108 「テキサスと言えば?」

「アハハハハッ! ひっろーい!!」


「お嬢様、あまり速く走らせないよう。危のう御座います」


「流石は騎兵の鳳、巧みだな!」


「姫の巧みな馬さばき、感服に御座います。我が一族も、さらに歓喜する事で御座いましょう!」


「一族って、やっぱり騎馬民族〜っ?!」


「左様に御座います。いずれ目通りをさせて頂く事になるかと」


「うん! 楽しみにしてるねー!」


「有難きお言葉!」



 まだ激震の来ないニューヨークにいても実質的にする事がないから、ダラスの東の方、ルイジアナに隣接するテキサスの東の端にやって来ました。

 そしてみんなで馬を駆けてます。お嬢様として乗馬習ってて良かったと心底思えるこの開放感。

 流石テキサス。広い。ただひたすら広い。地平線まで何もない。流石大陸。そりゃあ、こんなところに住んでいたら馬にも乗りたくなるだろう。


 しかし私の目的は油田探し。もう、何とも言えない感覚を、そこらじゅうからビンビン感じる。思った通り、前世の学校で使った地図帳で見ている場所で誰も見つけていないところだと、遼河油田のように感じることができるみたいだ。

 チートといえばチートだけど、多分『巫女』の力とでも思うしかない。それに微妙といえば微妙なチートだ。知らなければ使う機会も巡ってこないし、気付きすらしない。

 それでも気づけた私は、この力を利用したら資源王になれるんじゃないだろうかと思える。

 もっとも、戦前日本近在の一部を除けば、受験勉強などで一度は覚えたような場所限定なので、かなり限られそうだ。

 それでも、また使う機会も巡ってくるだろう。


 そして今回のシナリオはこうだ。

 ロスに滞在中に、アメリカでの牧場経営を思いついたので大量の土地を取得を計画。現地法人を立ち上げ、こうして土地を買い上げている。勿論だけど、私が「ここ」と感じた場所だ。

 そして最終段階で、牧場で過ごす牛馬の為に新たな井戸を掘ろうとする。当然、地下水目当ての井戸掘りだ。しかしそこで、井戸水が掘れるほどの浅い場所から、豪快に自噴してくれる大油田を掘り当てる、というわけだ。

 しかもそこは、牧場経営の為安く土地を買い叩いたところ。当然、キロメートル、もといマイル単位で買っている。


 ただし、私は思いつきで牧場が欲しくなっただけで、遠くアメリカで油田を掘り当てても仕方がない。目を付けられるのが分かっているので、掘り当てたら直ちに『石油王』達に連絡。

 しかし善人過ぎても疑われるので、利権の一部だけ残して土地や権利は全部売却。高値で売り抜けた株と同じだ。

 そして状況次第では、「もしかしたら」と掘り当てた場所以外も石油が眠っているかもと口にしても良いだろう。言われずとも周りを探して掘って回るだろうけど、言っておいて損はないだろう。


