253 「海の向こうからの縁談話(3)」

「ちなみに、どんな車? フォードさんところのやつですか?」


 話の流れで聞いたけど、首をゆっくりと横に振ったあと、自慢げな表情を見せる。思わず懐かしさを覚えるタイプの人だった。


(これは車好きの顔だ。友達にいたなあ)


「デューセンバーグの『モデルJ』よ」


「あ、それ、うちにもある」


「そうなのか?!」


 自分だけじゃないと知り、少しがっかり気味なマイさんよりも、勝次郎くんの方が強く反応した。やっぱり男の子は、スポーツカーが大好きだ。目が輝いている。


(と言うことは、三菱はデュースは買ってないのか。流石は虎三郎。技術バカだけの事はある)


「うん、多分マイさんと同じで、虎三郎が前に買ったやつ。けど、特注で装甲車みたいなセダン型ね。デュースなのに足が遅いって、運転手のおっちゃんがぼやいてた」


「私の車もセダン型といえばそうだけど、幌を展開できるオープンカータイプよ」


「色は?」


「レッド。あと家には、ホワイトとブラックがあるわね。玲子ちゃんの屋敷のはブラック?」


(あれが3台かあ)


 成金趣味全開だけど、技術大好きな虎三郎は欧米のスポーツカーを何台も持っている。単なる高級車ではなく、ピーキーな車が好きだ。

 だからキャデラックやロールスロイスじゃなくて、デューセンバーグになる。フォード系のリンカーンは、鳳財閥が基本的に使う高級車。デュースは例外だ。

 そして虎三郎は、自分の屋敷の隣の敷地にも倉庫を改造した大きなガレージがあるけど、置ききれないから会社の車用倉庫に半分くらい保管していると、自慢げに話していた。

 そしてその中の1台を、マイさんが自家用車にしているわけだ。


「うん。お父様が乗ってる事が多いですけどね。けど、あれをマイさん乗りこなせるんだ。運転難しいでしょ」


「ええ、凄くじゃじゃ馬ね。けど、飛ばすと気持ちいわよ。贅沢を言えば、日本にもっと舗装道路が増えて欲しいわね」


「運転手のおっちゃんも、日本で走らせるのは宝の持ち腐れって言ってました」


「そうなのよねえ。それにスピードを出すと、みんな怖がるのよ」


「あー、わかる。それに日本にも、そろそろ高速道路が必要ですよね」


「……玲子、せっかくのデューセンバーグの話なのに、なぜ高速道路に考えが飛躍するんだ。流石に、落胆甚だしってやつだそ」


「いやいや、デュースはマイさんのタイプだったら190キロくらい出せるのよ。下手な飛行機より速いのよ。日本の未舗装な道なんて、走らせたら可哀想でしょ」


「分かるわ。こないだ一部開通した第二京浜国道や、東京市内の舗装道路を全速で走ってみたいわね」


「いつか乗せて下さいね」


「勿論。今度、車でここまで遊びに来るわ」


「やった! 待っています」


 妙なところで意気投合。うん、マイさんは私の味方だった。けどサラさんは苦笑い。どうやら速いのを怖がる方の人らしい。

 私は21世紀からやってきた人で、自分でも運転して高速も普通に使った事があるから、時速100キロやそこらは全然平気だ。けどこの時代の日本じゃあ、出せる速度が7、80キロ超える車自体が珍しい。それどころか、東京市内ですら乗用車自体はまだ珍しい。見かけても、多くはタクシーだ。


 けど、うちだと、軍人で騎兵なお父様な祖父やお兄様も、むしろ速度を出させる方だ。自分でも、車庫にある車を転がしている事もある。

 それはともかく、意気投合したところで話が随分脱線した事に二人とも思い至る。


「……あー、じゃあ、なるべく早く彼氏さんを乗せて、ここまで一度来て下さい。その時に、彼氏さんを交えてもう一度話をしましょう」


「そ、そうね。分かったわ。何時が良いかしら。やっぱり新学期が始まる前?」


「そうですね。ただ私は4月2日が女学校の入学式で、4日は私の誕生日会だから……あ、誕生日会に来てくれますか?」


「私は全然構わないけど、いいの?」


「はい。今年から、鳳のホテルで少し派手めにするんです。だから出席者も多いし、周りの目にマイさんと勝次郎くんを見せる最初の機会にもなるし、あ、でも、そうなると彼氏さんが問題か」


