328 「北満州大油田(5)」
「ワンさん、あの人、信頼できるの?」
ドゲザの上手い馬賊の隊長、北斗七星、文曲の名を持つ男を下がらせて、話し合いを続ける。
「馬占山将軍は、ひとかどの人物。ですが、最大で3万の兵を束ねる立場。それに加えて、満州北部の最有力者の一人です。隅々にまで目が行き届いているとは思えません」
「ワンさんは、あの人と面識ないのね」
「はい、名前のみ。私の知る限り、この辺りの者かも怪しいところです」
「エッ? 地元ですらないの? お金に引き寄せられた類って事?」
「恐らくは。損得勘定は出来そうな輩ですので、高めの禄を与えておけば当面は問題ありますまい」
「当面ね。まあ、そう言う人って、どんどん条件釣り上げてきて、こっちが拒むと手のひら返すってのは良くある話ね」
「はい。ですが、馬占山を大兄と呼びました。その言葉に偽りがないなら、それなりに信用出来るでしょう」
「じゃあ、裏だけとっておいてもらえる。あとは、あの人とその配下が、他にここの情報を漏らさなければ、とりあえずは良いわよね」
「その辺りでしょうな。それに、我らが襲撃を受けたのは、好都合です」
「あの人もしくは馬将軍の失点、弱みを握った事になるからね」
「左様です」
「塞翁が馬ね。あ、そうだ、その襲ってきた人達って、話していた通りかな?」
「現時点ではなんとも。お気になりますか?」
「うん。ソ連がらみ。中華民国のどこかがらみ。関東軍がらみ。色々疑いたくなるからね。最悪、あの隊長が唆(そそのか)したのかもって思いそう」
指折りながら口にしたけど、苦笑まで漏れてしまう。
ワンさんも合わせて苦笑している。
「何にせよ、どこかにつながる糸などは、あったとしても残っていないでしょう。ですが、当人達の身元くらいは洗っておきましょう」
「お願いね」
「とんでもありません。それで、今後は?」
「そうね、せっかく大軍を連れてきてくれたわけだし、まずは次に探しに行く南の方が安全か確認させましょう。けど、私達の現地泊は断念するわ。野営、楽しみにしてたのに」
「それが宜しいでしょう。しかし、それほど南方まで?」
それまでずーっと黙っていた出光さんが、ようやく自分の出番だと発言する。荒事には慣れているのか、終始平然としている。
「ウーン、油田だから大きな川をまたいでって事はないとは思う。この辺りの真南だと、ハルビンに流れている松花江が100キロ以上先でしょ。最大でそこまでね。その先に油田の気配があっても、その次にしましょう。どうせ手が回らないし」
「了解です。松花江なら、朝に出れば調査しながらでも夕方までにはここに戻れるでしょう」
「分かりました。ところで、専門家としてどの辺りまで油層があると考えてますか?」
「そうですね」少し考える素振りを見せてから、出光さんが再び口を開く。
「地下の地形調査は、まだ始めたばかりです。地表からの最低限の調査も、一部を除いては見渡したという程度です。
ですが、この場所が油田の中心と仮定したら、北側と同じだけ伸びている可能性は十分にあるでしょう。地表の河川は、地形により谷間が出来ていない限りあまり関係もありませんから、最大でその先にも油層がある可能性も無いとは言い切れません」
(結局、今の技術だと、ボーリングしてみないと分からないのか)
「それじゃあ、明日は一日周辺の安全確認。明後日に、私が出向いて確認ってことにしましょう。お願いします」
「ハハッ」
「こちらこそ、今回も期待させて頂きます。楽で良い」
半ばジョークだろうけど、出光さんがそう結んだ。
そして翌朝。その日一日、私は拠点で過ごす。けど暇過ぎたので、近くの油井の鉄塔を見に行った。24時間体制で動いていて、夜中も明るかった場所だ。
近くまで行くと、数十メートルある大きな鉄塔の中心では、映像などで見たことあるのと同じようにパイプがグルグル回っている。
そして周りでは、様々な機材や機械があり、専門家達がテキパキと働いている。私は極力邪魔にならないように、それを見るだけしかできない。
掘り始めて既に半月というから、早ければ2ヶ月半後にはここから油が噴き出す事になる。
(いや、自噴の油田じゃないし重くて粘っこいから、圧力かけないと無理なのかな?)
