075 「お買い物予約」

「鳳も私も、お友達は沢山いた方が良いと思いますわ。けど、鳳の巫女の噂は一笑に付されたのでしょう? どうして私もこの場にお呼びになったのですか?」


 私が話すと、やっと口を開いたかと言いたげな目力を僅かに感じる。そのための長広舌と煽り言葉だったんだろうか。

 けど、スミスさんの長広舌はやっぱり続く。


「ご隠居は次代に託されており、ご当主は職業軍人。そして鳳一族は思った以上に長子継承を重視しているが、現在の財閥当主は婿養子。しかも、あなたのお父上は23年に災害死された。また、鳳の人物を全て分析させて頂きましたが、24年以後の大胆な動きを行うような大人はいない。いるとしたら、恐らくお亡くなりになったあなたのお父上だけだ。

 そして本来はあなたのお父上に付けられたであろう、そちらの時田様はあなたの執事となっている。

 大半の者は、この執事の人事こそがカムフラージュだと考えるでしょう。だが我々は、分析の結果あなたが指示を出していると予測した。いや、断定したと言っても構わないでしょう。少なくとも私は、今日この場で確信させて頂きました。フェニックス・プリンセス」


 そうして最後に、また大きなリアクションの一礼。


(スミスさんが長広舌なのはデフォなのかなあ)


 モルガンの情報収集能力と分析能力に感心しすぎて、思わず現実逃避してしまいそうになった。けれども、自分から言葉を一度言ってしまった以上、今は私が鳳の交渉者だ。


「では、ミスタ・スミスのお言葉通り、私が鳳の指示を出していると仮定して、友誼を結ぶモルガンは私とお友達になるだけでよろしいのですか?」


「そうですね、共に歩いて頂くのが一番だと考えております。急に走ったり止まったりすると、周りも戸惑いますので」


(一度に大量に売り買いするなってこと? でも、止める気はないわよ。これから泥舟になるんだから)


「学校でも、同じような事を先生からよく言われますわ。鳳は周りに合わせなさい、と。ですが、こればかりは生来のもの。変えようがありません」


「なるほど、生来のものだと難しくはあるでしょう。ですが」


 そこでちっこい指を1本立てる。

 私に話させろと言うサインだが、さすがネゴシエーター。ちゃんと長広舌はしなかった。


「ダウ・インデックス株を含め、株は嗜(たしな)み程度にするのはもう決めていますの。鳳には、いいえ日本にはドルが必要ですから。そしてドルによって得られる様々な製品が。ですから、モルガン様にはそのご指南をいただければ、これほど心強い事はありませんわ」


 スミスさんは私の言葉の後、ほんの少しだけ考える姿勢の後、大らかと言える笑みを浮かべる。


「畏まりました。それで、具体的には何かお決まりですかな?」


「向こう1年以内に、保有する株は一度全て売却して利益を確定します。その積み上げたドルで大きな椅子を作ってから、色々な方々とお話をできたらなあ、なんて思っていますの」


 そう言ってやると、スミスさんは破顔して大笑いした。

 当然、オーバーリアクションが付く。


「ドルの玉座(スローン)とは、まさにアメリカ的だ! プリンセスは、アメリカ人以上にアメリカ人でいらっしゃるようだ。お任せ下さい。鳳が直に交渉するよりも良い条件で、最大級の便宜を図らせて頂きましょう」


「宜しくお願い致しますわ。ただ、株の売却のタイミングは、私どもが決めたく考えています」


「これまでのあなた方の勝ちを見ていれば、そう考えるのが自然でしょう。我々も多少後追いですが、随分と儲けさせて頂きました」


 そう言って今度は小さな仕草で次を促してくる。

 この強弱が、この人の交渉の手段であり武器の一つなのだ。


「その際、うちが株を売ったことで市場が悪い方向になりそうなら、ご助力いただけると助かります」


「株式市場の不用意による下落は、我々も望むところではありません。息を合わせる件は私の一存とはいきませんが、問題ないでしょう」


 (言質いただきました)と思いつつ、こっちも頷く。

 そして小さく安堵のため息をつく。もちろん演技で。


「少し安心しました。正直ここまで株で成功するとは考えていなかったのですけれど、事業計画の変更は出来る限り避けたいと考えておりましたの。モルガン様がご助力して下さるなら、本当に心強うございます」


