320 「鳳パーティー1933」
鳳のパーティーの第一目的が終わったので、ようやくパーティーを楽しむ事にする。
私のエスコートは、さっきまで話していた勝次郎くん。
そして、基本私と勝次郎くんがソロだ。
参加者は、鳳一族が集まれるだけ全員。それに親しい人だけを招待している。何しろこのパーティーは、「身内によるささやかな宴」と言っている。
それでも、相応に政財界の要人も参加している。金の成る木に寄ってくるのは、世の必然だ。
けど、あぶく銭を掴んで鈴木を飲み込むまで、鳳はせいぜい中堅財閥で、伯爵も日本には結構な数がいるから、それの影響が今も参加者を絞らせている。
要するに見栄と面子、それに嫉妬だ。
勝次郎くんは毎年来てくれるけど、これは父親の小弥太さんの戦略。同い年の子供がいるからと言う名目で、三菱としてのギリギリのライン。
昔は鳳の北樺太油田が欲しかっただけだったけど、現状の鳳の隆盛によって大きな成果をあげた事になる。三菱内では、先見の明があったとすら噂されていると、勝次郎くんが笑っていた。
他の大財閥は、お付き合いで失礼じゃない程度の人が来ていたら御の字。来てない財閥も少なくない。
逆に政治家の方は、いつも定員分は満員御礼。一族の子供が参加するからと言う理由で、向こうからの熱烈ラブコールの時点でお断りが殆ど。ただし、ネームド、大物政治家は来ない。
代わりに、文化人、アスリートで呼ぶ数は増えている。その中には、歴史に名を残したネームドもチラホラと見かけるようになった。
特に文化・芸術面は、玄二叔父さんが関わるようになって、鳳グループとして力を入れるようになっている。
また、虎士郎くん繋がりの音楽家や演奏家なんかも居たりして、随分と華やかさが増した。
それ以外だと、お父様な祖父、お兄様のご友人という事で、陸軍の将校が私服姿で何人か来ている。
大物は、お父様な祖父と同期の南次郎。今は関東軍の司令官をしている。私の前世と違う日本の政権交代の影響からだろうけど、この人が陸軍大臣になる事は無かった。
他に、軍人じゃないけど、龍一くんが学友を数名招待していた。
そして親族によるパーティーだから、血縁関係者は遠縁でも招待はもれなくする。その全員が来るわけじゃないけど、大半はこの一族枠で参加者は埋まる。
だから一族の数は、昔からかなりの数だ。しかも最近の鳳一族はベビーブーム状態だから、一気に数が増えた。そして今年は出来る限り幼児も呼んだので、会場内で形成されるグループが違って来ている。
家族ごとでのグループはほぼゼロ。大人の男達は、来賓の接待。大人の女性の半数くらいは、ママさんサークル状態。残りが、来賓の女性の接待。
一番哀れなのは紅龍先生。二度のノーベル賞受賞に加えて陛下のご進講役だから、大人気すぎてこう言う場では休む暇も与えられない。助けてくれと言う目線が一度ならず私に注がれたけど、片手で拝んで勘弁してもらった。
そして子供は、最初の挨拶以後は好き勝手して良いと言うところは変わらず。
ただ、子供の来賓はごく限られている。鳳の注目度が上がってから、子供を連れて来るくらいなら親が来る。家族で参加とか、枠を取り過ぎで他が許さない、などの理由で子供の数は5年ほど前から逆に減っていた。私の誕生日会は、丁度良い補完になったほどだ。
私の側近候補達も、今年は大宴会場には入れてあげられなかった。
「いけるな、これ」
「でしょ。今、鳳が総力を挙げてキャンペーン中よ」
「軍用じゃないのか?」
「軍にも保存食として納入するけど、まだ生産数が少ないから高いのよ」
「なるほど、まずは普及か。あまり高級感はないな」
「うん。大量生産で値段がある程度落ちてくれれば、何とかなりそうなんだけどね」
「戦争が起きれば、一発で大量生産できるじゃないか」
「それは消費じゃなくて、浪費って言うのよ。私、戦争大嫌い。何であんなに散財するのよ」
