074 「ニューヨークからの来訪者」

「お初にお目にかかります。ロバート・スミスと申します」


 来客が大げさな仕草で礼をする。

 鳳本邸の屋敷の応接室で、今名乗ったスミスさんと一族当主のお父様な祖父の麒一郎、隠居の曾お爺様の蒼一郎、それに私が対面している。部屋には時田もいるけど、執事として後ろに立って控えるのみだ。私のメイドのシズも、曾お爺様付きの芳賀もいない。

 それ以前に、鳳グループ総帥の善吉大叔父さんを呼んでいない。

 これがどういうレベルでの話し合いなのかを、如実に示していた。


 一方のスミスさんは名刺をくれなかったけど、当人曰く「モルガン商会の方」からやって来た代理人、交渉人だそうだ。

 しかもアポイントメントの時点で、曾お爺様だけでなく私を指名していた。少なくとも「鳳の巫女」の噂を耳にしていると言うことだ。ついでに言えば、鳳財閥や鳳グループではなく、鳳一族に話に来たと言うことになる。

 まあ、お題は分かっているので、向こうさんとしても当然の人選なのだろう。


「改めまして、鳳家当主の鳳麒一郎です」


 お父様な祖父が普通に英語で話す。スミスさんも「当然」英語で、話し合いは英語でと言う事になる。

 何度も渡米している時田も、曾お爺様も英語には不自由しない。そしてこのスミスさんは、私も英語が話せるものとして接していると考えて良いだろう。


(どれだけ鳳のこと調べたんだろう。まあ、私は当面黙ってるしかないか)


 挨拶の言葉以外、しばらく私は傍観者に徹する。

 そうして一通り社交辞令的な無駄話、雑談が済んだ。こう言うことを日本人は重視するが、アメリカ人も重んじるとはあまり聞かない。つまりスミスさんは、その名の通りイギリス出身か、ご先祖様がイギリスからの移民なんだろう。

 それとも、日本のことをちゃんと調べて、それに合わせて来ているのかもしれない。


 それにしてもこのスミスさん、モルガン商会の代理人だという。

 モルガンとか、いきなりアメリカ金融界のボスキャラ登場だ。ラスボスの一人と言っても良いくらいだ。

 金融王。大恐慌前の今だと、ロックフェラー、メロンと並ぶアメリカのコンツェルン(財閥)トップ3の一角。幾らでも讃えること、例えることのできる財閥中の財閥。

 そしてスミスさんは、鳳に対するメッセンジャーなのか尖兵なのか、それとも友好の使者なのか、これからの話で分かるだろう。

 ただ私の受けたスミスさんへの印象は、我ながら少し間抜けだった。


(あ、そうか、この人、あのアニメのスミスさんに似ているんだ。体格良いし、肩幅広いし、ブルネットの髪もちょっと変なオールバックだし、スーツも黒だから、細いグラサンしたら完璧ね。けど、こんなキャラ、ゲームの中にいたかなあ?)


 思わずオタクな感想を持ってしまった。今のところ傍観していれば良い気楽さからの感想だけど、我ながら救いようがない。

 しかし、しばらくはそうした呑気な感想を抱いていられた。話しているのは、スミスさんと曾お爺様かお父様な祖父だけ。

 内容は、アメリカの各所からの様々な「観測気球」を伝えるものだ。


「フェニックスは何を考えている」「一度に大量に売り抜けるんじゃないか?」「市場を煽っているだけじゃないのか?」「今度はどの株を買うのか?」「売ってドルに替えると言う噂はどこまで本当か」「今まで通り、株の含み益を担保に借金した方が良いのではないのか」「大量の買い物の為の準備というが本当なのか?」などなど、様々な噂や憶測、そして願望が出て来ている。


 相手が有色人種であり小国日本の「小さな」財閥なので、少し癪であり、生意気だとは思っているけど、ドルはドルだ。しかもドルの最初の出所がスイスの中枢部に位置する銀行で、ロマノフの財宝だと言う与太話まである。しかし与太話が出たように、その担保の大元が大量の黄金だと言うところまで話は広がっていた。


 主に噂だけど、鳳が意図的に広めた噂も含まれているので、真実はゼロじゃない。

 全てが嘘より少しだけ真実を混ぜる方が真実味が出るし、真実が含まれている方が人は信じやすい。それに何が真実で何が嘘なのか判断しなければならないので、相手を混乱させる事も出来る。

 逆に、真実を探し当てた者と話す機会も持てるだろう。


 そして目の前のネゴシエーターっぽいスミスさんは、真実と嘘をより分けて、この場にいる筈だった。モルガン商会を代表して来ているのだから、むしろその程度はクリアしてもらわないとこっちが困る。

