153 「晴れ舞台?」
私の眼前の視界が大きく開かれる。
すぐ後ろのセバスチャンの指示で、鳳ホテル大宴会場の両開きの大きな扉をホテルマン二人が開いたからだ。
まるでファンタジー世界で、謁見の間や大聖堂の中にでも入る気分になりそうだ。
けど、開かれた先は、謁見の間ではない。
豪華な装飾と2階分の高い天井こそ持つも、沢山の椅子とテーブルが並べられた、大規模な結婚披露宴を思わせるレイアウトが取られている。
しかも、その席という席に多くの背広姿の大人達が座り、その間をボーイとメイドが忙しげに動き回っている。
ただしヴァージンロードはない。どれだけ偉かろうが、大きな部屋をぐるりと周り、自らの席へ付かないといけない。
だから私も、行列を引き連れながら道幅の広い右側の袖を通って上座の席へと向かう。目指す場所の多くはまだ空席で、この会場の主賓が座るべき場所だ。
だから一見、新郎新婦の席と似てなくもない。
なお、扉が開く前に、私が入るアナウンスがあるわけじゃない。今日は親睦を深める為の食事会だけど、総帥だろうが社長だろうが基本的には参加者の一人だ。
私が入る前に扉が閉じられていたのは、多分セバスチャンの演出だろうけど、すでに私達以外が揃っているから開けている必要性がなかっただけだ。
そこに私が行列を引き連れて入ってきたのだから、そりゃあ注目される。自分達の席に至るまでの道のりを、既に会場入りしていた数百人の男達に凝視される事になった。
けど、私が怯んでいてはダメだ。
セバスチャンがそうしたという事は、何らかの意図があるのだから、私は鳳伯爵家の令嬢として、お父様な祖父の名代として堂々としていないといけない。
だから私は、無数の視線をそよ風のごとくあしらい、居並ぶ男達をかぼちゃ畑だと思いつつ、なるべくゆっくり優雅に歩き、そして目的地まで少し長めの時間をかけて到着する。
ゴールには、私の筆頭執事である時田丈夫が待っていて、恭しく一礼する。
「お待ち申し上げておりました、玲子お嬢様。さ、こちらの席に」
そう言って優雅に示した先は主賓席。本来なら、お父様な祖父の麒一郎が座る筈の場所だ。だから当然のように、場内のざわめきが大きくなる。
なお、上座のテーブルは3つあり、一つは鳳のトップ、一つは鈴木トップ、残りが私の座る場所。テーブルは基本6人座る長方形で、そこだけに空き席が幾つか見られる。
中央の鳳のテーブルには善吉大叔父さん、虎三郎大叔父さん、紅家の当主紅一さん、学園理事の祥二郎、製薬の瑞穂さん、それに紅龍先生。鈴木のテーブルには、鈴木2代目の岩次郎さん、金子直吉さんと後は私とは疎遠の鈴木系の幹部の人。
どちらのテーブルも私のゴールに至る前にあるので、そのテーブルに来たら軽く挨拶を行う。鈴木のテーブルは私の見知った人ばかりではないけど、今日は顔見せと最低限の社交辞令で十分だし、長々と挨拶するわけにもいかないから、名乗り合って「お久しぶり」とか「初めまして」でおしまいだ。
そして向かって右側になるテーブルは、私と時田、それにセバスチャンの席があるが、本来なら玄二叔父さんのテーブルだ。本来ならここに座る幹部も、別のテーブルへと追いやられている。
しかし玄二叔父さんは強制退場となり、代わりにお父様な祖父の麒一郎が来る事になっていたのを、さらに私と私の執事達が占める。
演出としては、少し悪趣味に思えるほどだ。
そして私のテーブルは3人だけなので、全員に対して面と向かう形で座る。これは意図した配置で、私を会場の全員から見やすくする為だ。だから人数を絞った。
そして後ろには、シズとトリア、リズを控えさせる。流石に他の大名行列のお付きは行列を済ませたら下がっていく。
(おーおー、目立つ目立つ。まあ半分が白人、半分以上が女性、しかも一人はガキンチョの私だもんねー。てか、おっさんども、こっち見過ぎだろ)
こっちがかぼちゃ畑を見るように見返すと、あからさまに視線をそらす人も多いけど、遠慮や子供をガン見した事への羞恥心は少なく、目を合わせた事を私に認識されたくないからだろう。
そういう小心者には用はないとは言わないけど、せめて普通にして欲しいとは思う。
ただ、私は気合い入りまくりな格好だ。最上質の絹のドレスに始まり、全てが一級品どころか特級品。髪のセットも2時間くらいかけた。アクセサリーなど、もはや超弩級。
あの『タイタニック号』で頂いたネックレスが、胸元で妖しい輝きを放っている。このネックレス、水面下で鑑定してもらうととんでもない代物だった。
だから、死蔵するのは宝の持ち腐れもいいところだと、強く説得されてしまった。仕方ないので、記念館を作るまではお借りして、勝負時に付けさせてもらうことにしている。
それ以外は、念のため神棚に祀ってある。最初に付ける前には、由緒ある神社でお祓いもしてもらっていた。
そんな歩くキャデラック状態なので、普通のリーマンのお父さん達が圧倒されるのも仕方ないだろう。まあ、価値に気づいてない可能性もかなり高そうだけど。
なお、こういう場だとマイクが大活躍と思ったけど、音声を拡大するマイクはまだあまり開発も普及もしていない。
