136 「帰国後の一族会議(3)」
「玲子が今言ったように、一族の私費に泡銭を回さない理由は分かったと思う。家計が苦しい場合は本家から援助を出すので、帳簿と一緒に陳情は家令の芳賀の方に寄越してくれ。
で、金の件で、他に何かあるか? 無ければ、次に家の中の人事変更の件を少し話したいんだが良いか?」
一瞬玄二叔父さんが手を挙げかけたけど、一旦はそれを止めた。他に異存はなさそうだ。
「それでだ、時田なんだが、名目上は玲子の筆頭執事のままとするが、執事の実務からは外す。その代わり鳳商事を取り仕切る。何しろ鳳商事は、仕事が激増して重要度が大きく引きあがるから、一族の側からの手綱を強く握っておきたい。
で、実質的な執事業務と時田の補佐に、アメリカで雇ったセバスチャン・ステュアートを付ける。今は仕事で手が離せないので、必要な者への目通りなどは順次行うが、この本邸などに部下共々出入りするようになる。略歴、写真は後で見ておいてくれ」
そこで手が上がる。善吉大叔父さんだ。
「率直に伺いますが、そのアメリカ人はどこまで信頼できますか?」
「玲子」
「はい。セバスチャンはユダヤ系なせいか、アメリカという国への忠誠心はありません。日本にもないでしょうけど、私には忠誠を誓ってくれました。それに株の大暴落の直後に、私は、いえ鳳は彼に大きな恩を受けました。だからそれに最大限報いるつもりです。
それに時田が、何年も前から現地で使ってきています。私の見立てなどより、時田の見立てなら皆さんご安心されるのでは?」
敢えて猫被りな言葉で話してみたけど、お父様な祖父や時田が認めているならという雰囲気を感じる。善吉大叔父さんも、代表して聞いてみただけといった印象だ。
だから善吉大叔父さんは小さく頷く。
「前歴、時田に仕えてから、それと日本に来てからと仕事は見させてもらったけど、仕事は出来るのは分かった。私としても、使える人材は欲しいので、むしろ前線で全力を出して欲しいくらいだ」
「そうなると玲子の執事をまた探さないとな」
お父様な祖父がそう言って軽く肩を竦める。けど、この人事が気に入らない人がいた。玄二大叔父さんだ。表情も悪い。
「ちょっと待ってくれ。長子の執事を外人がするのか?」
「問題あるか? 俺の側近の一人も大陸系だったし、警護の連中の半分は大陸のどっかの出身だぞ。白人は珍しくあるが、虎三郎のところと紅家にもいただろ。それに海外支社なんて、半数は現地人じゃないか。今更だろ。あと、虎三郎の前だぞ」
玄二叔父さんらしい失言だ。何しろ虎三郎の奥さんは、虎三郎が向こうで結婚したアメリカ人だ。虎三郎は表情を動かしていないけど、その代わりとばかりに玄二叔父さんの表情が一瞬で変わった。けど今日は、やる気十分らしい。すぐにも立ち直る。
「失礼しました、虎三郎叔父さん。でも、長子の執事だ。場合によっては時田のように、半ば鳳の全権を預かるんですよ!」
「当の玲子が信じた。時田も太鼓判を押している。俺もじっくり話してみたが、面白い男だと感じた。父さんもだ。どこに問題がある? それでも気になるなら、お前が会ってじっくり話してみろ。その後でなら、また聞いてやる。これで話は以上だが、他にあるか?」
その言葉に、今度は不満タラタラな表情を慌てて改めたような玄二叔父さんが、顔のあたりまで手を挙げた。
それをお父様な祖父が、首を軽く動かして促す。
「取り敢えず、その外人の事は脇に置かせてもらう。それより、うちの長男の玄太郎に側近候補を付ける」
「ん? それはそっちの家の事だ。一向に構わんよ」
「いえ、正式に許可を頂きたい。玄太郎とその側近を、長子とその側近という前提で育てるつもりなんだよ、父さん」
言葉を聞いたお父様な祖父の目が少し細まる。いや、鋭くなる。昼行灯を止めた時の目だ。
「おい玄二、勘違いするな。長子の側近は、玲子の側近だけだ。それと、仮に玄太郎が玲子の婿養子になっても、玲子の子が長子になるだけだ。玄太郎は一族当主にはなれるかもしれないが、長子にはなれない。分かって言っているんだよな?」
声も少し本気モードだ。少しで済ませているのは、やはり実子が相手だからだろうか。
一方の玄二叔父さんは、そんな言葉に怯んでいても引き下がる気はないらしい。
「そ、それがおかしいから、是正の準備をしたい。だいたい、兄さん、麒一が死んで、玲子は女だ。もう、玄一郎様の作った前提は実質崩れているじゃないか」
「少しも崩れてないぞ。鳳は男系は気にしてない。そんな事、お前分っているだろ。何だ? そんなに家の権力が欲しいか? それとも突然膨れ上がった長子の財産が欲しくなったか? 濡れ手に粟で?」
(こっわ! 私が玄二叔父さんだったら、漏らしてるね。口に出して絶対に言えないけど。けどお父様も、玄二叔父さんを煽ってどうしたいんだろ? このままだと、玄二叔父さんが恥をかくだけで終わりそうだけど?)