そして詳細は専門家と現地に任せているから、鉄塔を見上げて思うのはその程度のことでしかない。
そうして午後も暇つぶしで時間を過ごすのかと思ったけど、俄かに忙しくなった。ワンさん達とあの隊長が、調査予定地域を調べた際に、その辺りをナワバリにしている遊牧民と接触したわけだけど、代表者達が続々と油田開発拠点にやって来たからだ。
何でも、鉄道沿線の近くの大きな塔の側の城を目指せとだけ伝え、説明はそこで受けろと言うアバウトさだ。
だから来訪者達の目的は、私達が何をするのかの説明を受けること。何しろ油田開発が始まると、原油で土地が使い物にならなくなる可能性がある。
ただし、こっちも場所探しはこれからだから、予備説明程度。もしくは顔合わせ程度。そして応対するのは、私ではなく出光さん。あの隊長は馬占山将軍から私の事を聞いているから、いきなりチャイニーズドゲザを決めたけど、普通は女子供は相手にされない。
だから私が偉そうに応対しても、向こうは小馬鹿にされたとすら思いかねない。それにこの辺りの言葉も知らないし、土地の詳細も知らない。
私に分かるのは、地下に何かがあるという事だけ。そして一通り見つけてしまえば、この地に二度と来る事もないだろう。
出光さんも言葉が分からないけど、そこは通訳がついていた。そしてワンさんやあの隊長が一通り話しているから、専門的な話を分かりやすく伝えるくらいの話しかしない。
補償とかそう言った話もない。と言うか、この時代だと地域の一番偉い奴に賄賂で了解得たら、あとは力づくで土地を占領するだけだ。補償交渉も裁判も何もない。
けど、恨みを買うし、邪魔をして来る可能性だって当然ある。だから今回は、この時代としては穏便に解決する方向で進める予定だ。
と言っても、主な目的は揉め事を減らす事で、可能な限り関東軍がここまで来る口実を減らす事。共産主義、反日的な中華民国の勢力、ソ連、これらが裏から現地人に手を回しても無駄なようにする事だ。
中華民国はガン無視するけど、土地の所有権は満州自治政府。そうした上で、日本政府と交渉。そして鳳が主軸となるも、オールジャパンと、可能な限りの外資導入での大規模石油開発。現地警備は、石油会社の警備部門と満州自治政府軍。
それが今回の計画のガイドライン。
日本政府、満州自治政府、大人しいソ連、これが崩れない限り、満州の北に関東軍が大手を振って来る事は出来ない。陸軍の実務、特に人事を握っている一夕会が、まだ分裂していないのも大きい。加えて、軍がまだ一度も独断専行していない事も大きい筈だ。
それに、どうせ満州にいる関東軍は、現状で平時編成の3個師団。満州北部の僻地に手を回す余裕はない。関東軍自身が、極東ソ連軍を強く警戒して満州北部に兵力を置く事を恐れている。
ならば増援をと言うところだけど、現状ではソ連との約束があるから増やすのは不可能。日本側から増やす場合は、ソ連が約束を破って極東の兵力を勝手に増やしたあと。
そして日本政府は、自分から波風立ててまで余計な出費は増やしたくはない。赤いロシア人ですら、5年後はともかく今は現状維持を望んでいる。
そんな状態で、関東軍にしゃしゃり出てきてもらったら、関東軍と日本の急進派以外の全員が迷惑を被る。
だから今回の油田開発計画は、まだ水面下の段階だけど順調に進んでいる。
ただし、全てはまだ準備中。
事が動くのは、最低でも試掘が成功してから。今は、絵に描いた餅でしかない。
だから翌日、私は満州の北の平原を走り回り、そこかしこに大きな何か、言葉を濁すまでもなく油田を見つけて回った。
そして最初の試掘成功の報告が、8月の末頃に秘密裏にもたらされる事となる。
その油田は、ストレートに「北満州油田」と命名されることになる。
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