274 「軍制度改革の指針?」

「一夕会そのものを解散するんです。それで、少なくとも未来の対立と抗争は避けられます。もっとも、個人や別グループ同士での争いになるだけですけれど」


 私の言葉に、宇垣外相が軽く肩をすくめる。


「で、一夕会は、何も出来ずじまいか。今までの努力を考えると、骨折り損のくたびれ儲けだな」


「そんな事ありません。積み上げてきた実績は実績です。個々の人は優秀なんですから、正当な方法で出世なり軍の改革なりを進めれば良いんです。なまじ秀才すぎるから、まどろっこしくなって、ズルして横紙破りな事をしようとするのが悪いんですから」


「ぐうの音も出ないとはこの事だな」


 そう言って宇垣外相が笑った。けど、宇垣外相には、私は一応告げたい事があった。


「宇垣様は、正当な手段と方法で、立身出世を果たされました。他の多くの方もそうです。それをすれば良いだけではありませんか。それが分からない永田様達じゃあないと思うのですが」


「全くその通り。その言葉を、永田らに言って欲しいくらいだ。それと鳳、今日玲子さんを同席させた意味が分かったよ。ありがとう」


「いえ、とんでもありません」


 二人して納得しているけど、私は全然分からない。

 けど、聞くのは後回しでいい。まだ言い足りていない。


「あの、もう一つ良いでしょうか」


「何かな?」


 お父様な祖父ではなく、宇垣外相に促されてしまった。お父様な祖父は、少し面白がっている表情なだけだ。


「噂以上のクーデターは、別の理由で起こさないと思います」


「その理由とは?」


「軍人による独断専行の先例がなく、もしクーデターを行えば先例となります。そして軍人が大きな違反を行えば」


「極刑だな」


「はい。万が一、失敗した場合の事を考える筈です。仮に他の全てが上手く運んでも、陛下の信任が得られなかったら、周りが反撃して失敗します。そして海軍の事件という先例があります。陛下が、軍人の独断専行を許されるとは考えないでしょう」


「その辺りは、官僚化した軍人の考え方だな。幕末か日清・日露を経験した軍人なら、違ったんだろうな」


 そう言って、宇垣外相は一人納得している。そして、「その辺りは、日清・日露、シベリア出兵へ行った鳳より、私の方が連中に近いだろう。何となく、連中の考えそうな事は理解できるよ」と続けた。

 そしてそれにお父様な祖父が頷く。そうしたやり取りを見ていると、お父様な祖父が宇垣さんの下についていた頃が垣間見えた。


「ですが秀才も天才も、人それぞれだと自分は思います。それに、視野を広く持ち、別の視点を得る事は大切だと痛感させられます。自分の甥も、軍中央を離れドイツに行き、多少は物が見えるようになったようですから」


「いっそ、一夕会の連中全員に1年くらい世界中回らせれば、色々と変わるのかもしれんな」


「かもしれません。ですが、海軍の将校連中は、学校の卒業前に海外への遠洋航海に行って視野を広げている筈なんですがね」


「にも関わらず、あの体たらくだからな。何か良い手はないものか。と言っても詮無き事、でもないのかな、玲子さん?」


 二人して愚痴り始めたと思ったら、宇垣外相が私をじっと見る。考えたことが表情に出たんだろう。

 ただ、思わず苦笑いが出てしまう。


「私はいつも極端な事を言って、皆さんを驚かせるのですが」


「むしろ聞きたいな。解決方法があると言うなら、尚更だ」


 興味深げにかなり圧も強めに聞かれたけど、私が思い浮かべた事は、絶対無理という確信があった。けど、こうなっては、ぶちまけるより他なさそうだった。

 何しろ、横で雑談している原敬と加藤高明にまで見つめられていた。じじい4人の視線を一身に集めても、嬉しくもなんともない。むしろどえらいプレッシャーだ。


「では。ですが、怒らずに聞いて頂けると助かります。私が前々から思っているのは、陸軍は幼年学校を全面廃止。海軍と同じく士官学校だけにします」


「そういう意見もあるな」


「はい。また、次の段階になるでしょうけど、陸海軍合同の士官学校に再編成します。今後航空機が発達すれば、空軍をどうするのかという議論と合わせて改革するべきです」


「……それで今の問題を解決できる、と?」


「同じ学校に通えば、陸海軍の間の軋轢は多少はマシになる筈です。見知った間柄になりますから。また、こちらは話の主題からは逸れますが、陸軍と海軍が別個に空軍を持つのは非効率的です。空軍を設立して、士官学校から何から何まで揃えるのも手間ですし、陸海軍の問題のような事も一つにする事で回避できます」


