077 「クリスマス(2)」
「メリー・クリスマス!」
部屋にいた全員が、私の方を向く。そして1人を除いて全員に驚きの表情が張り付いていた。
場所は鳳学園に隣接する小学生寮の一室。もう2学期の終業式の後なので、ここに残っているのはお正月も帰るところのない子供達。
鳳学園の小学生全員だと、1学年平均100名ほどなので相当な数になる。けど、寄宿舎住まいは全体の約2割。さらに年末年始ともなると、多くの者が帰郷する。だからこの時期は、全体の一割以下の人数しか残っていない。
そして古びた木造二階建ての小学生寮は、低学年と高学年に建物が分かれていて、私が出向いたのは低学年の方。残っている人数は、せいぜい20人ほど。
そして時間は、夕食が終わってこれから自由時間といったあたり。寄宿舎の管理人に事前に連絡して、こうして食堂に集まったまま待ってもらっていた。
「メリー」
「め、メリー・クリスマス?」
一人の例外の返事を切っ掛けに、他の全員もぎこちなく同じ言葉を返す。中には直立不動で最敬礼な子までいる。
そうした中で淡々と動き始めたのも、私に動じなかった白銀の髪の持ち主だ。その子は頭良すぎなので、多分気づいているだろうとは思っていた。だから私も、いつも通りに振る舞う。
「ありがと」
「お疲れ様」
お互いに挨拶しつつ、彼女、お芳ちゃんの用意した椅子に腰掛ける。
その間私に付き従って来たシズと数名のメイド達が、持って来たものをテキパキと用意し始める。
そして本当は、この為にサンタドレスを用意したのだ。この子達のサンタクロースとなる為にという私の内心での言い訳を満たす為に。
「玲子様、今晩はどのようなご用でしょうか?」
「みんなとクリスマスパーティーを楽しみに来たの。お邪魔だった?」
「い、いえ、とんでもありません。それじゃあ、この料理や、その、見たことのないお菓子は?」
みっちゃんが、私の側まで駆け寄るようにきて問いかけるけど、周りへの説明の為にもこの子とのやり取りは便利で良い。
それにひきかえ、同じように私の側に来た輝男くんは、相変わらず無言だ。みっちゃんが聞いている以上、自分が重ねて聞く必要もないと考えているんだろう。無口キャラなのも無駄口を叩かないからだ。
「今日はクリスマス・イブだから、みんなと一緒に食べようと思って」
鳳は抱え込んだ孤児や身寄りのない子を、それなりに大切にする。特に衣食住には気をつけている。お正月には、おせちとお雑煮どころかお年玉まで用意している。
けど、流石にクリスマスケーキやらパーティーまでの支給はされない。だから私はケーキやお菓子、ジュースといった類を余るほど持って来た。
そして同じものを学園の寄宿舎に残っている、すべての学生達に届けさせてある。だから、少し離れた別棟の寄宿舎からは、歓声も聞こえてきている。
「なぜですか?」
輝男くんが、メイド達によりテキパキと準備されるテーブルを見つめつつ、私に問いかける。
合理的だから理解できないと言った感じだ。完全な無口キャラになるには、まだまだ修行が足りていない。
「私、今日は家で一人だから、みんなと騒ごうと思ってね」
「お嬢様には、一族の方々がいらっしゃいますよね」
「大人は今夜は接待で忙しいんだよ、輝男。ねえ、お嬢」
「お芳ちゃんが正解。今年は大人もクリスマスを派手に騒ぐし、鳳は以前からクリスマスは大人のお付き合いがあるのよ。
もちろん、屋敷にはシズ達がいてくれるけど、彼女達も住み込み以外は家に返すから、毎年屋敷が静かなのよね。それに、仮に大人達が居てくれても、年寄りだけじゃあ騒げないもの」
「なんで去年は来なかったの?」
「……思いつかなかった」
お芳ちゃんの質問に私が正直に答えるも、お芳ちゃんのいつものシニカルな笑みは収まらない。淡い色の不思議な色合いの瞳も、面白そうに私に注がれている。
一方の輝男くんは、まだ少し不思議そうに私を見ている。
「そりゃ、去年はさぞかしお寂しかった事でしょうね」
いつもと違う言葉を少し煽り口調で言ってくる。けど、私にこういう風に言ってくれる人は殆どいないので、不快になるより心地いい。
だからちょっと拗ねておく。
「そうよ。お金で心は満たされないのよ」
「今や何でも買えるほどお金があるのに、残念な人だ。・・・仕方ない。じゃあみんな、今夜はこの残念な人の為に騒いでさしあげよう!」
お芳ちゃんが少し大げさな身振りでみんなに訴えかけるも、皆んななんだかんだで行儀と鳳への忠誠を仕込まれているので、どう対応していいか分からないでいる。
「分かりました」
「は、はい?」
すぐに返事があったのは輝男くんの平坦な声と、みっちゃんのやや理解してない感じの声。けどそれ以外は、互いに目線を交錯させていてまだどうしていいか迷っている。
ただ、学年や学級が私と違う子も多いから、混乱するのは仕方ない。
(これは私が一声かけるしかないか)
内心でみんなとの距離を実感し、口を開こうとする。
その時だった。
一人また一人と小さな声だけど返事を返し始める。そうするとお芳ちゃんがさらに煽る。
「んんーっ? お嬢が声が聞こえないと仰せだぞ!」
「「はいっ!」」
(まあ、普通の小学校低学年ならこんなものよね)
みんなの言葉に、指導教官の役目を自ら果たしたお芳ちゃんが、私に視線を寄越す。これくらいで勘弁してやってくれ、と言う事なのだろう。
だから私は視線を一瞬向けた後で、みんなに笑顔を向ける。
「今日は無礼講よ! 喧嘩と暴力以外は何でもあり。騒ぎましょう! 騒げないって子がいたら、命令しに行くわよ!」
「「は、はい!」」
「いい返事ね。じゃあ、みんなでゲームをしましょう。まずはビンゴゲーム! やり方は教えるから、ビンゴした順にクリスマスのプレゼントも用意してあるのよ」
ビンゴは頼んで作ってもらった箱の中からカードを取り出すタイプのものだけど、みんなの喜ぶ顔を見ていると、この年のクリスマスイブは賑やかに過ごせそうだと思った。
そして予想通り羽目を外して楽しめた。
けど、翌日のクリスマス当日、イブの夜に騒ぎすぎた上に興奮してあまり眠れなかったので、諸々のお仕事が大変だった。
学校は祝日で休みだったけど、寄付した各教会、キリスト教関連施設への各宗派への挨拶、恵まれない子供へのプレゼントを渡すセレモニーの出席などが怒涛のように待っていたからだ。
これも鳳が、ミッション系でもないのに教会、キリスト教を重視している一環で、この日は鳳の他の子供達も他の場所を回った。
もっとも、全てを終えて疲れ果てた頭で思ったことは、『そうだ、イチゴのハウス栽培をしよう。そうしたらクリスマスケーキにイチゴが間に合う!』と言う、半ば現実逃避だった。
クリスマスケーキに赤い色がないのは、やっぱり少し寂しいと思う。
__________________
ビンゴ
元々は「ビーノ」と呼ばれていたそうだ。
一説では1929年のアメリカで、初めて「ビンゴ」に変化したらしい。
もしそうなら、主人公はここでも歴史を先走っている事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます