082 「春の弾丸ツアー?(4)」

 次の目的地、廣島に着いた。

 相生から一旦姫路に戻り、そこから夜行じゃない汽車で廣島入り。夜中の到着となったけど、宿は確保してあるので虎三郎とそこで合流して、挨拶だけしたらそのまま就寝。


 廣島は長州(山口県)の隣で、中国地方随一の都会なので、鳳財閥にとっては拠点の一つ。地盤と言ってもいい。傘下に置いている銀行もあるし、系列企業の支店も多い。

 逆に山口県の方は、鳳が長州閥からは嫌われるというよりハブられる立場なので、ほとんど地盤がない。

 だから明治になってから開発の進んだ廣島市内は、ほぼ地元や地盤と言っても過言ではない。


(だからこそ、戦争で鳳が完全崩壊する原因の一つにもなるのよね)




 鳳自体の未来の可能性はともかく、廣島の支店に簡単な挨拶だけ済ませる。そしてすぐにも次の目的地に向かう。

 そこは廣島市の中心部から、私の前世でも本社があると言う廣島市の東部に移転していた。どうやら、鳳が1926年に抱え込んで事業を拡大した影響で、数年前倒しの形になったらしい。それにしても、因果というか何というか、前倒しでも同じ場所というは興味深い。

 そして眼前には、思ったより大きな工場が新設されたばかりらしい。社名は『東洋工業』。まだ私の前世で見覚えのある『MAZDA』にはなってない。


「お待ちしてました」


「よう、松田さん。これが鳳の秘蔵っ子だ」


 虎三郎は昨日の夕方には廣島入りして先に会っている筈なので、挨拶も簡単だ。

 だが私は初対面なので、完全な猫かぶりモードとする。


「鳳伯爵家の鳳玲子です。お初にお目にかかります。社会勉強で虎三郎大叔父様に付いて回っています」


「初めまして松田重次郎です。まだお小さいのに、丁寧な挨拶といい、社会勉強とはとても感心致しました」


(あれ廣島弁じゃない? いや大阪も長かった筈だから、関西訛りもあり? だからあえて標準語なのかな?)


 この時代はまだ生まれ故郷の言葉で話す人が多いけど、関東出身になる私に配慮してと思っておく。

 しかし身内は配慮もクソもなかった。


「おい玲子。猫をかぶらんでも良いだろ。松田さんも身内みたいなもんだ。松田さんも、そんな杓子定規な挨拶はこいつにはいらんぞ」


(いや、そりゃあ機械仲間で虎三郎はそうだろうけど・・・まあ、そういうところは好きなんだけどね)


 ジト目で見つつ内心非難するが、相変わらず馬の面に何とやら、だ。

 仕方ないので、軽くため息ひとつ付いてやり直す。


「えーっと、松田さん。普通に話しても良いかしら?」


「え、ええ。ご自由に。まあ、私も訛りは控えているので、お互い様かもしれませんけどね」


「訛り・・・やっぱり廣島弁ですか?」


「ええ。大阪にいた頃はかなり関西の訛りになりましたが、戻るとじゃけんのうに戻りますけんのう」


 そう言って軽くおどける。

 まだ私をかなり子供扱いしているが、一応虎三郎に目線を向ける。


「何だ? 松田さんには、玲子は大人扱いで構わんと言ってあるぞ。金も輸入車も工作機械も、松田さんところ送れって言った事もな」


(なら、本当に猫かぶりは不要か)


「そういう訳です。必要でしたら、何でも言ってください。来年か再来年には、フォードのラインを丸ごと買う予定なので、土地と人を確保してくれていると助かります」


 緩みかけた松田さんの顔が「えっ?」と、驚きで満ちる。

 しかも横では、虎三郎が「ニカリ」と笑みを浮かべて追い討ちをかける。


「心配すんな。鳳が先にラインを入れる。それに、こっちにもまた上野さんに来てもらうしな」


「は、はぁ」


「あっ、そういえば、こちらに上野さんは?」


「ええ、来てもらって色々ご指導して頂いています。この工場も、上野さん抜きには無理でしたね。本当に目からウロコが落ちる心境ですよ」


(うん、流石『能率の父』。うちでもお世話になっています)


 しかし『能率の父』上野陽一さんには、鳳と鳳系列の企業を色々と見てもらった影響で、能率を啓蒙する為の本を書く暇があまりないらしい。一方で、実際にやってみて分かる事もあるので、私の前世とは違う本が誕生しているのは間違いない。何しろ、鳳グループの事が色々書かれた本がある。

