072 「二度目の夢枕(3)」

「アレ? それでおしまい?」


「ええ、そうね。あなたの世界の戦争は、まだ続きがありますの?」


「そうじゃなくて、悪夢の後一つが埋まらないでしょ。米軍が湘南に上陸するやつ」


「ああ、それね。それは3回目でしてよ。今から話しますわ」


「あ、そうなんだ。けど3回目は、原爆を落とされたのに本土決戦までするって、どういう事? 日本士気高過ぎじゃない?」


「はい? 何をおっしゃっているのか、全く分かりませんわ。「げんばく」って何ですの? ばくと付くからには爆弾の類いなのかしら?」


 案外素直な質問態度で、どう見ても裏はなさそう。つまり本気で知らないのだろう。けどまあ、1周目は戦争前に本土から追放、2周目は落とされる前の空襲で死んでいるから、知らないというのは理解できる。


(……つまり3周目は、アメリカが原爆開発をしなかった可能性があるって事?)


 原爆が都市に落ちたら、普通は降伏するだろう。しかも45年8月から1年以上もあれば、何発も落とされる事になる。

 つまり本土決戦をする周回時のアメリカは、原爆を開発していない。そして何度も歴史を繰り返すと、そういう場合もあると考えるべきなのかもしれない。

 これは頭の片隅に留めておくべき情報だ。


「あの、質問に答えてくださらない?」


 グルグルと考え事をしていたら、怪訝な感じで見つめられていた。目はないけど。


「あ、ああ、ごめんなさい。私の世界で米軍が使った、すごい威力の新型爆弾よ。1発で人口数十万の街を吹き飛ばせるんだけど、知らない?」


「ええ、そんな恐ろしい爆弾の話は何も。秘密兵器で、一般にまで話が伝わっていないのかもしれませんけれど。それより、続きよろしくて」


「あ、はい。お願いします」



 その後は聞くのも苦痛だった。

 ソ連の政治将校から聞いたという事で、バイアスがかかっている可能性はあるけど内容もかなり詳細なのが憎らしいほどだった。


 3周目も戦争終盤までの経緯は変わらず。その後、1945年9月6日に米軍が沖縄に上陸。そしてその10日後に、超巨大な枕崎台風を隠れ蓑にイベント消化とばかりに戦艦大和を中心とした最後の艦隊が特攻。

 けどこの特攻は、台風に紛れたおかげで米機動部隊の空襲には遭わず、戦艦同士の戦闘となる。そこで戦艦大和は、待ち構えていた米軍の旧式戦艦群と対決。

 7対2の劣勢で4隻を沈め、3隻を損傷させると旧式戦艦群全体が後退を開始。波が高く、アメリカ側の命中率が低かった事と、護衛艦隊が少ないのが勝因の一つなのだろうとの事だ。


 そして嘉手納湾の沖合に到達。狂乱状態で逃げ惑う沖縄侵攻船団への遠距離からの砲撃を開始してしばらくしてから、米軍の新型戦艦群が強引に割り込んできて第二ラウンド。

 さらに戦艦1隻を血祭りにあげるも、そこまでが限界。その後護衛艦共々力尽き、沖縄にたどり着く事なく果ててしまう。

 そして嘉手納湾での米軍の損害は許容範囲だったらしく、沖縄は3ヶ月あまりの激戦の末に、年内には陥落。


 一方、北からはソ連が怒涛の進撃を続けて、満州、朝鮮、さらに華北にも侵攻。海からも日本の北へと順次攻め進み、46年春には北海道に上陸。

 そしてそれでも戦争は終わらず、翌年春に九州南部に米軍が上陸。6月にはソ連軍が東北に上陸。それまでに日本全土の都市という都市は焼け野原。

 既に海軍はなく空軍も本土決戦に温存していたけど、この時点でほぼ機能を停止。

 9月6日に米軍が関東地方に上陸して、冬までに帝都は廃墟となって陥落。米ソは関東と東北の境界あたりで握手。日本帝国は滅亡する。

 湘南の情景は、この時のものだ。

 私の体の主が死んだ時点での日本人の推定死者数は、各国と比べた場合の比率としては第二次世界大戦で一番となったそうだ。



(聞くんじゃなかった、本当に鬱エンドだ。けど、やっぱりおかしい。原爆がなくても、曾お爺様やお父様な祖父の話から考えて、ソ連が攻めてきて国が二つに割れる可能性が出てきたら、それで日本政府はどんなバカでも降伏を選ぶ筈だ。

 でないと国体護持、日本を一つの国家にまとめるって体制が揺らいで、自分たちの足元が崩壊してしまう。しかもポツダム宣言もちゃんと出ている。私の前世の歴史と何が違うの? これは今後の課題ね)


