134 「帰国後の一族会議(1)」

「今日はよく集まってくれた。とまあ、堅苦しく始めるのは俺の流儀じゃないから、気楽に進めさせてもう。

 もう分かっていると思うが、今回集まってもらったのは、鳳宗家が手にした莫大な資産を今後どう運用するかについてだ。それと鳳グループとしては、玲子がアメリカで偶然見つけた油田についてが副題になる」


 そこで善吉大叔父さんが控えめに挙手する。

 だからお父様な祖父は、少し非難を乗せた目線を向けるも首肯して促した。


「中東、ペルシャ湾の件についてもでは?」


「その件か。あれは知らない方が良い者もいるので話さない。十年ほど前のシベリアでの件と同じと思ってくれ」


「それほど危険なのですか?」


「一族どうこうより、今回つるんでいる相手がな。下手を打てば、この場にいる全員が、誰に知られる事もなくあの世行きだ。脅しじゃなくな」


 お父様な祖父の平坦に抑えた声に、多くの人が息を飲む。何も知らないと言いたげだった表情の者も同様だ。

 質問した善吉大叔父さんも、一度深く首を縦に振った。そして全てを知っている私、お父様な祖父、紅龍先生と、この場にいない曾お爺様とお兄様が、この話し合いで圧倒的優位に立った事になる。


 一族以外だと時田、セバスチャン、それに全てを統括する出光さん達、私の旅に同行した人達も含まれるけど、既に異常なほど厳重な箝口令が敷かれている。日本の中枢のごく限られた人にも、これから話すくらいだ。

 そして一瞬重くなった空気を、強引に破ったのは意外にも玄二叔父さんだった。


「そ、その件は良い。どうせ副題がらみだ。それより、アメリカ株での詳細が一族の者にも殆ど話されていないのを、今回説明してもらえると考えて良いんですか?

 噂では時田ではなく、まだ子供の玲子が全部仕切り、アメリカの要人との話も付けてきたと言うではありませんか。本当に子供がそんな事をしてきたという事はないと信じてはいますが、説明頂けるんでしょうね」


 「子供」と言う度に強調する事で牽制しているんだろうけど、強引に話し始めたにしてはお粗末にしか見えない。

 紅龍先生が、小さく「フンッ」と息を吐いたのが聞こえたけど、その仕草が嘲笑なのは間違い無いだろう。


 けれども、私としては鼻で笑うわけにはいかない。理由はどうあれ、私の前に立つなら相応の対応をするまでだ。

 そう思ったけど、私が口火を切る前にお父様な祖父が一瞬私に視線を向けた後、話し始めた。


「今回の玲子の渡米、渡欧の件は、当主である俺とご隠居が認め、全権を託した。鳳の人間なら、この意味が分かるよな。その上で発言するなら続けてくれ」


 一見すると、言葉はいつも通り昼行灯モードなのだけれど、言葉の重みの前に玄二叔父さんは何かを飲み込んだような表情になる。顔色も少し青い。

 釘を刺そうとしたのに、覚悟は無かったらしい。「ありません」の言葉すら無いのは、流石にダメだろうとすら思えてしまう。


 それを短く確認したお父様な祖父は、一度全員をゆっくりと見渡す。大抵は昼行灯を装っているけど、すごく頭の切れる人だし、鳳一族という微妙な社会的地位な上に昼行灯でも陸軍で少将になれてしまう能力の持ち主だ。それに、戦場も修羅場もくぐり抜けて来ている。

 温室育ち、エスカレーター出世の玄二叔父さんとでは、格が違いすぎると言うものだ。


「分からない者はいないと思うが、改めて言っておく。スイス銀行の口座の金、そこから派生した利益、その全ては鳳の長子のものだ。鳳一族のものでも、鳳グループのものでもない。ついでに言っておくが、俺、父さん、それに玲子の三人がいなくなって長子が全滅しても、誰のものにもならない。永遠に死蔵される事になる。これは俺の爺様、俺達全員の先祖に当たる、玄一郎が定めた事だ」


(で、今のところ唯一の抜け道は、私の未来の旦那様と。けど、なんで今更こんな事言うんだろ?)