私の予想通り、玄二叔父さんは顔を青紫にしている。分かって言って、讒言(ざんげん)したつもりなんだろうけど、取り付く島もないばかりか、道化にされていると気づいているからだ。
「ざ、財産に興味はない。馬鹿にするな! 一族と財閥の歪(いびつ)な状態を是正したいだけだ! だいたい、巫女だか何だか知らないが、子供が一族の命運を担っている時点でおかしいだろ。その上、何で子供が20億ドルもの金を持っているんだ? そんなクソガキは、世界中探してもそこの化け物だけだぞ! みんな気づけよ。おかしいだろ、こんなの?!」
喚き、叫びつつ立ち上がる。そして言葉を吐き出せば吐き出すほど、目から正気が失われて行くように見えた。
体の動きも少しオーバーアクション気味で、似合わないどころか精神のタガが外れているように見えて少し怖い。
けど、その動きと言葉は、最後の絶叫で打ち止めらしかった。
一瞬の沈黙が部屋を支配するが、次に聞こえてきたのは玄二叔父さんのつぶやきだ。少し聞き取れないけど「僕は正しい。僕は間違ってない。おかしいのはこの一族だ」と言っているように聞こえる。主語が、普段の「私」じゃないのが一層不気味だ。
そして玄二叔父さんは、何かボソボソ呟きつつ不意に腰の後ろに手を回し、その手が前に回ってくる時に何か黒いものが見えた。けれども、それが何かを私が正確に確認するのは、玄二叔父さんの手から強制的に離れてからだった。
その間、私の眼前では、私が全く予想しなかった事が次々に起きたからだ。
「や、やっぱり、これしかない」と玄二叔父さんが呟き何か黒いものを握っているのが見えた次の瞬間には、「パンっ!」という乾いた音が私のすぐ横で、「ガキンっ!」と何か甲高い音が玄二叔父さんの方で鳴り響いた。
その次の瞬間には黒い影が私の側から動いて、玄二叔父さんとの間に入る。そして次に音がすると、地面にねじ伏せられた玄二叔父さんがいた。ねじ伏せているのは、いつもと変わりなく雑事を片付けたに過ぎないと言った雰囲気すらある時田だ。
そしてねじ伏せた頃には、別のテーブルから紅龍先生も素早く飛び出して、ねじ伏せる作業に参加。何故か玄二叔父さんの体の各所を確認している。
私は何が起きたのか理解できないまま、椅子に座っているしか出来なかった。そしてふと火薬の匂いがするなと思いお父様な祖父の方を見ると、その手には簡素な造形の拳銃が握られていた。
それを見て「そう言えば」と思って部屋の隅に視線を向けると、似たような造形のものが転がり落ちていた。それは玄二叔父さんの手にあったものだ。
フラッシュのような一瞬だったけど、私の記憶、私の体の主がちゃんと記憶していた。
その間、お父様な祖父の麒一郎が「誰か!」と鋭く命じると、数名の使用人が部屋にすぐさま入ってくる。中にはシズもいた。
そこからは喧騒が広い部屋を支配して、会議や話し合いどころではなくなった。
そしてそれを、私はどこか遠くから聞こえて来る音のように感じていた。
気がつくと、私はシズに抱きかかえられていた。意外に出るとこは出ているので、顔の半分がとても心地良い感触だ。
(そう言えば、シズに強く抱かれるの初めてかも)
そう思いつつ首を動かして上を見ると、ちょうど私の動きに気づいたシズの顔があった。瞳には、私が映っている。
「もう大丈夫で御座います。お怪我など御座いませんか?」
その言葉に首を少しだけ横に振る。抱かれているので動かしにくかったけど、十分気づいてくれたようだ。白い肌のシズの顔がいつもより白く少し青かったのが、少しだけ朱に戻った。
「意識を失われたので心配致しました。お怪我などはないと思いますが、どこか痛みなど御座いますか?」
その言葉にもう一度首を横に振る。
「多分大丈夫。それに、お父様と時田が全部解決してくれたと思うから、私は全然平気。ちょっと、慣れない事に心が戸惑ったんだと思う」
「左様ですか。よう御座いました」
「うん。それと、ちょっと嬉しいけど、もう抱かなくて良いよ」
「……はい。気分など悪くなられたら、すぐに仰って下さい」
「うん。それで、どうなったの?」
座って私を抱えていたシズから解放され、ゆっくり立つとさっきの部屋じゃなかった。私の部屋でもない。さっきいた応接間の近くの使っていない部屋だと、記憶が合致する。
「玄二様は時田様らに捕らえられ、地下の一室に収容されました。他の方々は、それぞれ別室で待機されております」
「お父様は?」
「現在、指図をしておいでです。お嬢様が落ち着いたら報告するようにとの指示を受けております」
「じゃあ、お父様のところに行きましょう。色々と聞かないとだし」
「畏まりました」
そう言っていつも通り綺麗な一礼をしてくれた。
シズの見立てでも、私は大丈夫という事だ。
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