148 「10歳の誕生日」

 1930年4月4日。今日は私の10歳の誕生日。

 そして鳳一族の者にとって、10歳の誕生日は節目の一つ。ただし、この時代の日本だと来年正月が本来の節目になるけど、私の啓蒙活動の結果もあって生誕日を節目とする事になった。

 特に今年から来年は一族中心の子供が多いので、正月明けに一斉にすると大変なので変更したという流れもある。


 なお、節目と言ってもさすがに成人や元服ではない。

 元服は、古来日本では数え年で12歳から16歳程度。女の子の場合は、初潮を迎えた時点で実質的な成人の第一歩とする地域も少なくない。


 鳳では、10歳で一族の中では子供扱いしなくなる。そして数えの15歳で元服、成人とみなす。なぜ10歳かと言えば、そこは合理主義の鳳一族。第二次性徴期が始まる頃というのが理由だ。

 かくいう私も、この年の2月、日本に帰国後すぐにお赤飯を炊いてもらった。来年くらいから、身長がメキメキと音を立てるように伸びていく筈だ。


 まだ盛大に伸び始める予兆はないけど、食べる量がまた増えた。女子としてはどうかと思うけど、体が栄養を求めている証拠だ。

 そしてパーフェクトなボディを手に入れるべく、適切なレベルでの運動量も増やした。来るべき日の為に背もそれなりに高くないといけないので、牛乳や小魚を食べる量も増やした。


 地味な努力ばかりだけど、悪役たるもの舞台に立つに当たり相応しい姿を主人公に見せねばならないからだ。

 というのは、私の中での言い訳。せっかく将来の美しさを約束されているんだから、もっと磨いてやろうという野心と、綺麗になりたいっていう願望が、私を頑張らせているだけだ。

 それに、そのくらいの余禄はあってもバチは当たるまいと言う思いもある。


 それはともかく、今日は私の誕生日。今までとは違うので、お洋服ではなく節目に相応しい地味目だけど豪華な着物を着付けてもらう。江戸時代までだと、当時の日本の女性の元服の風習に倣ってお歯黒とかもキメていたらしいけど、明治になってその辺は廃止していた。

 だから気合いの入った、お稚児さんみたいな化粧だけだ。

 ありがとう、ご先祖さま。


 そして衣装をバッチリ決めたら、誕生日会の前に曾お爺様、お父様な祖父、それに執事の時田の前で、鳳の一族としての節目の行事を行う。

 行うのは親、親しい親族、恩師への型通りの挨拶と甘酒のお屠蘇に口を付ける事。

 そしてこれが特徴なのだけれど、儀式用の紙面に血判の拇印を押す。それを自分で小刀を使って親指を切って行う。



「これで玲子も、まあ半人前だ」


「本当に半人前なら良いんだけど」


 切った親指の傷口を吸いながら、お父様な祖父にブーたれておく。

 勿論お互いに分かっているから、浮かぶのは苦笑だ。


「愚痴るな。人も増やす。さあ、あっちで待っとるぞ」


「では、こちらに」


「はーい」


 時田の言葉で離れを出る。

 そして出口にはシズがいつものように控え、そして一礼した後に私の斜め後ろに続く。

 和風建築の離れの一室で儀礼は行ったので、次はお披露目だ。せっかく気合を入れて着飾ってあるんだから、見せない手はない。


 そしてまだ誕生日会の招待客が来ていない大広間には、私の使用人達が待っていた。

 扉を開けるのは、新しく私のメイドとなったトリアことヴィクトリア・ランカスターと、リズことエリザベス・ノルマンの白人ペアだ。

 この二人も扉の開閉後に私の後に続く。


 部屋に待っているのは子供が大半。私の姿を認めると、すぐに恭しく一礼する小太り執事服姿のセバスチャン・ステュアートだけが妙に浮いている。

 また他に、部屋の隅には普段から私の身の回りの世話をしている、本来の意味でのメイドが数名控えている。ただ彼女達は、どちらかといえば鳳家に仕えていて、私個人のメイド、女中とは言い難い。

 

(全部で9人。これで全員集合かな?)


 そう思いつつ全員をゆっくりと一瞥(いちべつ)する。

 皮肉げな顔、無表情な顔もあるけど、緊張した顔が殆どだ。


(一人を除いて私と同じか一つ上だから、そりゃ緊張するよね)


「楽にしてね。と言っても無理だろうから、……気を付け!」


 強い語調で号令をかけると、「ザッ!」と音がして全員が一斉に同じ動作をする。例外が一人いるかと思ったけど、同じように反応した。思った通り、しっかり躾けられている。

 それを見て小さく頷く。


「ヤスメ!」


 そして真面目くさった子供達に笑顔を向け、指を腕ごと突きつけて全員を順番に指していく。


「ハイ、全員失格。私はこんな命令出さないからね。だから私と普通の受け答えが出来るように、もう少し心と体にゆとりを持てるようになって。じゃあ、全員座ってちょうだい。

