189 「11歳の誕生日会(1)」

 春は私にとって通常イベント目白押しだ。

 4月4日は私の誕生日。同8日、新学年。同月中ばには鳳グループ社長会の『鳳凰会』。5月吉日は鳳一族の鳳パーティー。3月にはお兄様の帰国もあった。


 一方で海外では、大陸情勢がいよいよきな臭くなってきている。何しろこの秋には、史実と同じタイミングなら『満州事変』が待っている。

 それでも、少しくらいは世界情勢とか社会情勢とか忘れたい。


 というか、よく考えなくても私の第一の目的は、周りの人間関係を出来るだけ円満にして、ゲーム『黄昏の一族』の悪役令嬢としての破滅を避ける事だ。

 だからみんなと仲良くするのは、私の最重要課題。疎かにするなんて、本末転倒もいいところだ。


 それなのに、このところずっと私の周りより、鳳一族より、鳳 財閥(グループ)より、日本を取り巻く社会情勢とか世界情勢が不穏なせいで、第一目的、私自身の破滅回避がすっかり疎かになっていた。


 特に春休みに入ってからは、全然みんなと会えていない。

 顔を合わせるのは、習い事の時の瑤子ちゃんくらい。あとは、家に住み込んでいる側近3人だけ。

 男子どもは、龍一くんが瑤子ちゃんと一緒に一度遊びに来ただけ。その上、玄二叔父さんの一件以来、玄太郎くんとの関係が少しギクシャクしている。

 この春からは小学生最後の年なのに、寂しいばかりだ。



「何か良い方法ないかしら?」


「どうかしたお嬢?」


「なんでもおっしゃって下さい」


 夜の短い女子会で、お芳ちゃんとみっちゃんが私の独り言に反応した。

 パジャマパーティー状態なので、輝男くんはいない。というか、私的には他の男の子に対して有利すぎるから、シズ達からすれば10歳を超えたので必要以上に男子を近づけたくないから、という双方の理由で夜は敢えて席を外させている事も多い。

 名目上書生という枠なので夕食程度は一緒にするけど、夜はその辺が限界だ。


 また、リズという条件付きで信頼していい護衛が増えたことと、みっちゃんが護衛として家の中程度なら使えるようになってきたという事で、こういう時にシズは休ませるようにしている。


 よく考えたら、私が5歳の時からシズは四六時中一緒にいて、いつ寝ているんだって状態だ。それでも屋敷の中だと他のメイドとの交代で世話をするのだけど、旅行が多かった29年は相当こき使っていたことになる。

 今年で21歳なのに結婚する気も皆無で、人生を鳳というか私に捧げる気満々過ぎて、こっちが引いてしまう。


 シズには、私がお相手を世話する気でいるけれど、みっちゃん達、私と同年代の側近と護衛達が役に立つようになるまではシズを頼らないといけない。だから、せめてもの配慮ってやつで自由になる時間を増やした。