「我々も鳳と強い関係を結べる事を、大変喜ばしく考えています」


「ありがとうございます。それでは友誼の証として、少しだけ違うお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」


「もちろんですが、何でしょう?」


 突然話題を変えたので、少し怪訝な表情を浮かべる。

 しかしパートナーとする以上、後で文句を言われないように、それと私の僅かばかりの良心の呵責(かしゃく)から一言言っておく事にした。


「私どもが株を売るのは、永遠はないと考えての行動でもあるのです」


「アメリカ株は永遠に上昇し続けない、と?」


「アメリカ株式の市場界隈では、そう言うお話が言われているとか。ですが、全ては無限はなく有限です。移ろいやすいものであれば尚更。ですから我々は、株をドルに、ドルを優れた品にしようと考えています」


 「フム」と私の言葉に少し考える。

 すぐに反論してこないのは、永遠はないと言う事自体は理屈では分かっているんだろう。

 まあ、どう捉えようが私は構わない。一応つきあいを深める以上、一度くらい警鐘を鳴らすのが義理ってもんだ。


「プリンセスの考えでは、いつくらいに株価のピークもしくはスタグネイションが訪れますか?」


「正直、現在進行中の伸びも予想外です。既に市場は、実態経済をかけ離れて異常に加熱していると考えています。ですから、現在の波が一度停滞し、そしてさらにもう一度大きな波が来たら、その向こう側は非常に危険だと見ています。うちは、それまでに全降りの予定です。

 これ以上は、怖くて夜も眠れなくなりますから」


 「ハハハ」と私の最後の言葉に社交的に笑ってから、スミスさんが言葉を返す。


(冗談じゃないんだけどなあ)


「それは美容と健康によくありませんな。それに何年か前に似たような話も飛び交いましたので、ご懸念はごもっとも。

 しかし、市場というものは、誰もが同じ方向に向いている限り進み続けるものでは? モルガンでは、市場調整の為の小さな下落や一時的な停滞はあっても、暴落はないと予測しているのですが」


「そうなれば、我々は飛んだ笑いものですね。何事もなければ、頂いたばかりの王の称号はお返ししましょう」


「全部売り切った後は、別の称号が贈られるので問題ないでしょう。大量の購入計画がおありなのでしたら、次はさしずめ『ショッピングの王』ですな。これも実にアメリカらしくてよろしいかと」


「お買い物は大好きですわ。良いお買い物が出来る事を願っています」


「モルガンにお任せ下さい。アメリカ最高のものを、いいえ世界最高のものを、最も良いお値段でご用意させて頂きましょう」


 大仰な仕草で何度目かの恭しい一礼をする。

 演技なのを丸出しだが、アメリカ人なせいかそれが似合う。

 対する私も仮面の笑みは崩さない。


「期待させて頂きますわ。ただ私どもは、他の方とのお付き合いもございますので、全てというわけにはいきませんの。御免なさいね」


「その辺りも把握させて頂いております。それにアメリカは広いので、我がモルガン以上の商品を用意できる者がいるのは当然でしょう」


(それに、その相手のほとんども、モルガンにとっちゃあライバルであると同時に身内みたいなもんでしょうしね)


「では、何の心配もありませんわね。それでは、まずはウォール街の祭りを楽しませて頂きたいと思います」


「ご存分に祭りをお楽しみ下さい。買うだけでなく、売るのもまた楽しみ方の一つかと」



 最後にまたオーバーにお辞儀をしつつ、スミスさんは能天気に返してくれた。

 けど、この約1年後、私の前世の歴史と同じように阿鼻叫喚の祭りが始まるのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る