319 「新油田の行方は?」

 今年の鳳のパーティーは5月14日。

 鳳グループの羽振りが良いから、パーティーも益々盛況。平家ほどじゃないけど、驕っても良いくらい。


 しかも日本も好景気な上に、それなりに平和だ。1931年12月13日に成立した犬養毅の内閣も、成立して一年半経った。私の前世だと、1年前の明日に海軍将校に首相官邸で暗殺されるけど、この世界では元気にやっている。

 こないだも、犬養毅がエチオピアで揉めているイタリア大使を呼びつけていた。


 ただ最近は、満州を巡って内閣内での対立が見られると言う。

 それと言うのも、犬養毅はアジア主義者で満州・内蒙古の自主独立に肯定的なのだけれど、自治ではなく独立させ傀儡として属国化しようと言う連中の意見が、日に日に強まっているから。


 ただし陸軍内部は、意見分裂。永田鉄山ら現実主義路線の人達は、波風を立てずに実利だけ得てしまう現状を肯定している。けど、強硬な連中の声が日に日に高まっている。自治など生ぬるいそうだ。


 ただし、具体的な行動にまでは出ていない。主な理由は、自分たちが少数派で、独断専行したら厳重に処罰される可能性が高いから。ビックマウスだが、チキン野郎が多くて助かる。

 けれどビックマウスだけに、煽動することで意見を押し通そうとして活発に活動をしている。


 一方で、現地の関東軍も、石原莞爾を中心としたアジア主義者と、関東軍内の主流と言える強硬な連中が対立している。

 しかも日本からは続々とアジア主義者の民間人が流れ込んでいて、満州の国づくり、『王道楽土』の建設に邁進している。

 また一方で強硬派を送り込んでいるのは、一夕会で人事を動かしている小畑敏四郎らで、彼らが一夕会での強硬路線支持派になる。

 ただ、犬養首相、宇垣外相に先手を打たれて動くには至らず、小康状態といったところだ。


 そして満鉄は、態度を強める関東軍への反発から現状維持派。間接的に、アジア主義者側についている。

 そして当事者である溥儀を執政とした満州自治政府は、日本からの一定の自治の維持を保つ事に腐心している。

 要するに現地は、関東軍にとっては他全部が敵だ。


 そんな中で、満州に大油田の利権を有する鳳グループは、ある意味ジョーカーと見られている。

 鳳としては満州自治政府側なんだけど、それを知る人は強硬な意見の人達の中には殆どいない。だから以前、鳳に満州の全面進出による満鉄弱体化の話がきたわけだ。



(なんで私、こんな事ばっかり考えているんだろ。そろそろテコ入れで色恋沙汰に本腰入れても良い年なのに、気になるのは財閥のこと中心なんて、我ながら寂しい限りね)


「どうした、退屈そうだな?」


 いつもの調子で、私的に今日の主賓の勝次郎くんがやっと声をかけてきた。だからその為の言葉を口にする。


「そうでもないわよ。今度満州に行くから、その事を考えていたの」


「満州? 旅行か。その割には、嬉しくなさそうだな」


「お仕事だからね」


「なら、代わりに今日を楽しめば良いじゃないか」


「建設的な言葉ありがとう。それとパーティー皆勤賞おめでとう」


 そう返すと、一人で佇んでいたように見えた私に声をかけてきたイケメン高身長一歩手前な外見まで成長した姿で、「玲子に会える、数少ない機会だからな」と破顔する。


 お互い今年で13歳。私は女だから先に背が伸び、もう160を超えた。女子的にはこれ以上伸びて欲しくないけど、160センチ台の後半までは止まらないと言う未来が待っている。

 けど、一族の女子は背が高くなりやすいし、マイさん、サラさんも60台の中ばくらいの長身であの見栄えだから、背が伸びても明るい未来がある可能性も示してくれている。

 とはいえ、最終的に180センチを超える勝次郎くんも、まだ13歳だから50センチ台の半ばといったところで私よりまだ低い。やっぱり16歳くらいにならないと、ゲームの身長には達しないだろう。


