121 「戦争屋との歓談(1)」
(こ、こんな場所でチャーチルと対面すると、ブリテンの英霊でも召喚したのかと思っちゃいそう。まあ、クラスは『war monger(戦争屋)』だろうけど)
思わず現実逃避しているけど、何故かウィンストン・チャーチルが、アーサー王のお墓の前で、私を待っていた。
軽くデジャビュを感じるけど、一体何の三題噺だ。
「私のことを存じて下さっていたとは嬉しいね。だが、プリーステス(巫女)の不意を打てたらしい。と言う事は、私は君の神託なり予言なりに登場はしないと言う事かな?」
(えっ、そんな事試す為に? ばっかじゃないの?)
予想外の現実を前に混乱したまま不謹慎な言葉が口から出そうになったけど、頑張ってそれなりの言葉を紡ぎ出すことに腐心する。
「占い師と似て自分の事は分からないのです、チャーチル様」
「ふむ。そう言うものか」
値踏みするように私を遠慮なく見てくる。その姿は写真や動画で見たまんま。いや、少しだけ若い感じで、ほっぺのブルドック成分が少し弱い。紳士な帽子を被っているけど、髪もまだあまり寂しくないのかもしれない。
年齢的には、私のお父様な祖父と同じくらい。五十代半ばだから、他から見ても老人というのは少し早いだろう。
「それで、チャーチル様、どうしてこの場所で、わざわざ私を待っておいでだったのでしょうか?」
「うむ。アメリカの知り合いから、面白い少女が来ると聞いて興味を持った。しかもアーサー王の墓前に参ると言うじゃないか。そこまで我が国に礼を尽くしてくれると言うのならば、連合王国を代表して挨拶の一つでもしておくべきかと思ってね、鳳玲子嬢」
「恐縮です、チャーチル様。それではまずは、私達もアーサー王の墓前を参らせて頂いて構いませんか。お話はそのあとで」
「おっと、これはとんだお邪魔をしてしまった。さあ、存分に我が国の伝説上の人物に面会しておくれ。彼も、東方からの客人を喜んでいるだろう」
そう言って、チャーチルが私達とアーサー王のお墓と言われる、地面に埋め込まれた長方形の岩の間から数歩移動する。
それに「有難うございます」と軽くお辞儀とともに礼を述べて、私と紅龍先生がとにかくお祈りを捧げる。
シズや八神のおっちゃん達お付きと護衛は、その場で待機だ。
(ヨーロッパでも、私(のお金)の周りにお邪魔虫が近寄らないように手配は済んでいる筈。それをしてくれたのが、アメリカの上流階級との繋がりがあるチャーチルって事? そういうの、アメリカ人は教えてくれなかったからなあ。まあ、こんな場所にチャーチルがアポなしで来たって事は、どこかで話が付いてるって事よね)
祈りを捧げつつ、自分の中で情報を整理しつつ問題はないと確認する。そうすると、少しばかり気も緩んでくる。
(チャーチルみたいな人がブレーン、いや、私の方が担ぐ側だったら楽で良さそう。けど、せっかくアーサー王の墓前にいるんだから、これが二次元ならアーサー王の英霊とか出てくるものよね。でもなあ、アーサー王よりは、魔術師マーリンの方がブレーンとして役に立ってくれそう。と言うか、仮に他の円卓の騎士が出てきても脳筋ばっかりよね。脳筋は別にいらないし、私の脳内妄想だと腹ペコ美少女が出てくるもんなー)
「(随分熱心なんだな)」
随分現実逃避していたらしく、横で同じように膝を折って祈りを捧げていた紅龍先生が、いい加減付き合いきれなくなったらしい。
だから視線を一度向けてから、立ち上がる仕草をゆっくり始める。そうすると、先に紅龍先生がさっと立ち上がり、今度はチャーチルに深めのお辞儀をする。
「二人のご挨拶に水を差してはと挨拶が遅れました。鳳紅龍。医者をしております」
「ご高名は存じ上げている。私の関係者にも、ドクターが発明された革新的な新薬に助けられた者も少なくない。この通り、私からも感謝申し上げる。それに、いずれ必ず本懐を遂げられる事でしょう」
「私の些事はともかく、薬が少しでもお役に立ったのなら、研究医としてこれに勝るものはありません。また、ご配慮、高い評価共に、こちらこそ感謝申し上げます」
そんな感じで、二人がしばらく社交的な挨拶を続ける。紅龍先生もアメリカで鍛えられたので、もはや隙はない。
そして普通なら私は添え物で、このままオサラバだ。相手が相手なので、可能ならそうしたい。けど、私を待ち構えていた以上、そうはいかないだろう。
だから一通り話し終わると、チャーチルが私に既にかなり太めな体ごと視線を向けなおしてきた。
「さて、あちらに席を用意させていただいた。お茶でも飲みながら、歓談といきませんかな?」
「喜んで。と申し上げたいのですが、一つよろしいでしょうか?」
「何なりと。少女の願いを叶えるのは、紳士の務めですからな」
