280 「横浜へ」

「お待たせー」


「迎えにきたわよ」


「ありがとうございまーす!」


 鳳の本邸に2台の超高級セダンが入ってきた。そしてハンドルを握っていたのは、私の叔母に当たる、鳳舞さんと鳳沙羅さんだ。


「サラさん、運転免許とったんですね」


「うん。凄いでしょ。流石にデュースはまだ無理だけどねー」


 そう言ってバンバンと叩く車は、リンカーンの最新モデル。これでも十分以上に速くて高価な車だ。多分、現時点で、日本にはこれしかないんじゃないかと思う。

 マイさんの方は、何度も乗せてもらっているデューセンバーグの真っ赤なタイプJ。世界中に数百台しかないうちの、貴重な一台だ。


「筋は良いから、スピードの克服さえすればいけるわよ。その頃には、私は新型に乗り換えるから、乗れるようになっておいてね」


「それのさらに上とか信じらんないんだけど、まあそっちなら何とかなると思うわ」


 二人が話している車は、虎三郎が少し前に私に強請(ねだ)ってきた車の事だろう。日本でうちしか持っていないような超高級車を、さらに買い増すとか成金趣味も良いところだけど、仕事が趣味な虎三郎の数少ない趣味だし、うちの宣伝にも使うから元は取っているだろう。

 ただ、頼もしいエンジンのアイドリング音を響かせている真っ赤なデュースを、本邸の正面玄関で待っていた子供達が引き気味に見ている。

 それを察したマイさんが、苦笑気味にみんなの方に向く。


「大丈夫。前後は護衛の車も付くから、飛ばさないわよ」


「私は安全運転だから、玲子ちゃん以外はこっちに乗って」


 そう言って親指でグイッと指差す車は、フォードに買収されたリンカーンのKシリーズと言うやつの最初の型らしい。

 もちろん虎三郎の趣味だろうけど、それを普通に乗るこの人も大概だと思う。でかいエンジングリルが示すように、デュースほどじゃないけど、相当スピードは出ると聞いた。

 けどまあ、護衛の車は頑丈なだけの普通車の改造車だから、道中は時速60キロくらいで済むだろう。

 それに車はもう一台いる。これから目的地に向かう人数が多いからだ。


 私以下、鳳の同世代の子供が4人、それに勝次郎くんと毅太郎、輝弥。勝次郎くん達はもう一台の山崎家が出した車、これはキャデラックだったけど、そっちに乗る。

 迎えに行くという話はしたけど、警備上仕方ない面がある。護衛の車うち1台も、山崎家のものだ。

 そして勝次郎くんの従兄弟さんが参加するのだから、春の偽装縁談の関係者が主に向かう。騒動に関わったので、ちゃんとお見送りくらいしよう、という意図だ。


 目的地は、横浜山手にある虎三郎一家のお屋敷。そこで、虎三郎の次男の竜(りょう)さんの渡米送別会が行われる。と言っても、大げさなものではなく、家族と私達子供達、それに竜さんの友達など親しい人で全部。数も2、30人程度らしい。

 まあ、2、30人を家に呼べるだけのお屋敷に住んでいる証拠だけど、今や日本屈指の大財閥となった一族の直系に近い一家の屋敷と思えば、ささやかな方だ。


 そしてマイさんのデュースには、私とシズ、それにリズが乗り込み、他もそれぞれの車へと乗って、いざ横浜へ。



 車列は、鳳の本邸を出ると東京市内の海よりの通りを抜けて品川方面へ。そして品川五反田から、新しくできた大きな道に入る。

 この道は第二京浜国道と名付けられ、1928年くらいから鳳がせっついて、献金までして作らせた現代的なアスファルト舗装の広い道だ。

 私が気軽に使えと言ったアスファルトだけど、日本の気候風土に合わせる為に相当苦労したと、愚痴交じりに聞かされたものだ。


 道路の計画自体は1927年からあるので、それを強引に推し進めさせたわけだけど作らせた甲斐はあった。基本的には全線往復4車線で、広い場所だと将来的に6車線に広げられるようになっている。

 また道を作るのと並行して、合わせて上下水道用の管と電線など諸々を埋める地下道も作ってあり、沿道にはイチョウ並木も配されている。


 まだ全線開通とはいかないけど、大量の土木作業機械を投入して突貫工事で作った、アウトバーンにも負けないアスファルト舗装の近代的な道路だ。

 国際貿易港横浜と消費都市の帝都東京を結ぶ新たな大動脈で、日に日に行き交うトラックの数が増えている。

 マイさんも、東京に来る時はよく使っているらしい。


 その出来立ての道を時速60キロで進む。先導する護衛の車はピッタリ法定速度って感じだけど、後席から見るマイさんは少し不満げだ。ハンドルに添えている左手の人差し指を、トントンとゆっくり叩いている。

