080 「春の弾丸ツアー?(2)」

「ようこそお越しを、姫」


「姫、お待ち申し上げておりましたぞ」


 朝、汽車で神戸に着くと、ごついおっさん二人に出迎えられた。

 遼河油田で私を警護してくれた、八神玄武と王破軍だ。

 片方は身長180センチ台のバランスのとれた戦士って感じの人、もう片方は身長190はある筋肉の塊のフィジカルモンスタータイプ。二人ともまだ20代の半ばからせいぜい後半だが、幼女の私から見れば十分おっさんだ。

 そして何故か、姫と従者ごっこを私にしてくる。


「あれ、八神のおっちゃんとワンさん? どうしたの?」


「命を受けこうして参じました由。是非とも旅のお供に加わらせて頂きたく」


「というわけだ。上からの命令で、ここから帰るまで姫と虎三郎様の護衛をさせて頂きます」


「なんか知らんが、まあ頼む」


 虎三郎はすぐに受け入れたけど、少しは考えたくなる。

 と言っても、日本国内で危険がある筈ないと思っていたけど、やはり歩く身代金だからだろうというくらいしか身の危険は感じない。

 そんな私の考えは、八神のおっちゃんには既にお見通しだった。


「お姫様は、それらしく守られていろ。それも仕事だ」


「仕事、ねえ。ではお勤めご苦労様。働きに応じて褒賞を差し上げましょう」


「お任せ下さい、姫」


「一命に賭けて」


 二人はいつも通りだけど、八神のおっちゃんはともかくワンさんは少し演技が過ぎている気がする。遊ばれているとは思えないので、よほどごっこ遊びが気に入ったのかもしれない。

 とにかく二人増えて、まずは神戸中心部にある鈴木商店の本社だ。

 一部の使用人はここで別れて、私達の次の滞在先でそのまま次の移動準備に入る。何しろこの時代、移動はそれなりに大変だ。



 そして車で鈴木商店へ。

 鈴木商店の本社は、現在は鳳グループの鳳ホールディングスが持株会社になって商社部門も切り離して鳳商事に合流させたので、規模は大きく縮小させている。

 それでも鈴木商店の司令部であり、鳳と合わせた関西の一大拠点だ。個人的には、鳳としての拠点は商都大阪に移したい気もあるけど、大阪は三井、住友など江戸時代から続く大商人の財閥の一大拠点だから、敵地に乗り込むようなものなので、支店を置く以上では叶う可能性が低い。

 それに貿易で成り上がった鈴木には、やはり国際貿易港神戸が似合っている。



「本当に海辺にあるのね」


「それに山があんなに近くに。少し横須賀に近い気がします」


「貿易港と軍港の違いはあるが、どっちも港町だから似てるんだろうな」


 マッチョ二人以外がそれなりに感心したように、神戸中心部は海から山までがすごく近い。大都市とは思えないほどで、海辺なのに山が濃い緑色で見えている。

 そしてその海辺だが、沖に大きな埋め立てた人工島がない以外は、私が前世に来た情景と大きな違いはないように見える。

 私にとって少し残念なのは、今はまだない人工島へと伸びる赤いアーチ型の大きな橋がない事だろうか。


(やっぱり1世紀近く前だと、「聖地」が少なくなるのねえ。西宮も、まだなーんにもないんだろうなあ。あるのは、現役で稼働中な異人館くらいかな?)


