317 「昭和8年度鳳凰会(4)」

 社長会の幕間に入った。

 時田と貪狼司令とダラダラ話しているうちに食事会が終わり、大宴会場が衣替えの間のタバコタイム。私は早々に大宴会場を後にして、大宴会場を見下ろせる小さな部屋へと退避する。

 時田と貪狼司令はこれから、グループの人達との雑談タイムだから別れる。けどその前に、見知った人を見かけたのでご挨拶と洒落込む事にした。


「金子様、ご無沙汰しております」


「おお、嬢ちゃんか。ご無沙汰言うほどでもないやろ。いや、子供とジジイやと時間の感覚がちゃうわな」


 そう言ってワッハッハと大笑い。少しお酒も入っているのか上機嫌だ。そしてこの人が上機嫌という事は、鈴木系列も好調という何よりの証だ。

 そして私はともかく金子さんは時折上京してきているから、それなりの頻度で顔くらいは合わせている。


「そうかもしれません。それにしても機嫌がよろしいようですね」


「そらそうやろ。笑が止まらんとはこの事や。前の大戦の頃以来やからな。しかも前の大戦は外需やけど、今回は内需や。神戸におっても、日本が変わるんが実感できるんがエエな」


「はい。日本中を開発し尽くさないといけませんからね」


「『列島改造』か。最初は大口過ぎるやろて思たけど、あんなに早よう進む埋め立て見たら、開いた口も塞がらんわな。神戸製鋼は、ほんまおおきに」


 周りに人が大勢いる廊下の一角なのに、そう言って私に頭を下げる。これでは化けの皮どころじゃないから、「アハハ」と苦笑いを返す他ない。

 しかも私が何かを言う前に、すぐに頭を上げて言葉が続く。


「そや、日本製粉の新しい仕事、エライおもろいなあ。先行投資で大きい工場作るさかい、生産数増やせば半額くらいにはできんで」


「本当ですか。半額なら勝負にもなりそうですね」


「せやろ。ただなあ、嬢ちゃんがちょっと言うとった新しい包装の方は、帝人はまだ無理らしいわ」


「合成繊維ですか?」


「せや。開発しとる連中が、アメ公から分捕った情報のヒントを幾つかもろたのに不甲斐ない、て言うとったわ」


「そんな。私が伝えたのは、ほんの上辺だけです。あれで開発できたら、私なんて必要ありませんよ」


「そうでもないで。一言あるだけでも、えろう違う言うとったわ。まあ、乾麺の方には間に合わんけどな」


「気にしないで下さい。新製品の開発は着実にして頂いて、他に売るものも沢山あるのでそっちをどんどん売りましょう」


「せやな。まあ、その辺の話は、また今度」


「はい。楽しみにしております」



 そう言って別れて入った部屋には、鳳の子供達と私の側近候補のうち古株の3人が既に入っていた。

 そして私に前後して秘書のマイさん、メイド兼護衛のシズとリズが部屋に入ると、20人程度で使う小さな会議室は、他のメイドや使用人の姿もあるので、ほぼ一杯だ。


「アッ、龍一くん久しぶりー!」


「久しぶりって、まだ半月くらいしか経ってないだろ」


「気にしない気にしない。けど、ちょっと逞しくなった? やっぱりアレ? 『男子、三日会わざれば刮目してみよ』ってやつ?」


 私の言葉に、兄妹揃ってのちょっと呆れ顔な苦笑が浮かぶ。


「玲子ちゃん、はしゃぎすぎ」


「三日はともかく、三年後には見違えてみせるよ。それじゃあ、玲子の顔も見たし俺戻るわ」


「エーッ!」


「門限だ。入ってすぐに無理して来たのに、ギリギリに戻るとか有り得ないからな」


「そっか。じゃあ、鳳の懇親会は?」


「あれは日曜の昼間だし、友人を連れてくるよ。それじゃあみんな」


「お兄ちゃん、またね」


 瑤子ちゃんに続いてみんなもお見送り。あっという間に、私と入れ替わりに龍一くんが幼年学校の寄宿舎へと戻って行った。

 そしてこういうやり取りは、ゲームの中でも頻繁に出くわす。16からだと、幼年学校じゃなくて陸軍士官学校かその予科になるけど、大きな違いはないみたいだ。

 そして私がジョークで言ったように、子供じゃなくなりつつあるのを感じさせた。

 そんな風にちょっとセンチメンタルに思った私に、天使の笑みが向けられる。


「玲子ちゃんお疲れ様」


「虎士郎くんこそ、演奏お疲れ様。凄く良かったよ」


「ありがとう。玲子ちゃんも、今回も凛々しかったよ」


「私、決まり切った挨拶してご飯食べただけなのに?」


 虎士郎くんが、龍一くんが去って一瞬冷めた空気を一気に温めてくれる。そして話し合っているように、今年から虎士郎くんは、社長会の時にも演奏を披露している。知名度が上がっているからだ。日本の音楽学校どころか、海外留学の話すら早くも出ているほどに。

 留学となったらゲームの状況とは大きく狂ってしまうけど、虎士郎くんがより良い道を進むなら、私的にはそれで構わないと思っている。


 そして虎士郎くんが話し始めてからは、和気あいあいないつもの会話になった。

 虎士郎くんは例外として、15歳になるまで大人の場に出ることがないから、子供達としては私に様子を聞くしかない。部屋の小窓から見るだけだと、得られる情報や雰囲気が全然足りていないからだ。