「待て待て、玲子。話を勝手に進めすぎだ。誕生会の件は俺も了解するが、その彼氏さんは、別の日にした方が良いだろう。それと、玲子の誕生日会には俺の従兄弟のどちらかも必ず連れて来ますので、沙羅さんもこの変人に合わせてやって下さい」


「あ、うん。宜しくお願いします」


「勿論。ですが、一つ宜しいか。真面目な話だ。まあ、この話は、お二人より玲子に対してになるだろうが」


 いつの間にか勝次郎くんが仕切ったり私のストッパーだけど、言葉通り真面目モードになった。そして私は、最初から勝次郎くんの言わんとする事は理解している。

 二人も分かっているらしく、表情が引き締まる。


「取り敢えずは勝次郎くんが骨を折るけど、その見返りの話よね」


「そうだ。ただ俺がする分は、玲子に何か隠し芸でもさせるだけでも良いが……」


「良くない! 新作のお菓子で手を打ちなさい!」


「あ、あぁ。俺が一番最初なら、まあ、良いだろう」


「よし! それで、従兄弟さんの方?」


「そっちも、お菓子でいいだろう。少し出て来てもらって、噂話を流す為のダシに使うだけだ。問題は、事が大きくなった場合だ。鳳家は山崎家に借りを作る事になる。そしてその対価として一番欲しいのは、金や利権、技術じゃない」


「えっ? そうなの?」


「うむ。うちは日本一の財閥だ。だから欲しいのは、人間関係。特に縁故、血縁、閨閥だ。勿論、お二人は今回除外させてもらう」


 二人にとって、この言葉は予想外だったらしい。ちょっと顔が青ざめている。

 普通な人の雰囲気が強いので、虎三郎はあまり関わらせていないと感じさせる。そもそも虎三郎自身が、政財界のドロドロしたものを嫌っているからだろう。それに、この辺りは庶民的というより、お金持ちのお嬢様だからかもしれない。

 一方で、最初にきっぱりと言った勝次郎くんは偉い。主な交渉相手が私やお父様な祖父だったとしても、勝次郎くんからすれば事を進めてから切り出せばいい話だ。

 ただ、もう少し手加減してあげればいいのに、とは思う。


「その話は、話がこじれたらしましょう。多分こじれないと思うし、アメリカの王様達にしてみれば、まだ探りの段階だと思うから」


「そうなの?」


 マイさんが、少しすがるように見てくる。だから、なるべく安心させられる客観的な言葉を探す。


「はい。鳳がアメリカの株で大勝ちしたのが29年。株が暴落したのがその秋。大きな買い物を始めたのが、30年の下半期くらいから。今年に入って、俄然大きな買い物を始めました。縁談の話は?」


「この3月に入って、初めて聞いたわ。けど、虎三郎のところには、2年くらい前に最初の話があったって」


「それだけ時間をかけて止めてても平気だったし、虎三郎が本家に何も言ってこなくても大丈夫だった。けど、今回一段強めに話を進めて来たってところかな。今頃、お父様と虎三郎が話をしているかも。

 となると、今回一手打っておくのは正解だと思います。数年以内に、お兄さんの一人があちらの誰かと結ばれるなら、向こうとしては文句ないと思います」


「そ、そうなのね。良かった」


「良かったね。お姉ちゃん」


(好意的に見れば、鳳を身内の末席に加えるくらいに信用するようになった。それとも、鳳は所詮その程度って話なだけか、向こうにハーフとはいえ半分有色人種との縁談を進める心の余裕がないか、逆に進めないといけないくらい追い詰められている所がある、ってところでしょうね。最後だと、ある意味ありがたいシグナルね)


「(玲子、少し怖い顔になっているぞ。気をつけろ)」


「あ、うん」


「なに?」


「どうかしたの?」


「ううん。どういう算段で進めようかなって、思っていただけです。まずは招待状を出すから、お誕生日会に来てくださいね」


 勝次郎くんのフォローで、二人には私が考え事をしている時の表情は見られていなかった。悪役顔は私のステータスシンボルとはいえ、考えが顔に出ないように、もっと鍛錬を積まないといけないと痛感させられる。


(笑顔を張り付かせるのは、かなり慣れたんだけどなあ)