 そんな下らない感慨を抱きつつ、海辺の旧居留地にある鈴木商店の本社へと入っていく。



「ようこそ鈴木『本社』へ、鳳虎三郎様、玲子様」


「おう、鈴木さん。これで3度目くらいか? まあ、話すのはこっちで、俺は付き添いや保護者みたいなもんだ」


「玲子様が?」


 応接室には鈴木財閥の、21世紀でいうところのCEO、大番頭の金子直吉さんが応対する。

 私は以前声を聞き、遠目で見ただけだけど、印象は大きく変わっていない。

 少し元気がない感じだが、明治、大正を駆け抜けもうすぐ老人にさしかかろうという真面目で実直、それでいて精力的な商人といったイメージを受ける。

 頭髪は既に寂しくなり丸メガネなので、ネットの海や教科書の資料集で見たことのある写真と大体同じだ。

 そしてその顔が少し困惑するかと思ったのだけれど、私に興味深げに注がれる。最低でも多少は「鳳の巫女」の話しを知っていると見て良いだろう。


「初めまして金子様。鳳伯爵家の鳳玲子です。今回は社会勉強で色々とお世話になります」


「いえ、こちらこそよろしく」


「それで、私についてのご説明は必要でしょうか?」


「そうやねえ・・・」


 私の踏み込んだ言葉に対して、いきなり関西訛りになった。神戸暮らしが長いので、半ば関西人だからだろう。けれど、私と同様に仮面を一枚脱いで見せたと捉えるべきだろう。


「一つ聞いてもよろしいやろか?」


「ええ、お答えできる限りなら、なんでも」


「玲子はんは、鳳一族内での命令権を持ってはる、ちゅうことでよろしいんやろか」


 質問というより確認だ。しかも「鳳一族内での」と言った。

 私が子供だから社会的な命令権、責任権はないので、こういう聞き方になる。

 けど、私の捉え方は少し違う。


「私は鳳の進むべき道を示すだけです。決定と命令は、曽祖父や父上、大叔父上が行われています」


「決定権は持ってはらへんと?」


「曽祖父や父上から委ねられない限りは」


 そう。私が鳳内で勝手できると言っても、こういう事だ。

 大人からトリガーを預けられない限り、私は引き金を引けないし、引いてもいけない。公の人間としての責任が取れないからだ。

 そしてこの人は、念の為だろうがこの辺りを確認したかったのだろう。そうでないと、迂闊に話せない事があるのかもしれない。

 しかし私の言葉を聞いても、少し考え込むような仕草を見せるだけだった。

 そして数秒、十数秒してからメガネに軽く手をかけて掛け直す。


「あんさん、まだ九つやろ。そないなもん、よう背負われはるなあ。うちが丁稚奉公始めたんも十の時やで」


「まあ、私の務めは年内に片付く予定ですので。その先は、普通の子供に戻ろうかと思っています」


「それで阿呆ほどある株をドルに替えとるんか? せやけど、なんでや?」


 心底不思議そうに言う。この人も、株は永遠に暴落しないと思っているのだろうか。

 それなら私が言う事は決まっている。


「そりゃあ、暴落するからに決まっているでしょう」


 今までの言葉を崩して、言い放ってやった。

 そろそろ次の仮面を脱ぎ捨てても良いだろう。いや、私の場合は、化けの皮かもしれない。

 当然、金子さんは面食らったような表情を浮かべる。


「年内にアメリカ株は暴落する? どないな根拠が? それが巫女の力なんか?」


 驚いたのは別の事だったらしい。私にとっては当然すぎるので、観点に大きなズレを生じていたようだ。今後の他の人との応対では、気をつけたいと思う。


「そうとってもらって結構よ。金子さんも、アメリカ株で遊んでいるなら、秋までに処分する事をお勧めするけど?」


「そんな金あったら、あんさんらと対面なんかしてへんがな」


 少し脱力したように返された。それもそうだ。

 そうして両手を頭の辺りまで上げられる。


「降参や。あんさんの曾お爺様も相当やが、あんたは底が見えへん。あんたの中に、何人もおるみたいや。あんさんが巫女や言うんも納得や。あんさんみたいなんが鈴木におったら、倒れんかったかもて思うてまうわ。・・・それで、今日は何しに来はりましてん? 何でも言うてや」


