196 「拡大準備中(2)」

 陸に視点を移すと、虎三郎が君臨する機械産業では、大規模な工作機械工場が幾つも建設計画が動いていた。

 旋盤、フライス盤、ボール盤、各種削り盤など、欲しいものは幾らでもある。そしてさらに精機の方では、私が転生する前からの長年の努力と研究、そして試行錯誤を経て自力生産に向けて動いていた。

 誰でも簡単にそして大量に『もの』を作る為に必ず必要なので、ジャブジャブお金を突っ込んでいる。


 それでも、今の日本ではまだ作れない工作機械もある。

 自動車製造に不可欠な、薄板鋼板のプレス機などがそれだ。数年中にたいていの工作機械のマザーマシンは設計から作れるようになる予定だけど、アメリカにしかない薄板鋼板のプレス機は、当面日本で自力の工作機械の製造が無理ゲーと分かった。

 アメリカどんだけチートなんだって、ぼやきたくなる。逆に、日本でジェット戦闘機など未来の兵器を量産するなど夢物語だと実感もさせられる。仮に半ば手作りの一品生産で多少作れたとしても、量産はまず無理だ。


 一方で、頑張れば出来るものもある。

 何より、アメリカなど先進国に並ぶ精密なネジが、ようやく量産できるようになって来ていた。虎三郎が、本邸にサンプルを持って訪れたほどだ。

 また、ベアリングやピストンリングなどは、工作機械の導入や従来の発展でなんとかなったけど、電球、電線などの為に電気会社も結局作った。窓ガラスも似たようなものだ。そして電気と窓ガラスは、建設会社の方でも重宝するようになっている。

 様々な精密機械も必要だから、水と空気の綺麗な信州で事業計画を進めている。ここは繭産業の需要が激減して手先の器用な女工が大量に余っているから、その救済目的もある。


 鉄製品の方は神戸製鋼が頑張っているから、薄板鋼板、バネ鋼など日本企業が不得意な分野の開発、量産計画も進んでいる。そして石油採掘で大量に使う鋼管の量産で経験値を急速にあげていたので、量産に際する難易度はかなり下がっていると言う報告が上がってきていた。

 数年後には、欧米先進国が生産する銃砲の生産レベルに達するらしい。と言っても、鳳は兵器生産との関わりが薄いから、あとで政府経由で高値で他に売れば良いだろう。



 そうしてやっと、自動車工場をライン丸ごと購入する予定で話が進んでいる。

 提携企業のフォードが一番だけど、フォードは渋っている。フォードは、この時代では珍しく世界展開の際にも現地生産重視の企業だけど、それはノックダウン方式が基本だ。

 けどノックダウン方式では、日本の産業は育たない。だから日本の水準のトラックで実績を積み、自前での乗用車工場へとステップアップしようというのだけれど、理解のあるフォードをして『できるもんならやってみろ』な状態だった。


 それにフォードが渋る理由は、フォードはアメリカでもトップクラスに生産管理、部品基準が厳しい。だから日本で自動車の自力生産、ましてや大量生産など無理に決まっていると考えている。そしてそれは正しいので、渋るのも当然だ。

 だから結局は、虎三郎のフォードとマブダチという太いコネと、不景気につけ込んで札束を積み上げて機械を買うような状態になったけど、欲しいものは手に入りそうだった。


 それでも自力で作ろうとすると、お金だけで時間は買えない。だから努力が必要だ。そしてアメリカの第一線級の水準を目指そうとすると、その道はすごく険しい。

 同じように自動車開発を目指す日本の他の会社、財閥からは、日本でアメリカ水準、フォード水準は夢物語、機械バカが率いる鳳は『過剰品質』『薄利少売』と小馬鹿にされていた。


 それに温厚な虎三郎がブチ切れて、フォード社によく似たトラックを自力開発し、フォード基準だと落第点ながら『そこそこの水準』の鳳印のトラックを国内市場に送り出してしまった。

 しかも、創業当時からのフォード仕込みの虎三郎だし、既に鳳にそれなりのお金がある時期だから、最初からかなりの量産ラインまで作っていた。各種部品工場も、揃えられるだけ揃えた。

 当然、作れば作るほど、量産効果で1台当たりのお値段は安くなる。


 そしてこの時代の日本では、『そこそこの水準』のトラックを開発、製造は出来ても、本当の意味で大量生産はできないのに、いきなりかなり高いハードルを設定してしまったから、機械系の企業、財閥からはかなり恨まれている。

 私から見れば逆恨みだけど、チート技発動で一瞬で蹴散らされたわけだから、恨みもするだろう。


 政府が、GM、フォードに対してよりも鳳に対抗させる為に、鳳以外にトラックを生産している石川島(のちのいすゞ)、瓦斯電(のちの日野)、ダット自動車(のちの日産)に色々手を貸したほどだ。

 それでも虎三郎のトラックは、他社を圧倒していた。そしてほぼ欧米基準のトラックを製造する金の卵を産むガチョウなので、政府も無下には出来なかった。


 一方で重機やトラクターを作る為のトラクター工場の方は、先に完成品の買い物で1億ドルも散財していたおかげで、意外に簡単に巨大工場を丸ごと作るだけの機材を買い付ける事が出来た。

 アメリカ経済が、当人達の想像をはるかに超えて冷え込み過ぎているので、設備投資系の会社が売りたくてウズウズしていたという事になる。自動車工場の方も、この手の企業の圧力が強かったらしい。