 何しろ、フェニックスの実体が鳳一族だと言う話は水面下で広まっているので、唸るほどの株を目当てに群がってくるハイエナとバカは数え上げたらキリがない。

 そして株からの引退という噂を聞きつけた少しだけ聡い者、耳の良い者は、鳳の持つ株が放出されるのを待ち構えてくれている。


(モルガン商会が、単にうちが持っている株を売るなとか、買いたいってだけで、日本に人まで寄越さないわよねえ)


 そう思いつつスミスさんをチラ見すると、スミスさんが不意に視線を向けて来たので目が合ってしまう。

 そしてニコリと強い笑みまで浮かべた。

 どうやら本題突入らしい。


「さて、色々話させて頂きましたが、そろそろ本題に入らせて頂いて構わないでしょうか?」


 その言葉に、鳳のトップ二人も年長は小さなため息を、年少はシニカルな笑みを浮かべる。


「老体に長話は疲れていたところだ。是非そうしてくれ」


「俺は金のことはよく分からん。それ以外の話になったら、声をかけてくれ」


 お父様な祖父の方は、そう言って冷めた紅茶に手をつける。

 付き合いか釣られてか、スミスさんも軽く一口ティーカップの中身を流し込んでから、両手を軽く広げて「さあ話しますよ」スタイルを取る。

 ゼスチャー好きは、アメリカ人なせいだろう。


「これは失礼。日本人とブリテン人は本交渉の前の雑談が不可欠と聞いていたので、つい熱が入ってしまいました。では、開拓者の末裔として単刀直入にお聞きしましょう。あなた方フェニックス・ファミリーは、こちらのお嬢様の指示で動いている、で間違いありませんか?」


(おーっ、ど直球だ。ちょっと褒めたいくらい)


 だが、「そーですよねー」という感慨しかないので驚きすらない。

 モルガン商会が向こうから私を指名してきた時点で、もう十分驚き終わっている。

 曾お爺様も思わず苦笑で、お父様な祖父は片眉を上げただけだ。


「これは荒唐無稽なお話だ。あなた方が曽孫を指名されたので同席させましたが、そのような戯れ言を言うためですかな?」


 曾お爺様が返すと、大袈裟なリアクションを取る。


(多分、映画俳優気取りなんだろうな。で、そう見せている、と。どれだけ狸、いや狐なのかな)


「そうだったら、どれほど良かったか。私どもは、失礼ながら鳳について最初は大いに侮っていた。だが、無視できなくなり、調べてみると色々とおかしいと分かってきた」


「どうおかしいのですかな?」


 その言葉を待ってましたとばかりに、目を強く見開く。

 ビシッと指を指しそうな勢いすら感じる。


「動きがあまりにも的確すぎる。この国が出来てから半世紀の鳳の動きもなかなかのものでしたが、この首都を襲った地震以後は的確すぎて恐れを抱かされました。財閥を一つ飲み込む為に、政権すら交代させてしまった。それにステイツでの株の大成功だ」


「偶然か運が良かっただけですよ」


 曾お爺様が一応は煙に巻こうとするけど、スミスさんの長広舌は止まらない。オーバーリアクションも止まらない。


「殆どの者はそう考えるでしょう。我々もそう考えていた。「巫女(プリーステス)」の存在も我々は一笑に付した。非現実的だ、とね。

 しかしこの成功はなんです? 我々の予測では来年予定通り株を売り抜けたら、あなた方の手には20億ドルもの現金が転がり込む。金はアメリカ国内にあるから、これを止める手立てはない。

 そしてその金額は、国を幾つもひっくり返せるほどだ。我々ですら無視できない。いや、もはや『投資の王 (キング・オブ・インヴェスティメント)』と呼んで良いでしょう。

 そして結果が全てだ。人種? 国家? そんなものは、ドブに捨ててしまえば良い。成功者こそが正義だ。あなた方フェニックスは、王の一人なのだ。故に我々モルガンは、あなた方と友誼を結びたい。そう考えております」


 言い切って恭しく一礼する。

 そして曾お爺様は、その一礼の時に私に視線を向けて来た。お父様な祖父は、私と曾お爺様が視線を交わすのを見ているだけだ。

 私が話せという事らしい。そう解釈することにした。


 ここからは私のターンだ。


____________________


あのアニメのスミスさん

スミス姓はありがちネームなので最初から決まっていたけど、苗字以外をその後設定。

「THE ビッグオー」より、パラダイムシティのネゴシエーター。ニューヨークからの来訪者なのでリスペクト。

ロジャー・スミスでもよかったけど、俳優や様々な作品の中に何人も見かけたのでこの名前は避けた。

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