340 「1933年の降誕祭」
(今はクリスマスが祭日だけど。このまま日本が平和なら、この祝日どうなるんだろう。平成になるまでそのまま? 23日と合わさったら嬉しい反面、年末の仕事が地獄になりそうだよねえ)
終業式を明日に控えた就寝前、ベッドでゴロゴロとしつつ、ぼんやりと考え事をする。
既にメイド達も下がらせているから、部屋には私一人。他は、幼い頃から変わらずに人形とぬいぐるみ達がいてくれるだけ。
1933年は1年を通じて、私の以前の予測に反して日本は平穏なまま過ぎようとしていた。そしてその締めとして、12月23日に平成の天皇になられるお方がお生まれになられた。
けれども、この時代に転生して生きるようになった身としては、健やかに成長して欲しいという程度の感覚になってしまう。
なお今年はクリスマスイブが日曜だから、日曜月曜で連休。クリスマスに騒ぐにはもってこいのカレンダー。だから終業式も、23日に前倒し。だから、平成の天皇が明日お生まれになる事は、私しか知らない。明日には、日本中が大騒ぎになるだろう。そして、この日が祝日になるのも、半世紀ほど先の事になるのだろう。
是非そうあって欲しい。
そう言えば、この時代の祝祭日は平均して月に一度。私の前世に比べるとかなり少ない。
しかも、1月は1日が『四方節』の後に、3日が『元始祭』、5日が『新年宴会』と、宮中に関連した祝祭日が続く。
それ以外は、神武天皇が崩御された4月3日の『神武天皇祭』、伊勢神宮で祭祀がある10月17日の『神嘗祭』、大正天皇が崩御された12月25日の『大正天皇祭』以外は、馴染みのある祝祭日がある。
さらにこの時代は、精々半ドン、土曜日が午後から休みなだけで、週の休みは日曜日だけ。盆正月を長く取るところもあるけど、21世紀なら日本中がブラックもしくは社畜状態だ。
しかも労働法も殆どないから、毎日めっちゃ長い時間働く。前世の私の感覚で言えば、日本中働きすぎだろとしか思えない。
けど、働きすぎても全然裕福になれないのだから、財閥の子となってあぶく銭も掴んだ身としては、罪悪感もあって頑張って日本を豊かにしようと思うほど。
そしてこの一年もそうだけど、来年と再来年、34年、35年は日本も比較的平穏だし、景気拡大も続くはずだから、商人として頑張ろうと思っている。
(……けどなあ、社畜時代と今の違いって、家事と洗濯、それに食事作らなくていいくらい?)
頑張ろうと思うけど、ご令嬢の生活はどこに行ったのかと思わなくもない。セレブでパリピな生活は何処へやら、学校と習い事、そして仕事がてんこ盛りの毎日が続く。
突発事態以外は日々規則正しく過ごしているので、前世と比べるとストイックに生きている気がする。
(そんな生活も、来年秋が来れば10年か。もう、前世の記憶が随分朧げになってきてるなあ。それにこの体、あと1年もしたらゲームの悪役令嬢そのものになるんでしょうね)
そう思って目の前にかざした手のひらは、まるでモデルさんの手のように綺麗だ。白く艶やかな肌に、細くしなやかな指。まさに白磁ってやつだ。
こうしてまじまじと見ても、未だに自分の手だと信じられなくなる時がある。思わず、手を色々と動かしてしまう事も少なくない。そして最後に、軽く馬鹿らしくなる。もしくは体の主の事を軽く思い出す。
(そう言えば、年々体の主の悪夢って見なくなってるのよね。もう慣れすぎてそよ風程度だけど、無ければ無いで拍子抜けね)
眠る前にそんな事をふと思った。
「……寝よ。みんなおやすみ」
「今年のクリスマスは、去年より賑やかね」
「言っておくけど……」
「分かっているって、玲子ちゃん。アイデアとお金以外は何もしてないんでしょ」
瑤子ちゃんが、楽しげに言葉を返す。そして私達二人の眼前には、鳳学園の賑やかな様子が広がっている。
私がクリスマスに寂しいからと始めた、鳳学園の小学校でのクリスマスの催しは、もはや私の制御不能なほど大規模に、そして派手やかになっている。
もはや近所の名物らしい。
鳳学園では、小学校から大学に至るまで、クリスマスの1週間くらい前から準備を始めて、イブと当日に『子供のクリスマス』を盛大に祝う。
祝うというより騒ぐという言葉の方が相応しいけど、神父様を呼んで講堂でクリスマス・ミサもするし、みんなでクリスマスの歌を歌ったりと、それなりのイベントはちゃんとする。
大学の吹奏楽部によるクリスマス・コンサートだってするし、子供達も色々な出し物を披露する。ここでは虎士郎くんも、参加している。
子供達が作った展示物の披露も、各学校、教室でしている事も多く、もはやクリスマスにかこつけた冬の文化祭や学園祭の様相を呈している。屋台だって沢山出る。
この為、今までの学園祭は5月に移動してしまったほどだ。
なんにせよ、私にとって嬉しいのは、学園内に入れる人間は制限されているし、警備も十分されているから、お共付きとはいえ私が雑踏の中に入っても少しくらいはオーケーという事。