 そして今日は、本当にフォードと同じライン入れても大丈夫かという視察を含めて、成果の一端なりを見に来たのだ。

 だから工場内を案内してもらいつつの会話となる。



「それで、今は何を生産されているんですか?」


「主にうちでは『オート三輪」と呼ぶ、小型の三輪トラックを開発・生産しています。あっちが新型用のラインで、うちの新商品を作っています。

 鳳からは色々な四輪を輸入していただきましたが、うちではまだ大きな車は難しいですね。それに、あまり高い車を作ったところで売る先が地方には乏しい」


「鳳の自動車が売れてるのも、地主の見栄のお陰だしなぁ」


「それでも販路を見つけたのは、流石鳳ですよ。とはいえ、車を広く普及させるには、舗装道路の整備、ガソリンスタンドの普及も合わせてになるので、まだ先でしょう」


「東京だと、車は徐々に増えてる感じなんだけどなあ。ねえ虎三郎、今度は政府にアスファルト道路作らせようか。遼河のクズ油って船会社に安く買わせるか、最悪捨てているんでしょ?」


「それはありだが、コンクリじゃない舗装道路を作るなら、整地や舗装を専門にする作業車がいるぞ。それ以前に道路用のアスファルト建材の生産工場がいるし、一気に作るなら大量の重機がいるだろ。順序を間違えんな」


「ああ、そうなるか。じゃあ、小松さんところからだねえ」


「だな」


「……あの? 鳳の中央ではもうそんな話に?」


 虎三郎との私達にとっては何気ない会話に、松田さんが少しという以上に驚いている。

 私としては埃っぽい未舗装の道路の方が未だに違和感半端ないんだけど、この時代は舗装道路はまだまだ少ない。東京は関東大震災後の都市再開発で一気に舗装道路が作られたけど、地方はまだまだだ。

 国道一号線(東海道)ですら、大雨が降ると泥でぬかるむ砂利道でしかない。

 それにアスファルト舗装は、まだこの当時広まっていない技術で、舗装道路はコンクリートだ。昔の写真で都市部の車道が白く見えるのはこの為だろう。



「うん。道やガソリンスタンドとかはこっちで何とかするから、とにかく作って売って。宣伝は鳳の他の会社にもさせるし」


「は、はい。本当に玲子さん、いや玲子様が鳳を取り仕切っているんですね」


「私は、こうしてってお願いするだけよ」


「何しろ先が見え過ぎてて、一枚挟まないと収拾つかねえからな」


 虎三郎がニヤリと笑って、その場を締めた。

 その後ろでは八神のおっちゃんが、さもありなんな表情をしている。

 解せぬ。




 その後も色々と話したが思ったほど時間はかからなかったので、松田さんのところをお暇して船で廣島湾を横断。

 もうそこは厳島。と言っても、まあ諸々の移動で2時間くらいかかった。

 一応の意図は、せっかく廣島まで来たのだから、お参りの一つもしておこうというもの。もちろん、鳳グループ、鳳伯爵家として十分な玉串料を捧げる。

 そして参拝を済ませた厳島で別の船に乗り換え、さらに沖合へ。そこは海軍の聖地、江田島。そしてさらにその先の柱島泊地。

 厳島神社は半ばカムフラージュで、私の本当の目的は海軍の見学だ。


 当然、海軍の許可はとってある。というか、船は海軍のものだし、海軍の将校や水兵さんが運用している。石油のお礼の一環という辺りだろう。

 けど、私達は海軍の部外者なので、海軍兵学校の見学は流石に無理だった。家族、一族に海軍関係者がいないのを、これほど悔やんだ事はない。

 一方で、弾丸ツアーなので時間もそこまで余裕がないので、柱島沖に停泊している連合艦隊を見て、帰りに呉の沖合を通り過ぎるクルージングツアーとなっている。



「おおっ!」


 そうして廣島湾を出てしばらくすると、日本海軍の艦艇が遠望できるようになる。

 そしてあっちに1隻、こちらに1隻、こちらでは4隻が並び、あちらには2隻が隣り合う、という風に日本海軍の艦艇達がのんびりと停泊している。

 中にはゆっくりとだけど動いている艦艇もあり、大型艦だと動いているだけでなかなかの迫力だ。


 けど、私が写真や絵で見覚えのある姿の艦艇はほとんどない。

 同じなのは、有名なアニメ映画にも出演した事のある鳳翔さんくらいだろう。長門、陸奥は、2本あるうちの前の煙突が妙に曲がっている。それ以前に私の知る二人は煙突が一本だ。艦橋の形もかなり違う。艦橋とか色々違うのは、他の戦艦も同じだ。全体的に細い。

