330 「試作戦車(1)」

 夏休み前のとある日曜日の朝。私は鉄の塊の前にいた。

 梅雨もようやく終わり、セミも鳴き始め、海水浴にでも行きたい晴天だ。

 そしてそんな晴天なのに、蒸し暑い倉庫の中で鉄の塊と対面していた。しかも複数並んでいる。

 私達の近くでは、大きな業務用扇風機が慌てて髪をポニーにまとめるくらい強い風を送っていて、その音がかなり耳につく。



「どうだ、玲子。驚いただろ」


 自慢の玩具を披露した子供の顔で、虎三郎が両手をその鉄の塊達に向けて広げてみせる。


「呼ばれて来たけど、私が見て良いものなの?」


「鳳の者に、特にお前に見せなくてどうする。龍也も呼んだし、陸軍の他の方々にも来ていただいているが、ちゃんと許可も得ている」


「けど、軍人さん達は、いらっしゃらないみたいね」


「玲子には、先に見に来てもらったんだよ。鳳の者とはいえ、女学生と軍人が一緒に見るものでもないだろう。だから、見終わったら事務所で待っていてもらえるかい」


「はい、お兄様。けど、機密なんですよね」


「そうだね。仮とはいえ武装も施しているから、公開するまで他では話さないでほしい」


「勿論です。……それにしても1つじゃないんですね」


「鳳と小松で競争試作をした。その結果、取り敢えず全部陸軍で試験をしてみることになったんだよ」


「まあ、流石にあのまんまを作るわけにいかんからな。それに、競う方が面白い」


 顎を撫でつつ、そして自慢げに虎三郎がお兄様の言葉を継ぐ。この原型を最初に見た時、日本での生産だか量産だかは無理だろうと、自分で話していたのを覆したからに違いない。

 技術大好き人間すぎる虎三郎だ。


「流石は虎三郎ね。じゃあ、ライセンスとか大丈夫なのね?」


「それなんだがな、あくまで独自開発だ」


「やっぱり。けど、大丈夫なの?」


「細々と変えてある。当面はそれで誤魔化す。と言えば聞こえが良いが、日本じゃあ量産が難しい部品があるから、そこは作り変えた。だから足回りの機能は、原型より少し落ちる」


「まあ、誰かが怒られないならそれで良いわ」


「ただなあ」


「問題あるんだ」


「そうなんだ。原型になったアレな、アメリカ政府が軍事機密として輸出に横槍を入れた。自分達は、陸軍全体で12両しか戦車もってなくて、禁止したくせに新型は試験止まりなのにな。

 それをイギリスは、色々と手を尽くして何とか入手。ソビエト連邦は、開発者のクリスティー氏の強い言葉もあって輸出禁止になった。だからこれは、イギリス以外は入手していないものになるんだ」


「ウワッ。えーっと、日本陸軍は大丈夫なの?」


「数年は、外に分かるように公表しない。そしてアメリカかイギリスの物を見て独自開発した、という流れにしようという話になりつつある。ロシア人も、その線で新型開発をするみたいだ。何せ、見た目で他と違うからな」


 そう言って苦笑を浮かべる。

 確かに言い訳としては苦しすぎだけど、オリジナルと言い出すよりはマシだろう。


(けど、戦車にリスペクトって通じないだろうなあ)


 私まで苦笑しつつ、目の前の鉄の塊へと視線を戻す。

 そして私、いや私達の前には5台の戦車もしくは装甲車があった。ご丁寧に、既に色まで塗られている。

 うち2台は、私が最初に見た『クリスティーのトラクター』によく似ていた。違いは、車体の上に乗っている砲塔ってやつ。

 片方は、確か陸軍の資料で見た『八九式中戦車』そっくり。違いは、リベット打ちが減っている事。もう片方は、太くて長い機関銃が2本、斜めに仕切られた無骨ながらモダンな砲塔から生えている。

 どちらも、オリジナルのコピーを戦車に仕立て直したって感じだ。


 それに対して他の3台は、車体も多少違っている。

 1台は車体が少し小柄で、他が履帯に囲まれた様々な車輪が合計6対なのに対して、5対しかない。あとで聞いたが、転輪と呼ばれる奴が1対少ない。合わせて全体も小柄で砲塔も太い銃身の機関銃が1つ付いているだけ。


 ただ、他に穴もあるから小さな機関銃なら据えられそうな感じがする。それと、全体的に斜めの面で構成されて、他より軽快でモダンなイメージを感じる。

 以前お兄様に渡した、夢に出てきた未来の戦車や装甲車のイメージが少し見える。


 あと2台は、車体は同じ形。オリジナルと少し違うけど、だいたい同じイメージがする。けど砲塔の形が違う。片方は、オリジナルの片方と似た『八九式中戦車』のそっくりさん。