 特に玄太郎くんが熱心だ。


「玄太郎くんって、今はまだ基礎の勉強が大事なんじゃないの?」


 あんまり熱心だから、つい軽くいじりたくなる。そうすると、もはや癖になっている『メガネクイッ』を見せてくれる。


「今日くらいは、会社の事、世の中の事に関心を持つべきだろう。勝次郎も、中学に上がってから大人に混ざり始めていると言っていたしな」


「お兄ちゃんは、こうは言っているけど、いつも新聞とか凄く熱心に読んでいるんだよ」


「世相を知っておく事と勉強はまた別だろ」


「こう言って、いつも言い訳するんだよ。慶子(けいこ)が、口真似するくらいにね」


「何それ可愛い! あ、そう言えば、今年から懇親会も出席するのよね?」


「するよ。仲良くしてあげてね」


「勿論。今度、本館にも遊びに連れて来てね」


「懇親会の後な。それより、僕の話が終わってないんだが」


 妹の事だとシスコンになる二人だけど、当人をあんまり相手にしなかったのはご不満らしい。またメガネをいじっている。


「世相をもっと知りたいなら、私の部屋に来れば? マイさんやお芳ちゃんもいるけどね」


「そ、それは、仕事部屋とは言え、女子ばかりの部屋に失礼だろ」


 少し目線を泳がせ軽く赤面しているのが可愛い。けど、その泳いだ視線が、一瞬マイさんを見たのを私はチェック済みだ。


「鳳グループじゃあ、男女が同じ部屋で仕事なんて普通よ。今のうちに慣れといたら? 中学は男子ばかりでつまらないでしょ」


「むしろ勉強に集中できるよ」


「朴念仁ね。つまんない。男だったら、警備として輝男くんが部屋にいる時もあるのよ。ねえ」


「そうなのか?!」


 エライ反応だけど、勉強ばっかりのガリ勉より男の子としては良い傾向だ。けど、勝次郎くんの次に私にこだわるのは、どうにも玄太郎くんに思えて仕方ない。

 龍一くんは気さくで仲も良いけど、どこかドライなイメージがあるのとまた違っていて、女子としては面白い。少し優越感にすら浸りそうになる。そして、そんな玄太郎くんを天然&天使な虎士郎くんが、面白そうに見ている。


 それで気づかされたけど、この年でも龍一くんや虎士郎くんはスキンシップがたまにあるけど、そう言った物理的距離が遠い玄太郎くん、そもそも会う機会が限られている勝次郎くんの方が私に拘るのは興味深い。

 そしてさらに私に対して従順すぎる輝男くんへと視線を向けると、小さく一礼。と言ってもこれは、質問に答える前振りだ。


「はい。お嬢様の求めで、交代で身辺を警護させて頂いております」


「警護はシズさん達だけじゃないのか?」


「屋敷の外ではね。輝男くん達男子の側近候補は、学校も違って機会が減ったから、屋敷内の昼間だけ交代で慣らしてもらっているのよ。護衛する子が、今の玄太郎くんみたいじゃあ、話にならないからね」


「なっ! けど、部屋に入れるとか!」


「騒がない。私の周りには必ず他の女子がいるから、問題ないわよ。むしろ男子は常に1人だから、萎縮されて困っているのに」


「ご迷惑をおかけしております」


「輝男くんは別よ。むしろ、もう少し無駄話とかに付き合って欲しいくらい」


「努力致します」


 輝男くんはいつも平常運転だ。ゲームでもそうだけど、心を乱すという事が本当に少ない。けど今は、そういう平静な態度のおかげでか、玄太郎くんも矛を収めるご様子だ。

 「フンッ」とごく小さく嘆息して、自分で気分を改める。


「それじゃあ今度、僕も玲子の部屋にお邪魔するよ」


「今度と言わずに、違う視点からの意見も欲しいのよ」


「そうなのか? 大人達がいるだろ?」


「私が話せる大人も限られているからね。今後の練習くらいに思って来てちょうだい。みんなもね」


「わかった。輝男も意見を言うのか?」


「聞かれた時は、考え、答えます。ですが、お嬢様の参考にならない事が殆どです」


「でも、何も答えられない私達より、輝男は大したものです」


 しょんぼり加減なみっちゃんが、もの悲しげに言うので「適材適所よ」とフォローすると、ちょっと力なさげな笑みが返ってきた。

 能力的には頭脳特化のお芳ちゃん、フィジカル特化のみっちゃん、そして文武両道な輝男くんで輝男くんは全体的にハイスペックだから目立ち易いだけで、みっちゃんはフィジカル面でパワー以外はゲーム最強になると知っているのは私だけだ。

 ていうか、細身だから目立たないけど、もう身長が170近い。その、私より一足早く成長したみっちゃんにさらなる声をかけようとすると、視界の隅で待機していたシズ達が動き始める。

 近づいてきたのは、秘書スタイルのマイさんだ。


「玲子様、大宴会場の衣替えが済みました」


「りょーかい。じゃあ、第二ラウンドに行きましょうか」


「えっ、終わりじゃないの?」


「ごめんね瑤子ちゃん。今回からは、もう少し参加しないとダメなのよ。遅くなるから先に帰っていて」


「そっか。頑張ってね。どれくらいかかるの?」


「多分、宴会は2時間くらい」


「分かった。それじゃあ、これで頑張ってきてね」


 そう言って、ギューっと数秒間ハグしてくれた。今でも、私をここまでハグしてくれるのは瑤子ちゃんくらいだ。


「ありがとう。じゃあ、オッサンどもを相手にしてくるわ!」


「いってらっしゃーい!」


 みんなの声に送られ、オッサンどもで賑わい始めた大宴会場へと向かった。



__________________


日本製粉:

インスタントラーメンは、鈴木系列の企業であるここが最初に製造販売を開始する。

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