「では、お言葉に甘えて遠慮なく。お話の間、お煙草はお控えくださいませんか。煙草の煙が人の体に毒なのは、紅龍先生の論文でも明らかになっていますが、とりわけ子供には悪いそうです」
「子供に? それは存じませんでしたな」
(私も存じなかったぞ)と、私の言葉に紅龍先生は強めの視線で私に訴えかけ、次の瞬間にはチャーチルに小さく頷く。
それにチャーチルも小さく頷き返す。
(うん、言い忘れてただけ)
紅龍先生には後で謝ろうと思いつつ、先制パンチはこれで良いだろうと思う。何しろチャーチルと言えば葉巻だ。マフィアみたいな(偏見)のスーツとブルドック顔に葉巻。それに期間限定で勝利のVサイン。
私の知るチャーチルの4点セットだ。
しかしチャーチルは、やっぱりチャーチルだった。
「しかし、あなたなら男達の場に出ることもあるだろう。その時も禁煙を求めるのかな?」
「私が禁煙室に逃げ込んでおります。けれど皆さんがチャーチル様のような紳士ではありませんから、無理な時は仕方なく。本当はガスマスクが欲しいくらいなんですれど」
「ハハッ。ガスマスクとは面白い」
最後のジョークにチャーチルも喜んでくれた。
笑顔までは無かったけど、掴みはオーケーと思っていいのだろうか。
(まあ、かなりマジなんだけど、これは21世紀の人じゃないと分からないのかなあ)
そうも思いつつ、チャーチルが既に用意していた茶席へと向かう。そこはアーサー王のある修道院跡の側にあるアビーハウスの中。
私達はすぐにグラストンベリーを離れる予定だったので何の準備もしていないが、お付きや護衛用を含めて全て完璧に準備されていた。
「さて、改めてご挨拶を。ウィンストン・チャーチル。この国の議員をしております」
そう切り出してきたので、私と紅龍先生も同じように簡潔に自己紹介をする。そして私は伯爵令嬢なのだけれど、よく考えればチャーチルはそうした爵位がない。マールバラ公爵という大貴族の一族なのに、ちょっと意外だ。
今まで色々な大臣をしてきたけど、この時点では所属する政党が選挙に負けたばかりなのもあって単なる議員になっている。
(けど、議員をしているって、チャーチル流のユーモアよね。で、私は、この怪物と何を話せばいいの?)
本気で悩む。お茶とお菓子の味もしないくらい緊張もさせられる。こんなに緊張するのは久しぶりだ。なんだか、就職かバイトの面接でも受けている気分になる。
不意打ちを食らったのもあるけど、格の違いを実感させられる。
それなのに紅龍先生は他人事とばかりに、呑気にお菓子を堪能中だ。脛を蹴飛ばしてやろうかとすら思えるくらい小憎たらしい。
そんなちょっとした現実逃避をしていると、ラスボスの一人であるチャーチルがやっと本題を切り出してきた。
ブリテン人だから、前置きの雑談が長いったらない。
「さて、ニューヨーク証券取引所はどうだったかね?」
(まあ、それを聞きたいわよね。当事者でアメリカから移動してきた人も、まだ殆どいないでしょうし)
「……そうですね。奈落の底ってあるんだなあって思いました」
この言葉は心からの言葉だ。本当に自然に口から出てきた。
「奈落の底ね。……底は見えましたかな?」
ここで一瞬、チャーチルの手が口元に伸びかけて止まる。無意識で葉巻を手に取りに行った感じだ。
(どんだけ葉巻大好きなんだよ。それともフェイク?)などと思いつつ、この人に対する私の態度を決める。
こいつに遠慮はいらないと感じたからだ。
だから言い切った。
「いいえ。真っ暗でした」
端的に言い切ったせいか、少し目を大きくする。
オブラートに包んだ言葉をご所望だっただろうか。いや、チャーチルほどの人だからそれはない。
それでも予想を上回れたのは確かだろう。その証拠に、チャーチルの口の端がほんの少し上がっていた。
「いつ見えるとお思いか?」
「三年以内には見える事を願っています」
「三年。底に着くまでだけで三年かかるか。それで世界は?」
(さあ、この辺からかなあ。私がチャーチルにぶつけられる言葉は)
興味深げに私を見てくるチャーチルを前に、テーブルの下の私の手は汗でぐっしょりだ。
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サー・ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチル:
英国製の戦争の為に生まれた政治家。war monger(戦争屋)。
平時にはあまり役に立たないのがご愛嬌。
1929年末頃だと、チャーチルは所属する保守党が選挙に負けて普通の議員。以後10年間、閣僚職から遠ざかる。
母親の父親がアメリカの投機家。
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