162 「ライオン宰相(1)」

「曾お爺様は、どう思う?」


 急ぎ離れに行って聞いて見ると、曾お爺様の蒼一郎は横になったままこちらに首だけ向ける。

 身を起こせなくはないけど、人の出入りが多くなっているので大事をとってだ。


「逆に、玲子はどう思った?」


「濱口様のお人柄と数年前までの鳳との関係を考えると、純粋なお見舞いの可能性が高いんじゃないかな。けどそれは当人にとってだから、こんな手を使った。

 うちに来たってあんまり知られたくないだろうけど、首相になったらおいそれと来れなくなるし、その間に曾お爺様に万が一があったら会えなくなるから」


「なるほどな。で、低い可能性の方は?」


「民政党に付けとは言わないタイプの人だし、言うならお父様の方に別の人が会いに来ていると思う」


「だろうな。実際、民政党の重鎮の何人かとは会っている。で、一番重要な理由が違うとなると、何かな?」


「自惚れ半分で言えば、私を見たいんじゃないかな?」


「会いたいではなく見たいか」


「うん。多分だけど、濱口様の人柄考えたら、政権取ったとしても鳳に直接何かは言ってこないと思うの。私を見るのは、曾お爺様をお見舞いする理由と同じ」


「ふむ、そんな所だろうな。それなら接待は任せる。来られたら、お通ししてくれ。長話される御仁でもないからな」


「うん。曾お爺様も無理しないでね」


 そう言って部屋を後にして、すぐにもお返事。

 それと首相になるかもしれない人の応対になるから、それに相応しい準備も怠りなく行う。

 私も高級だけど地味目の洋服に着替えておく。

 そして夕方少し前、午後4時ちょうどに濱口雄幸がやって来た。



「濱口様、曾祖父蒼一郎のお見舞いの為、わざわざご足労いただき誠にありがとう御座います。わたくし、鳳玲子と申します。お初にお目にかかります」


「これはご丁寧に玲子さん。初めまして濱口です。蒼一郎さんは?」


「すぐにお通しするように言付かっております。どうぞ中にお入り下さいませ」


「うん、ありがとう。それで、蒼一郎さんのお身体は?」


「床から離れるのは難しいのですが、多少軽くなりましたが食事も三食取っています」


「そうか。ご飯を食べられるなら、急がなくても良かったかな?」


「濱口様が長期政権となられたら、遊びに来る前に三途の川を渡ってやると言っておりました」


「ハッハッハッ。それだけお元気なら、急いで来なくても大丈夫だったかな」


 そんな感じで、多少の揶揄を含めつつもなるべく軽めに話す。そうして話していると、濱口雄幸は普通の気さくなオジさんだ。顔の方はニックネーム通り確かにライオンだけど、子供相手だからだろう怖い表情は一切見せなかった。


 そうして話しつつ曾お爺様が床に就く離れに案内して、一度私は屋敷の方に戻る。

 私以外は、濱口雄幸が長く滞在する事を前提にして、お茶、酒、さらには念のため夕食の準備もしておく。


 そして濱口雄幸と曾お爺様の話は10分か15分ほどで終わり、すぐにも応接室に移動してきた。

 私は別室で待機していたけど、一服する暇もなしだ。

 そして濱口雄幸が、私と少し話がしたいというリクエストなので、応接室へと向かう。



「お待たせ致しました、濱口様」


「いやいや、こっちこそ無理を言って済まないね。ご当主に言葉を伝えるにしても、あのお身体の蒼一郎さんに伝えるわけにもいかない」


「曾祖父へのお気遣い、本当にありがとう御座います。それに私は『なり』はこの通りですが、鳳一族内では半人前扱いの年ですし、父からは自分が不在の際は名代をするようにと言付かっております」


「うん。そのお話は蒼一郎さんからも聞いた。それに私個人も一度玲子さんに会って、ちゃんと話をしてみたかったんだよ。だから、ジジイの我儘に少し付き合ってくれると有難い」


「ジジイだなんて、これから首相をしようと言う方が仰っても宜しいんですか?」


「何、ジジイはジジイだ。もう60だからな。ん、ありがとう。さて、何から話そう」


 メイドがお茶に持ってきた事にわざわざお礼を言うところに、濱口雄幸の人となりが見える気がした。

 それを見つつ私も「失礼します」と断りを入れてから対面の席に着き、そしてメイド達が部屋の隅へと下がる。


「人払いをした方が宜しいですか?」


「そうだな、少し込み入った事を聞くかもしれないが、聞いても良い人達ならそのままで構わないよ」


「その点は問題ありません。みんな私の為に尽くしてくれる使用人達です」


「そうか。その年で何でもする使用人を側に置くのか。財閥の子供をするのも大変なもんだね」


 そう言って目を細める。

 一部の大人がたまに見せる子供を慈しむ目だろうか。いや、違う。子供は子供でいなさいという目だ。

 けど、そうはいかない道にこっちは入っている。だから否定しないといけない。


「お心遣いありがとう御座います。ですけれど、これが当たり前だと思っているので何ともありません。むしろ私、周りに無茶ばかり言って苦労ばかりかけていますの」


「ハッハッハッ。そうらしいね。私のように裏の事情に詳しくない者のところにまで、色々と噂話が舞い込んで来ているよ」


「噂ですか? 思い当たる事が多すぎて見当も付きません」


 本題に切り込んで来たので、言葉とともに笑みを付けて返してあげる。そうすれば、少しは私を子供扱いしなくて済むだろう。

 善人相手も、やりにくい。


「そう悪ぶらなくてもいいよ。少し確認しておきたいだけで、どうこうしようという気は全くないから」


 やっぱり、年の功で負けていた。

 それに濱口雄幸は、海千山千の老練な政治家だ。気負うだけこっちが損だと理解させてくれた。だから小さく溜息をついてしまった。


「みんな濱口様みたいな人ばかりなら、私も化けの皮を被らなくていいんですけれど」


「ハッハッハッ、化けの皮か。しかし私も、こういう場だから善人ぶっていられるだけだよ。何しろ政治の世界は、魑魅魍魎が跋扈しておるからな」


「私には餓鬼の群れにしか見えません。誰も彼もが手を出して「ひもじい、ひもじい」と」


「違いない。それで、私もそう言えば、追い払う為に山吹色のお菓子でもくれるのかな?」


「濱口様なら、喜んで最上のものをお出ししても構いません。けど他の方は、大抵はぶぶ漬けなんですよ」


 「ハッハッハッ」濱口雄幸が、今日何度目かの笑い声をあげる。けど、あまり演技には見えない。リラックスしているようにも見える。

 それでいて私を侮るようなところもない。

 取り敢えずだけど、私の接待は成功しているのだろう。


「さて、では私も「ひもじい」と手を出してみようか」


 そう言った瞬間、一気に凄みが増した。『気』とでも呼ぶべきものを少し発しただけだろうが、一回りも大きく見える。そしてこれは、全然セーブした状態だとわかった。

 きっと本気になれば53万以上あるに違いない。


「2000万円の献金、そこまで危ないと見ているのかな?」


(いきなりそれかぁ。どうしようって、この人相手なら正面突破だろうね)


 私も腹を括って口火を切ることとした。

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