313 「1933新学年」

 4月はイベント目白押し。誕生日の次に控えているのは、新学年の開始になる。


 その前日には、ドイツで『職業官吏団再建法』が制定された。こいつは、共産主義者等の左翼と併せて、ユダヤ人を含む非アーリア人とされた人々の公職追放が目的で、悪名高い『ニュルンベルク法』の前座のようなものだ。


 そうして職を追われたユダヤ人のドイツ脱出が始まる。

 日本は未曾有の好景気に突入しつつあるけど、世界はどんどん不穏な空気が広がりつつあった。

 けど、ドイツの事は今現地に向かっているセバスチャンと、現地支店などからの情報収集に頼るしかない。

 チャーチルには手紙を一筆するけど、私に出来るのはその程度だ。


「これでやっと、大手を振ってナチス叩きが出来るわね。貪狼司令、もう動き出しているかなあ」


「お嬢、不穏な言葉を言い過ぎ。いつも通りだけど」


「良いじゃない、車の中だし。ねえマイさん」


「そうかもしれませんが、やはり玲子様は凄いです」


 車を運転するマイさんから、色々と気持ちのこもった凄いを言われた。助手席のシズは、いつも通り周囲の警戒をしているから、車中では相手にしてくれず。他の同乗者はお芳ちゃんなので、必然的に生臭い会話になりやすい。


 今年からは瑤子ちゃんも同じ女学校だけど、危険分散もあるので同じ車に乗る事はない。と言うか、基本私が飛び抜けて危険を招きやすいので、護衛のシズとある程度の護衛も兼ねるマイさんが乗る車には、私とお芳ちゃんと決まっていた。しかもその後ろを、側近候補達が乗るバンかボックスカーのように改造された小型バスが随伴する。


 それにマイさんが操る防弾仕様のデュースなら、万が一の時に一番安全だし、逃げ足も一番だ。

 けど、マイさんの配置は、お父様的には私にもう少し常識と女らしさをと配慮した影響もある。


「アハハ、自重します。それじゃあ、マイさんの頃の女学校の新学年ってどんな感じでしたか?」


「そうですね。私が入学した頃は、まだ袴でした。途中でセーラー服になったので、新学年に上がった時は嬉しかったですね。それに、両方の制服を持っているのは私達を挟んだ前後数年だったので、少し得した気分でした」


「そっか。袴も着てみたかったなあ」


「似合うと思いますよ。宜しかったら、今度私のお古をお持ちしましょうか」


「ウンウン。是非是非。けど、制服ひとつとっても違うから、今とは違うんでしょうね」


「校舎は去年、学園中に沢山出来たしね」


「そうですね。私たちは、今は旧校舎って呼ばれているところだけでしたね。それに学級はどの学年も3つでしたので、学級割り当てが4年の間にほぼ一巡して、大半の子とは知り合いになれました」


「私らが入った年から、一気に三倍だもんね。そっか、今日は学級割り当ての発表もあるのか」


「お嬢は、どうでも良さそうだね」


「私に寄って来てくれるのは、お芳ちゃん達だけだからねえ。こればっかりは、ちょっと寂しい」


「玲子様から話しかけられては?」


「毎年して、毎年引かれてます。教師や親から、私の事を強く言われているらしくて」


「私も経験あります。ですが、ちょっと頑張れば親しくしてくれる子も居ると思いますよ。生徒数は一気に増えましたし、そう言う子も増えたんじゃないでしょうか」


「流石マイさん、ポジティブー。じゃあ私も頑張ってみます」




「……そんな事を思っていた時期が私にもありました」


「お嬢、何か言った?」


「お芳ちゃん、お嬢様はこう仰られたんです」


 軽く遠い目になっている私の横で、合流したみっちゃんがお芳ちゃんに私の言葉をリピートしてくれている。

 そして私達の目の前には、学級割り当てを発表する紙が張り出され、それを見る生徒たちで賑わっている。

 そして、9クラスもあるから楽観していたら、姫乃ちゃん、月見里(やまなし)姫乃(ひめの)が同じクラスになっていた。


 けど、この楽観は、私の認識が甘いと言うか、学校を全く意識していないのが悪かった。

 9クラスに増えたので、今年から2年以上は進学クラスを2つ編成する事になっていた。そしてその中でも、試験で一定以上の成績を出すと午後は「自習」になるクラスが、私達のクラスだった。