 この場に居る者には今更すぎるお父様な祖父の言葉に、思わずお父様な祖父に視線を向けてしまう。そうすると視線が合ってしまった。


「玲子、お前が海外に出ている間に、お前の言葉と行動で儲けた金を、裏でどうにかしようとした奴がいた。しかも1人ではない者がな。まあ、一族だけじゃ無いんだが、だから今言っておいただけだ」


「エッ?! そんな事したら、その人アメリカの財閥に消されるわよ! もう話をつけてきたお金なのに。私、手紙でも伝えたよね!」


 思わず素の言葉で話してしまう。

 口約束だからと動いたお馬鹿さんが、一族とグループ内にいたなんて、呆れて言葉もない。けど逆に、20億ドルの金だから色々と思う人、考える人がいたと言う事だ。

 そう思いつつ二つのテーブルへと順番に視線を向けると、玄二叔父さん、佳子大叔母さん、紅一さん、祥二郎さんと、実にこの場に居る半数が顔を真っ青にしている。そして紅家の人を呼んだ理由もこれで分かった。


(あーっ。お金は魔物、か。手元にないお金なんてただの数字、使い道の決まっているお金はただの物なのに。財閥してて、そんな事分からない筈ないのになあ)


 そう思いつつもう一度お父様な祖父の麒一郎を見ると、軽く肩を竦める。


「まあ、取り敢えず、お前がニューヨークで見てきた事を全員に話してやれ。そこから始めた方が良いだろ」


「はい。分かりました」


 真面目モードで答え、次に前を向きなおしてから大恐慌の発端について話していった。

 そして小一時間後、話が終わったので再び二つのテーブルを見るが、正しく理解しているのは善吉大叔父さん。虎三郎と瑞穂さんは、どちらかと言うと我関せずな表情のまま。

 私と色々見てきた紅龍先生を除外すると、後は理解していない感じがヒシヒシと伝わってくる。佳子大叔母さんなど、「だからどうした?」とでも言いたげだ。


 中でも私にとって問題なのが、玄二叔父さん。

 鳳総帥なのに顔を青くしていて、正しく理解しているように見えない。お兄様はものの5分で全部理解したのに、この差には愕然とさせられる。

 ついでに絶望しそうにもなる。ゲーム上では、そりゃあ鳳一族が破滅するわけだ、と。ほぼ間違いなく、私の体の主よりこの人を追放した方が鳳一族自体は生き残れただろう。


 ゲーム上でも、金持ちのボンボン育ちな凡人という印象が強かったけど、目の前にしている玄二叔父さんの私が見るところのダメさ加減は、湘南での一件よりさらに強まった。

 ゲームのエンディングの幾つかでは、ゲーム上で財閥を率いていた善吉大叔父さんが、主人公とその攻略対象と一緒に頑張って財閥解体後も会社を何とかしたりするけど、玄二叔父さんと一緒に一族を何とかするというエンディングがない事を、嫌でも納得させられてしまう。


(やっぱり、この人をグループの中枢から実質的に外すしかないのかなぁ)


 理屈では排除一択だけど、人の和、一族の和が乱れるのは間違い無いだろうし、出来れば私もしたくはない。

 けど、それで私の破滅、一族の破滅を回避し、日本を少しでもマシな状態に出来るならと、今まで以上に強く思った。


 何しろ直に見てきたラスボス(アメリカ)は、技術面以外21世紀と大した違いはないように見えた。それに対して今の日本は、都市部はともかくまだまだ途上国だ。

 無害にならないのなら、なめられないだけの力を持たないと踏み潰されてしまうというのが、個人的ではあるけど私の予測、と言うより判断だ。


(いつ切り出すかだけど、別にこの会議じゃなくても良いわよね。よく考えたら)


 色々と考え過ぎていたので、内心で一度心の深呼吸をした。

 そう、会議は続くし、結論を急ぎ過ぎてもいけない。

 この時はそう思っていた。

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