324 「北満州大油田(1)」

 奉天から新京へ。新京から哈爾濱(ハルビン)へ。そしてそこから、斉々哈爾(チチハル)に向かう。

 全行程、合わせて約650キロメートルの距離。乗り換えを含めると、特急でも丸半日移動に時間がかかる。

 そして鉄道沿いの大半が、ごくたまに通過する小さな街や遠くに見える農家を除けば、だだっ広い平原が続く。もう延々と。アメリカでも体験したけど、アメリカの方が変化があったくらいに何もない。

 農地開発がまだまだ進んでないから、ただひたすら真っ直ぐ線路が続く。鉄道以外のものと言えば、並行している送電線のような電話線だけ。


 幸い、朝一の列車じゃないし、優雅に朝食をとって今日のところはハルビンを目指す。そしてもう一泊してから、現地入りの予定だ。

 というのも、現地は線路以外何もない。駅どころか村すら殆どないし、それどころかまともな道すらない場所も少なくない。軍の野営地や臨時拠点のようなものしかないと聞いている。


 一方で、ハルビンからの距離は、140キロメートルほど。だから、草原を車でぶっ飛ばす事になっている。その為の車も既に運び込んでいる。

 そして場合によっては道のない草原や湿地帯の中を走る為、鳳自動車と言うか虎三郎の下の車の開発チームの一つが、半ば実験で作った四輪駆動車だ。


 なお、この四輪駆動車、陸軍の作ってみてくれと言う依頼で開発したものだった。日本陸軍は、他でも似たような話を持ちかけていて、四輪駆動車に拘りが強いらしい。けど、満州の道もない平原を見たら、欲しくなる気持ちは理解できた。

 けれども鳳の車は、堅牢さや材料に拘り、開発チームもやや趣味に走った結果、お値段がトラック並みなので商売にはならず。しかも虎三郎が、こんなもん人様に出せるかと民間用としてもお蔵入り。

 陸軍でも、性能はともかく値段と整備性に問題があったので、敢え無く不採用となった経緯がある。それでも陸軍の担当者は、戦時で予算があるような状況なら採用したいと言ったそうな。

 だから一応、性能を極力下げずに安くする開発は行なっているらしい。


 そんないわくありだから、鳳で追加で生産するつもりはなく、次に繋がる試作車の一つでしかない。だから愛称もなく、「4WDタイプ32」もしくは「32式四輪駆動車」とだけ呼ばれている。そして技術蓄積と技術評価運用の為、十数台だけ手作りで生産して終わっていた。


「何これ、おもしろーい!」


 そんな車を、全然舗装してない荒れ荒れ平原でも、マイさんは楽しげに運転している。しかも、前日夕方にハルビンに着いてから練習を始めて、翌朝の出発時には他のドライバー以上に乗りこなしていた。

 スピード狂じゃなくて、本当の車好き。虎三郎の娘さんだと実感させられる。


(この為に一緒に来てもらった面はあるけど、この時代だと生まれる性別を間違えた感が強いなあ。こんなに美少女なのに)

 

 よく揺れる車内で、マイさんの楽しげな笑みを見つつの現地入りとなった。




「っ!」


 思ったよりは快適な車に揺られること、約2時間半。今までに何度か感じたことのある感覚に襲われる。

 間違いなく何かある。油田かどうかは分からないけど、大当たりだ。


(テキサス並みってところかな? 相変わらず、深さは殆ど分からないなあ)


「お嬢様、どうかされましたか?」


「うん。当たりに来たみたい」


「そうなんですか? 目的地まであと約7マイルですが?」


 私の変化に敏感なシズに続いて、前の助手席でナビをしているリズが振り向く。マイさんの視線も、こちらに向いている。

 それにしても、日本語が東部訛りの英語より上手くなったと言うわりには、リズの頭の中の単位はヤード・ポンドのままらしい。しかもアメリカ製が多い鳳だと、結構通じてしまうのが日本らしくないところだと、軽く悩んでしまいそうになる。

 それはともかく、油田だ。

 私は3人に強く頷いて、意識を集中させて前を見る。


「ちょっと前からぼんやりとだったけど、目の前から左右に広がっているわね。左手がずーっと向こうまでな感じ。目の前が一番強く感じるわね」


「では、前進を続けるので構いませんね」


「うん。まずは、出光さん達に合流しましょう。10キロほど先なのよね」


「……キロメートルだとそれくらいです」


「出光さん、凄いわね。大当たりよ。私来なくても良かったんじゃない?」


 流石、石油の寵児・出光佐三。私なんかより、断然頼りになる人だ。けど、マイさんが少し複雑げな表情。


「マイさん、どうかしましたか?」


「それが『夢見の巫女』の力なんですね。夢と聞いていたから、少し意外です。夢で見た景色などから、場所を判断するのかと思っていました」


「うん。夢で見た地下資源のある場所は、地図でも大体は分かることがあるけど、近くに行くと何となく「あそこだ」「ここだ」って分かるんです。私にも、理由はさっぱりなんだけど」