 私にその気は全然なかったが、金子さんは相当の覚悟でこの対面に望んでいたらしい。

 とはいえ、今度はこっちが少し困惑してしまう。


「えーっと、何でもと言われても、今日は本当にご挨拶に来ただけよ。この辺りにある鳳の会社を見て回るから、挨拶もなしじゃあは流石に角が立つでしょう」


「本当だぞ、鈴木さん。こいつは、あんたが思っているような巫女でも妖怪でもない。ただの餓鬼だ。いや相当聡いが、一皮剥けばこの通りだ。しかし先が見える。見えすぎるから、鈴木さんみたいに勘違いする。それだけだぞ」


(うん、その通り。って、そこまでバラして良いの? この人、敵にならないまでも、鳳からの離反とか鈴木の再興とかしようとする、超ハングリー精神な爺さんなんだけど)


 思わず虎三郎を半目で見てしまう。

 すると、前に座る金子さんが軽く吹き出した。


「そうみたいやな。ほな、ひとつ聞いて良ろしいか?」


「……どうぞ?」


「鳳が動かなんだら、うちはどないなった? やっぱり破綻して三井に食われてもうたんか?」


 どう答えようかと少し思ったが、私の前世の歴史を語るのが正しいだろう。


「はい。もっと酷い事になるわね。鈴木商店の震災手形を持つ台湾銀行が、内閣の失言が原因で破綻。連鎖して日本中の銀行で取り付け騒ぎが起きて、日本中が大不況に突入。当然、鈴木はバラバラに解体。一部の会社は自主独立するけど、多くが他の財閥に買われておしまい。それが夢のお告げ」


 私の言葉を真剣に聞いているが、真偽もクソもない。

 私の妄言と切って捨てるのも容易いだろう。


「……そら、内閣替えてでも動きますわな。まあ、こうなった以上、鳳がアホな事せん限りは鈴木は金子が抑えますよって、好きにしなはれ。今、曾お爺様とお父様がとか言いはったけど、やっぱりあんさんが旗頭やろ。

 蒼一郎はんはもう旅立つ準備してはるし、麒一郎はんは金儲けに興味あらしまへんからな。それと、うちの見るところ、虎三郎はんはこんなお人や。総帥の善吉はんは、堅実やけど冒険がでけへんお人や。あんさんの叔父さんでは、龍也はんは飛び抜けとるけど軍人さんや。玄二はんじゃあ、正直あきまへんやろ。あんさんのお父はんの麒一はんにはいっぺんしか会うてへんけど、あのお人が生きてはったら、またちごとったやろね。

 せやから、あんさんが旗頭や。それはよう分かった。取り敢えず、三井と喧嘩してくれるんやったら付いてくで。任しとき」


「あ、ありがとうございます。けど、一つだけ訂正して良い?」


「何や?」


「私の喧嘩相手は、三井じゃないんだけど」


「ほなどこや? 三菱と鳳は仲ええし、やっぱり住友か? それとも金儲けたから金融の安田か? 第一か? 流石に政府や軍とか言わんといてや」


「うーん、当面だとアメリカの財閥かなあ? 潰されたくないし。そのあとは、今の日本が大嫌いな人達?」


 私としては敵視までしている相手はいないので、答えながらも疑問形になってしまう。敵と言うなら、私にとってはゲームの破滅そのものだからだろう。

 けど、鈴木さんの心には何か響いたらしく、破顔されてしまった。


「そりゃでこうて、よろしいなあ。うちも10年ほど前までは世界を相手に戦っとったから、その気持ちよう分かるで。よっしゃ、このジジイと一緒に世界を倒そやないか!」


(いや、だから倒すんじゃないって)


 思わず苦笑いで、金子さんが出した右手を握るのだった。



_______________


鈴木本社

今は立体駐車場で、北隣が神戸市立博物館になっている。

あと鈴木の本社は何度も変更しているので、本社跡が一つじゃないのが何とも鈴木らしい気がする。

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