)つけて返すわよ」


「その方が、マシだったかもしれません。私の考えすぎなら良いのですが、もしかしたらお嬢様を狙っているのかもしれません」


「……王様達が私のフィアンセ候補に、あのイケメンパツキンを? 美形だけど、趣味じゃないんだけどなあ。王様達、私のリサーチ不足でしょ」


 そう鼻で笑っておく。そして鼻で笑える程度だという感覚がある。あのイケメンパツキン、相当の猫被りでもない限り私への興味はゼロだ。ロリコン趣味じゃないんだろう。それにトリア経由だから、信頼してあげたい。

 セバスチャンも、私の再度の軽口にもう少し軽い笑みを浮かべる。


「私の考え過ぎなだけかもしれません」


「注意はしておく。と言っても、あのイケメンパツキンに、私の婿養子になる気があるとは思えないけどね」


 3度目の軽口に、ようやくセバスチャンが肩を竦めた。

 なんにせよ注意は必要な、新しい使用人のようだ。



__________________


ヴィクトリアの次がエドワード:

ヴィウトリア女王の次の王様がエドワード7世。

ヴィクトリア女王が長生きすぎたので、還暦迎えるくらいまで皇太子をしていた。

19世紀では、かなり珍しい。

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