 それと、セバスチャンまで同じようにしなくて良いから、あなたはこっちよ」


「こりゃ失礼を。軍隊時代を思い出してしまいました」


「それじゃあ、この子達の訓練教官も頼むかもね」


「喜んで」


 ニコリといい笑顔。セバスチャンは弄ると弄っただけ楽しげに反応してくるけど、今回の場合は任せると子供達が可哀想になるパターンだと私の本能が告げていた。


「うん、やっぱいい。じゃあ、このおっさんは取り敢えず放っておいて、話を進めるわね。初めまして。そうじゃない人もいるけど、まずは初めまして、鳳玲子です。これからあなた達の主となるので、宜しくお願いします」


「「宜しくお願いします!!」」


 なるべく柔らかく言ったのに、最敬礼状態で絶叫のような返事が返ってくる。子供の声なので、甲高くて少しうるさい。

 けど私は主だから、でかいソファーに偉そうに優雅に座り、言葉を受ける。後ろには部屋に入る時の4人に加えて、セバスチャンも控える。


 そして挨拶が済むと、時田が横にズレた。

 そう、時田は外向け、名目上以外で私の執事業務からは外れるからだ。その時田は、横に移動して中立的な位置に立つと口を開く。


「既に何度も会い、そしてお話していますが、私が玲子お嬢様の筆頭執事の時田丈夫です。しかし鳳商事を預かりますので、公の場や特別な場合を除いては、皆さんと関わる事はありません。ですから次席執事の、こちらセバスチャン・ステュアートがあなた方の実質的な上司となります。ステュアート殿」


 そこでセバスチャンが優雅に一礼する。

 小太りデブだが妙に様になっている。


「ご紹介に預かりましたセバスチャン・ステュアートと申します。見ての通りアメリカ人ですが、皆様謹んで宜しくお願い申し上げます」


 そして子供達が挨拶を返すとさらに言葉を続ける。


「なお私も、時田様同様にお嬢様のお仕事の補佐をしている場合が多くなりますので、いなくても気になさらないようにして下さい」


「セバスチャン、下を相手に謙りすぎ。日本語、変に勉強してきた?」


「いえ、身内ならば誰に対しても最初に礼を尽くすのが、我が家の家訓でございます。お嬢様がご不快でしたら改めますが、如何様に致しましょう?」


「私が不快にならない程度に好きにして。まあ、そういう訳だから、基本的には私の筆頭メイドのシズに従って。シズ」


 セバスチャンをわざとぞんざいにあつかった後、シズは私の言葉にまずは私に一礼する。


「改めまして、香月(こうづき)シズです。鳳の屋敷では、女中頭の時田麻里様に次いでお嬢様に長くお仕えしております。

 それと女子の皆さんは、お嬢様の前でだけメイドと呼びますが、他では女中と呼ばれます。この点、くれぐれも気をつけるように」


「男子はどのように呼ばれますか?」


 二人いる新顔の男の子のうち一人がピシッと挙手した。護衛候補の、体格の良いいかにもスポーツマンな子供だ。21世紀なら、何かのアスリートを目指してそうだ。

 そしてシズを見ると、シズも私を見返す。確かに決めていなかった。


「そうね。私の側仕えの護衛になるから、お武家風だと近侍(きんじ)ね」


「外国語だと、どうなりますか?」


「えーっと、確かヴァレットね。近侍って男の主に仕えるものだけど、そこは我慢してちょうだい。

 ちなみに執事はバトラーね。けど時田は、鳳長子の最上級の使用人で、この屋敷の家令も兼ねているご隠居様の執事の芳賀より実質偉いの。一族以外だと、一番偉いと考えてね。と言っても、すぐには分からないだろうから、おいおい勉強して」


 「はいっ、分かりました!」と元気な返答を受けて次へと移る。次は、家の使用人全体の説明。

 しかし、屋敷自体の管理・運営を行うグループ、曾お爺様付き、お父様な祖父付き、そして私付きの4集団あることを軽く触れる程度だ。そしてこの程度は既に叩き込まれている筈なので、軽い確認に過ぎない。

 私が主人だと体感的に教える為のレクリエーションだからだ。


「次に私の使用人の序列だけど、聞いた通り時田、セバスチャン、シズの順で上に立つから。で、セバスチャンの下にトリアとリズが入るけど、あなた達より立場はずっと上よ。あと、シズの下、二人の下にも何人か入るけど、その時に紹介するわね」


 そこで一旦言葉を切って、9人の方に体を少し多めに向ける。


「あなた達の中では、そこの髪の白い皇至道(すめらぎ)芳子(よしこ)が筆頭ね。その下に七美(しずみ)光子(みつこ)と涼宮(すずみや)輝男(てるお)。今日からの六人は、その下になるわ。

 基本、護衛は三交代って話になるけど、学生の間は学業も怠らずに、慣れる事に重点を置いて。本番はずっと先の予定だし、基本大人達があなた達の外で私や鳳一族を守っているから」


「玲子お嬢様のおっしゃる通りです。そしてあなた方は、何度も教えられている通り、玲子お嬢様を守る最後の盾と心得てください」


 私の言葉を次ぐように、時田が少し強めの語調で付け加える。そしてそれに全員が最敬礼するように答えた。

 そう、この子達は私の友達ではなく使用人、いや家臣だ。だからこそ私としては、言いたい事、言わねばならない事があった。


「私もあなた達に命を預けるけど、お互い信頼関係を作る為にも私の友達になってね」

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