 巡洋艦のうち軽巡洋艦はどれも見覚えある感じだけど、どれも似ているので余程近づかないと見分けが難しい。言われずに分かったのは、天龍ちゃん達くらいだ。あと夕張は横須賀で、ここにはいなかった。


 一方で古鷹と加古と教えられた船は、大砲から全然違うので内心かなり驚いてしまった。そして現時点での最新鋭は、長女の妙高姉さんより早く呉で就役した那智さんだった。他の姉妹は、今年就役予定だそうだ。

 駆逐艦は吹雪ちゃん達が何隻かいたけど、あとは『むちゅきがた』と神風型とかだが、少し遠目に見るとどれも同じに見えてしまう。

 そして聞き覚えのある娘の名を聞いたと思ったら、かなりが先代の旧式駆逐艦だった。

 一番目を惹くというか姿が違うのが加賀さん。飛行甲板が三段になっていて、真ん中に大砲が載っている。

 赤城さんも似た姿だそうだが、柱島ではなく横須賀にいるそうだ。



「これで全部じゃないのよね」


「ここが海軍の聖地と言っても、半分もいないだろうな」


「そうなのですね。でも本当に凄い」


 私達3人は、それぞれそれなりの感想や感慨で見ているが、なぜか私達と一緒のマッチョ二人はだんまりだ。


「ねえ、八神のおっちゃん。何か気に入らない事でも?」


 私の言葉に片眉を上げてから、口を開くまで少し間があった。


「……そうだな。こんな豪勢な艦隊を作る余裕があるなら、その余裕を多少は陸に、いや大陸に回して欲しいもんだな」


「そっか。大陸にいたら、そう思うわよね」


「まあ、そうでもない。それに、これはこれで贅沢な光景だとは思う」


「そう拗ねないで。新しい戦車も開発させるから」


「そんな事もするのか?」


 珍しく八神のおっちゃんが驚き気味だ。

 それでも抑えた感じなので、もう少し驚かせる事にした。


「小松でその相談もするのよ。知らなかった?」


「行き先以外は聞いてない。しかし戦車は陸軍工廠が開発中だろ」


「まあね。けど、あれじゃあ肝心な頃には陳腐になるから、将来性のあるやつを造らないと」


「流石は我が姫」


 聞かなかったけど、ワンさんが腕組みしたままウンウンと頷いている。

 こっちは私の言葉に動じてもいないし、目の前の大艦隊にも不満はないらしい。

 ていうか、船の上なのに体が微塵も動いていない。どんだけフィジカル強いんだろうと、こっちが感心してしまう。


「ありがと。けどワンさんなら、その戦車に勝てそうよね」


「お望みとあらば」


「アハハ。流石に鉄の塊相手にやめてね。大事な体だから」


「私などへの御心遣い、感謝の念に堪えません。ですが大事なお身体とは、まさに姫の事。御身こそ、お身体を大切になさいませ」


「ありがと。けど、二人とも退屈でしょ。平和な日本で子供のお守りなんて」


「そうでもないさ。半分は、こっちも慰安旅行みたいなもんだ」


「それなら良かった。ワンさんも?」


「私は日本自体がこれが初めてで。見るもの聞くもの珍しく御座います」


 全然そうは見えないけど、まあ満足はしてくれているように思う。


「まあ、明後日は有馬温泉、その先にも北陸の温泉にも泊まるし、交代で羽でも伸ばしてね」


 そう言ってあげたのに、八神のおっちゃんは肩を竦めるだけ、ワンさんは「ご配慮感謝します」と恭しく一礼した。まあ、護衛の仕事ならそうもいかないのは分かるけど、何か一言あっても良い気はする。


(実は、私の知らないところで暗闘を繰り広げたりとか、・・・流石にないか)



_______________


松田:

史実でオート三輪を作るのは1930年代から。4輪車に手を出すのは戦後。

日本の自動車会社の大半が、別業種を最初にしているのは興味深い。



オート三輪:

元々はオートバイからの派生。軽トラックのご先祖様に近い。

軽便・安価で、悪路と過積載に強い。

生産した代表的な企業は、マツダとダイハツになるだろう。



厳島神社:

がっかりしない観光地の一つだと思う。

建造物系の日本の世界遺産では、派手な部類だろう。



江田島、柱島、呉:

日本帝国海軍の本拠地、聖地、そして終焉の地。

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