244 「小学校卒業」

「仰げば尊し〜♪ 我が師の恩〜♪」


(この時代でも、この歌か。息の長い歌だことで)


 歌いつつ、私にとっては少し懐かしく思う。確か前世の私が歌ったのも、小学校の卒業式の時だった。



 3月半ば。終業式の1週間ほど前、小学校の卒業式があった。またこの3月1日で、私の体の主とのゲームは、日時的には50%が経過した事になる。

 けど、鳳学園の小学校を卒業するのは、もちろん私。体の主じゃない。

 それに私の側近候補の子供達も同様に卒業だ。

 一方、学習院では龍一くん、玄太郎くん、それに勝次郎くんも卒業式だけど、学校が違うから式典が終わったら鳳ホテルのメイド喫茶で落ち合う事になっている。

 本当は誰かの屋敷か家で祝いたかったけど、それぞれの家で家族で祝う予定なので、妥協案として一緒におやつという事で集合予定だ。


 そして私の卒業だけど、小学校を卒業してもエスカレーター式に中等学校、高校に当たる高等女学校に上がるだけだ。その後も、鳳大学の予科、さらに鳳大学へと続く。

 中等学校は男女別学になるけど、エスカレーター方式だから別れがあるわけじゃない。


(体の主との勝負に勝って、世の中が平和で、まだ独り身だったら、そのまま大学院まで行っても良いかもねえ)


 卒業式に参列しながら、ほぼ可能性ゼロであろう未来をぼんやりと妄想する。

 小学校だから首席などの評価がないけど、卒業生代表として別れの挨拶を読み上げたけど、2回目の小学校卒業なので全てを客観的に見る事が出来た。

 感情を高ぶらせているのは、生徒より来賓席の大人達の方が多い。


 私の周りでの参列者は多く、お父様な祖父の麒一郎を筆頭に、名目上の筆頭執事の時田丈夫、執事兼諸々のセバスチャン・ステュアート。

 それに香月(こうづき)シズ、エリザベス・ノルマン、ヴィクトリア・ランカスターと私の特殊なメイド達も全員集合だ。

 また、時田の奥さんで私の最初のメイドだった麻里も来てくれた。他にも、私の身の回りの世話をしてくれるメイド達も数名参加している。

 なんでも、アメリカンな人達が全員参加を推したらしい。ただし、流石に帝都の外でいつも護衛してくれるマッチョマン達はいない。


(嬉しいけど、みんなが来るほどのイベントなのかなあ。けど私的には、シズが一番お母さんポジションかなあ。入学式も一緒だったし)


 などと思いつつ、それぞれと目が合うと小さく頷いたりしていく。けど、私が一番気になるのは、動画撮影が入っている事。しかも2台。1台は卒業式自体に対してだけど、もう1台は関係者込みで私専用。しかも音も録っていた。カメラに付いては、もはや言うまでもない。


 そして私的には淡々と卒業式を終えて、一旦は保護者一同と「ご卒業おめでとうございます」「ありがとう」のやりとりをしてから、一緒に記念撮影。


 