 もう片方は、他と比べると随分太くて大きい大砲が、こちらもかなりごつい砲塔から突き出している。そして何より、私がイメージする『戦車』に一番近い。

 けれども、車体に対して砲塔が少し大きいし、砲塔の形自体がやっつけ感があって少し不恰好だ。急いで作ったんだろう。



「競争試作なのに、3台作ったんだ」


「玲子が、俺に色々言っていただろ。それに最大限近づけたのが、真ん中のやつだ。こいつは自腹で作って、3台にしたんだ。どうだ?」


「うん。一番戦車っぽいと思う」


「これで『ぽい』のか。玲子の言う戦車ってのは、どんなバケモンなんだ?」


 虎三郎が呆れてしまった。ただ、私の貧弱な前世のミリタリー知識の引き出しを見渡しても、やっぱりまだまだだ。


「もっと凄いわね。10年後くらいに、そのバケモノが見られるんじゃない?」


「……10年。たったそれだけで、戦車は大きく発達すると言う事なんだね、玲子」


「はい、お兄様。ドイツが膨張政策を行い続けたら大きな戦争になって、欧米列強は大きく強力な戦車を次々に開発します」


「……アメリカまでが。こいつで16トンある。バケモノとなると、その倍と仮定して30トン台。そんな戦車を、アメリカは本国から大量に輸送出来ると言うわけか。……あの国なら十分可能だろうな。輸送に制限がなければ、もっと大型も十分あり得るな。標準軌の貨車に載せるなら、50トンの戦車すら十分可能性があるな……」


 お兄様が、途中から沈思&独り言モードに入ってしまった。しかも、口にしている事が正解すぎて、こっちが引いてしまう。何で、今のやり取りだけで正解に到達できるのか、鳳一族の七不思議レベル。陸軍最強の永田鉄山が可愛がる筈だ。

 けど、しばらく放置した方が良さそうなので、虎三郎へと向く。


「それで足回り以外は、ライセンスとか大丈夫なのね」


「おう。エンジンはアメリカ製の『リバティ Lー12』。この戦車は試作だから輸入品だ。正式採用になれば、ライセンス契約を結んでうちで生産予定になる。陸軍から国産しろと言われても、自力生産も可能だ」


「車体と一緒でアメリカ製なんだ」


「当たり前だろ。400馬力なんざ、日本のエンジンで簡単に出せるか。その代わり、原型だと装軌で50キロ、装輪で70キロ出せる。あのちっこい装甲車だと、装軌で60キロだ」


「ソウキ、ソウリン?」


「履帯を履いているか、車輪のままかって事だ」


「フーン。確か珍しいのよね」


「珍しいどころか、世界中でクリスティー式だけだ。ただし色々面倒だし冶金の問題もあるから、独自開発の方は簡易化して装輪走行は出来ない。複製の方は曰く付きで外にも出せんから、実験場止まりだ」


「それで新しい方は?」


「試験次第だな。ただ玲子の戦車は、値段が高すぎるからダメだろうというのが、社内での下馬評だ」


 そう言って両腕付きで肩を竦める。


「見るからに大きい大砲と砲塔だもんね」


「それだけじゃないぞ。砲塔の後ろに無線機も積める場所がある。それと、以前玲子が言っていたように、5人は無理だが4人乗りだ」


 そういえばそんな事を暇つぶしに話したのを思い出す。確か、戦車のアニメを当たり障りなく伝えた話だろう。

 そしてそれで色々と合点がいった。


「それでこの戦車なんだ」


「形も、描いた絵に少し似せた。天井の八方への覗き窓付きの出入り口も、後で付ける。しかし、これで良いのか? 嬉々として作っていた技師どもはいたが、俺は兵器は専門外だから何とも言えんぞ」


「確かソ連も大きな戦車を開発している筈だから、対抗できる戦車はハッタリでもあった方が良いと思うけどなあ」


「まあ、こんな奴に戦場で出くわしたら、普通逃げるよな」


「だよねー。それでこれってどう高いの? 車体は隣と一緒って事は、砲塔の部分が高いのよね」


 そう聞いたら、よくぞ聞いてくれましたという顔。

 解説好きなのは助かるけど、趣味人すぎるのは兵器開発にどうかと思ってしまう。

 触りくらいしか聞く気は無かったけど、話はまだまだ続きそうだ。



__________________


陸軍全体で12両:

1930年代前半のアメリカ陸軍は本当に悲惨。



リバティ Lー12エンジン:

アメリカ製の航空機用45V型水冷12気筒エンジン。

前の世界大戦に開発された。

少し古めの航空機エンジン。イギリスの戦車にも多く採用された。

クリスティー戦車の原型から採用されている。



八九式中戦車:

日本初の国産制式戦車。当初は戦車区分はないので、「中」は付かず「八九式戦車」になる。



私がイメージする『戦車』:

BTー7戦車の車体に、三式戦車の砲塔が乗っている感じ。もしくは、フィンランドのBT42が雰囲気が近い。

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