歴史の記録映像だと、世界中の為政者、独裁者な皆さんがマイクの前で絶叫している動画や写真をよく見たけど、ああいうのはもう少し先の話。マイクはなくもないけど、日本ではまだあまり使われるアイテムじゃない。
だからこの場にもマイクはない。けど、この宴会場は音響も考えて作られているので、私達の座る上座の方は周りに音が伝えやすくなっている。
だから、代表者などは少し大きめの声で、全員とは行かないまでも前の方の人に伝わるような声で簡単な挨拶程度を行う。
他は、声の大きい司会進行役がしてくれる。また、伝えたい詳細は、事前にそれぞれ目録(パンフレット)で渡されてもいる。
しかし旧鳳財閥と旧鈴木商店を合わせると、十分以上に巨大財閥だ。しかもその上に、ここ数年で吸収合併したり、系列下に置いたり、出資したり、新規に立ち上げた会社がモリモリと加わる。
統廃合や再編成しても尚、大財閥だ。
だから挨拶だけでも時間がかかるので、もはや食べながら行われる。
しかも今回は、鳳会社総帥の玄二叔父さんが抜けて、鳳会社が鳳ホールディングスと鳳商事に吸収合併。鳳ホールディングスの善吉大叔父さんが完全なトップに立つ。
その上、時田が巨大化しつつある鳳商事のトップに事実上の返り咲き。そこにセバスチャンという黒船が、事実上のナンバー2に座る。
しかもセバスチャンは、フェニックス・ファンドの事実上の最高責任者であり、鳳長子つまり表向きはお父様な祖父の代理人だ。その人物が、ついに日本にやって来たというので、これだけでも十分以上のインパクトがある。
私は食べながら聞いていたけど、「セバスチャンって、こんなに偉かったのね」と軽口を叩くと、「お嬢様のご威光のお陰で御座います」といつも通り言葉を返すから、今ひとつ実感が湧かない。
そうして鈴木上層部の挨拶も終わり、ようやく私の番らしい。
「それでは、本日は急用でご来席出来なかった鳳伯爵家当主鳳麒一郎様の名代、鳳玲子様にご挨拶をしていただきます!」
私は紹介の声が終わると同時に立ち上がるけど、まだ子供の身長なので立ったところで座った大人と大差ない。これもあるから、私達のテーブルは半数しか座っていないというのもある。
「ご紹介に預かりました、鳳伯爵家の玲子です。皆様、本日は鳳グループ社長会『鳳凰会』に態々お集まりいただき、誠にありがとうございます。
本日私は、父麒一郎の名代として参りました。子供の身ではありますが、名代としてのお役目を精一杯果たさせて頂きたいと存じます」
当たり障りない台本通りの言葉を、弁論大会のように声をお腹から出して一通り口にする。
その間、ゆっくりと目の前の背広姿の大人達を見回す。
殆どは知らない人だけど、鳳石油の出光佐三さん、鳳総研の貪狼司令など数名の顔見知りを見かけることも出来た。
そして言葉の終わりと共に見渡す事も終わったので、真ん中に向き直って、最後にペコリと丁寧に頭を下げる。
これで今日の私の仕事は実質終わりだ。
あとは、晩御飯食べて帰るだけ。
けれども社長会自体、ご飯は第一ラウンドだ。
全員で「同じ釜の飯を食う」のが主な目的で、本当の交流は第二ラウンドから。2時間ほどで食事を終えると、まずは幾つかの部屋に別れる。主に喫煙可能な部屋で、いわゆる「タバコタイム」だ。
この時代のおっさんどもはタバコを吸うのがデフォすぎるので、吸わないとやってられなくなる。
私が去年の醜態を見ていたので、夕食中は禁煙を厳命した影響だ。だから食事の前も、喫煙場所は満員御礼だったそうだ。
もちろんタバコを吸わない人もいるので、その人達は禁煙のラウンジで、お茶やスイーツを食べる。
そしてそこでも話はされるけど、その間大広間は全速力で衣替え。
1時間ほどでがらんどうに変えて、ビッフェ形式で酒とツマミを楽しみつつ、半ば無礼講という建前で様々な人と有意義な歓談という名の、交流というより情報交換が行われる。
そんな感じのスケジュールだから、午後5時開始で夜の10時まで行われる。さらに一部の人は、鳳ホテルに宿泊して翌朝ホテルから出勤する。
また、せっかく日本中からグループの社長達が集まるのだからと、年々やる事が増えていた。幹部会議、諸々の会合、研究会も行われるようになっている。事業拡大が進んだ去年くらいから本格化して、大抵は二日かけてしている。
しかもこの春からは隣の鳳ビルが全面開業しているから、通勤時間は僅か徒歩1分という快適さだ。そのせいで翌朝には、「鳳ホテルに住みたい」というジョークが飛び交ったという。
しかし全ては、私が退散した後の事。
私は「私はこれにて失礼させて頂きます。皆様におかれましては、この後もお食事、ご歓談をお楽しみ下さい」という最後の挨拶と共に、シズ達メイドを引き連れて早々に退散する。
残った時田とセバスチャンは、これからが本番だ。
横紙破りや遠くからの掛け声などで私にコンタクトを求める人がいるかもしれないと思っていたけど、私の想像以上にみなさんお行儀がよろしかった。
多分、私のいないところで、私に連なる大人達が色々と聞かれるのだろう。
そう思ったので、退出の時にはいつも以上に私から頭を下げた。
「あとはお願いします」と。
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