「何もなくても、遊びに来れば良いのに。どうせお向かいだし、玄太郎くんや龍一くんの館の方には遊びに来ているんでしょう」


「中学に上がって、もう2年目だぞ。気安く女子を訪ねるほど、俺は常識知らずじゃない」


「ハイハイ、常識知らずで悪かったわね。お詫びに、満州から帰ったら遊びに行くわ。お土産何が良い?」


「俺は男女間の常識について語っていたと思ったんだがな」


 右手を軽く腰に当ててお説教モード。勿論冗談だから、優雅に返してあげる。


「ご近所の親しい方に、旅のお土産を持って行くだけよ。十分な理由だと思うけど?」


「そう言う事なら、喜んでお迎えしよう。土産は……満州は何があるんだ? いざ聞かれると、さっぱり思いつかないんだが」


 破顔したあと顔を軽くしかめる。私も首を傾げる。


「言われてみればそうね。今度聞いてくるわ。ちなみに、鳳名物は石油よ」


「知っている。今度探しに行くんだろう」


「……やっぱり知っているんだ。どこまで知っているの?」


 少し声のトーンを落としたけど、皮肉げな笑みとともに軽く返された。本題突入だ。


「鳳が邪魔をして、アメリカからの掘削機械の輸入が出来なくなった事くらいは知っている」


「みんなの安全の為よ。余計な事をしたら、国内はともかく世界の石油市場で死ぬわよ」


「……相変わらずの直言だな。肝に命じておくよ」


「うん。命じておいて。それに」


「分かっている。俺だから言ってくれたんだろう。それに父上は、最初から反対している」


「世界を知っていればそうよね」


「だが知って尚、少しでも頑丈な城壁で守らないといけないと考えるものも多いぞ」


 勝次郎くんが言いたいのは、現状のブロック経済と国家主義が広まっている事を指している。

 開くより閉じて守る。そして守るものがある国、持っている国はそれで良いけど、ない国は手に入れるしかない。日本の満州、内蒙古、さらには大陸全土への進出も、その流れに沿っているに過ぎない。それどころか、今のところはむしろ世界の一番手で拡張志向で進んでいるのが日本だ。

 

「それで、今日はそういう方面からのお使いでいいの?」


「頼まれごとだ。やはり、無理なんだな」


「無理に決まっているでしょう。うちの石油関連技術は、王様達から私達が許されたもの。日本にじゃないって、十分に伝えていると思うんだけどなあ」


「同じ日本人だから、こっそり教えてくれても良いだろう、という輩ばかりだな」


「フンッ! その連中の何人かは、『鳳は外国人を雇いすぎる』『白人クラブはさぞ楽しかろう』って、どこかで話していたそうじゃない」


「そこは、うちも手を切った」


「それじゃあ、『鳳一族は日本人じゃない。大陸出身なのを、金で日本人に成りすました』って言う人達は? こないだも、差出人不明の投げ入れ手紙を頂いたわよ」


「戯言を真に受ける鳳じゃないだろう」


「企業の印象、風評って大事よ。徹底的に反撃させてもらうけど、良いのね?」


「今日俺がその事を知らないって事は、三菱は無関係だ。裏でも水面下でもな。他は知らないが、うちとしては程々にしておけという助言くらいだな」


「私じゃなくて、お父様か総研が反撃するから、加減は分かっているわよ。向こうが一線越えない限りね」


「玲子は、怒ると加減がないからな」


 そう言って軽く声を出して笑う。もう声変わりし始めているから、ゲームボイスにかなり近い。


「酷いなあ。……ハァ。そもそも、なんで勝次郎くんと、こんな事を話さないとダメなのよ」


 取り敢えず、最低限の話すべきお話が終わったので、深めのため息をつく。横に並ぶ勝次郎くんは、かなりイケメンな仕草で肩を竦めて応えてくれた。

 本当にゲームの1シーンみたいだ。

 もっともゲーム内で、主人公が『偶然』盗み聞きしてしまった内容は、経済の話ではなく婚約に関するお話だった。


「愚痴るな。うちも新油田の件では、鳳の側に付く。うちも諸外国との付き合いは深いからな」


「ありがとう。けど、新油田は日本を二つに割って対立確定でしょうね」


「そうだな。どこが鳳の案に付くと思う。日本政府、満州政府、アジア主義者、満鉄、陸軍の一部、それに海軍が鳳側か? 財閥は?」


「今はなんとも。うちが遼河を見つけるまで最大手だった日本石油が敵だから、問題はむしろ日本政府ね」


「宇垣外相は、国際感覚も優れている。問題ないだろう。それに、自身と自分の派閥を蔑ろにした現在の陸軍中枢に嫌がらせが出来る」


「宇垣外相はね。けど外資参加は、軍が絶対に首を縦に振らないだろうなあ。反対する議員も多いだろうし。何にせよ、うちは徹底抗戦するだけなんだけど」


「姿勢を見せないと、言い訳にもならないか?」


「エッ? 言い訳じゃないわよ。全部寄越せとか言ってきたら、焦土作戦してでも徹底抗戦するわよ」


「……そこまで深刻な話なのか?」


 一瞬意外そうな表情を浮かべるも、その顔は目だけが真剣になる。


「日本政府が、鳳から石油の全部を取り上げたら、お終いだもの。10年くらい先だろうけど、かなりの確率で日本そのものが捻り潰されるでしょうね。たった5年ほどだけど、うちがアメリカの財界中枢から認められた事は、軽くはないわよ」


「だが、一部の連中は、アメリカ資本が鳳を橋頭堡としていると言っているぞ」


「知ってる。一部は事実だし、そこに文句言う気は無い。けど、金の卵を産むガチョウの価値が分からないようなら、付き合いきれないわね」


「……冗談でも、外でそんな事言うなよ」


「うん。ありがとう。けど、最悪の事態はないって思っているから、軽口の一つも叩けるのよ」


「それもそうか」


「うん。……ハァ、結局こんな話になってる。さあ、休憩終わり、食べるわよ!」


「ああ、付き合おう」

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