 けど、これですらシズの方から断ってきたから、命令で休みを増やすようにしている。

 だから最近は、夜に一緒なのはこの二人という事になる。

 そして私としては無防備でいられる相手なので、ベッドでゴロゴロしつつ二人の方へと顔だけ向ける。


「だんだん従兄弟達と会える時間が減っているから、会う時間を増やしたいなあって。ホラ、来年になったら中学でしょ。さらにもう2年したら龍一くんは幼年学校だし」


「このお屋敷で一緒に住めば宜しいのでは? 使っていないお部屋が沢山ありますし」


「そうだよね。この屋敷、無駄に広いし」


「ここは鳳の本邸。基本、長子とその家族しか住まないのよ。あとは、財閥総帥か一族当主くらいね」


「じゃあ、諦めるしかないね」


 お芳ちゃんは、議論は終わったとばかりにバッサリ、クールに言葉を返す。それに対してみっちゃんは、色々考えてはくれている。そしてポンと手を叩く。


「ご隠居様の一周忌が明けたら、ご当主様が離れにお移りになりますよね」


「うん。一応、隠居がいない場合は当主が使う仕来りらしいからね。と言っても、お父様が使ってようやく三代目だけど」


「はい。ですがそうなると、このお屋敷は玲子お嬢様だけですよね」


「うん。余計に寂しくなるでしょ。実質私の城になるとか、ちょっとげんなりするわ」


「でしたら、グループ総帥の善吉様にお住まいいただくのはどうでしょうか?」


「まあ、本来ならそれが筋だけど、そう簡単にはいかないのよ」


 (婿養子だから)という当たり前の言葉は一応伏せる。聞いている二人も、その程度の事は理解している。


「そうなんですね。それじゃあ、それじゃあ、次期候補という事で、玄二様、龍也様にも住んでいただければ、善吉様もお住まいになれるのではないでしょうか」


「なるほどねえ」


 気の無い返事をしつつ考える。

 玄二叔父さんは表向きは病気療養とその間は第一線から退くという事なので、表向きは分からない話じゃあない。

 それでも、みっちゃんの言った事は、うちの事を詳しいようで詳しくない言葉だ。

 だから当然、お芳ちゃんからのツッコミが入る。


「お二人の前に、虎三郎様にも入っていただかないとダメだろ、ミツ」


「あ、そうか。では、そんな感じでどうでしょうか?」


 もう一度推してくる。確かに、屋敷を賑やかにするという点では人は多いに越した事はない。

 ただ、お芳ちゃんの言う事も「違うそうじゃない」だ。


「虎三郎の家族は、かなりの邸宅に住んでいるけど、別のところからもその金が出ているから、ちょっと難しいのよね」


「そうなんだ」


「うん。私が生まれる前の話。と言うか、鳳の財政が苦しい頃の話ね。お芳ちゃんが知らなくて当然。こんな恥ずかしい話し、外には出せないからね」


「そりゃごもっとも。じゃあ、現状のまま?」


「そうだなあ。うざい大人も増えるけど、みんなとはなるべく会いたいし、お父様にちょい話してみる。ありがと」


 結局、それでこの時の話は終わった。

 何にせよ1年ほど先の話だから、根回しや諸々をするにしても半年くらい先に行う事だからだ。




 その数日後、私の11回目の誕生日がやってきた。子供の誕生日会としては、これで最後になるだろう。

 そして最近あまり会えていないから、呼べる限りの子供達を呼んだ。


 同世代の鳳の子供達、私の側近候補達。それに今日は土曜日なので、夕方からならお父様な祖父やお兄様もご夫婦で来てくださる。ダメ元で招待状を送り、兄弟二人にお願いしたら、玄二叔父さんも家族全員で来てくれた。


 あれから約1年、鳳グループの芸術系財団法人の理事になって半年ほど経つけど、久しぶりに顔を合わせた玄二叔父さんは、憑き物が落ちたみたいに穏やかな雰囲気と表情をしていた。

 少し構えていた私が、道化じみていたほどだ。

 それ以外の近い親族はカードとプレゼント止まりで、こういう場で会うのは来年からだろう。


 そして明日は日曜日なので、子供全員お泊まりの命令を出して、夕食会から始める事となった。

 「無茶な命令を出すな。近所になったとは言え、家の者を説き伏せるのが骨だったぞ」とは、雑談の場となった時の勝次郎くんのコメント。

 それでもちゃんと来てくれる勝次郎くんはエライ。というか、お泊まりする許可までとってくるとか、「気合入ってない?」と問いたくなる。


 また、私の周りの大人達も来てくれた。

 時田、セバスチャン、私のメイド達。それに何故と言っては失礼だけど、貪狼司令が来た。


「この度は誕生日おめでとうございます、お嬢様」


「ありがとう。これからも、とびきりの情報宜しくね」


「そちらはお任せ下さい。と言っても仕事ですがね。……やはり意外、ですよね」


「そんな事はあるけど、嬉しいわ」


「お心遣い痛み入ります」


 当人も自覚している、場違い感と意外性。当人の顔も終始微妙だ。こんな貪狼司令は、滅多に見られない筈だ。


 事の経緯は、総研によく出入りしているお芳ちゃんが気軽な調子で、「よく顔合わせてるんだし、顔くらい出したらどうですか」と言い、アメリカンなリズはアメリカでは親しい人の誕生日に行くのは当たり前。けど、出席するのは招待状もらった奴だけだと、ちゃんと説明した。

