116 「幽霊船(1)」

 豪華客船での2日目の朝、目が覚めてもいつものようにしばらくベッドでゴロゴロしていたけど、いつまでたってもシズは来ない。

 仕方ないので起き上がり、自分で朝の身繕いを始めることにした。

 着物の着付けとか難易度の高いことじゃなければ、大抵のことは一人で出来る。前世のアラフォーを舐めてもらっては困るぜ、と思いつつ鏡の前で固まる。


「エッ?」


 言葉すらロクに出てこないまま、数秒後から姿見の鏡の前で手を動かしたり表情を変化させる。

 間違いなく私だ。ただし、ゲームで見た16歳の鳳凰院玲華のリアルバージョンが、鏡の向こうで私とまったく同じ動きをしている。それにしても、本当にゴージャス美少女だ。


「えっと、私の体の主(あるじ)さん?」


 とにかく、すぐに思いついた事を問いかけるも、鏡からは返事はない。けど、違和感のようなものを感じる。そしてそれが何か気づけたので、私自身を色々と触って見て、さらに周りの調度品と自分を比較する。


(うん。鏡の向こうだけじゃなくて、私自身が16歳モードね。どうなっているの?)


 思わず腕組みして考え込むが、鏡の向こうでは鳳凰院玲華が少し変な表情で考え込んでいるだけだ。

 そこで当たり前の事に思い至る。あまりに当たり前過ぎて、両手でポンと叩いてしまう。


「これは夢。夢よね」


 わざと口にして、お約束でほっぺを抓(つね)ってみる。


「痛い・・・ろうらっれるの(どうなってるの)?」


 強く抓ったまま呟くと、ちゃんと変な言葉で表現される。

 夢にしては出来過ぎだ。


(また転生? いや、またとか有り得ないでしょ。だったら、この体の主人の記憶を見ている、とか? あー、分からない。兎に角、情報集めよう・・・まあ、夢と思うしかないんだろうけど)


 夢とは思いつつも荷物を調べる。クローゼットを調べる。部屋中を調べる。全部16歳の私用だ。下着まで年相応の上質な絹のものがちゃんと用意されている。

 「こう言うの付けてみたかったのよねー」と、思わず現実逃避。しかし夢なら多少納得もできた。

 ただ、調べ終わって改めて部屋を見渡すと、変化は他にもあった。


「アレ? 部屋が少し新しい?」


 そう新しい。オリンピック号は完成してから20年近く経っているので、色々なものが風格すら出始めていた。しかし、今私が目にしているこの一等特別室の中は真新しい。


(まさか、って事はないわよね。あ、そうだ、紅龍先生)


 考えるのは後にして、まずは通路に出ても恥ずかしくないだけのドレスを一人で着替える。そして下着の着替えの段階で絶句。

 抜群のスタイルの絶世の美少女が、鏡の向こうで着替えていた。


「うわっ、無駄にスタイル良すぎでしょ。本当に昭和初期の日本人?」


 思わず、あられもない格好で鏡の前に立って見入ってしまう。見入りすぎて、多分数分くらい時間を無駄にしてしまっても惜しくはない。私が実際大きくなっても、何だか宝の持ち腐れにしそうで仕方ないほどの見た目だ。

 けど、いつまでも眺めているわけにもいかない。我に返ってさっさと着替えてしまい、いざ部屋の外へ。



(廊下の見た目も同じね。まあ、違いがあっても分からないんだけど)


 キョロっていても何も解決しないので、紅龍先生が寝ている隣の部屋を数回ノックする。

 すぐに「はい」と英語で返答。既にこの時点で、違うと悟らざるを得ない。だから私は、サッとその場を離れて自分の部屋へと戻る。それでも扉の隙間から隣の扉の方を伺うと、見た事もない白人男性がキョロキョロとしていた。当然だけど紅龍先生じゃない。

 それを確認して扉に鍵をかけて部屋の奥へ、そしてそこで机の上にカードが置かれているのを見つけたけど、その文字が目に飛び込んできた。


『タイタニック号にようこそ! 当船は皆様に豪華で快適な船の旅をご提供させて頂きます。』


 それを見て、たまらずベッドに突っ伏す。


「ないわー。間違いなくタイタニック号って事かあ。オリンピック号との違いなんて知らないけど。……そりゃあ私の体の主が何かを呪ったり、私を召喚したりしてる世界だから、多少マジモンのオカルトはあるかもって思いはしていたけど、流石にこれはないでしょ。

 て言うか、アレか? 私には、常に破滅が付きまとうっての? やってらんないっての! あー、もうメンドくさい! これはあれね、死者の魂が私を呼んだとか、夢の中の幽霊船って奴よね。秘密を暴けば、元に戻るとか、映画なんかでよくあるあれよね。もうそう決めたからね!」