 鬱になりそうだけど、聞きたい事は幾つもある。


「……お話ありがとう。それで、質問いい?」


「ええ、どうぞ。時間はまだありましてよ」


 あれだけ悲惨な戦争の経過を語ったのに、私の体の主はケロッとしている。もう過ぎ去った事だからなのかもしれない。


「それは何より。えっと、まずは3周目になんでソ連から記録映像を見せられているの? 3周目も追放されたの?」


「ああ、その事ね。空襲に加えて本土決戦というので、前の知識も生かして昭和20年に入ってから、満州ではなく上海に避難しましたの。ですのに、日本が負けたという話が聞こえてきたと思ったら、現地のヤクザに裏切られ共産党に売られ、さらにソ連に送られましたの。ホント、忌々しいですわ」


(一応前回の知識はそれなりに活かしてもダメって事か。因果を感じるなあ)


「どうかしまして?」


「ううん。そりゃ御愁傷様。あとは、『夢見の巫女』って3回とも先代がいたのよね」


「当たり前でしょう。でないと、あの忌々しい女が『二代目』などといわれる筈もありませんわ」


「……あのさぁ。2周目と3周目って、その忌々しい女って人はどうなったの?」


「刑務所に入ってからは存じ上げませんわ」


「それって……」


「相応しい罪で告発しておりますから、あなたがご想像するような下衆な事はしておりませんわよ。ですが、鳳に仇なす存在なので、捕まえられて当然ですわ」


(最後の一言がなかったら、この人を信じるところだったかも。冤罪か最悪思い込みの捏造とかしてそう。

 それにしてもこの人、三回も死んでるのにメンタルめっちゃ強いよね。なんで、良い方に活かさなかったのかな。いや、結果として活かして、私を呼んだわけか)


「まだ何か?」


 私が考え事をしつつ相手を見続けているから、度々ツッコミが入る。

 何か言うべきだろう。


「えーっと、1周目と2周目の戦争の結末って知ってる?」


「2周目は悪夢の通りで存じ上げません。1周目のわたくしの最後は、確か西暦で数えて46年から7年にかけてですけれど、先にお話した段階で終わっているのを聞きましたわ。けれど、誰も詳しくは教えてくれませんでしたわね」


「それでも知っている事教えて。今後の参考になると思うから」


「知ってどうしますの?」


「あなたとの賭けに勝ったあとの参考の為に知りたいの」


「……ま、良いでしょう。戦争自体は先ほどお話ししたすぐ後の45年の8月15日に終わっていますわ。ソ連の政治将校は、何故か9月2日にこだわっていましたけれど」


 少し間があったが、目の前の体の主は私が勝負に負けると思っているのだろう。


「沖縄の戦いは?」


「いいえ、先ほどお話しした通り、最初の時は聞いた事もありませんわね。けれど、あなたの世界って、1周しかしていないのに新兵器の爆弾を落とされ、沖縄までが戦場になるなんて大変だったのね」


 意外に本気で言ってくれている。

 それよりも、1周目の終戦状態が分かった方が重要だ。ゲームでは戦争の詳細は殆ど触れられていないから、私の前世との違いについては分からないけど、一つの事は確定だ。逆に分からない事も発生した。


(1周目はゲームと同じ。2周目は途中で空襲に遭って、戦争の結末は分からない。3周目は上海に逃亡して日本からいなくなった形になったのに、日本そのものが破滅。これって実は、悪役令嬢よりもゲームヒロインが関係しているとか? それとも二人とも『舞台』から消えたらダメとか? じゃあ私なら? 中身は違うけどオチは同じ? 闇落ちしなければ大丈夫? 結局、分からない事だらけね)


「また私を無視して何を考えていますの? それより、あなたの考えている事が前と違って殆ど分からないのですけれど、何かなさって?」


「ああ、ごめんなさい。けど、何もしてないわよ。しているのは、財閥と日本を引っ掻き回しているだけよ。知っているんでしょ」


「ええ。ある程度はね」


「全部じゃないの?」


「そうなんですの。私の意識自体が希薄な事も多くて、多分一割くらいじゃないかしら? ほとんど寝ている感覚ですわね」


「ねえ、それって、徐々に認識できなくなってきてるとかじゃないでしょうね」


「アラ、良くお判りね。あなたも私の状況が分かるのかしら?」


 それには首を横に振る。お約束的な状況ではないかと考えただけだ。

 年齢を重ねるとかの理由で、私がこの体を乗っ取っていっているんじゃないかと。


「分からないけど、勝負が付くまで消えたりしないでよね」


「そんなわけありませんわ。あ、でも、今回はそろそろのようね。それでは御機嫌よう。また、何年かしたらお会いしましょう」


 私の体の主がそう言うと、前回と同じように私は意識が途絶えるのを感じた。

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