「商人としては、そう思うよな。その点は、俺も同感だ」
愚痴半分になっているけど、食べているから幸せだ。おわん程度の器だけど、インスタントラーメンはこう言う機会じゃないと、私はなかなか口に出来ない。
勝次郎くんなど初めてだから、早くも2杯目に取り掛かっている。さすが鶏ガラ味のインスタントラーメン。凄まじい魔力。
「お前ら、他に料理も沢山あるだろう」
「ボクも好きだよ。1杯は食べてみたいよねー」
「うちで、ちょっと前に食べたんだろ?」
「うん。お母さんが気に入ったからね」
勝次郎くんとインスタントラーメンを堪能しているところに来たのは、鳳の子供達。ただし龍一くんの側には、数名の見た事のないイガグリ頭の男子達。みんな頭良さそうだ。
確か龍一くんの同期にネームドは居なかったと思うけど、私の前世と同じ戦争になると半分くらいは戦死する世代だ。
龍一くんもゲームエンディングでは、戦死こそないけど大変な目に合う事が多い。
けど今は、揃ってイガグリ頭の中坊でしかない。
「うちじゃあ、こう言う時しか食べられないのよ。今日はもう、これだけでも良いくらい」
「確かに、他のものは家でも食べられるが、今日はこれを堪能したいかもな」
勝次郎くんを見ると、もう2杯目も空っぽだ。本当に気に入ったらしい。ゲームにはない、意外な発見だ。
けど、鳳の子供達は少し呆れ気味。なんだかんだ言って、育ちが良い。
「まあ、俺の胃袋じゃない。好きにしろ。それよりみんな、食べて意見を聞かせてくれ。これは陸軍の野戦糧食にも採用される予定なんだ」
「おおっ」
「分かった」
「御相伴に預かります」
5人居た龍一くんのお友達が、口々に答える。もう挨拶は済ませてあるから、軽く会釈するくらいで私達が食べているものへと群がり始める。陸軍の幼年学校に入るくらいだからか、行儀の良い中坊達だ。
龍一くんも、この1月ほどで少し雰囲気が違っている。周りに刺激されているんだろう。
「じゃあ、私はこれで。瑤子ちゃん、マイさん達のところに行こう」
「そうよね。男子ばっかりになったし。じゃあお兄ちゃん、また後でね」
そう言って男子達と別れ、マイさん達の輪を目指す。
今日のマイさんは、私の秘書じゃなくて一族の息女として参加しているからサラさん達と一緒。そして大人組になるけど、鳳グループの広報活動で顔が売れているから、主に来賓の人達の相手をしている。
それに去年の勝次郎くんの噂もようやく収まり、彼氏さんの話は外には公開してないから、男子共の相手を強いられていた。
恋愛の適齢期だし、何しろあの見た目だ。言い寄られない筈がない。
それにこの鳳のパーティーは、出会いの場という認識があるから、心理的なハードルも低い。
ただ、言い寄る一部は、鳳に取り入ったり、血縁に加わったりしたいという下心が丸見えだ。
「マイさん、サラさん、楽しまれていますか?」
そんな連中を無視して、私は突撃を敢行する。瑤子ちゃんも、小さく手を振りながらの余裕の態度。
そうすると全て心得ていますとばかりの、マイさんの微笑み。学生時代も苦労して来たから、余裕の笑みだ。サラさんは、一瞬だけ『助かった』な表情が見えた。
「ええ。お料理も美味しいし、皆さん面白い方々ばかりね」
「玲子ちゃん、瑤子ちゃんも楽しんでる?」
「ちょっと退屈していたところです。ですから、お二人とお話ししたいかなあって思いまして」
男どもに視線を向けつつそこまで言うと、二人を囲んでいた男子共が「では私はこれで」「親族だけでご歓談下さい」など、如才ない言葉と共に引き下がっていく。
心象を良くしたいからだろうけど、行儀の良いことだ。
「みんな行儀良いよね」
そんな男子共を見送りつつ、3人に話しかける。
そういえば、この世界では所謂『バカ息子』にはお目にかかった事がない。