 勢いに任せて愚痴愚痴言っているうちに、なんだか腹が据わってきた。

 それに念願の世間のしがらみが全部無い、完璧なまでの現実逃避の場だ。思う存分堪能してやろうと言う気持ちが、無駄に湧き起こる。


「きっとあれだ、私が現実逃避したくなったから、この体の主がアトラクションを用意してくれたのよね! ディズニーにだって似た船あるしね! ああ、また行きたいな〜っ! うん、きっとそう! これはアトラクション! そうと分かれば、レッツゴー!」


 自分で自分を鼓舞して、一気に行動を開始。

 その勢いのまま再び廊下に出て、大階段のホールにやって来て気付かされた。


(……朝に起きたと思ったけど、夜なんだ。これって、お約束の沈む夜じゃないよね?)


 そう思うと、日時が知りたくなった。しかし大階段に時計はないし、そもそもカレンダーが壁に掛けられていたりはしない。


「どうされましたかお嬢さん」


 その声の方を向くと、白い航海士姿の白人男性がいた。口元のお髭がチャームポイントな中年紳士だ。


「えっと、日時を知ろうかと思いまして」


「日時? ディナーのご予約などをされていたのでしょうか?」


「お恥ずかしい話ですが、1日以上、物凄く長い時間寝ていたらしくて、日時が分からなくなっているだけなんです」


 「なるほど」と深く頷くと、胸元から懐中時計を取り出す。


「時間は20時を過ぎたところですね。それに今日は14日です。それにしても長時間とは、どこか体のお具合でも?」


「いえ、眠りにつく前に、お恥ずかしい話ですが夜を徹して騒いでいたもので、その反動で沢山寝てしまっただけですの。本当にお恥ずかしいですわ」


「これは失礼を。他に何かご用はありますか? 何なりとお申し付け下さい」


 そう言われても、「この船はタイタニック号ですか?」などとストレートに聞くわけにもいかない。

 けど、ちょっとだけピンと来た。


「以前、お会いしませんでしたか。多分、タイタニック号以外の別の船で?」


「申し訳ありませんが、私はあなたを存じ上げておりません。ですが、私はこの船に配属される前は、姉妹船のオリンピック号に居りました。恐らくそこで私をお見かけになられたのかもしれません」


(ビンゴ! タイタニック号で確定。てか、オリンピック号って、さっきまで乗ってた方じゃん!)


「あ、ああ、そうかもしれませんわ。御免なさいね。それじゃあ、失礼します」


「はい、どうぞ本船、タイタニック号をお楽しみ下さい」


「有難う。それにしても、この船は本当に凄いですわね」


「はい、乗員一同も誇りに思っております」


 そう言ってにこやかに答えて軽く一礼して去って行った。

 そして私は情報を手に入れた。

 この船がタイタニック号で、氷山衝突まであと3時間半ほどだって事を。


(オリンピック号に乗る前に、タイタニック号の事件記録を興味本位で見てたのが、こんな事で役立つとは。やっぱり、情報って大事ね)


 そう、私はニューヨーク滞在中の最後の数日、オリンピック号に乗ると決まってからタイタニック号の情報を集めてもらって、暇つぶしも兼ねて一通り目を通していた。

 多分、21世紀に伝えられている情報より色々と精度が足りないとは思うけど、あるとないでは全然違う。

 現に、今が沈没まで6時間ほどしかないと知る事が出来た。

 

 タイタニック号は、処女航海中の1912年4月14日の日付が変わる少し前に氷山に衝突。15日未明午前2時過ぎに沈没する。

 そしてこれは現実ではなく、私の希望観測上での夢の中。もしくは何かしらのオカルト。最悪の場合は、タイタニック号の姉妹船のオリンピック号が霊か何かに乗っ取られた状態。

 私の部屋はそのままだったから、突然のタイムスリップじゃないだろう。

 しかもオリンピック号はタイタニックと逆走だし、季節も春先じゃなくて晩秋だし、色々と違い過ぎる。私の希望観測上では、オリンピック号の可能性は凄く低い。


「とはいえ、何をすれば。・・・とにかく順に見て回りましょうか。小説でもゲームでも、まずは全部回るのが基本だもんね」


 かくして、私だけの特別アトラクションの開幕だ。



_______________


タイタニック号:

処女航海中の1912年4月14日深夜に氷山に衝突。15日未明に沈没。

まあ、これ以上は書くまでもないでしょう。


というか、書いてしまった。

極力オカルト要素のある話はしないつもりだったのに。



ディズニーにだって似た船あるしね!:

一応そいつはコロンビア号だ。

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