 その気になれば三倍以上の速度がでるし、これだけ立派な道なら飛ばしたくもなるのだろう。見た目は絵に描いたような可憐な美少女だけど、中身はかなりの猛獣だ。


 けれども、マイさんが内心退屈なまま、車列は横浜山手の外国人居留地の南の方へと到着。周りを雑木林で囲まれた少し小高い場所に、鳳虎三郎一家の屋敷がある。

 購入時に奥さんのジェニファーさんの家から援助があったと聞いたけど、一辺50メートル四方くらいの敷地の中に屋敷が建っている。土地の広さは小さな学校くらいの規模だから、街中にある事を考慮すれば十分に大邸宅だ。

 ただ、虎三郎らしいというか、斜面の一角を大改造した巨大なガレージが敷地のかなりを占めている。


 また隣の敷地にも、虎三郎が持つ倉庫のようなガレージがあるけど、そこでは別の作業中。トラックが何台も止まって、倉庫から出てきたフォークリフトが荷物を積み込んでいる。

 このフォークリフトも、重機の一部として輸入するまで日本では見かけなかった。虎三郎が欲しがったものだったけど、初めて輸入品を見たとき、そして働いているのを見たとき、微妙に違和感があったのでその感想を口にしたら、その後見ると見た事のある姿と働き方になっていた。


 あれから2年ほど経つけど、今や日本中で引っ張りだこ。去年くらいから日本での生産も始まったけど、生産が追いつかないと聞いている。だから半ば私的に使う事が出来るのは、今や日本の重機界のボスと言える虎三郎だからだろう。

 そして別の倉庫で作業しているという事は、車は屋敷の方の車庫に入る事になる。


 そしてその車庫まで来ると、上で見ていた人が合図して一斉にシャッターが開きだす。手動じゃなくて動力付き、多分電動だろう。

 何やら警察とか消防の建物を見る思いだ。

 チラ見すると、サラさんの車に乗っている男子どもが大注目していた。確かに、男の子の心をくすぐる光景で、絶対に虎三郎の趣味だろう。

 車庫内のライティングまで凝っていて、しかも回転灯が幾つもあったり、派手目に点灯するあたりは、もはや演出過剰だ。これでサイレンか警告音が鳴り響けば、もはや秘密基地認定されるだろう。勇ましいBGMが聞こえてきそうなほどだ。


「うちも改造して、同じようにしようかな」


「オススメよ。出来る限り動力使って便利にしてあるから、使用人も最小限で済むのよね」


(うん。実に合理的な感想。まあ女子的には、メカの出し入れにロマンを感じても仕方ないしね)


「どうかした?」


「ううん。この動力はどうしているんですか? 電気?」


「ええ、多分。トラは自家発電だって言っていたわ」


「凝りすぎでしょ。ま、良いけど」


「トラと兄達は、こういうの好きなのよね。私にはよく分からないけど」


「そうなんだ。それでご家族は?」


「玲子ちゃんの言葉通り、下まで迎えには来るなって言ってあるから大丈夫。大げさだものね」


 そんなやりとりをしつつ、マイさんは慣れた手つきで車を手足のごとく操り、巧みに車を車庫に入れる。サラさんの方は、車庫入れはまだ修行中って感じだけど、それでも免許とってすぐとは思えない。少なくとも、前世の私より上手い。


「玲子ちゃんも車に興味あるの?」


「うん。18になったら取るつもり。鉄道とか公共機関は乗りにくい身の上だし」


「あー、それ分かる」


 しみじみと返されてしまった。

 マイさんは美人さん過ぎるから、列車だと痴漢はないにしても、注目の的間違いなしだ。


 そうして順番に車庫入れしてから、車庫の中からエレーベーターで上の地上に上がると、そこにはお屋敷が鎮座している。

 鳳の本邸の本館には劣るけど、旧館には匹敵する立派なもの。けど、関東大震災で前の屋敷は半壊したので、現在のお屋敷はその後建て直したものになる。


 設計は、近代建築の三大巨匠の一人、フランク・ロイド・ライト。日本だと帝国ホテルを設計した人だ。ジェニファーさんの親族の紹介で設計してもらったらしい。

 見れば、確かにライトらしい建物で、下の秘密基地めいた車庫とはエライ違いだ。

 

__________________


フォークリフト:

1920年代にアメリカで開発。日本では1939年に「腕昇降傾斜型運搬車」として開発された。

日本での普及は、第二次世界大戦後に進駐軍が来てから。

主人公の違和感の一つは、初期の頃の形状の違いとパレット使用の有無です。



回転灯:

パトカーがまだない時代だし、戦前の日本で見かける事は少ないだろう。

色は赤か黄色の筈。青は第二次世界大戦中のドイツで、ゲシュタポ(秘密警察)が連合軍の爆撃を避ける為に目立たないように採用したのが始まり。

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