 別の進学クラスは、要するにガリ勉クラス。勉強ばっかりするクラスで、本来の意味での進学クラス。


 対するこちらは、好き勝手して良いクラス。それでもクラスの半数以上は、大して勉強しなくても「自習」で優秀な成績を取れる子が集まるから、実質的には学年のトップ集団を含んでいる。

 当然、首席の私、次席のお芳ちゃん、それに仕事を補佐する系の側近候補2人の銭司(でず)艶子、福稲(くましろ)英子が含まれている。

 そして去年一年で成績をアップさせた姫乃ちゃんも、めでたく私たちと同じクラスになった。しかも学校の方針に変更がなければ、このまま女学校の間は半ば固定という事になりそうだ。


(私に一族モノじゃなくて、学園モノをしろって事か? そう言えば、体の主に姫乃ちゃんと学級が一緒だったか聞くの忘れてたなあ)


「フーン。それでお嬢、気になる子でもいた?」


 私の言葉をみっちゃんから聴き終えたお芳ちゃんが、私のブレーンとしての目で聞いてくる。

 要注意人物がいるとでも思ったんだろう。ある意味正しいけど、どう言うべきかを少し考える。そして、去年秋の私の体の主との会話を思い出す。


「多分、今は大丈夫だけど、思想面で気をつけた方が良いかもしれない子がいると思う。影響されないよう、気をつける程度だとは思うけど」


「なるほど。お嬢の嫌いなアカの気配があったわけだ。それにしてもお嬢は、アカも嫌い、ファッショも嫌い、リベラルも今ひとつって感じだし、どうしたいの? やっぱりコンサバ(保守)?」


「アカもファッショもリベラルも、全部華族の敵じゃない。19世紀の欧州の立憲君主体制が理想ね」


「そりゃそうか。今や日本一のお嬢様だもんね」


「日本一って事はないでしょう」


「じゃあ、日本一の女学生。実際に動かせる財力と権力で、勝てる子はまずいないでしょ」


「まあ、大勢侍らせている時点で大概よね。そんな事よりも、みんな講堂に行きましょう」


 軽く側近達、と言っても男子を除く女子達6人を見渡し、軽く号令をかける。

 ご令嬢としてはそれなりに正しいかもしれないけど、マンガやゲームのお嬢様の取り巻きは、側近団じゃなくて同級生の格下の女王蜂の取り巻き、クイーン・ビーのサイドキックスになるから、この点で私が少しずれた存在なのを自覚する。


 それに学園、女学校での私は、君臨すると言うより文字通り雲の上の人。『お嬢様の気まぐれ』でたまに関わるだけで、普段は側近に囲まれた浮世離れした人。

 そう考えると、クイーン・ビーではなく、不思議ちゃん枠に近いかもしれない。実際、一年の時の学級は、実質的に級長を頂点にしていた。

 ただ2年からは、午後自習の特別クラスになるから、多少は違ってくるかもしれない。


(女学校は私の癒しだから、授業する以外の事は何もせずダラダラ過ごしたいんだけどなぁ)


 始業式の校長先生からのお話を伺いつつ思うのは、どうしてもそんな事だった。

 そして話が長いから、さらに下らない事をグチグチと思う。そして私の視線の少し先には、姫乃ちゃんのフワフワヘアーが見えている。


(これが学園モノのゲームだったら、取り巻き連れている時点で、糾弾してくる子がいたりする場合もあるけど、姫乃ちゃんからは何かアプローチあるのかなあ。

 ……私の方は、クラスメートの一人として接して、そのうち互いに不干渉コースかな。こっちから無理に仲良くなりに行く理由もないしなあ。……それにしても、姫乃ちゃんへの学園対応は想定外だっての!)


 

__________________


バンかボックスカーのように:

バン、ライトバンのような車種が一般的になったのは戦後、1950年代に入ってから。



コンサバ:

保守的。日本ではほぼ使わないけど、一応「保守派」の政治用語でもある。



クイーン・ビー:

サイドキックス:

不思議ちゃん:

アメリカのハイスクールのカースト名。

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