逆に、鳳の本邸の再開発地域で始めたクリスマス・マーケットは、私が鳳の長子だから万が一を考えて行きたくても行かせてもらえない。
鳳ホテルでの食事は基本大人ばかりだから、参加したところで私がつまらない。下の階のメイド喫茶のクリスマス・キャンペーンは遠目で少し見た事あるけど、もはや私の前世の秋葉原で見た景色が被り、女子の客が訪れる場所ではなくなっていた。
だからイブの日はここで楽しみ、当日の夕食に鳳の本邸で身内だけのクリスマス・パーティーを軽く行うのが恒例となりつつある。
そうした中で少し意外なのが、セバスチャンが日本に連れてきたユダヤ系の人達。
何しろ、ユダヤ教徒であってキリスト教徒じゃないし、日本人のような無節操さは全くない。だからクリスマス・マーケットを見ても、故郷の風景を思い出しはしても、そこで騒ごうとまでは思わない。そもそもクリスマスを祝わない。
けど、周りがお祭りだから、自分たちも少し贅沢な食事くらいはしたい。という事で、クリスマスとは関係のないお高いお店へ向かうのだそうだ。そして、この点では日本は彼らにとってパラダイスだ。
欧米の外食店はクリスマス一色になるけど、クリスマス色の薄い店ほどイブと当日の料理店は空いている場合が多い。だから今日も明日も、そういった飲食店や料亭などで過ごすのだそうだ。
ともかく、そんな感じだから、セバスチャンも今日、明日は私の側にはいない。
なお、セバスチャン曰く、アメリカのユダヤ教徒はクリスマスには中華料理を食べる事が多いのだそうだ。中華料理店だけが、クリスマスと関係ないからだ。他にも色々と理由はあるそうだけど、食べてはいけない物の影響が深い。
そして少し暗い話として、今年からはドイツ料理店も行かなくなるだろうとの事。理由は考えるまでもない。
またリズは、意外に熱心なカトリックのクリスチャンだから、厳格にクリスマスを祝うべく今日も明日も教会に赴く。
私の周りで少し問題があるとするなら、実はマイさん。お母さんのジェニファーさんは、アメリカ出身でプロテスタント系のクリスチャン。虎三郎もアメリカ暮らしが長いから、クリスマスは馴染みの行事。
だから虎三郎一家は、家族でクリスマスを過ごす。最近では鳳の本邸にも祝いにくるし、クリスマス・マーケットにも遊びに来ていた。勿論、家族で。
だから、すでにこの日本でも見られ始めているような『性なる夜』からは程遠い。
その影響で、マイさんの彼氏さんの安曇野さんは、周りの景色を羨ましく見て過ごすのが恒例なのだそうだ。と言っても、もう家族への紹介も済んでいるから、あと数年の辛抱だろう。
そういえば紅龍先生も、結婚してからは家族でクリスマスを過ごすようになったと先日話していた。
だから、家から近いのに学園の騒ぎには顔を出す程度だそうだ。
そうした諸々があるけど、今年のクリスマスは23日の早朝に平成の天皇が生まれたという事で、昨日は日本中が大騒ぎだった。
そして今日もその余波が続いているから、クリスマスの雰囲気が少し薄らいでいる。鳳の学園でも、校舎に準備していた横断幕が掲げられていたりする。
「それで、みんなは来るの?」
「今日は終業式だし、みんな明日からだと思うけど?」
二人して、目に入った横断幕へと視線を向けつつ会話が続く。
「でもさあ、虎士郎くんは忙しいよね」
「引っ張りだこだって。もはやプロね。なんか、最近全然会えてない気がするし」
「私もー。同じ敷地内でも、中学と女学校って遠いわよね」
「男女別学って、実質そこだけだからね。予科に行けば別だけど、虎士郎くんは音楽学校だもんね」
「他も幼年学校か一中だもんね。最近私、玲子ちゃん以外は学級の女子としか話してないかも」
「龍一くんは?」
「明日は帰って来るから、一ヶ月ぶりくらいかな?」
「私、夏休み以来ね。他の男子も同じだけど」
「玄太郎くんと虎士郎くんは、同じ屋敷なのにね」
「年はとりたくないものね」
「そうかも」
二人して笑い、そして私達も子供の雑踏の中へと向かった。
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馴染みのある祝祭日:
紀元節(建国記念日)、春季皇霊祭(春分の日)、天長節(昭和の日)、秋季皇霊祭(秋分の日)、明治節(文化の日)、新嘗祭(勤労感謝の日)
学園祭:
学園祭(大学祭)は、大学で大正時代に始まる。
日本初の文化祭は1921年。広まったのは1960年代。
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平成の天皇:
実名(継宮明仁親王)は避けることにしました。(このあとがきも、場合によっては消します。)
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