「逆に、骨のある男子はいなかったけどね」
サラさんが両手を軽く腰に当てて、半目の目線を送りつつ断言。全員失格らしい。マイさんも苦笑している。
「でも、お二人以外に適齢期の女子が少ないから、大変ですよね」
「あとは紅家の人だけだもんね」
瑤子ちゃんと私の言葉につられ、全員がその紅家の人の方に視線を向ける。けど、当人は見えないくらい、男子共が群がっている。さっきの二人と一緒だ。
「ハルトさんは、どうですか?」
「さあ? さっきは女子に囲まれて鼻の下伸ばしてたけど……ホラあそこ」
指差した先に、頭一つ出たハルトさんの周りを、着飾った若い女子達が囲んでいる。
「まだ囲まれていますね」
「もう25なのに、相手がいないものね」
「それなのにトラもジェニーも、恋愛で相手を見つけろってさ。最近、私にも圧が強いのよねー」
サラさんのうんざりげな言葉に、マイさんは少し困ったなあって感じの視線。
「大学は?」
「鳳大学は男女共学とはいえ、男子は男子で、女子は女子で固まるから、逆に相手を探すのは難しいかも」
「マイさんの時は?」
「涼太と出会ったのは、大学予科の時でした。あの時期が、一番相手を見つけやすいんじゃないでしょうか」
「良い事聞きました。今後の参考にします」
「瑤子ちゃんは良いなあ」
「玲子ちゃんは、許嫁?」
サラさんの合いの手程度の言葉に、少し天井を見てしまう。言われてみれば、許嫁はいない。だから首をフルフルと横に振る。
「将来の相手の事で、お父様から言われた事はまだないです。そうは言っても、鳳の財産の事もあるから、一族の誰かなのは確定ですけどね」
そして二人を前にして、さらにさっきまでの話を思い出すと、同世代以外に適合者がもう一人いる事に思い至る。
しかも4人全員がほぼ同時に気づいたので、自然とその人物の先に視線が向かう。
叔父とはいえ、干支一周程度の年の差。政略結婚なら十分に射程圏内だ。ただし、当主の命令でもない限り、虎三郎が認めないだろうから、多分大丈夫というところまで思い至る。それでも、次の財閥のトップの可能性は十分にあった。
その考えに全員が至ったので、そして顔を合わせて苦笑いしてしまったけど、そこに男子達が近づいて来た。なんとも間の悪い連中だ。
当然、瑤子ちゃんが、その前に仁王立ちする。
「お兄ちゃん、玄太郎さん、虎士郎さん。それに一応勝次郎さん。今の境遇に胡座をかいてちゃダメよ。特に玄太郎さん!」
「あ、あぁ? 何だ藪から棒に」
「良いから。頑張ってね!」
「うん、有難う? 何の話をしてたんだ?」
「ま、まあ、色々よ」
適当に誤魔化したけど、すっかり見落としていた。
虎三郎の長男の晴虎さんは私の少し遠い叔父だけど、未婚者で現在決まったお相手もなし。しかも他の会社で、社会人として経営の修行中。文武両道、見た目もハーフのイケメン。
大人になった時の鳳の子供達より少しスペックが落ちるかもしれないけど、よく考えなくても鳳グループの次のトップにかなり近い位置にいる。
一方で、グループを率いる善吉大叔父さんは、今年で61歳。5年後、私が18になる頃には、晴虎さんが30歳。次期候補として、そして一族当主候補として私と結婚する可能性は低くはない。いや、高いと言って良い。
そして計算高いお父様な祖父が、それを考えていないわけない。私、いや私達は、なまじ同世代すぎたから、気付いてなかっただけだった。
そんな事に気付かされたのが、13歳の鳳パーティーでもあった。
__________________
龍一くんの同期:
1940年に陸士卒業くらいになる。
史実だと支那事変勃発以後だから、幼年学校以外からの入学者が多数。大尉、中尉くらいで、戦時の日本陸軍を支えた。当然、死屍累々。
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