 そんな風に思った事と言った事が違うので、次の言葉への反応が遅れた。


「えっ?」


「うん。私達も玲子ちゃんの入学式の袖にでもいるから、式の後の空いた時間にでも私と彼氏に会ってくれない」


「そっか。彼氏さん、鳳大学の近くですもんね」


「ええ。時間は取らせないから、打ち合わせをしましょう。勝次郎さんは?」


「悪いが、その日は俺も中学の入学式だ。玲子の誕生日会に頼む」


「こちらこそ。けど玲子ちゃん、誕生日会って時間取れるの?」


「あー、どうだろ。今回初めて身内以外での誕生日会を派手にするから、昼間は殆ど時間取れないだろうし……朝?」


「朝だな。10時のお茶の時間あたりはどうだ?」


「それなら問題なし。場所は……鳳ホテルの私が使う部屋を後で伝えます」


「周囲に見せなくていいのか?」


「打ち合わせまで見せる必要ないでしょ。あとは3人ともう一人が、私の誕生日会でそれなりに注目されていてください」


「了解だ」


「じゃあ、そういう事で。あっ、そろそろ戻ります? 遠くからこっちを見ている人たちもいるし」


「それもそうね。今日はありがとう。じゃあ、入学式に」


「私は誕生日会ね。今日はありがとう玲子」


 言葉とともに、二人にはシェイクハンドじゃなくて、軽めのハグをされた。さすがはアメリカンな家だ。

 そして二人とはその場で別れ、勝次郎くんと私達を見つめる鳳の子供達の方へと歩く。



「で、勝次郎くんの本音は?」


 前を向きつつ、口もあまり動かさないように話す。

 そうすると、隣でも前に向く感じで声が聞こえてくる。


「俺と玲子の件は今回なしでいい」


「そうなの?」


「不意の案件だし、あの二人は関係ないだろ」


「まあね。それにありがと。それじゃあ何?」


「これから異常なほど大きくなる鳳の重工業部門の総大将と、直接の伝手ができるかもしれない」


「なるほど。それから?」


「まだ聞いてくるのか。……まあ、いいか。場合によっては、アメリカの王様達と繋がりが作れるかもしれないだろ。叶えば、これはデカイぞ。しかも手にはいれば全部俺の手札であって、山崎、三菱のものじゃない」


「流石は三菱の御曹司」


「そこは、『流石は勝次郎くん』と言って欲しいな」


「そっか。そうね。私も手伝える事は手伝うわ。だから、機会があったら頑張ってね」


「ああ、任せろ」


 そんな会話だったけど、思えば勝次郎くんとの関係は少し複雑になってきた。

 両家の現状とお互いの生まれのせいで、普通に考えたら将来結ばれる事はない。結果的にだけど、私が徹底的にゲームに繋がるフラグをへし折ってしまった。ゲームで有名な悪役令嬢の追放シーンの再現は、もう不可能だろう。

 加えて、ゲーム主人公の恋愛ゲージ管理をどうすればいいのか、ちょっと悩んでしまう。


 まあそんな先の事はともかく、血縁者や直接仕える人以外で、勝次郎くんは一番私の事を理解してくれている。それでいて、基本的にはライバル一族だ。それに、こうして淡々と会話もできるようになってきた。

 多分だけど、共犯者や戦友に近い関係なんだと思う。そして、そういう関係なら、ずっと続けていけそうな気がした。



_________________


デューセンバーグ:

今はもうない高級車メーカー。

『モデルJ』は、『狂乱の20年代』を象徴する豪華な車。破格の性能を持っていた。しかも1台、1台が特注品状態。この時代の飛行機並みに馬力があってお値段も高い。数年後には、さらに希少な『モデルSJ』が登場。クラシックカーとしても有名。



第二京浜国道:

國道1號との重複区間の日本橋 - 神奈川間の経過地を変更する形で、国道初のバイパスとなる新京濱國道。

史実では、1927年に計画され1936年の着工。実質的な開通が1949年、全線開通は1958年。

この世界では、大幅に前倒しされている。

ただし、この当時は、アスファルトの暑さ対策が未熟なので、苦労している可能性は高いだろう。



うちは日本一の財閥:

戦前の日本一は、総合的に見ると三井財閥。

この場合、三菱の自負からくる言葉。

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