 そして、お芳ちゃんから話を聞いた私は、ちゃんと招待状を出しておいたというわけだ。


 そして予期せぬ状況に悩んだ末に、「すぐに退散しますので」と言う半ば言い訳と、苦労して選んだらしいプレゼントを携えやってきた。

 けど出席する以上、お席も食事もお菓子まで用意してある。だから「ちゃんと全部食べて帰ってちょうだい」と、お嬢様チックに命令してあげた。


 他に珍しい出席者は紅龍先生。しかも、新たなパートナーと一緒に来てくれた。


「誕生日おめでとう、玲子」


「この度は、お誕生日誠に御目出度うございます。伯爵令嬢」


 いつも通りのぶっきらぼうな紅龍先生に対して、パートナーは完璧なまでの欧州の貴人の礼。

 しかも涼やかな声で語られるのは、スウェーデン語じゃなくて雅びた発音のフランス語。上流階級の中ば共通語というのもあるだろうけど、私がスウェーデン語が分からないからだ。


 そしてその姿は、超弩級だった。ほんのり桜色の抜けるような白い肌、くせのないプラチナブロンド、アメジスト色の澄んだ瞳、そして長身ながら細く均整のとれた肢体。

 完璧過ぎるほどのゲルマン系スウェーデン美人さんで、穏やかな顔立ちと表情もあって聖女か女神のようなオーラすら感じそうだ。そのまま、異世界ファンタジーで登場しても違和感ゼロすぎる。


 私に仕えるトリアもエルフみたいな美形の白人だけど、この人の方が一段上だ。言い表せないけど、格が違う。こんな人が本当にいるんだと、感心しかしないくらい。

 はっきり言って、紅龍先生には勿体なさ過ぎる。もしくはこの出会いは、紅龍先生への天からの贈り物ってところだろう。


「ありがとうございます、紅龍先生。それにベルタさん。ところで、お子さんはご一緒じゃないんですか?」


「まだ小さいからな。いずれ目通りさせよう」


「そうですね。その折は、一緒に遊んであげて下さいまし」


 紅龍先生は、少し照れ隠し気味に、当人は淡々としているつもりらしいけど、隣でベルタさんは少し申し訳なさそうな表情だ。

 お子さんと言っても、二人の子供じゃないからかもしれない。


 ベルタさんは未亡人のバツイチで、既に3歳の女の子がいる。前の旦那さんを病気で亡くされ、すぐに次の相手を探すよりも独り立ちしようと働きに出て、ツテを頼ってノーベル賞の会場の手伝いをしていて、偶然紅龍先生の世話役をして出会ったのだそうだ。

 なんだか、白人社会の紅龍先生に対するゲスな目論見を勘ぐってしまいそうになるけど、目の前の女性を前にするとそんな気も吹き飛ぶ。


 まあ、この聖女様みたいな女性が紅龍先生の何に、どこに惹かれたのかについては、いずれじっくりと聞いてみたいところだ。ついでに紅龍先生の求婚の言葉も。

 ただ、まだ日本での式を挙げていない。諸々の問題をクリアして6月に挙式予定だから、私にとってのイベントはさらに増えた事になる。


 とはいえ、まだ正式なお披露目前。スウェーデンでも隠し通したし、来日時も別々で船から降りたし、曾お爺様の葬儀も通夜にお忍びで来ただけ。5月の鳳のパーティーにも出席しないし、今日も半ばお忍びだ。

 紅龍先生が私に格別の世話になったと言うので、ベルタさんが参加させたらしい。キリスト教圏の人だから、誕生日を重視してくれたのだろう。


 そんなこんなで、今年の誕生日会は千客万来だ。


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