「……なるほど。目から鱗だな。だが、一考の価値はある。研究課題程度でしか無理だろうがな。ただ、問題が一つあるぞ」


「なんでしょうか」


「陸軍省、海軍省をどうするね? 一番の問題だ」


(やっぱり頭がキレると、すぐにそこまで考えるんだなあ。話すしかないか)


 そうは思うけど、これだけプライベートな場でも断りが必要な事に思い至る。


「大変不敬な事を申し上げる事になりますが、これから話すことは全てお忘れ下さい。でなければ、とても話せません」


「うむ。だが既に、私も不敬に当たる言葉を言っているようなものだ。気にしなくていい」


 宇垣外相の続くように、原敬と加藤高明も頷く。そして私も返事としての頷きをしてから口を開いた。


「陸海軍省を統合して、国防省のような組織に再編成します。この際、軍人は省庁の方には直接関わらせず、省の方は文官組織とします。政府は英語で言うところの、シビリアン・コントロールを強固にするんです」


「うん。続けて」


 統帥権の問題から全てをうっちゃる事を話しているのに、宇垣外相は冷静だ。むしろさらに興味を駆り立てられている印象すら受ける。


「お気づきと思いますが、憲法の大幅な改訂が必要になります。陸海軍と右翼や国士の皆さんが、徒党を組んでクーデターを起こすくらいのやつが」


「だろうな。で、統帥権はどこに行く?」


「内閣総理大臣が天皇陛下を『輔弼する』という条文で、全部解決します。これで軍も総理の政治的制御下になり、陸海軍省を国防省のような組織に再編もできます。また、内閣総理大臣及び内閣の政治的地位が大きく向上します。総理大臣は、陛下を輔弼する形で事実上の軍の最高司令官となりますから」


 私の言葉が終わると同時に、宇垣外相が「パンっ!」と強めに手を叩く。


「実に斬新だ。いや、今までも全く見なかった話ではないが、全てを複合した上に、さらにその上を行っている」


「はい、一部は今までも論じられてきた事です。そして現憲法は、半世紀近く前に考えられたものです。この為、時代にそぐわない箇所もあります。現に陸軍内では、制度の不備や敢えて設けられた曖昧さを突くような行いが横行しています。先だって海軍が起こした統帥権干犯問題も、過去何度か出てきた事です」


 そうは言ったけど、私の言っている事は私の前世の戦後の政治的仕組みの一部をパクっただけだ。


「全くだな。だが陛下の大権の恒常的な輔弼は、国を丸ごと変えるほどの大事。余程の事がない限り無理だ。では、諸外国のような国防省の設立に関しても無理筋かな?」


「明治初期に兵部省という先例があります。これを抜け道にする事が、可能ではないでしょうか。そもそも薩長間の問題が、陸海軍の分裂の原因の一つです。改革しようと言う人達の一部なりは、この辺りの話を持ち出せば感情的に多少説得しやすいかもしれません」


「兵部省か。そんなものもあったな。だが文官組織にするのは、不可能だな。これ以上将校達の役職が減ったら、クーデターでは済まないぞ」


「では労働争議でもなさいますか?」


「ハッハッハっ! そりゃあいい。だが軍人も宮仕えだから、そうもいかん。そういうわけで、この話はここまでだ。いや、実に興味深かった」


 宇垣外相が実に満足そうだ。原敬と加藤高明も、クソガキの口から妙な言葉がダラダラと出てきたものだから、面白がっている。お父様な祖父については言うまでもない。と思ったけど、お父様な祖父にも話していない事だったから、意外に興味深げなご様子だ。

 そして話してしまって気になった事があった。


「ところで、話が完全に脱線してしまいましたが、結局この集まりの意味は何だったのでしょうか?」


「ん? 宇垣閣下が一度お前に会ってみたいと言うからな。それなら、刺激のある状況の後で話をさせると面白かろうと思っただけだ」


(ヒドっ! 流石はお父様!)


 あんまりな言葉に絶句していると、大笑いされた。そして笑いを収めてから再び口を開く。


「まあ、そんな顔するな。これで閑院宮載仁親王殿下と宇垣一成様とも知己になれただろ。この二人は、俺じゃないとお前には目どおりさせられなかったぞ」


「そうかもしれませんけど、それなら先に話して下さい。これじゃあ私、道化じゃないですか」


「そうでもない。全員の考えを代弁してくれた。それと今回の会談は、お前が話した通り殿下と宇垣閣下が会ったという事に意味がある。後の事はまだ不確定な事が多いが、そのうち騒がしくなるだろう。知っておいて損はないよ」


 そう結んだお父様な祖父だけど、すぐにも情勢は動く事になる。

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