「なるほど、夢で見るのが前提なんですね。むしろ、納得しました」


 そんな得心したマイさんの運転で、鉄道沿線の草原を進み続けた車は、車列となって既に油田試掘用の鉄塔が建っている場所を目指した。

 そこは色々な物がすでに運び込まれていて、ちょっとした開発基地になっている。確か鉄道の特別便を仕立てて一気に運び込んだそうで、私の地図上での目測を信じて、既にちょっとした引き込み線まで敷いてある。

 その中心部は、技師達の簡易宿泊所や事務所になっていて、既に生活臭すら感じられる。そして少し離れた場所に、試掘用の鉄塔が高くそびえている。


 油層はそれなりに広大だけど、ちょうど地中の尾根の部分で地表に近い。私の記憶が確かなら、約900メートルの地下。1日10メートル進むと言うロータリー式の削岩機なら、約三ヶ月で当たりにくる。一ヶ月ほど前に拠点を作るべく出発したので、まだ掘り始めたばかりだろうけど、場所の変更は必要ない位置だった。


 そして木材と鉄条網で作られた柵と塀で囲まれた中に入ると、事務所入り口の前に数名の男性が出てくるところだった。



「ようこそ、宝の山に」


「流石出光様です。大当たりですよ」


「それは良かった。私の長年の勘も捨てたもんじゃなかったらしい」


 そう言って破顔する。仕事をする男の顔だ。ただ海賊というよりは、場所的に山賊か馬賊だ。よく見れば、この拠点の一角には厩舎と馬場もある。道もない草原での調査だから、馬も使っているんだろう。


「はい。この調子でどんどん行きましょう。機材や人材はどれくらい?」


「そうですね。試掘だけなら3本分。どれも1500メートルまでなら対応可能です。ただ、油が吹き出したら、一時備蓄する設備やタンクが殆どありません」


「掘り出したのはいつぐらいからですか?」


「今日でちょうど3週間です」


「それじゃあ、二ヶ月以内に来る追加の便で、一時備蓄の方は吹き出した場合に備えて多めに頼んでください。ここが一番大きな油層の真上です」


「そこまで分かるんですね。了解しました。それで、他は?」


 感心した後で、少し探るような視線。この場で隠すような相手もいないから、私は淡々と動作を交えて示すことにする。


「この方向、それにこの方向です。特に南の方はずっと先まで続いています。それと、来る途中にも小さめのが一つと、それに遠い南の方にもあると思います。他にも、このあたりは油田群だから、精密な調査をすれば油層は見つかると思います」


「事前にお話を聞いてはいましたが、随分大規模ですね」


「みたいですね。100億バーレルは伊達じゃなさそうです。アラビア半島の砂漠でも野営しながら探しましたが、今回もそうなると思います。それで早速ですが、場所の確認に出発したいと思いますが、準備の方は?」


「万端整っています。ですが、着いたばかりでお疲れでしょう。明日からでも構わないのでは?」


「予定より2日近く遅れていますから、今すぐ始めましょう」


「分かりました。ところで、何か急ぐ理由でも?」


 何かあるのかと聞いてきたわけだけど、私にとっては半ばどうでも良いけど、どうでも良くしてはいけない理由だ。


「女学校を休んで来ていますから、あまり日数はかけたくないんです」


 少し茶目っ気を込めて答えると、出光さんが少し呆気にとられた後、大きめの苦笑いを浮かべた。


「これは気づきませんでした。確かに、それは急いだ方が宜しいですね。では、早速始めましょう」



__________________


北満州大油田:

史実の大慶油田(たいけいゆでん)。

中国東北地方・黒竜江省、ハルビンとチチハル間の低地にある。埋蔵量は100億バーレル級の大油田。

一箇所に固まっているわけではなく、正確には油田群。

油層が900メートル以上と深く、石油の質は悪い。



四輪駆動車:

発明された歴史は古いけど、昭和初期だと世界を見ても量産された車種が殆ど存在しない。

代名詞と言えるジープも1941年登場。日本の九五式小型乗用車(くろがね四起)が、軍用でも一番乗りなくらいになる。

ただし九五式小型乗用車は、2、3人乗るのがやっとの超小型車。

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