332 「試作戦車(3)」

 現物を前に虎三郎と話しつつ色々と思っていると、ようやく人影が動いた。少し前に思考モードから戻っても、聞き手に徹していたお兄様だ。

 そろそろ私は退散する時間らしい。


「玲子、他に何か思った事はあるかい?」


「そうですね。私はこの一番ごつい戦車を推します。今回不採用でも、これを叩き台に、3年、出来れば5年以内に次の主力戦車を開発しないと、日本陸軍の予算や開発速度から考えたら、列強に取り残されると思います」


「これを元にか、大きさは30トンくらいかな?」


「多分、それくらいは目指さないと。確か夢には、60トンを超える戦車が出てきました」


 言葉を終える前に、二人ともにビックリされた。

 虎三郎の声が倉庫一杯に広がる。


「60トンだと! どんな足回りを付ければ、その鉄の塊は動くんだ?!」


「さあ? けどその戦車は、お兄様がスウェーデンで買い付けた、88ミリ高射砲の次の大砲を搭載していた筈よ」


「あれの発展型を? 前面装甲は100ミリを優に超えそうだな」


「そりゃあ、もはや陸の戦艦だな」


 二人が途方に暮れている。

 やっぱり、ドイツ人の頭はおかしいらしい。それを再認識できたので、フォローを考える。


「でも、そう言うのは作るのも手間だから数が揃わず、物量に押し潰されるみたいです」


「物量? そのバケモノの戦車隊を潰す物量という時点で、潰しにかかる側も色々と頭のネジが外れとるな」


「総力戦の一側面なんだろうな。ちなみに、そのモンスターへの効果的な対処方法は分かるかい?」


 聞かれたので思い出してみるけど、私の知識は精々が戦争映像とか映画、もしくはアニメになるから、当てになるのか内心冷や汗モノで答えを探す。


「……確か、空襲で破壊するのが一番多かったような。あと、燃料切れか故障で乗り捨てていた筈です」


「空襲か。当然の選択だな。故障で乗り捨てという事は、強力な戦車を作る側が戦争で負けるのか。興味深い」


「故障ねえ。足回りが一番の原因だな。火砲や装甲が過剰過ぎるんだ。どこの国だ、そんな無茶するのは?」


 虎三郎が、私ではなくお兄様に問う。ちょっと助かった。ドイツと答えないといけないけど、これから起きるかもしれない大戦争自体の話を、曖昧な知識で話してしまって良いのか考えさせられるからだ。


「アメリカ、イギリスは海を隔てる。攻め込まれる側ではないでしょう。ヨーロッパ大陸のどこか、高い工業力が必要だから、ドイツ、ソ連、フランスのどこかですね」


「その3つなら、ドイツだな。頭のネジが外れてるのは、だいたいイギリスかドイツだ。フランスは、そこまでしない。露助は微妙だが、現状の工業力だとまだ厳しいだろう」


(軍事と技術の二人がいるから、話す前に答えが出ちゃった。まあ、私が言うまでもなくて良かったけど)


 ちょっとホッとしたので、そのまま話題を逸らす事にする。まだ遠過ぎる未来の話をしても、今は仕方ない。


「それで虎三郎、そんな戦車を日本は10年後くらいに作れるようになる?」


「無理に決まってるだろ。20年待て。20年。半分の30トンなら、数年後には量産出来るがな。こいつのちゃんとした奴も、暇な奴に設計だけはさせている。お前の絵も見せたが、作らせろって五月蝿いからな」


「それ以前に、60トンの戦車を生産したら、数両作るだけで陸軍予算の戦車割り当てが吹き飛びそうだ。30トンでも、大蔵省を説得する苦労が思いやられるな」


「そうなんですね。ちなみに、今の陸軍で戦車割り当て予算はどれくらいですか?」


「ここ数年、予算は潤沢だが、それでも約1000万円だね」


「じゃあ、このごつい方だと、1年で80台しか増やせないのか」


「量産すれば多少値段は下がるぞ」


「それでも厳しいでしょうね。ソ連は、日本とは比較にならない数の戦車を生産する予定だ」


「確か五カ年計画だと、毎年1000台単位ですよね。作るのはともかく、運用できるんでしょうか?」


「整備不良で半分しか動かなくても、1年で500両。大雑把な露助の事だ、その程度に考えてんじゃないか」


「同感です。ソ連の計画経済は、目標数を最優先としていて中身は二の次です。ただ、一年の生産数の半分の500両だけで、我が陸軍の総数より多い。大半がヨーロッパ正面に配備されるとしても、優秀な戦車を早急に出来るだけ揃えないといけない」


 流石のお兄様も、ソ連の物量を前に処置なしって感じだ。


「空襲で吹き飛ばせばと言っても、ソ連は空軍も一杯作っているんでしたっけ」


「作るのはこれからだけどね。でも、5年後にはそれこそ雲霞のごとく、まるで戦時のような数を、少なくとも数だけは揃えてくる。正直悪夢だよ」


「それなら2台分の予算を使ってでも、高性能の戦車を揃える方が理にかなっているんじゃないですか?」


「それも一つの答えではあるんだけどね。でも、兵器、兵力というのは、必要な時に必要な場所にないと意味がない。少数だと、どうしてもこの条件を満たすのが難しくなってしまうんだ」