「父さんと麒一達に見せてやりたかったな」


 お父様な祖父の言葉に、隣の時田もウンウンと頷く。二人とも、いつものクールさに欠けて、少ししんみりしている。


「それは言わないでよ。それより、玄太郎くんの卒業式に行かなくて良かったの? あっちは学習院で男子よ」


「玄二がいるから問題ない。それに俺は、お前の父であり祖父だ。優先して何が悪い」


「……うん。ありがとう」


「今日は素直だな」


 そう言って嬉しそうに、けどニヤリと笑みを浮かべる。


「一生に一度の小学生の卒業式だからね」


「卒業式なら、女学校、予科、大学とまだ何回もあるだろ。それに俺なんて、こういう華やかさは無かったしな」


 そう言って周囲を見渡す。鳳は私学だから、確かに派手めだ。


「そりゃあ将校になったんだから当然でしょ。軍人がチャラチャラしてたら、笑っちゃうわよ」


「そりゃあごもっとも。それで、この後は?」


「まずは学級の子達、その後家臣候補の子達との歓談と記念撮影。別れたりはしないけど、これからは男女別学になるからね。だからお昼ご飯まで待ってて」


「了解だ。昼からは?」


「言ったでしょ。鳳の子達と勝次郎くんを交えて、卒業祝いにお茶会。夕食はお父様達と過ごすわよ」


 そう。夜は式に来てくれた人達と、晩餐を囲む予定だ。私には父母がいないから、せめてもの宴という気遣いだ。


「卒業式だというのに忙しいんだな」


「そう? これが女学校や大学になったら、生徒同士で大騒ぎとかが加わって、さらに忙しくなるわよ」


「……女子同士でか?」


「当たり前でしょ。女子だって、ハレの日くらい羽目を外しても構わないでしょ」


「いや、騒ぐのは一向に構わんが、世間体もあるから男子を交えてとかだったらと思っただけだよ」


「お父様でも、そういうの気にするんだ」


「気にするさ。俺達は華族様だぞ。しかも金持ちになったから、世間様の目が厳しいからなあ。門の外にも、皇国新聞以外のブン屋がいたぞ」


「うへーっ。そりゃあ、車でこっそり脱出するしかないわね」


「車だと、こっそりもないだろ。まあ、俺がなんとかしておく、今日は好きにしてこい」


「ありがと。じゃあ、みんなも夕方ね」


 そうして一旦別れ、メイドのうち武装メイドなシズとリズだけ連れて、私の側近候補達の元へと向かった。




「改めまして、玲子お嬢様、ご卒業おめでとう御座います!」


「ありがとう。みんなも、改めて卒業おめでとう。男子はこれから別の学校になるけど、鳳の為にしっかり勉強してね」


 私は実質3分の2くらいしか通ってないけど、卒業は卒業だし、無事成長できた事の祝いだと思えばいい。

 それに比べれば、側近候補のみんなは切磋琢磨してふるいから落とされないように頑張らないといけない。だからこその激励の追加となってしまう。

 けど、普段から似たようなものだから、気にする子はいない。そんな表情の子供達の中から、男子一人が挙手。輝男くんの下につく子だ。


「学園内ですら玲子お嬢様をお守りできなくなりますが、本当に構わないのでしょうか!」


「気にしないで。それよりも、少なくとも15になるまでは、後の為にも自分を磨いてちょうだい。他の子も同じよ」


「ですが、皇至道(すめらぎ)さん達は、書生としても屋敷に入っていると聞きます。私達も、学園以外でもお側でお仕え出来ないのでしょうか」


 今度は女の子。お芳ちゃん同様にブレイン候補の子だ。不公平感よりも、見劣りすると見られるのが嫌な感じだ。能力だけでなく、プライドも高いんだろう。

 そしてその子に向けてじゃないけど、朗報はある。


「それなんだけれど、今、鳳の本邸は色々と増築中だから、春からは無理だけど二学期くらいからは移ってもらえるかもしれないわ。ホラ、鳳学園は中等部も大幅増員するから、寄宿舎希望も多いのよ」


 この言葉で大半の者が、明るい顔を浮かべる。


「本当は春に間に合わせたかったんだけど、鳳の本邸は工事するにも色々と面倒があるから、夏まで我慢してね」


「「ハイッ!」」


 と、小学生らしい元気な返事。10代前半くらいは、これくらいのノリと勢いであって欲しいと思わせてくれる。

 しかしそこに別の挙手なので指名する。


「お嬢、私達もそっちに移るの?」


「それは未定。もうすぐ鳳の一族の引越しがあるから、誰がどこに入るか次第ね。学校だけの利便性を考えたら、私共々ここに別棟でも作った方が早いんだけど」


 と、両手を腰に当てて周囲を見渡す。

 そうして見渡した学園と少し離れた場所の大学は、各所で大幅な規模拡大の絶賛工事中だった。

 

 

__________________


仰げば尊し:

明治、大正、昭和と謳われてきた卒業式の定番ソング。

平成くらいから、他の歌に変わっていっている。

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