 似たような理由で、当面必要な工作機械の輸入もかなり簡単だった。

 しかも色々おまけや特典がついてくるのが当たり前、格安価格が当たり前でセールスしてくるので、一部を買ってさらに下がるのを待っている状態だ。


 一度に全部買わないのは、日本の市場を広げた後じゃないと流石に意味がないのと、私の前世の知識でアメリカの景気がまだ落ち込む事を知っているからだ。

 大恐慌の直後の一度目の値戻しの前に、ショックを受けている時に少し買い叩いたのが、今到着したり、しつつある製品群。それ以後の大規模な買い付けは、31年ではまだ早い。

 株のどん底は32年7月、景気の鍋底は33年春あたりまで続く。つまり32年が、アメリカでの本当の買い時だ。

 だから31年春の段階では、まだ重機しかモリモリ買っていない。他は、半ばポーズを見せる買いに近い。



 そして重機、建設機械を大量に扱う鳳建設は、日本国内で時代の寵児になりつつある。

 何しろ、日本での土建業といえば依然として手作業が基本。江戸時代とあまり変わらない、『もっこにツルハシ』。何百人も使って、整地、造成をするのが当たり前だ。

 それでもトラックは国産、海外産を含めて少しずつ普及しつつあるけど、やっぱり数は知れている。ほとんど鳳の傘下になっている東洋工業(後のマツダ)が生産する、超小型トラックと言えるオート三輪ですら普及はまだまだだ。

 そこにショベルカー、ブルドーザー、ホイールローダ、モーターグレーダー、ダンプカー、トラック・クレーンなど、巨大なアメリカ最新の機械を装備し、そして習熟した集団が突如出現したのだ。


 その始まりは、25年辺りの鳳ホテル、鳳ビルの建設開始の頃。鳳グループが抱える学校経営のノウハウも活かし、グループ内で養成学校を作りオペレーターの大量養成を開始。

 そして1930年の後半くらいから、大量に輸入した機材を装備した本格的な建設集団が出現した。そんな鳳建設は、『機械化軍団』と日本国内で呼ばれるようになる。

 大きく力強いものが大好きな子供達にも大人気で、子供向け雑誌にまで掲載されている。

 また、一度に沢山買ったから多少は余剰している建設重機は、日本中でレンタルの引っ張りだこだ。ただし、又売りは絶対にしない。貸すだけ。当面の優位を手放す気はない。盗まれた事もあったけど、徹底的に探して重罪を課した。


 そして30年秋の豊作飢饉に連動して、政府のインフラへの公共投資と税制などの制度優遇もあり、土建業に鞍替えしたり兼業する農家の地主や富農が多く出たので、それにも審査を入れつつ機械をレンタル。その一部は丸ごと取り込んで、鳳建設に合併したり傘下に収めたり提携を結んだりしていっている。

 鳳建設が、日本最大級の建設会社になるのは時間の問題かも知れない勢いだ。そうなったら、ゼネコン、ゼネラル・コントラクターの名称を言い出しても良いかも知れない。

 多少は資金面でゆとりのある三菱などの財閥や企業も手を出しつつあるので、連携してそういった流れを作るのも良いかもしれない。


 ただし、例外が一つある。陸海軍だ。

 軍には鳳が買った機材、それに小松と神戸製鋼所で作った国産の安価で手頃なサイズの機械を一定数無償で寄贈。

 陸軍では実験的な機械化工兵隊が、海軍では機械化設営隊が編成され、去年の秋くらいから実験が始められている。

 そして早くも、小松製作所と神戸製鋼所の建設機械を導入する話が進み始めていた。ちゃんと理解してくれたらしい。



 そんな状況の鳳社長会の『鳳凰会』に、お父様な祖父・麒一郎の名代として今回も顔を出す。

 もっとも、余程の者じゃないと私に近寄る事は許されていない。けど、私が部屋に入る時に、そばを通ると私に聞こえるように大声で会話するような者が少なくない。

 誰もが、今が絶好の好機、ボーナスタイムの到来を自覚している。


 ただ、そんな社長達の会話には、一つの共通項があった。

 「政府がもっと公共投資を積極的にしてくれたらなあ」というものだ。

 濱口雄幸は首相の座から降り、若槻礼次郎が総理の座を継いだばかりだけど、どちらにせよ大蔵官僚出身。その上蔵相は、濱口雄幸に協力的な井上準之助。

 濱口前総理がテロに遭った原因の一つも、成立して間もない今年度の緊縮予算にある。


(けどね。違うそうじゃない、よ)


 私は彼らに言ってやりたい。

 今は先行投資。準備段階。鈴木の吸収合併とあぶく銭で膨れ上がった鳳グループは、他の大財閥に比べるとまだ色々と足りていないところがある。

 けど今は、他の財閥は金回りに酷く苦労している。その隙に、資金力に任せて足りないところを補うのが今の段階だ。

 別に、他所をがむしゃらに追い抜く気までは無いけど、私が望むように日本を向かわせるには、向かうべき道へと先導する必要がある。


 今はその段階なのだ、と。




________________


ノックダウン方式:

外国で生産された製品の主要部品を輸入して、組立・販売する手法。

戦前日本の乗用車市場は狭いので(インド以下)、アメリカでの生産で余った部品を送りつけて適当に売る程度で良かったらしい。フォード恐るべし。



国産トラック:

乗用車の国産は1930年代半ばだけど、トラックは意外に早い。第一次世界大戦くらいから、陸軍が注目して補助金も出している。

日野自動車の前身の東京瓦斯(ガス)工業株式会社が作り始めた。

もっとも、1930年頃だと日本全体の生産総数は年産3000台程度。

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