「ジレンマだな。ましてや日本は海軍国で、陸軍に割けられる国力は露助が有利だ」


「ソ連にとって、極東は裏庭なのがせめてもの救いですけどね」


「だが、日本が満州を肥え太らせたら、貧弱な戦力だと攻めてくるぞ。露助ってのは、そう言う国だ。ロシア人は、気持ちの良い奴らが多いんだがな。不思議なもんだ」


「その点は叔父さんに同意です。おっと、先の話をしすぎても仕方ない。それで改めて聞くけど、玲子の意見は他にないんだね。そろそろ俺のご同輩が到着される頃だ」


「はい。ありません。夢で姿を見たといっても、曖昧な事が多くて。お力になれず申し訳ありません」


「そんな事は全くないよ。今の話だけで、随分と遠くが見渡せたよ。ありがとう、玲子」


「俺はどっちかと言うと途方に暮れたがな。だが、目指す先は一応見えたわけだ。色々と考えてみよう」


「虎三郎は、無理とか無茶以前に、趣味に走りすぎないでね」


「ハハハッ。それは無理な相談というやつだ。さてと、陸軍の連中と言い合いでもしてくるか」


「そうですね。それじゃあ玲子、別室で待っていてくれるかい。事後報告と、もし必要なら今後の相談をしよう」


「はい、分かりました。二人も頑張って下さい」



 それで私は、倉庫の声が聞こえる事務室に退散。取り敢えず、一見した段階での話し合いが終わるのを待った。実際に走ったり色々する実技試験は、この話がまとまってから行うとの事だ。


 そして話し合いというか、軍人さんへのお披露目だけど、虎三郎の予想通りに荒れた。

 「何故、陸軍が求めたものを作らない! お前らは、陸軍が求めたものを作れば良いんだ!」と叫ぶように文句つけた声が、事務室にまで十分聞こえてきた。そして虎三郎は「要求が低すぎるんだよ。世界を見ろ」と小馬鹿にして、さらに荒れた。

 けど、そんな人でも、お兄様に理詰めで話されると、文句だけで終わらせる事も出来なかった。そして取り敢えず、新規に作った3台については、実地の試験を実施する事になった。



 ただし、さらに後日、陸軍の装備を決める部署では、揉めに揉めたのだそうだ。

 性能が求めたものではないけど、予想以上に高性能だったからだ。お値段が当初予定の二倍でも、十分お釣りが出るんじゃないかという話が何度も行われた。

 何しろ一番ごつい戦車相手だと、3対1でも現在の主力戦車では歯が立たないと考えられたからだ。


 模擬戦では、大砲で負け、装甲で負け、足の速さでも負けては、勝負にならないと聞いた。酷い場合は、虎三郎が言ったように、現行の戦車が機関銃だけで蜂の巣の判定になったらしい。

 快足を生かして回り込み、100メートル以内の近距離から車体の側面と後方を滅多打ちにしたのだそうだ。

 普通の戦闘だと発生しない状況らしいけど、機関銃に負けるのは戦車として問題ありすぎだろう。


 ただ、能力や数字だけで決めては、現行の主力戦車を開発した陸軍の面子が立たない。

 そこで徹底的に試験する事になり、それぞれ『試製』という名を頭に冠して、取り敢えず数台ずつの試験生産を実施。模擬戦闘まで行って、現行の兵器、それに他が開発している兵器との比較を行う事になった。

 これで3種類とも、それぞれ『試製快速重装甲車』『試製快速戦車』『試製快速重戦車』という、なんとも微妙な名前を頂く。一方で、名称に皇紀の年号は付かなかった。


 そしてまずは、既に作った試作車両で走行試験などを実施。さらに3台ずつ生産した段階で、模擬戦などで実地データ収集などを実施する事になる。

 数両ずつ作って徹底的に試験をする時点で、陸軍が相当力を入れている証拠だとお兄様は言っていた。それだけ、鳳と小松が作った車両を評価している証拠だ。


 ただ、値段に見合うのかが争点らしい。それに部品精度が、日本では鳳と小松しか作れないのも、戦時の量産を考えたらネックだ。

 ただ、数年後の鳳と小松の量産能力は、現状での重機やトラックの生産のように他を圧倒してしまえる。総力を挙げたら、載せる大砲や機関銃の供給が全然追いつかないだろうと、虎三郎は笑っていた。

 鳳グループに刺激されて、生産規模の拡大や新規工作機械の導入を進めている財閥・企業はあるけど、軍関係は民間生産よりも生産現場が遅れ始めているのだそうだ。


 それだけ日本は、まだ平和な証拠だ。



__________________


精々1000万円:

史実の平時陸軍は、戦車に毎年1000万もかけられるほど予算は持っていない。

本作でも若干揶揄も入っているが、陸軍の装備予算は史実の倍程度あると思って下さい。

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