 かくして乗馬と広大な平原を堪能して油田の場所を調べた後、「予定通り」井戸水探しで現地の井戸掘り業者に井戸を掘らせた。

 そしてしばらくすると、井戸掘り用の簡単な機材で井戸を掘っていた白人の兄ちゃんが、油まみれになって這々の体でその場から逃げ出している。




「おーっ、本当に石油だ。この油田ごと、日本に持って帰れたらなあ」


「何を呑気な。油田を見つけたのですよ。しかもあんなに噴き出して。すぐにどこかに連絡を。時田様でしょうか、ステュアート様でしょうか?」


「シズ落ち着いて。もう事前には伝えてあるから、こっちから一報すればすぐにロックフェラー様に連絡して色々駆けつけてくるわ」


 そう、シズが慌てているように、時田とセバスチャン以外、誰も私の悪巧みは知らない。無駄な可能性も十分以上にあったからだ。

 そして以前鹿児島で金を掘り当てた時に居合わせたシズですらそうなのだ、お付きの護衛達は言葉も忘れて目を丸くしている。

 私達に付いて来た、ハーストさんの記者もカメラマンもさっきまであくびをしていたのに、今はあんぐり口を開けている。


 だがしばらくすると、八神のおっちゃんが険しい表情になって私の横に並んでくる。


「どういう事だ?」


「見ての通り、偶然油田を掘り当てたみたいね」


 少し露悪的に笑ってみせる。八神のおっちゃんにこういう事は滅多に出来ないだろうから、少し強めに。

 けど八神のおっちゃんは、いつものように乗ってこない。

 かなりマジらしい。


「……知っていたのか?」


「そうね、こんなに派手だとは思わなかった」


 八神のおっちゃんは「鳳の巫女」の事はある程度知っているようなので、それとなく嘯(うそぶ)く。


「……これが夢のお告げというやつか。幾らくらいになる?」


「景気が良ければ、毎年100万ドル。それとは別に土地込みの売却価格が1000万ドルってとこかしら。こんな事なら、もっと土地を買っておけばよかった」


「子供の砂場遊びにしては豪勢だな」


「私もそう思う。けどね、この大油田が今後の世界情勢を左右するわよ」


 八神のおっちゃんが、さらに驚きを大きくする。

 少し後ろのワンさんは、既に目が皿のようだ。まあ、そんな事言われたらビビるだろ、普通。だからこれ以上は控えた。

 世界大戦になればアメリカの力の源の一つになるとか言ったら、腰を抜かすかもしれない。


「それをなんでわざわざ?」


 自分で掘り当てたと続けさせず、私は口を挟み込む。


「実際見つかるのは、確か数年先。いや、来年だったかな。だから、私が掘り当ててもバチは当たらないでしょ?」


 今度は冗談めかした言葉と表情にしてみたが、あまり効果はなかった。

 八神のおっちゃんの表情は険しいままだ。


「……俺にそんな事をペラペラ喋っても良いと思っているのか? お前ほどの金蔓(かねづる)、このまま誘拐なりするかもしれんのに」


「しないでしょ。それに、八神のおっちゃんの素性って、私が口に載せちゃダメなんでしょ?」


 なるべく軽く言ってやったのに、今までで一番険しい表情になった。目には殺気すらこもっている。

 しかしこの事は、何年か前に曾お爺様に教えられていた。


 聖獣の名と同じく玄武と名乗っているのはもちろん偽名だけど、鳳一族に対する当てつけ。八神のおっちゃんは、所謂ご落胤だ。

 なんでもお父様な祖父が、日露戦争の何年か前の大陸でも色々していた頃、現地の娼婦に命中させて、その娼婦がお父様な祖父に知らせずこっそり産んだものらしい。


 遺伝子判定などない時代なので証拠はないけど、10年ほど前に八神のおっちゃんが鳳一族に接触。接触する為に、お父様な祖父がロマノフの財宝を巡って悪巧みをしていた事に参加していた。

 そして鳳宗家の者しか知らない情報を口にすると、お父様な祖父は一族に連なる者と認め、何が欲しいのかを気軽に問うたそうだ。

 まあ、口調だけは軽口だったんだろうと想像は付く。軽口を装うのは、お父様な祖父の交渉術だ。


 けど八神のおっちゃんは、お父様な祖父と鳳一族が裏で自分の存在を認める以外に何も望まなかった。こんな奴も居たんだと知っていれば良いと。

 そのあとは、前と変わらず忠実な事実上の鳳の家臣として、お父様な祖父の元で仕えて荒事を担当している。

 荒事の場に身を置く事は当人が望んだもので、私が雑談として聞いた時に「戦さ場こそが我が故郷」と楽しげに話していた。なんでも、血が滾(たぎ)る場所に身を置くのが好きらしい。私には全然分からない。


 まあそんな経緯があるのを軽く触れてみたわけだけど、しばらく睨めっこになった。そして勝ったのは私。

 八神のおっちゃんが小さくため息をつく。


「そう言えば、お前は鳳の長子だったな。で、どうする?」


「えっ? 私を守ってくれるんでしょ?」


「ああ、それは契約だ。必ず果たす。お前の『お兄様』以上にな。それで?」


「いや、普通に信頼しているわよ。ワンさんも。あ、ワンさんにこの話してよかった?」


「悪ければ、蹴倒してでも止めている」


 八神のおっちゃんは「フンっ!」と鼻息荒いが、隣ではワンさんが珍しく「やれやれだぜ」な感じのゼスチャーとシニカルな笑みで軽くおどけている。二人の関係は良好らしい。

 それに対して、私は大げさ目に何度か頷く。


「ウンウン。知ったところで、知らなかったところで、そうそう変わる事なんてないわよね。さあシズ、近くにいる鳳商事の人を呼んで。誰かが来る前に、じゃんじゃん土地を買い漁るわよ。石油が出るって知ったら、絶対値を釣り上げてくるからね。さあ、ハリー、ハリー、ハリー! タイムイズマネー!」


「は、はい。畏まりました。お嬢様の護衛、お頼みします」


 そう言ってシズの駆る馬が、急速に遠ざかっていく。

 一方で視線を逆に向けると、自噴する黒い液体の勢いはさらに増しているように見えた。

 原油の噴水と言うより、まるで黒い花火だ。


「カタストロフの前の最後の景気付けね」


「この金のなる噴水が、カタストロフの前風景なのか」


「最後の花火ってところね」


「花火ね。まあ、あんたらしいかもな」


「でしょ」


 口では軽口で通したけど、最後くらい派手な方が良いだろう。それにこの油田は、もしかしたら鳳に「光」をもたらしてくれるかもしれないのだ。


__________________


東テキサス油田:

1930年発見。テキサスのダラス東方の辺りにある大油田。

それまであまり調査されていなかった地域。

油田発見で、石油価格が大暴落した。

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